ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
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エディット・ピアフ 愛の讃歌

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2007年公開 フランス・イギリス・チェコ
監督 オリヴィエ・ダアン
脚本 イザベル・ソベルマン
出演 マリオン・コティヤール シルヴィー・テステュー パスカル・グレゴリー ジェラール・ドパルデュー




エディット・ピアフと美空ひばりの共通点について考えていた。
考えれば考えるほど、この二人の生涯には似たところがある。
下町的な出自、幼時からの歌手としての出発、不世出といわれる稀有なその才能。
裏社会との癒着、著名なスターとの恋愛と破局、多くのスキャンダルと孤独。
そしてキャリア半ばにして病に倒れ、一度は復活のコンサートをおこない、惜しまれながら早くに世を去ったこと。
そのうえ、ピアフという芸名は雀という意味。
雀とひばり。
二羽の鳥はどちらも、なみはずれた強烈な個性をもち、そして熱烈に人々に愛されて死んだ。

「いやになるほど歌がうまい」。
美空ひばりの歌を聴くといつもそう思い、でも好きではなかった。
そしてピアフも「すごい声だな」と思いつつ、あまりにもどぎついその歌唱スタイルが過剰に感じられて、すすんで聴くことはなかった。
それがごく最近になって、なぜかピアフのあの強烈なだみ声が、心に沁みて感じられるようになった。そのあられもないほどの表現の裏に、哀しみややるせなさが貼りついている。
そう感じられるようになると、聴けば聴くほど、ピアフの歌は私にとって深く魅力的なものになってきた。きっと私が年齢を重ね、ものごとの歪みや苦みも、芳醇なものとして味わえるようになってきたからだろう。美空ひばりにだって、そのうち開眼する日が来るのかもしれない。

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『エディット・ピアフ 愛の讃歌』は、ピアフの幼少期から晩年までを描いた伝記映画である。
親との縁が薄く、娼家や芸人小屋でさまざまな大人とかかわりながら育った幼少期から、路上で歌い日銭を稼ぐ娘時代、才能を見いだされてデビューし、47歳で死を迎えるまでの道のり。
それらを、巧みに時代を行きつ戻りつしながら描いていく手法が鮮やかだ。
女王のように君臨する若いピアフのシーンのすぐあとに、晩年の、病と薬物依存で老婆のように衰えた鬼気迫る姿がさしはさまれる。
オランピア劇場での生涯最後の公演で倒れ、楽屋にかつぎこまれたピアフは、舞台に戻してほしいと懇願してうめき叫ぶ。
「一曲でも歌わないと自分に自信が持てないの。歌わせて、歌わせて!」

彼女がこれほどまでに才能に恵まれた不世出の歌手でなければ、路上から出発してほどほどの幸せを手に入れることができたかもしれない。
酒におぼれ麻薬におぼれ、次々と恋をして、周囲を傷つけ支配し、そのくせ孤独に身を折り、一方では世界中を飛び回り喝采を浴びる日々。
悲惨なことも多かった少女時代、彼女は大人たちに翻弄されながらも、下町の世界で濃く熱いかかわりを他人と交わしていた。けれど有名になり、天才と認められることで、彼女が何かを決定的に失っていく過程が、観ている側にじんじんと伝わってくる。
そしてそれを埋めるように彼女が身を捧げた、世界チャンピオンのボクサー、マルセルとの恋。
「神様、私にマルセルを与えてくださってありがとう」。少女のように祈るピアフの愛らしさ。そしてそれが信じられない形で壊れ去ったとき、ピアフの人生は決定的に破綻に向かって走り出す。
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幼いころ、路上で歌っていた母。その母に捨てられたピアフは、いつか同じように路上で歌うようになった。それだけではない。自分が歌うために、十代で生んだ娘を育てることができず、あっけなく病気で死なせてしまうのだ。
母に捨てられたこと、自分もまた母のように自らの子を見捨てたこと、それがピアフにとって生涯癒えない傷となる。それでも歌わずには生きていけない。舞台で脚光を浴び、力の限り歌い、称賛を受け続けなければ生きる実感が持てない。華やぎの陰でもがき苦しみ続ける彼女の姿が、等身大で胸に迫ってくる。

そういえば、美空ひばりはピアフとは反対に、捨てられるどころかステージママに支配されるようにして育ったと聞く。けれどそれもまた、別の意味で母子関係の影が人生に濃かったともいえるだろう。
そして何より、二人の共通点は熱狂的な大衆の支持だ。ひばりの葬儀のとき、テレビの中でものすごい数のファンが泣き崩れ、叫んでいたのを思い出す。ピアフの葬儀の際にはパリ中の店が休業になり、葬列を見送る無数の人々が路上に群れをなしたという。
その歌声が庶民の喜び悲しみと結びつき、その生きざまがきれいごとでなく、必死で生きる人々を励ましてくれる。そういう意味でピアフもひばりも、単に天才的な歌い手だっただけでなく、それぞれの国で後にも先にもいないようなたった一人の選ばれた存在だったのだろう。

エディット・ピアフの映画であるわりには、実際に歌うシーンはそれほど多くない。これは歌手ピアフの映画ではなく、生身の女性ピアフを描いた映画だからだ。
けれど数少ない歌のシーンは鮮やかで、克明に心に残る。特に最後のヒット曲となった『水に流して』を舞台で歌う場面は、ピアフの人生を凝縮したような、痛みと赦しがないまぜになった光が彼女から放たれていて、涙が止まらなくなった。

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ピアフを演じているのは、当時30そこそこだった美しい女優マリオン・コティヤール。
本当にこの人が?と誰もが目を疑う、老醜すさまじい晩年のピアフも、若いころのあけすけで傲慢でとうてい美人とはいえないピアフも、その変身ぶり、演じぶりは本当に一世一代といえるだろう。
監督のオリヴィエ・ダアンはまだ30代前半、長編映画の経験も多くなかったらしい。その若さでよくぞこの国民的スターの生涯を描く、リスクの大きな映画を、これほど質の高い作品に仕上げたことだと思う。

暗く激しいシーンの多いこの映画の中で、唯一といっていいほど明るくおだやかな場面。
それはピアフが病気療養に入ってから、ひとりで海岸に行くところだ。
陽光のきらめく海を見ながら、浜辺に座って編み物をするピアフ。やわらかな微笑を浮かべ、童女のように無心に編み針を動かす彼女のもとに、パリから来たというインタビュアーが突然訪れる。
夢か幻想のように不思議な空気に包まれたこの場面は、まるでピアフから伸べられた手と、ピアフを愛する人々の手がそっと合わさるような救いを感じさせる。

あまりにも早い死ではあったけれど、彼女は十分に戦い、十分に表現し、生き抜いた。
映画が終わってからも、《私は何も後悔しない》と歌うピアフのだみ声が、いつまでも耳から離れなかった。
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by higurashizoshi | 2013-02-24 00:32 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)
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