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2012年 01月 26日
年末からなぜか「シネ・リーブル神戸」にばかり映画を観に行っている。
「ウインターズ・ボーン」 「家族の庭」 「灼熱の魂」 とヘヴィな作品ばかりで、次に行くのは「サラの鍵」 。 ああ、それぞれのレビューを書きたいがそれを書いている時間がない。 「サラの鍵」を観たらまた絶対にレビューを書きたくなるにきまってるが…。 福島のことと、実家と、フィギュアのカナダナショナル、ヨーロッパ選手権、ごはん作り、子どもたち。 その合間にシネ・リーブル。 ほんとうは「永遠の僕たち」も観たいんだなあ…。 原題は「Restless」。あのとき予告編を観て書いた文。日本公開になったのだ。 2012年 01月 17日
少し前、10年ぶりの友に会った。
お互いの10年間を話しながら、生きてまた会えるこんな日があったことを、人生からのごほうびのように感じた。 彼は仕事の関係で、17年前の震災直後に神戸に入り、去年の震災でもすぐあとに現地に行っている。 街のすべてが倒壊した神戸の光景と、文字通り何ひとつなくなった、津波のあとの光景。 あまりにも強烈な二つの現場は、とても対照的に感じられたという。 17年目の1月17日、午後5時46分。 早朝は無理なので、12時間後の黙祷に新長田駅前に行った。 ![]() 15年目だった一昨年、17回忌にあたった昨年に比べ、追悼集会に参加する人の数は少し減ったよう。 長田の街も再生に向けてたくさんの人が努力を続けているけれど、再開発の高層ビルの中には空き店舗が目立つ。 集会には、ボランティアで来た中高生たち、若者たちの笑顔と明るい声。 今回の東北の震災を受けて、神戸でのこの日は多くの人が静かに祈りをささげるものと思っていた。 でも黙祷前後の雰囲気は何となく「イベント」的で、にぎやかすぎて、心は静まらなかった。 17年前にはお腹にいたタタと、そのころまだどこにもいなかったミミ。 すっかり大人びた2人の娘に、あの日の記憶を話しながら家路についた。 2012年 01月 12日
去年の夏の終わりに詩集を出版して、ずいぶんたくさんの方から反響や感想が届いた。
思いがけず地元の新聞の詩集評に取り上げてもらったり、商業詩誌の次季号に評が載ることになったり、たくさん詩集を出しているエラい詩人の方からも、いろいろな感想や批評をいただいた。 出版社から「推薦したので出すように」と言われて詩の賞にもいくつか応募することになったし、身に合わないことがいろいろと出現している。 でも、私がなぜ詩集を出したのかといえば、ふだんあまり詩など読まない人、言葉について特に考えたりする習慣のない人に、私の詩を読んで何かを感じてほしいというのが大きな理由だった。何か新鮮なものを感じてもらえ、私の言葉のつくる世界を旅し、楽しんでもらえたらとてもうれしい。そういう、素朴な願いが一番強く自分の中にあった。 だから、詩の専門家(?)のような人たちに何かを言われることよりも、身近な友人知人や、初めて詩集を読んで私を知ってくれた人からの、直接伝えられる感想が私には何よりうれしい。その人の心に自分の世界が触れて、何かを感じてもらえたということが奇跡のように思えるから。 誰に見せるためでもなくノートに書いてきた詩が、そうやって外の世界に出て誰かに影響を与えていることが本当に不思議で、いまだにときどき、その現実に追いつけない感じがする。 来月は、これまた思いがけなく、少人数ながら詩集について人前で話をすることになってしまった。書くのはともかく話すのはほんと苦手なので、どうしたものかと思いつつ…。 2012年 01月 07日
2012年になり、はや一週間。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。 今年もどうぞゆるゆるとおつきあいください。 とりあえず、今年の年賀状はこんなふうです。 ミミの龍 ![]() タタの龍 ![]() こうして今年も娘たちが、作画能力ゼロの親を助けてくれました。 感謝、感謝。 みなさんにとって、今年が和やかな温かい一年になりますように。 2011年 12月 31日
1月に父のがんがわかって、2月に父が手術をして、まだ絶食中の3月に大震災が起き、原発事故が起き、4月に父が退院し、5月に詩集を出版する話が飛び出して、6月に福島の子どもを呼んでキャンプをする話がスタートし、7月は準備で駆けずり回り、夢だったアイスショーを生で観て、たこ焼きキャンプが始まり、8月に終わったら子ネコを保護し、9月に詩集が完成し、父が再び手術をし、10月にキャンプの報告集を作り報告会をやり、11月に子ネコが引き取られ、12月に福島にキャンプの同窓会に行った。
その間に母の病気の進行にともなう実に多彩なトラブルの連続、タタの初バイト、フィギュアスケート熱、詩を書く人々との交流、原発被害についての勉強、関西でのネットワーク作り、など、など、など。 打ちのめされた年でもあったし、新しい始まりの年でもあった。 ともかく言えるのは、一年前の年末には微塵も予想していなかったことだらけの年だったということ。 しかも、あまりにも多く。 たくさんの人と新たに出会ったし、自分の動きかたが画期的に変わった年でもあった。 とにかく、驚いて、倒れかけて、また走って、また驚いて、…という連続で、休んだという記憶があまりない。 来年は、少し心静かに過ごす時間を確保したい… というささやかな願いはかなうのだろうか。 2011年の終わりに、今年失われた数え切れない命と幸福な暮らしに深く思いをはせて、祈りたい。 失われたものに恥じないように、また新しい年を生きる。
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