ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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ザ・フォール/落下の王国

d0153627_22321463.jpgインド・イギリス・アメリカ 2006年公開
監督:ターセム
出演:リー・ペイス、カティンカ・アンタルー、ジャスティン・ワデル、ダニエル・カルタジローン



1915年、まだ映画がサイレントだった時代。アメリカのとある病院に、5歳の少女アレキサンドリアが入院していた。オレンジ農園で働くお母さんを手伝って収穫中に、木の上から落ちて腕を骨折したのだ。
家族から離れた、寂しく退屈な時間を、アレキサンドリアは病院内をうろついて過ごす。人懐っこい笑顔で誰をも微笑ませる彼女は、みんなに可愛がられている。優しい看護師さん、医師や職員、病院に出入りする氷屋さん、大人の病棟にいる入れ歯のおじいさん。

ある日その病棟で、アレキサンドリアはハンサムな青年、ロイと出会う。ロイは映画のスタントマンで、鉄橋から飛び降りる危険な撮影で事故にあい、下半身に大ケガを負ってベッドに寝たきりだった。ロイはアレキサンドリアに、お話をしてあげようと誘う。お話の大好きなアレキサンドリアは、ロイの語り出す物語にたちまち夢中になっていく。
けれど、ロイには下心があった。
ひどい負傷の上、失恋の痛手に心を病みかけていた彼は、生きる希望を失っていた。彼はアレキサンドリアにお話を聞かせるのと引きかえに、自殺用のモルヒネを調剤室から盗んでこさせようとしていたのだ。
こうして、壊れかけた心にたくらみを隠した青年と、無垢な好奇心で青年を見つめる少女との、もうひとつの世界のお話が始まった…。

眠気を誘うような、けだるく薄暗い病院内の現実世界から、映像は一気にありえないような圧倒的な飛躍をみせる。ロイの語るお話、《壮大な叙事詩》の世界だ。
オレンジと純白の砂漠。サンゴ礁の中の孤島。海を泳ぐ象。
その舞台に、暴虐をつくす総督オウディアスへの復讐を誓った5人の男たちが登場する。オウディアスの軍隊との、幾度もの激しい戦い。5人のリーダー・黒山賊と、オウディアスの婚約者・美しい姫と運命的な恋。
タージ・マハールや万里の長城、エジプトのピラミッドまでが現れ、美麗をつくした衣装をまとった登場人物たちのめくるめく劇が繰り広げられる。

と、気づけば5人の男たちの顔には見覚えが…。
黒山賊はロイその人。誇り高き奴隷は氷屋の黒人青年、木の霊は入れ歯のおじいさん、爆弾作りの男と、猿を連れたダーウィンは病院の職員、そして姫はアレキサンドリアの大好きな看護師さんではないか。
おまけに、《壮大な叙事詩》はしばしば、アレキサンドリアの質問やら抗議に中断される。
そうやって、お話の世界と現実の世界は、行きつ戻りつし、互いに侵食しあい、進んでいく。
ロイの失意や絶望感は、お話の展開を暗く沈めていき、一方アレキサンドリアはそんなお話の進み方はがまんできない。とうとうアレキサンドリアはお話の中に入りこみ、黒山賊の娘になって登場し、主人公たちを危機から救う。

彼女の強い願いにはわけがあった。貧しい移民であるアレキサンドリアの家族は迫害を受け、あるとき家は放火で焼け、お父さんは暴行され殺されてしまったのだ。それを聞かされて育ったアレキサンドリアにとって、お話が死の悲劇に終わることは受けいれられなかった。
けれどあくまで、お話を語る主体はロイだ。現実の世界ではとうとうアレキサンドリアを調剤室に忍び込ませ、お話の世界もまた終末に向けて走り出す。
死に魅入られたように妖しく光るロイの瞳、まっすぐに生を見つめるアレキサンドリアの丸い瞳。めまいがするほど美しいお話の世界の中で、息づまるような最後の時が動きはじめる…。

これは、とても説明するのがむずかしい、不思議な映画である。
監督のターセムはインド出身、アメリカでコマーシャルフィルムを多数撮り数々の賞を受けてきた人だという。確かに、構図や映像の手ざわりにそれを濃く感じる。
ターセムは最初の映画『ザ・セル』がヒットしたあと、長年あたためてきた企画を実現させるため、世界各地でこつこつと撮影を続け、なんと自費でこの映画を作り上げたのだそうだ。

病院での絶望した青年と純真な少女という、古典的な組み合わせ、きわめてシンプルなストーリーと、豪華絢爛としかいいようのない、いくつもの世界遺産を含む奇観めぐりともいえる映像の中で演じられるお話の世界。この対比が、ともかく斬新で度肝を抜かれる。
そして、完璧な美意識でつらぬかれたようなお話の世界に、少女のひと言が入りこんで妙なゆるみが生じたり―そんな不完全さに、どこか脱力したようなあたたかさが感じられるのも面白い。
あたたかさといえば、アレキサンドリアを演じた、けっして美少女ではなく健康そのものの丸い頬の女の子。見る人みんなを幸せにさせる最高にあたたかい笑顔は、観終わったあと、どんな映像美よりも美しく心に残った。

原題は『The fall』。オレンジの木から落ちた少女、鉄橋から落ちた青年。
果実、花びら、馬、人、そして太陽が、時が、落下する。
落ちていくその中にきらめく光。
生きている時間は落下のあいだに、あわく激しくまたたく物語なのかもしれない。
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by higurashizoshi | 2009-03-16 22:50 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)
Commented by reshape at 2009-03-24 17:40 x

とても気になる映画。
higurashizoshi さんは、映画評がとっても上手ですね。

僕はものごころついたときからの高所恐怖症で、
飛行機に乗るたびに遺書を書いたりしてました。
でも、この映画の物語のなかで、
僕も“壮大な叙事詩”に参加したいという気持ちになります。

先日、11歳の女の子が、
あやまってマンションの6階から転落し、
死亡したというニュースを知りました。

落ちていくわずかな時間に、彼女にも、
“きらめく光”が瞬いたのだと信じたい。

僕もまた、落ちながら、
束の間の生のおわりを迎えるんだろうな、
と予感しつつ。

Commented by higurashizoshi at 2009-03-24 17:42
reshapeさん
ありがとうございます。
ほんとに不思議な魅力にみちた映画なので、機会があったら
ぜひごらんになってみてください。

落ちる、というのはどうしてもマイナスの現象と思ってしまうのですが、
世界には、やさしい《fall》も甘美な《fall》もありますね。
落ちていく視点だから見えるものもあるんだと思います。
でも、同時にこわさもはらんでいる。
意識するにせよ、しないにせよ、誰もみんなそれを体験しているんでしょうね。

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