ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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加子母明治座クラシックコンサート

いや~、またもやご無沙汰してしまいました。
気づくと、島旅記録を書き上げてから、はや1ヶ月以上。
なんせ、仕事が3つに増えちゃった上、新しく合唱団にも入ってしまったり、忙しいの嫌いなのに自分で自分を追い込むことになっており。
その間に、世間はいろいろとキナ臭い動きが起きていて、私たちがお互いを監視する社会を作るような法律が着々と作られようとしています。なんだか先行き暗く思えることばかり。

私自身は明日から今夏の保養キャンプにそなえて福島行きなのでその準備でドタバタしてるのですが、これだけは書いておきたいと思い、先日行った「加子母明治座」でのクラシックコンサートのことをちょっとだけ。こんな楽しく輝く時間があったことを忘れたくなくて。

去年、岐阜県は加子母(かしも)村にある芝居小屋「明治座」での年一回のクラシックコンサートに友人が行っていたく感動し、すぐに写真を送ってくれたのがはじまり。農村歌舞伎の芝居小屋でクラシック!という新鮮さにも心ひかれ、今年は私も行ってみることにしたのでした。

訪れた6月11日は、コンサートの2日目。
お天気にも恵まれ、田植えの終わったばかりの苗の緑と、真っ青な空が美しい。
向こうに見えるのが明治座です。
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これが明治座の建物。こぢんまりとして端正です。
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中の様子。コンサートが始まる前にパチリ。
素朴にして丁寧な作り。大切に修復され、使われている様子がしのばれます。
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120年以上の昔、地元の方たちが力を合わせて山から切り降ろしてきた材木が使われているそうです。美しい。
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第19回を数えるというクラシックコンサート、今年の演目。
ハイドン、ヴィヴァルディ、バッハ。
オーボエとクラリネットの協奏曲、チェンバロの協奏曲など、日頃あまり聴く機会のないユニークな曲ばかり。
バロック専門の合唱団に最近入った私としては、かなりぐっとくるプログラムでした。
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なんといっても、小編成オーケストラの皆さんがとてもいい音を奏で、しかもすごく楽しそうに演奏しているのがよかった!
こんなに奏者が楽しそうに弾んでいるコンサートは初めてでした。
チェンバロも生で初めて聴くことができ、そのつつましく気品ある音色にうっとりしました。
チェンバロ奏者の方は、なんと加子母村に住んでおられるそうです。

アンコールでは、クラリネット奏者のお二人がなんと花道から小走りで登場。
しっかりと歌舞伎の見栄を切って見せてから演奏に入る、というサービスぶりで、こういう「遊び」の部分もほんとに楽しかった。

コンサート終了後、20年しかもたないという屋根板を、1枚500円で寄付するというのに参加しました。住所と名前を板に書いて、あと18年くらいで屋根の葺き替えのときにこれが使われるのだそう。

18年…

生きてるかな…
生きてたら何してるかな…

と、友人と話したりしました。

これがその板屋根。ちょっとわかりにくいけど、瓦屋根の向こうに石で重しをしてる部分です。
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明治座の奥の山は、なんともいえない清涼な空気が流れていました。
気持ちいい。
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帰りには腰を抜かすほど美味しい近江牛を夕食にいただき、1日だけの短いけれど充実した旅が終わりました。いつもいろんな楽しい場所を教えてくれる友人に感謝です。

さて、明日は福島。
旅支度をせねば。



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by higurashizoshi | 2017-06-16 19:50 | 旅の記録 | Comments(0)

五島列島 小値賀島・野崎島への旅 4

長々とつづってきました今回の旅の話も、これで最終回(たぶん)。
いつも「ブログなんて長いと誰も読んでくれないよ」と人から言われるので、そうよねーと思い、今度こそ短く書こうと思うんだけど… なんか、長くなっちゃうんですよねえ。だから途中であきちゃう人もいるんだろうなあ。まあ、気が向いた方はもう少しおつきあいください。

さて、野崎島でアクティブなエネルギーを使い果たし、あれこれ感じ考えすぎてボー然状態で小値賀島に戻った私。小値賀での1泊2日はもうひたすら、なすがままに過ごそうと決めていた。
目的なし。急ぐ用なし。何にも考えず、のんびりと。
そもそも、最初に書いたように野崎島が大きな目標すぎて、小値賀島のことは何も知らないまま来てしまったので、島の地図すら現地でもらって初めて目にした始末。

