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ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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そして、レクイエム

昨日に引きつづき、フィギュアスケート世界選手権の話。今度は女子シングルであります。

今から一年あまり前、バンクーバー五輪のときには、フィギュアスケートの女子の頂上対決はキム・ヨナ選手と浅田真央選手だった。それ以外の選手たちとは完全に水をあけた状態で、この二人が戦う図式だった。そして勝ったのはキム選手のほう。パーフェクトな演技でまさに完全優勝。
しかし今シーズンが始まっても、国際試合にキム・ヨナ選手の姿はなかった。彼女が公に氷の上に姿を見せたのは、シーズン開始前の昨夏の韓国でのアイスショーくらい。以来、いろいろなニュースは流れてきたものの、シーズン最後のこの世界選手権に出場するという話には誰もが「ほんとに出てくるの?」と半信半疑だったろう。
通常は、シーズンを通して数々の試合を戦いながらプログラムを練り、修正を繰り返したうえで、選手たちはこの大舞台に臨んでくる。シーズン中まったく試合に出ず、1年ぶりの公式試合がいきなり世界選手権、というのは相当な冒険というか、賭けともいえる。
キム選手とずっとライバルとして比較されてきた浅田選手は、今シーズンはジャンプの根本的な修正に取り組んでいて不調。かろうじて全日本選手権でメダルを取り、代表の座にすべりこんだという状態だ。一年前とは、トップ争いの構図はずいぶん変わってしまった。

そんな今シーズン、変わらず安定した強さで勝ち進んできたのが安藤美姫選手だった。
女子で世界初の四回転ジャンパーとして十代で持てはやされ、トリノ五輪で惨敗。その後コーチを変え、日本を飛び出し、ケガや故障に泣き、アップダウンを繰り返してきた。いつの間にか落ち着いた大人の女性になっていて、日本の選手には珍しく流暢な英語を操り外国のメディアにもしっかり対応する。
以前はメンタルな部分に左右されて崩れることも多かったのが、今シーズンは序盤からともかく安定して強い。心が強い。インタビューなどを読んでいると、「何のために滑るのか」ということを自覚的に考えている選手なのだなあと思う。
そして今回、モスクワに移って開催された世界選手権に挑むにあたって、彼女が終始言っていたのは「自分のためでなく、被災した方たちのため、日本のために滑る」。だから、メダルがほしいと。
結果よりも自分のスケートができるかどうかが重要、と近年は言い続けてきた安藤選手だが、今回ははっきりした理由のためにメダルを取りに行くという。幼いとき事故で父親を亡くした経験が、彼女の中でこの震災を見つめる視点になっているのかもしれない。

さて今回の女子シングルの最大の注目は、なんといっても一年ぶりに姿を現す五輪女王キム・ヨナの新プログラムだった。ショートプログラム(SP)が「ジゼル」、フリーが「アリラン」。ジゼルも楽しみだが、私としては「アリラン」の曲を使って彼女がどんな表現と滑りをみせるのか、観るのが待ち遠しかった。韓国で世界のトップに立った初めてのフィギュアスケート選手である彼女が、自国の伝統歌曲をテーマにする。欧米の音楽を使うことがほとんどのフィギュアスケートのプログラムで、これは珍しいことだし、リスキーなことでもある。

1日目、SP。最終滑走グループがリンクに出てきたとき、浅田選手の生気のない雰囲気に驚く。それに全日本のときと比べてもあきらかにやせて、折れそうに細い。大丈夫なんだろうか、と思っていたら、やはり演技が始まると力なくジャンプの着氷ミス。最大の武器のトリプルアクセルだけでなく、ほかにも取りこぼしがいくつもあり、何より不安そうでこわごわ滑っているような表情が気になる。まさかの7位発進に。
安藤選手は、柔らかい曲調に乗せてきっちりとプログラムを滑り切って好調なスタート、2位につける。
最後に滑ったキム・ヨナ選手。ついに現れた!という思いで世界中のフィギュアファンが見つめている。これまでのイメージから優美な白い「ジゼル」かと思ったら、鋭く強い、黒いジゼルでびっくり。やはり巧い、美しい。と、ルッツジャンプでミス。それでも1位。

