ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

イースタン・プロミス

d0153627_14141989.jpg
イギリス・カナダ・アメリカ 2007年公開 
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン ナオミ・ワッツ ヴァンサン・カッセル アーミン・ミューラー=スタール


クローネンバーグ監督が『ヒストリー・オブ・バイオレンス』に引きつづきヴィゴ・モーテンセンを主役に据えた。―劇場公開当時から、気になって気になって観たくてしかたなかった映画だが、DVD化されるのを待って、そこからまたレンタルで借りるのに、えらく長い時間がかかってしまった。
観終わってまず思ったこと。
《クローネンバーグがこんなに優しさに満ちた作品を撮るようになったとは!》
そして、なんといってもヴィゴ・モーテンセンのすばらしさである。

《優しさに満ちた》と書いたが、物語はおそろしく暗い。ロンドンを舞台にしたロシアン・マフィアの暗部を描いた話である。
ロンドンの町なかの店で、ひとりの白人の少女が倒れて病院に運ばれる。少女は妊娠していて、赤ん坊は無事生まれるが少女は死ぬ。少女の身元を調べるため所持品を調べた助産師アンナ(ナオミ・ワッツ)は、ロシア語で書かれた小さな日記帳を発見する。
アンナの亡くなった父はロシア人だったが、イギリスで生まれ育った彼女はロシア語を解さない。そこで、同居している伯父が日記を翻訳しはじめる。
アンナはまっすぐな正義感の持ち主で、しかも恋人との子を流産し、彼とも別れたつらい経験をもっていた。そのため、生まれたばかりの赤ん坊と死んでいった少女に対し、特別な感情をもつ。なんとかして少女の身元をたしかめ、赤ん坊を幸せに引き取ってもらえるよう全力をつくそうとする。

少女の残した日記帳には、あるロシア料理店のカードがはさんであった。アンナは無防備にそのロシア料理店をたずねていき、店主セミオンと対面して、日記帳の存在を告げてしまう。そこから、彼女は縁もゆかりもないロシアン・マフィアの世界にかかわっていくことになるのである。
日記帳の中身は、マフィアのボスであるセミオンをおびやかすものだったからだ。日記帳を持っているアンナ、翻訳して中身を知った伯父も危険にさらされていく。

アンナのいる明るい《善》の世界に対して、豪華なロシア料理店を営みつつロンドンのロシアン・マフィアのボスとして君臨するセミオンの率いる世界は血塗られて暗くよどんでいる。人身売買、麻薬取引、殺人。セミオンの跡取り息子は父親に頭が上がらず、仲間のニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)の方が父親に見込まれていることに嫉妬を燃やす。
ニコライは表向きは運転手だが、死体処理のプロである。タイトに決めたスーツの下は全身タトゥーに彩られ、怜悧なまなざしで顔色ひとつ変えずに仕事をこなす男だ。
彼はセミオンの店をたずねてきたアンナと顔見知りになり、ロシアに根をもつ二人のあいだには、次第にある感情が揺らいでくる。しかしお互いの住む世界の隔たりをよく知るニコライはアンナに言う。「早く、あの善人たちの世界に戻れ」。
ニコライはセミオンの信頼を得、アンナから日記帳を奪う役目を言いつかう。くわえて、アンナの叔父を殺すことも命じられる。やがてマフィアの正式な一員として認められるべく、ニコライは命令に従うのだが…。

