ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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幻影の書

d0153627_2152126.jpgポール・オースター著
柴田元幸訳
新潮社


ポール・オースターは現代アメリカを代表する作家のひとりである。ということは知っていても彼の作品を一度も読んだことがなかった。
オースターは映画にも深くかかわっていて、『スモーク』の脚本を書き、『ルル・オン・ザ・ブリッジ』では脚本だけでなく監督もしている。ということは知っていたが、それらの映画も観たことがなかった。
ひとりの作家に近づくのは意外にむずかしいことだ。私の場合、特に映画にもかかわりがある作家となると、ちょいとつまみ食いするというわけになかなかいかなくなる。つまり作品にしっかり入りこんで次々と読んで、映画も網羅的に観るという《どっぷり型》におちいる。贅沢でたのしいことだが、そのために費やされる時間(場合によってはお金も)が人生に見合っているかどうかと、つい考えてしまう。すごく若いころにはそんなことは考えなかった。

そんなわけで、とても興味はありながらオースターに近づくことがなかった私だが、思わず食指が動いたのがこの作品。映画をテーマにした小説というと『フリッカー、あるいは映画の魔』(セオドア・ローザック著)という、私のこの10年くらいの読書体験の中で1、2位をあらそうくらいの名作があり、これがあまりにおもしろかったので、この『幻影の書』もまた…? と思うと、ついつい手にとってしまった。

映画が好きな人間は何に魅せられているのだろうか。しょせん光と影の合成物、巧妙な作りものなのに、どうして人をこんなにも引きずりこむ魔力をもっているのだろう。
主人公デイヴィッドは突然妻と子を事故でうしない、人生の底で呻吟する男として登場する。彼は生者の世界からはみ出していて、死の世界とのあわいでかろうじて呼吸している。
その彼を救ったのはヘクター・マンという喜劇俳優の映画だった。サイレント最後の時代に主演・監督したドタバタ喜劇で人気を博したヘクター・マンは、ある日忽然と姿を消してしまい、以来長年忘れられた存在だった。
デイヴィッドはふとしたきっかけから、このヘクター・マンの埋もれた作品を発掘して一冊の本を書くことになる。そのことでデイヴィッドはなんとか生きのびる意味を見出していく。ところが、もうとっくに死んだと思っていたヘクター・マンが実は生きており、デイヴィッドの著作を読んで彼に会いたがっていると手紙が来る。しかも驚いたことに、ヘクター・マンは失踪後も映画を作り続けていたというのだ。それは彼の屋敷内でおこなわれ、世間に知られることなく存在しているという。そのうえ、マンはいまや瀕死の床にあって、彼が死ねば遺言によってその映画はすべて焼却されるというのだ…。

読者をぐいぐい引きずりこんでいく物語の展開もさることながら、作中で描写されるヘクター・マンの映画が、目の前に立ち上がってくるような不思議に驚かされる。特に、失踪後のマンが製作した映画のひとつ『マーティン・フロストの内なる生』にいたっては、読者はたんに文章を読んでいるにもかかわらず、まさにその映像を《観て》いる実感にさらされるのだ。これはオースターの力量に加えて、注意深く繊細な訳文(柴田元幸訳)のおかげでもあると思う。(この小説の出版後、オースターは『マーティン・フロストの内なる生』の脚本を正式に書き、自身が監督して映画化したと訳者のあとがきにある。なんて興味深い展開だろう。残念なことに日本では観ることができないそうだ。)

そして、入れ子の構造になって作中で語られるヘクター・マンの人生の真相。そのアクロバット的紆余曲折は、あざとさの一歩手前の妙味とでもいうか、哀しみと狂気が入り混じって思わず笑い出しそうになる。
結局、彼も映画に救われ、映画に身をうずめた人物なわけだが、なぜ《焼却する予定の映画を撮り続ける》という矛盾に彼は残りの人生をついやしたのか―デイヴィッドの破滅寸前の生とそこからの回復に重ねあうように、次第にヘクター・マンという謎の人物、それをとりまく人々の実相が浮かび上がってくる。
なかでも、デイヴィッドをマンのもとへ連れて行く使者となるアルマという女性は、マンの撮影スタッフの娘として育ち、いわばこの《幻影》のプロジェクトの重要な一員である。彼女は顔に大きなあざを持っており、《幻影》の世界と外の世界を行き来しつつ、どこか自分の居場所、生きるよすがを最初から失っているように見える。デイヴィッドの人生に大きな影響を与える彼女の、ほとんど宗教的ともいえる存在感は圧倒的だ。

読後、私はむしょうに映画が観たくなった。それもカタカタと映写機の回る音が聞こえてくるような、白黒のざらついたフィルムの映画を。
しばらくオースターの世界に入っていくかどうかは、決めかねていた。たぶん少し打ちのめされていたのだろう。
死者を感じながら生きていくことは耐えがたいほど哀しく、つらいことではあるが、それでも生きのびていかなければならない。そしてそのことに理由はないのだ、ということを私はぼんやりと考えていた。
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by higurashizoshi | 2009-10-07 22:02 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

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