小値賀島での宿は、「愛宕」という民宿に予約をしていた。
愛宕のご主人が港まで車で迎えに来てくださっていて、ラクチンで宿まで。ああ、なんだこの極楽ぶり。自分で歩かないってなんて楽なの。そもそもあちこちに人がいるし!
そう、人がいるってすごいことなのだと思った。人がいるって、ものすごい安心感だ。もちろんストレスにもなりうるわけだけど、このときの私には、あったかいお風呂に急にチャポンと入ったかのような、心がほとびるような感覚があった。

着いた民宿「愛宕」さんは、なんと目の前に野崎島がドーン!
小値賀港からかなり離れていて、ちょうど野崎島側の別の漁港に面していたのだ。さっき別れたばかりなのに、どこまでも縁があるわね野崎島。
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素朴なお宿に落ち着き、そのあとは付近をぶらぶらと散歩したくらいで、ぼよーんと過ごした。
お散歩中にも、あちこちで行きあう人がみんな「こんにちは」と言ってくれる。あたたかい。
庭先の花にも、人の住む気配を感じる。
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とはいっても、小値賀島も過疎に悩む島だそうで、今の人口は2600人ほど。
確かに、散歩しているとところどころに、空き家らしい建物が目立つ。

まるで、昭和の街並みにタイムスリップしたような。
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家の前にこんな木があるって、やっぱりここは南の島なんだなあと思う。
すんごいっすよ。
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その夜は、小値賀の新鮮なお魚づくしの美味しい夕飯をいただいた。
脱力しすぎてて、写真撮るの忘れました。特に美味しかったのが、白身のお刺身を小さく切ったのを、超たっぷりのすりたてのゴマとお醤油・みりん・お酒であえたもの。これをお茶漬けにするのが、五島列島ではポピュラーな食べ方なんだそうだ。これはもう、永久に食べ続けられそうなくらい旨かったです。


一夜明けて。
元は漁協勤務だったという愛宕のご主人が、「魚のあがるとこば見ますか?」と、朝の小値賀港に連れて行ってくれた。
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最近は漁獲量が減っているのでさびしいとのこと。でも小値賀の魚は東京などにいくと高級魚として人気があるのだそうだ。
これから東京の居酒屋に直送されるという魚たち。
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南の海らしい鮮やかな色の魚。
名前を聞くと、「ヨメ」というんだそうだ。なんでヨメなんですか?と聞いたら、
「色がきれいかやけん」
だそうだ。ふふふ。
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宿に戻ると、ご主人が「今日はほかにお客もおらんけん、このあと島をひととおり案内しますよ」と言ってくださる。なんて親切な! もう、なすがままに連れていっていただくことに。
笑顔のやさしい奥さんにあいさつして荷物を持ち、完全無欲な状態で車に乗り込む。

車で回る道々、いろいろなお話を聞いた。小中高とひとつだけ公立校がある小値賀島だが、子どもの数がどんどん減っているうえ、働き口がないため高校を卒業すると100%島を出るのだそうだ。愛宕のご主人の二人の娘さんも、島を出て遠くで家庭を持たれているとのこと。
逆に、ゆったりした暮らしを求めてよそから小値賀島に住みつく若い人もいる。特に農業はなかなか人気があるという。