冒頭の床屋での殺害シーン、ニコライが死体処理をする場面など、むごたらしいリアルな描写は多い。けれどそれらは描かれるべくして描かれていると感じられるので、怖くても不快ではない。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で暴力というものの本質をえぐりこんだクローネンバーグは、今回は意外なほどオーソドックスな物語の形を使って、赤ん坊を守り暴力に怯まない女性の光ある世界と、暴力渦巻く闇の世界を対比させている。
人間の中にあるさまざまな感情、残酷さ、優しさ、屈折などの描写は、闇の世界の住人たちの方により濃く深い。すさまじい暴力を行使する男たちの隠し持つ不安やおびえも陰影をもって描いた役者たちの技量はすばらしいと思ったが、なんといってもほとんど感情を表に出さないニコライを演じたヴィゴ・モーテンセンがすごい。どう役作りをするのだろうと思えるほど作品ごとに別人になりきる彼だが、頭の先から足の先までマフィアの一員になりきった今回。ネイティブのロシア語、ロシアなまりの英語をあやつる技術もさることながら、ここまで猥雑で哀切な《ロシアくささ》を匂い立たせるとは感嘆のひとことだ。
広大なサウナ風呂での長い長い全裸の死闘シーンの、身体すべてを使い切った演技も含め、この人は自分の力を冷静に知ったうえで、最大限の努力を惜しげもなく役に注ぎ込む役者なのだと改めて思う。そのくせ、少しも気負ったところがない。まさに職人としかいいようがない! …と、つい興奮してしまうくらい、この映画でのヴィゴはすごかった。

最近、いくつかの映画やドラマを観て、見世物としての暴力があたりまえのように氾濫していると感じていた。たとえばジェームズ・マカヴォイ主演で話題になったアクション作『ウォンテッド』。娯楽作品だから暴力も殺戮もフィクションとして楽しめばいいのかもしれないが、それなら誰がみてもフィクションとわかるシーンに仕立てればよい。刺激をたかめるためにリアルな残酷さをこれでもかと見せつけるのは不快でしかなかった。
人気沸騰のドラマシリーズ『ヒーローズ』の最初のあたりを観たときも、筋立てはともかく、どうしてこんなにむごたらしい死体や暴力シーンが次々出てくるのか理解できなかった。本当の暴力や死とはかけはなれた《リアル》は、観る人の心の奥の、繊細な部分を傷つけ麻痺させるだけだ。ほんものらしく作りこまれていればいるほど。
『イースタン・プロミス』の中の残酷な描写がそれらと違うのは、《リアル》にみせる見世物としてではなく、人間の負の部分を目をそらさず見据えようとする必然として、その描写が選ばれていると感じるからだ。だからしんそこ怖ろしくても、観るものの心は傷つけられない。

ちょうどこれを書いている途中に、クローネンバーグがこの映画の続編の制作を検討しているというニュースを知った。ヴィゴ演じるニコライの物語は完結していないということ、そして何よりヴィゴ・モーテンセンとふたたび組みたいというクローネンバーグの意向が強いと報じられていた。実現が今から待ち遠しい。
[PR]
by higurashizoshi | 2009-04-12 14:20 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)
Commented by rikou0701 at 2009-06-05 21:41
実は私、ヴィゴ・モーテンセンの大ファンです♪
ほんと、渋くてかっこいいですよねー!!
「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン役が大好きです。
この作品もいますぐ観てみたくなりました。
Commented by higurashizoshi at 2009-06-06 18:12
rikou0701さん
はじめまして。コメントありがとうございます。

私も『ロード・オブ・ザ・リング』から始まってヴィゴファンになりました。
スターらしくない職人的なところや、アーティストとしても活躍している
感性の鋭さが好きです。
この映画の彼もほんとにすばらしいですよ。

フォロー中のブログ

明石であそぼう! たこ焼...

最新のコメント

Disney 鴨さん ..
by higurashizoshi at 00:53
こんばんは。 ひぐらし..
by Disney 鴨 at 22:17
Disney 鴨さん ..
by higurashizoshi at 16:30
bikegogoyさん ..
by higurashizoshi at 16:13
こんばんは。お久しぶりで..
by Disney 鴨 at 20:57
お久しぶりです。忙しそう..
by bikegogoy at 07:10
なみさん ずいぶん長く..
by higurashizoshi at 12:52
初めまして。マリンメッセ..
by なみ at 17:22
Disney 鴨さん ..
by higurashizoshi at 23:49
こんばんは。お久しぶりで..
by Disney 鴨 at 20:03

検索

ファン

ブログジャンル

映画
ウィンタースポーツ

画像一覧