ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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好きになれない町に行く

毎週金曜、実家に行って食事を作るようになって数ヶ月。大嫌いな車の運転をなんとかこなし、山道を駆ける。ここはほんまに神戸でっか?と言いたくなるような山奥に、無理やり切り開かれた住宅地。いわゆるニュータウンだったのが、今はオールドタウンと化している。まさに碁盤の目のように、ひたすら同じような規格の家、家、家が一面に並ぶ町。自分の実家に行くのでさえ、曲がり角をひとつ間違えたらわからなくなる。あたりは似たような家しかなくて、目印が何もないのだ。
正直、私はこの町がちっとも好きになれない。そもそも、町ってものは、もっと雑然としていて、歴史と暮らしがごちゃごちゃに混ざりあって、路地があったり廃屋があったり、いかがわしげな店があったりするものだ。

私が18で家を出ると同時に、両親は今の家を建てて転居した。それまで住んでいた家は、遠くに海と、目の前に広い畑の見渡せるのどかな場所にあった。路地も、おばけ屋敷と呼ばれる廃屋も、にぎやかな市場も、おじいさんのやっているよろず屋さんも、いつもふらふらそのへんを歩いてる謎のおばさんもいた。すてきな町だった。
ただし、住んでいた家は築60年というおんぼろ借家で、たった三部屋しかなかった。母は、ちゃんとした自分の家を建てるという人生の目標を達成するために、この家から脱出したのだ。母、当時50歳。貯めに貯めた資金を投入して、山奥のニュータウンに土地を買い、のどかな町を出て、人工の町に大きな家を建てた。母は満足だったのだろうと思う。父も、やっと広い書斎と書庫が持てて、満足していたと思う。

今、母の認知症は進んで、調理がむずかしくなって、ちぐはぐなものを作ってしまう。それで週に2回は宅配のおかずを頼み、週1回は私が作りに行くことになった。
母は、私が毎週行くことを忘れているし、私が食事を作った瞬間は「ありがとう」と喜ぶが、食卓につくころにはもう私が作ったことを忘れている。昔のことは明晰に話すが、今の日本の首相が誰かはわからない。
30年近くを経たかつての新居は、もうすっかり古びている。ご近所も高齢化が進み転居も多く、今では親しいつき合いもほとんどない。母の病状がさらに進み、すでに自分の身体の一部のようになっているこの家を出て、いつか別の場所に移り生涯を終えることになると考えると、私はいつも胸がちりちりする。

玄関でいつまでも手を振ってくれる両親をあとにして、このオールド・ニュータウンを抜け車を走らせていく。
どこまでもどこまでも、似たような家ばかり。道路はどこも、宅地をできるだけ多く取るために最小限の狭さで、対向車とすれ違うのもぎりぎり。さびれたショッピングセンターと、学校と、小さな病院以外、びっしりと家だけが建っている。
なんてつまらない町なんだ。ハンドルを握りながら、私はいつも涙が出そうになる。こんな町に住んで母はうれしかったのか。大きな家さえあれば、それでよかったのか。私はこんな山奥の人口の町で記憶を失っていく母が、なんともいえず悔しいのだ。母が悔しくなくても、私は悔しい。
家は大切なものだが、暮らす町が生きた町でなければ、どんな豪華な家でも私は住みたくない。心からそう思う。それにしても、なんで私は実家に行くたびにこんなに感情的になるんだろう。家に帰りついて悪夢の運転席から解放され、子どもたちの顔を見るといつも心底ほっとする。

そして実家のように広くもなく、実家のようにきちんと片づいてもなく、ごちゃごちゃの小さな家の中で、今度はわが家用の夕食を作る。
キッチンに立っていると、すぐ近くの海から霧笛がかすかに聞こえてくる。近所の店の板前さんたちがおしゃべりしながら路地に入っていくのが聞こえる。裏のお寺の鐘が、夕暮れを告げて響く。