島のあちこちに牛がいる。ここで育つと、肉牛として遠隔地に運ばれるそうだ。
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「地ノ神島神社」。
野崎島にある、「海ノ神島神社」と一対をなす社だ。
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海の際に立つ鳥居。
対岸はるかに、野崎島の鳥居と向い合わせになり、飛鳥時代ともいわれる昔からこの海の安全を見守っている。
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鳥居をくぐり、ごつごつの岩の浜に出てみる。
遣唐使も通ったという海峡。なんだか敬虔な気持ちになる。
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牛の塔。
ここの由来は、前々日に小値賀の民俗資料館で聞いていた。
鎌倉時代、もともと二つの島に分かれていた小値賀島をひとつにするための干拓工事が行われた。大変な難工事で、使役のために何万頭もの牛が犠牲になった。その亡くなった牛の数の石ひとつひとつに経文を書いて積み、その上に供養塔を建てたのだという。
牛たちを供養し続けてきた、小値賀島の人々のやさしい心が思われる。
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赤浜海岸。
その名の通り、ほんとうに海辺が全部赤い!
この島が火山の噴火でできた名残りなのだという。
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こちらは、柿の浜海水浴場。
なんとも素朴でかわいらしい海水浴場だ。きめ細かな砂も、打ち寄せる水もきれい。
夏には島の人でいっぱいになるという。
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車は橋を渡り、隣の小島、斑島へ。
ここで有名なのが「ポットホール」。
ポットホール…って何じゃ?

この海べりの岩場にあるのだそうだ。
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岩によじのぼり、裂け目から見下ろすと…
うわおお!
なんすかコレは!?
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この裂け目の底に見えるのが、ポットホール。地元では「玉石様」として信仰の対象になっているのだそうだ。
いつの昔からか、この裂け目の奥で石が波に洗われてクルクルと回り、回り、回り…いつしかまん丸の玉石様に。クルクル、クルクル…何十年、何百年、いやもっと?
これ、底まで3m以上と相当深くて、玉石様は直径50cmくらいだそうだ。
しかし、この玉石様のもとになった石は、どうしてここにあったの?誰かが入れたの?周囲の石からはがれたの? …誰か教えて~!

今度は、車はもうひとつの橋でつながった小島、黒島へ。
ここの金毘羅宮が展望台になっているのだという。
愛宕のご主人、あちこちへ車を走らせてくださるが、必要なときだけ案内してくれ、ほとんどは「どうぞごゆっくり」とご自分は車で待機。マイペースで見て回りたい私には、これがすごくありがたかった。
黒島の金毘羅宮への石段。新緑が美しい。
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素朴な展望台があって、そこに陶製の地図が。
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ここは国境の島、という言葉が思い出される。
小値賀港が一望。
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車に戻り、昼はどこで食べられるとですか、と聞かれたが、本日まるごとノープランの私。
「ふるさと」を勧められたが前々日に行ったので…と言うと、「おーがにっく」は友だちがやっとる店やけん、どうですかと言われる。
その店!実は前々日に小値賀のメインストリートを歩いたとき、目をつけていたのであった。というか、目をつけざるをえない店構えであったのだ。
これが前々日、その衝撃に思わず撮影した「おーがにっく」の店の前のメニュー。
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どうですか、すごいでしょう。名状しがたい多彩さとディープさ。
イノシシとトルコライスとウニとラーメン、そして鯨!

そうか、あそこの店主さんとお友だちだったのか。でも愛宕のご主人、野崎島の管理人の前田さんともお友だちだったね。なんだかみんな、つながってるね…
「トルコライスってなんですか?」と聞いてみたら、「食べたことないけん…」との答。そしてご主人、聞いてみますよと即、スマホを取り出し「おーがにっく」の店主さんに電話。
「トルコライスっていうんは、トルコと関係があるんね?え、ない?トンカツとスパゲッティ?」等の対話ののち、
「まあ、食べてみたらわかるんじゃないですかねえ」
ということであった。

小値賀島一周の観光の旅終了。港の近くのしみじみした海産物屋さんの前で、車から降ろしてもらった。なんとまあお世話になったことだろう。「愛宕」のご夫妻、ほんとうにありがとうございました。

笑顔のすてきなおばさまの海産物屋さんでいろいろとおみやげを買いこみ、ここでも親切にも「お昼食べに行かれるなら荷物預かりますよ」と言ってくださる。忘れたら大変…と私が言うと(これはポカが日常の私にとってはごくリアルな話)おばさまはカラカラと笑って、
「3時の船でしょう。忘れてたら港まで持ってってあげますよ」
と何でもないことのように言われる。うーん、あったかい。

