ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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ラースと、その彼女

d0153627_21304615.jpg2007年公開 アメリカ
監督 クレイグ・ギレスピー
出演 ライアン・ゴズリング エミリー・モーティマー ポール・シュナイダー パトリシア・クラークソン


片田舎の小さな町に暮らす青年ラースは、寡黙で人づきあいが苦手。いつもひとりで過ごし、恋の気配すらないラースを、兄夫婦は心配していた。
ところがある日、ラースが晴れやかな顔でやって来て、彼女を紹介するという。兄夫婦は大喜びでラースとその彼女を夕食に招待するのだが、その夜、夕食の席でラースのとなりに座った《彼女》を見て兄夫婦は驚愕する。それはどこからどう見ても人形だったからだ。
自分で購入した等身大のリアル・ドールを、ブラジルからやってきた実在の女性ビアンカだと紹介するラース。朴訥な兄は「弟が狂った」とパニックを起こし、優しい義姉はラースを傷つけないため、なんとかその場をつくろおうとする。こうして、ラースとその彼女をめぐる物語が幕をあけた…。

『ラースと、その彼女』は、人形に恋した純粋な青年というファンタジックな物語の体裁をとりながら、心の病などで《別の現実》を生きる人に対して周囲はどう接していくことができるかを語る、重いテーマの作品だ。
人形を実在のビアンカだと信じきっているラースは、熱烈に彼女を愛し、かいがいしく身の回りの世話をする。義姉は一計を案じ、「ビアンカの体調管理のため」と偽ってラースを医者に診せることに成功する。洞察力のすぐれた女性医師は、人形のビアンカの血圧を測りながらラースの心の状態を観察するという離れわざ(!)を演じ、以降、彼女はラースとビアンカのすぐれた理解者になる。
医学的にみれば「妄想」であっても、ラースにとっては必要な現実を無意識に作り上げているのだから、極力彼に合わせてあげるようにと医師に言われ、兄夫婦はこの《ラースの現実》に寄り添うことを決心する。つまり、人形をビアンカという、ラースの大切な恋人としてあつかうことにするのだ。そして教会や近所の人々にも事情を説明して協力をもとめ、小さな町はしだいにビアンカを受けいれはじめる。ビアンカは教会で賛美歌も歌うし、美容院でカットもするし、病院のボランティアにも行くようになる。
こうした背景には、ラースの周囲には両親の代からなじんだ家族的なコミュニティがあり、その中で彼が、引っ込み思案だが柔和で優しい青年として親しまれていたことがある。もちろん、ビアンカを連れ歩くラースを奇異の目で見る人々もいるのだが、けしてラースはコミュニティから排除されることはない。

物語は分析的ではなく、やわらかな雰囲気のなかを進む。ビアンカとの恋を周囲に受けいれられたラースは、生涯感じたことのなかった幸せにひたる。それは観ているこちらも胸があつくなるほどだ。そして、なぜラースはビアンカという《現実》を必要としたのかという、物語の大きな枠組みはさりげないかたちであらわれてくる。
冒頭のシーンからラースがいつも身につけている手編みのショール。
臨月まぢかな優しい義姉の、細い肩と大きなお腹。
やがてラースが選びとるもの、そのために越えなければならない痛み。
物語の幕切れのあと、なんともいえないせつない、でも温かい思いが胸の奥にしみていった。

幼い子どもが人形やぬいぐるみを生きているように扱い、それを周囲にも強いるのはごく普通のことだ。痛いって言ってるよ、とか、この子にもごはんあげて、というふうに。周囲の人はそれをほほえましく感じ、子どもの感性に合わせてあげることをいとわない。
それなのに、ラースのような大人が同じことをすると、それは異常な行為になり、排除されることになる。けれど、それがその人の《現実》であるのなら――周囲とはちがう、《別の現実》ではあっても――周囲がそれに寄り添っていくことはとても大切なことなのだと思う。《現実》を否定されることは、その人そのものが否定されること。私はこの映画を観ながらいつの間にか母のことを考えていた。
もの忘れが進んで、母はしだいに、忘れたことをおぎなうために《別の現実》をこしらえるようになった。私がプレゼントしたものを、誰かにもらったけどいらないから、と私にくれたりという、まだまだささいなものだが、ときどきぎょっとし、悲しくなる。そしてそれは視点を変えれば嘘や作り話にみえるから、ともすれば母に対してマイナスの感情をもつ種になってしまう。でも母にとってそれが《現実》で、だとしたら私にできることはそれに寄り添うことだけだ。この映画は、そんなことにもあらためて気づかせてくれた。