翌日、いよいよフリー。
初出場の村上佳菜子選手はSPの10位から挽回して7位。がんばりました。タタと同い年なので何となく応援してしまう。
最終滑走グループに入れなかった浅田選手。今日もまた生気がない。滑りも終始、スピードがない。トリプルアクセル、また決まらず両足着氷。ほかのジャンプもシングルになってしまう。たんにスケートの調子が悪い以上のものを感じる。とにかくゆっくり休んでごはんを食べないといけないと思う。

フリー最終滑走グループ、最初が安藤選手。今季の彼女のフリープログラムは、自身が「鬼プログラム」と呼ぶほどのツワモノ。疲れの出る後半に5つのジャンプを入れるという、通常ではありえない構成になっている。後半のジャンプには加点がつくので、ミスなく滑れば高得点が出るが、もちろんリスクも大きい。
この大変なプログラムを、今季彼女は国際試合で5度滑り、5度ともフリーで1位になっている。こんなに強い安藤選手は見たことがないが、この日も彼女は強かった。
3つ目のジャンプがステップアウトしたのが唯一のミス、あとはきちんと全てのジャンプを決め、ていねいに滑り切った。130点を越える高い得点が出た。

ロシアのレオノワ、マカロワの2選手と、全米チャンピオンのシズニー選手、昨季ヨーロッパチャンピオンのイタリアのコストナー選手。その間に、キム・ヨナ選手登場。プログラムのタイトルは「オマージュ・トゥ・コリア」。アリランのメロディを主にした壮大なオーケストレーション。ここまで自国を前面に出すプログラムは珍しい。
冒頭の三回転連続ジャンプは息をのむほど美しい完璧さ。滑りが強くなったぶん、はかなげな魅力は影をひそめて強さが前面に出ている。と思っていたら中盤のジャンプでミス。ぐらついたが立て直し、のびやかなスピン、ステップでぐいぐい引っ張っていく。やっぱりキム・ヨナはすごい。丸一年のブランクと、世間の雑音と、圧倒的な自国の期待の中でここまで自分を保てるとは。
しかしミスが響き、点数は伸び悩む。キム選手の得点が表示された瞬間、安藤選手の手に金メダルが飛び込んできた。

表彰台で落ち着いた笑顔の安藤選手と、その横で涙を流し続けるキム選手。この涙の理由はいろいろ取沙汰されたが、私はそれを見て、たった20歳の女の子がひとりで戦ってきた、その背中に負いつづけたものの重さを感じた。日本と違ってフィギュア選手の層がまだまだ薄い韓国で、彼女は一身に国の期待をまとって滑り続けてきたのだろう。
来季も彼女が競技を続けて、新しいプログラムがもっと深みを増していくところを観たいと思う。

大会最終日におこなわれたエキシビション。
上位入賞者たちが華やかで楽しい演技を見せた中、安藤選手がアンコールに応えて滑ったのは、モーツァルトのレクイエムのプログラムだった。昨季彼女がこれを滑りはじめたとき、これは亡き父親への特別な思いをこめたプログラムだと説明されていた。確かに情感のこもった滑りで素晴らしいと思ったものだ。
でも今回、目標どおりメダルを手にし、「日本のことを思いながら滑った」と言っていた彼女のレクイエムは、これまで観たものとちがっていた。ジャンプはほとんど入っていない。ただ滑りだけで見せていく。悲しみ、痛み、祈り。いろいろな感情が静かに彼女の身体から発せられてくる。しだいに涙があふれてきて、胸がいっぱいになった。私がこれまで観た安藤選手の演技の中で一番美しく、ほんとうにすばらしかった。

まだ放映されていないペアとアイスダンスは最後の楽しみとして残っているものの、これでもう今季の競技はすべて終わってしまった。長いオフシーズンの間、いったい何を観たらいいのだろう…と茫然としているミミと私であった。次の目標は、生でフィギュアを観ること。いつになるかは、わからないけれど。
by higurashizoshi | 2011-05-03 22:02 | フィギュアスケート

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