まだお腹が空いてなかったので、しばらく港近くの裏通りをぶらぶら。
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ええ時間が流れとるねえ…
と思って歩いていたら、一軒の家の前に数人の人たちが集まってなにやら相談中。
そこを通り過ぎようとすると、ひとりの男の人が私の顔を見てやおら、
「あんたええとこに来たね。この家もらわんね。ただよ!」
とニコニコして言うではありませんか。
「え、突然!?」
思わず話を聞いてみると、しばらく前にこの家の住人のお年寄りは亡くなられ、遠くに住むお子さんが、誰かもらってくれる人がいれば無料でこの家をあげたいと言われているとのこと。
「どうね、いい家よ。もらわんね。ただし、ここに住んだらお姉さんが会長さん」
会長?
聞けば高齢化で町内会長のなり手がいないので、この家を譲る条件は、町内会長になることなんだそうだ!
と、そこへ通りかかった数人のおばあちゃん連。「なんね、なんね?」
「いや、このお姉さんに、この家ばもらわんねと…」と男の人がいいかけると、おばあちゃんのひとりがにべもなく、
「この家はダメね!根太が腐っとる!」
とバッサリ。
すると男の人も負けてない。
「お姉さん、あっちの家はしっかりしとるよ。あっちも空き家やけん、古民家やけん」
と売り込む。
「でも、リフォームしないと住めないですよねえ」と言うと、一緒にいた役場関係らしき人がすかさず、
「いや、空き家に住んでいただく場合、リフォームに町から200万出ますから」。
「ほら、200万出るとよ!どうね!」
「いや~急に言われてもねー」
なんだかんだと、お互い軽口合戦になり、笑いのうちに解散。

おそらくこの島のかかえる切実な問題をはらんでいるのだけど、なんだろう、こんなふうに行きずりの旅行者の私に声をかけてこられるフレンドリーさがなんとも楽しい。
そして、この島に住んだらどんな毎日がありうるんだろう?と、現実離れした空想がふと頭をよぎったりもして。

さて、ほどよくお昼どきのお腹になってきたので、いよいよ懸案の「おーがにっく」へ。
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うーん、この脱力した《構えてません》感がなんとも。
店の前にはさきほどの写真のメニューが掲げられてるわけですよ。
こちらが店内。
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店内あちこちにもメニューあり、洋食、中華、酒のつまみ、とんこつラーメンから小値賀の海の珍味まで、この幅広さに脱帽です。
なかなか雰囲気のあるご店主、いろいろおしゃべりしているうちにびっくり!なんとこのご店主が前々日行った民俗資料館の、初代学芸員だったとのこと。長年考古学を研究され、小値賀島と野崎島の古代からの歴史についてたくさん論文も書かれていて、店内に置いてある文献をいろいろ見せていただいた。
考古学研究から、なぜ食べもの屋さんに?と尋ねると、
「小値賀には休日にお昼を食べられる店がほとんどないんですよ。もともと発掘作業で料理は作り慣れてたし好きだったので…」
とのこと。今も研究の方もぼちぼちと続けておられるそうだ。

さてお昼なにをいただこうか、と考えて、トルコライスの中身を聞くとかなり濃厚そう。カツにナポリタンにサラダか…もうちょっと疲れてなければトライするところだけど。
ご店主が、「さっき港から来た小イカがあるんで、それをバター焼きにするのはどうですか?」と提案され、それは美味しそう~とお願いすることにした。
今朝見に行った港からあがったばかりの、可愛らしいイカ。これが絶品でした!
(思わず食べちゃったあとで撮ったので、イカ減ってますけど)
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うまいうまいとモフモフ言いながらいただいたあとで、テーブルの上のメニューの一点に眼が止まる。
むっ!?
「カメの手!」
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このカメの手、バルセロナの市場の魚売り場で何度か見たんですわ。
ぎょえー、スペインではカメの手食べるんか!と娘たちと盛り上がったものの、調理法もわからず手出しはできぬまま。その後、高知に行ったときにも売ってるのを見た記憶があり、日本でも食べるんか!と思いつつそのままになっていた。
「カメの手、どうやって食べるんですか!?」
と勢い込んで聞くと、いたずらっぽく微笑んだ店主さんがすぐにサッと湯がいて出してくれた。
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腕部分(!)をピリッと裂いて、中から出てくるオレンジ色の部分をぱくっと食べる。
濃い海の味がして、コリッとして、
「おっ旨い!カメの手!」
しかし…
「これね、カメの手じゃないですよ」
と言われて
「?」
なんと、これは岩場に生息する甲殻類で、カメの手そっくりなのでこの名前がついたんだそうだ。にゃに~!? カメの手ちゃうんかい! 長いことだまされとった…
でも、バルセロナ以来の課題が思わぬところで解けて、あーこれもたぶん一生忘れないなあと思ったのだった。