私の心はやっと静まってきて、来週は両親に何を作りに行こうかと考えはじめる。胃を切除した父には消化のよい油気のないもの、そして少しずつの量でも味の変化が楽しめるもの。母に物足りなくないように、ちょっとボリュームのある料理も加えて。
私にとって両親の住む家は、実家ではあるがふるさとではない。そしてあの町は、私にとってずっとなじめない場所でしかない。でも両親は、たとえ年老いて病気をかかえ、記憶を失っていくとしても、私にとって変わらないもの。この年齢になって、ふた親が健在でいるだけでどれほど恵まれているかわからない。

だから、私は来週もそこへ行く。大切な父と母がいる、あのつまらない町へ。そしてきっとハンドルを握りながら、窓を閉め切った車中で、また叫ぶんだろう。
「なんでこんなに道が狭いんだ! なんでこんな家ばっかりなんだ! バカヤロー!」
今日叫んで、そのあとちょっと涙をこぼしたのと同じように。
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by higurashizoshi | 2010-11-08 23:00 | 雑感 | Comments(4)
Commented by ゆっこ at 2010-11-09 20:16 x
年老いた親をたずねた帰り道は切ないよね。
涙がこぼれてくるの気持ちがとてもわかる気がする。
でも帰り道があるというのは有難いことで、
再び我に戻れる時間でもある。

町がきらいなのか、年老いてゆく親を受け入れがたいのか…。
わたしは30年過ごした好きだったはずの町が一時的にしろ、
途方もなく嫌になったことがある。
親の老いも耐え難いのに
自分の中の町の印象までもが変化することに耐え難かった。
人に会って笑顔をつくらなければならないのもしんどかった。
時の流れで、心のもって行き場がなくなることもあれば、
心が癒されることもある。
いろんなベクトルが心の中を行きかうね。


Commented by higurashizoshi at 2010-11-13 12:57
ゆっこさん
親が老いてゆくのを見ていくのは、長生きしてくれたことの
証拠。ちゃんと受けとめていこう!…なーんて思っていたのは
アタマだけで、心はなかなか…。生きていくのは自分の未熟さを
思い知らされていく連続でもあるのかも。

そう、帰り道があるのは本当にありがたいこと。いつもそう思います。
ゆっこさんは私と逆に、愛着のあるふるさとの町だからこそ、
かえってつらかったんだね。
ゆっこさんがそのつらさを越えてやり切ったことを思いつつ、
私も親の老いを受けとめるという仕事をなんとかやっていきたいです。
ときどき車で叫びつつ…
Commented by zunzun at 2010-11-15 08:08 x
オールド・ニュータウン(ナイスネーミング!)にある、親の身体の一部になった築30年余の家。数ヶ月前からご飯が作れなくなった母…。我が家とビンゴです!
私の場合、飛行機で行かなくてはならない距離なので、今はもっぱら電話で声かけ中心ですが、気持ちは同じです。
長生きしてくれている事に感謝、自分たちでがんばって生活している事に感謝、親孝行する機会を与えてくれる事に感謝、皆通ってきている道、とリクツでは分かっているんですけどね。なかなか心では受け入れられません。
今月から妹と一ヶ月に一度、交替で世話をしにいこうということになりました。
できる範囲でできる事を。。。。やっていきましょうね。

Commented by higurashizoshi at 2010-11-16 21:08
zunzunさん
そうでしたか、zunzunさんのご実家も…。
飛行機で行かなければならない距離、もどかしいですね。
うちも姉と二人、それぞれできることをやっていこうと
話しています。
zunzunさんも、妹さんとうまく協力していけるといいですね。

それにしても、親の老い+病気を受けとめるというのは、
なんとも自分の器を試されている感じ…。
私なんて、怒ったり涙ぐんだりしながら、「まだまだ小さい
やつじゃのう!」といつも自分に言っています。

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