こまやかな脚本のすばらしさとともに、ラースを演じたライアン・ゴズリングはじめ自然で深みのある役者たちの演技のアンサンブルが、とても心地よかったこともつけくわえたい。そして最初はグロテスクにも見えた人形のビアンカが、少しずついきいきと愛らしく見えてくることに気づいたとき、私もこの町の人たちと同様、《ラースの現実》の魔法にかけられていたのだと思う。
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by higurashizoshi | 2009-11-10 21:40 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)
Commented by きのこ at 2009-11-11 07:56 x
こんにちわ
HSのきのこです。


私も最近この映画のDVDをみました。
全編を通して深く心にしみる物語でしたが、
中でも私が一番揺さぶられたところは、
弟の事を受け入れられないことで、傷ついている兄(夫)をも、
せめることなく包み込む、義姉の心のあり方でした。
(あんな仏様のような心になれないよ・・・涙)

セリフのひとつひとつ、表情のひとつひとつが、
とても大事に思えて、手元に置いておきたいように思えて、
はじめて、「映画のDVD買おうかな?」
などと考えています。



ここに書くのもなんですが、
higurashizoshiさんの地元の会にお邪魔しようと思いつつ、
仕事がめちゃめちゃ忙しくなってしまったので、
また年が明けてから考えたいと思います。
Commented by マッシー at 2009-11-11 14:32 x
ミミちゃんお誕生日おめでとうございます。
実は昨日、我が家も下の子の15歳の誕生日でしたが、5時過ぎまで仕事になってしまい、higurashizoshiさんのような手作り的なことができなかった。ごめんよ息子ってかんじでした。
息子リクエストメニューの手巻き寿司のネタが6時過ぎで半額になっていたのは嬉しかったけど…。
それはともかくヒッチコック!渋いですね。昨日NHKでヒッチコック取り上げてましたね。最後のへんで気付いて、あわてて、見ました。30分弱しか見れなかったけど、良かったです。
そして、「ラースと、その彼女」ですか。知りませんでした。きのこさんもおすすめのようで、見たいなあ。
探してみてみようと思います。
Commented by higurashizoshi at 2009-11-12 12:56
きのこさん
そうでしたか、この映画観られたんですね。なんだかうれしいです。
あのお義姉さんは体いっぱいに愛情があふれていて、ラースのことも
夫のことも包みこんでいますよねー。それでいて単なる母親的な女性に
描かれてはいないところがよかったです。

とても細かい描写、セリフが深い意味をもっていて、私も今も何度も
思い出してはいろんなことを考えてます。
手元に置いておきたいと初めて思わせられた映画…きのこさんにとって
すごく心の深くに入ってくる作品だったんですね。とってもわかる気が
します。

地元の会の件は、ほんとゆるい集まりですので、チャンスがきたらと
いうぐらいのことで。。。そのうちお会いできるとうれしいです。
Commented by higurashizoshi at 2009-11-12 13:04
マッシーさん
息子くん15歳おめでとうございまーす!
手巻き寿司いいですね、半額はさらにいい。
ばっちり母の愛、伝わってると思います。(いや半額は関係ないか…)

NHKでヒッチコックの番組、やってたんですか?
知らなかったな~見逃してしまったァ。
私自身はすごく好きってわけではないのですが、ミミといっしょに
ヒッチ作品をかなり網羅的に観ていってると、やっぱり相当おもしろい
ということがよくわかってきました。

『ラースと、その彼女』は、心の病気だけじゃなく、なにか生きづらさを
もっている人、そのそばにいる人にとって、すごく大切なメッセージが
つまった映画だと思います。ぜひ観てみてくださいまし。

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