すっかり長居して(お昼どきなのに誰もお客さん来なかったね…)興味深いお話をいろいろ聞かせていただき、店主さんにごあいさつして「おーがにっく」を出る。
いよいよ船出、帰路につく。
海産物屋さんのおばさまにお礼を言って荷物を受け取り、港へ。

小値賀の漁の無事を祈る、小さな社。
お世話になりました、小値賀島。ほんとうにいいところだった。
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行きは高速船だったが、帰りはフェリーでゆっくりと。
さて乗りましょうかねと船着き場に行ったけど、誰もいないし船もない。アレ、もう出発時間迫ってるのにおかしいな。
と思っていたら、ターミナルの「おぢかアイランドツーリズム」の職員さんがあわてて走ってこられた。
「フェリー、あっちですよ!」
私、あらぬ方向の別の船着き場に行ってたのね。ほんとに最後までお世話になりました。今日最後の便でっせ、乗り遅れたらエライことやっちゅうねん。
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フェリーの2等船室というのは、何かそういうきまりごとでもあるのか、乗り込むや否やみなさんじゅうたん敷きの床の上にやおら横になって毛布をかぶるんですね。きっと多くの人はこの航路が日常で、ここは休むとこ、となっているのだろう。
旅人としては、デッキに出て島との別れを惜しむほかない。

あっという間に小値賀島、野崎島は遠ざかっていった。やがて平戸をへて、陸路へ。そして長い時間をかけて九州から本州へと戻っていく。旅が終わる。
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今、帰りついて10日以上がたち、すっかりいつもの忙しい生活に戻った中でも、ふと島の感覚がよみがえることがある。
夜明けの島の空気。島じゅうに響く鳥の声。人のいない野崎島と、人のあたたかな小値賀島。突き抜けるような不安と怖さと、楽しさと。たったひとりで経験した旅の匂い。
私の身体や心の深いところで、きっとこの感覚は生き続ける。


*****

小値賀島・野崎島への旅の記録、これにて終了。
いや~長かったですねえ。
全部読んでくださった方、ありがとうございました。
国別対抗戦のことを書くよりもこちらを優先したので、フィギュアについてはまた今季を振り返るような形で書けたらいいなあと思っています。




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by higurashizoshi | 2017-05-02 09:55 | 旅の記録 | Comments(2)

五島列島 小値賀島・野崎島への旅 3

野崎島で過ごした夜は、何か説明しがたい畏れのようなものをひしひしと感じる時間だった。
数人の人間は確かにいるし、電灯も点くし、部屋で布団にくるまって眠れる。それなのに、今この宿舎以外の島中すべてが真の闇に閉ざされて、激しい海風にさらされ続けている光景が頭を離れない。自分が脆弱でちっぽけな存在に思えて、なんとも心もとない。
うとうとと短く眠ったあと、午前5時に起き出した。もちろん外はまだ真っ暗闇だ。身支度をして、5時半すぎに宿舎を出た。少しずつ空に色が差しはじめている。

教会への急勾配を早足でのぼっていく。息が切れる。胸がはやる。
教会の前までのぼり切る。
明けかけた空を背景にした、旧野首教会。
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海を見おろす。
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みるみるうちに、空は明るくなっていく。
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100年以上、ここでこうして朝日を受けてきた姿。
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太陽がのぼった。
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まっさらな今日の光の中、この完璧な美しさをいつまでも見ていたくなる。
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すっかり日がのぼった。
教会を遠景で見る。

石垣の配置や勾配、木々の配置や枝ぶりまで、まるでしつらえられた舞台装置のように完璧に見える。
偶然と年月が作りだした、荒々しくも美しい作品。それは、ここで信仰を暮らしの中心において生き抜いた人たちがいてこそ生まれたものだ。
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野首海岸に降りてみる。
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きれいだなー。
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宿舎に戻って、昨夜厨房で炊いたごはんで作ったおにぎりで朝食。
米や梅干しはリュックに入れて持参した。
旧分校の校庭から、教会を見ながらいただきます。どんだけこの教会が好きやねん。もうこれは完全に恋ですわ。
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私以外の2人の旅行者は、朝の船で小値賀島へ戻っていかれた。昨夜少しおしゃべりした、ひとり旅の女性との会話を胸にそっとしまう。きっとずっと忘れないだろう。

管理人の前田さんからは、ひとりで(ったってもう私しかいないよ)山奥に入らないこと(行方不明者が出て大騒ぎになったことが何度かあるらしい)、午後3時10分発の船に絶対乗り遅れないように港に行くこと、の2つを言い渡された。
島の南端の舟森集落へは道もけわしく、イノシシに会ったり迷って山に入り込んだりする危険があるとのことであきらめ、まずは教会の裏手の山にのぼって景色を堪能することにした。結局、教会を離れがたい恋心。

教会の横を通るときにつくづく観察すると、瓦屋根と西洋風の屋根下飾りのマッチングがなんとも可愛らしい。
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野首集落のあったきつい勾配は、ていねいに積まれた石垣がそのまま残り、きれいな階段状になってずっとずっと山の上まで続いている。低いところには住居が、高いところには畑があったそうだ。
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住居跡。昨日見た港近くの野崎集落と違って、ここはすべて家が崩壊しその残骸が散っている。
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かつて、家族の服をたくさん縫い上げただろうミシン。
島を離れるとき、持っては出られなかったのだろう。
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晴れ渡った空、昨夜とはちがう心地よい風が吹きすぎる。
かなり上までのぼり切り、石垣に腰をおろして海を見下ろす。
心をからっぽにする。

さまざまな鳥の声。
かすかにのぼってくる波の音。
木々の葉ずれのささやき。
ほかには何も、聞こえない。まったく、何も。
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永遠の時間。自分を感じない自由。
これまで味わったことのない感覚だった。

ずいぶん長い時間がたった。
と、突然人間が現れた! 管理人さんではない見知らぬ人が。
ここからはずっとふもとの方にある教会へと、豆つぶほどに見えるその男の人はなにごとか大声で叫びながら走るように近づいていく。
人?どこから来たの?どうして?と思ったが、考えたら何のことはない、朝の船に乗ってきた人がいたのだ。でもなんで叫んで走ってる?
教会までの石垣をのぼりつめたその人は、どうやら「来たぞー!来たぞー!」と叫んでいるらしい。そのまま教会に飛びこんでいった。
なんだろう? ただただびっくりして山の上から見つめる私。

しばらくするとその人は出てきて、今度はいきなり教会前に立つ鐘を全力で打ち鳴らし始めた。
島じゅうに響き渡る鐘の音。
泣くように叫ぶ声が遠く聞きとれた。
「じいちゃーん! ばあちゃーん!」
そのとき諒解した。
この男性はこの集落の住民の子孫なのだと。
どこからか海を渡り、祖父母の記憶を訪ねてきたのだと。
私はそっと石垣から降りた。


名残りおしく旧野首教会に別れを告げて、私は通称サバンナと呼ばれている島の東端をめざした。
港を過ぎて野崎集落の崩落寸前の家々の間を通り過ぎる。家々の間の道もすでに崩れて、よじのぼるように行く。ずっと歩き続けると、廃墟の奥に一面の大平原が見えてきた。
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鮮やかな赤土と、その上をおおう新緑のコントラストが美しい。
木の枝はみんな、強い海風の形にかしいでいる。
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平原のあちこちには、無数の鹿の群。
少しでも近づくと、警戒して逃げてしまう。
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そんな中にも、好奇心の強いのがいるもの。
すみません、おじゃましております。
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ここで腰をおろし、大平原と海をながめながら昼のおにぎりを食べた。
なんとも気持ちのいい風景の中に、まったくのひとりきり。それなのに、なぜか落ち着かなくて、背中がぞわぞわする。

この感情はなんだ? と自問してみると、それは《怖さ》なのだった。
何が怖いのか? 怖いというか、不安感。危機感。さっき山にいたときは、背後を守られていた感じがあって、あんなに心地よかったのに。
それに比べて、この平原は見渡すかぎり360度、何も守ってくれるものがない。
何が襲ってくるわけでもないことはわかっているのに(あちこちに掘り返した跡があるイノシシには会うかもしれないけど)、なぜか不安でたまらなくなってきた。
自分がひどくちっぽけで、丸はだかにされた非力な生きものだと痛切に感じる。
あかん。怖いぞ、私。

このままではいかん、動かなければ、と立ち上がり、さらに平原の奥へ奥へと歩く。
何がこの先にあるのか見てやろうと思う。
ずいぶん歩くと、どうやらまた島の端に到達するらしい。波の音がする。
本能的に再び、絶景の予感。

いきなり目の前が開け、まるで地球がカッと大きな口をあけたような光景が目に飛び込んできた。わあああー!
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写真ではよくわからないけれど、赤い地層がむきだしになってえぐれたような巨大な穴が、海を呑みこむようにそそり立っている。
しかも、このまま少し前にいけば崖をザーッと海まで転がり落ちていきそうな足元のあやうさ。
またまた私は心臓がバクバクして、「怖いー!」と叫んでしまった。
四方八方、誰も私の叫びを聞く人などいないのに。

ひええ、だめだ。私ってこんな弱虫だったのか。
足に力が入らないまま、またもふらふらと歩き回る。
怖いぞ怖いぞ、誰もいないのって怖い。
(あとで調べると、あの《地球の口》みたいなやつは、野崎島の海底火山の噴火口の跡だった)
ふたたび平原をあちこち歩いて、方向があやしかったものの、やがて野崎集落に戻ることができた。しかしここも廃墟なのである。なんだか身体がみしみしする。

野崎集落で最後の住人だった神主さんの家が、最近修復されたばかりで公開されていた。
廃墟の中に突然一軒だけ、真新しい家があるのがシュール。これも、世界遺産登録を見越してのことらしい。
そこの庭にも、ふと見ると鹿がいた。ゆったりと木々の新芽を食んでいる。
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とうとう港に到達。
人がいるってすごい。軽トラに乗って管理人の前田さんがノンビリとやって来るのが見えたときは、前田さんが天使に見えた。
天使がイノシシの檻にエサをしかけるところを見せてもらう。
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ここに人が二度と来ないのなら、イノシシも狩られることなどないのに、と思うと複雑だ。
無人の島になったがゆえに、私のようにここにやってくる人間がいるという矛盾。

私のほかに港で船を待つ人、それが午前中に教会で鐘を鳴らしていた男性だと気づいた。
聞けばやはり、6歳までこの島に、しかも教会のすぐ裏の家に住んでおられたそうだ。
20年ぶりにここを訪れ、荒れ果てたキリシタン墓地の草刈りをし、墓を調べて先祖のこともいろいろわかったとのことだった。そして旧野首教会を建てた信者の直接の末裔は、もうたぶん自分だけではないかと言われていた。

町営船「はまゆう」がやってきた。
とうとう、野崎島とお別れだ。
たった25時間ほどいただけなのに、ものすごく長い時間をここで過ごしたような気がする。
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ここから小値賀島の港までの写真が、なぜかまったくない。
たぶん私は、疲れ切ってぼーっとしてたんだと思う。
そしてただただ、去りゆく島を見ていた。

たった25時間。でもその間にここで体験したこと、自分の奥深くに感じたことを、きっと私は一生忘れないだろう。

このあと、小値賀島ではまったく別の時間が流れる中、また新たな体験があった。
次回はそのお話。

*****


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by higurashizoshi | 2017-04-29 23:54 | 旅の記録 | Comments(3)

五島列島 小値賀島・野崎島への旅 2

さて、目的の野崎島に渡るには、事前に予約が必要ということで、「おぢかアイランドツーリズム」にメールで申し込んでいた。
とっても素敵なHPを完備して小値賀島や野崎島の魅力をアピールしておられる「おぢかアイランドツーリズム」さん(HPはこちら↓)

現地では、小値賀港ターミナルの中に窓口兼事務所が。
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現在は無人島である野崎島。昭和40年代までは長きにわたり、数は少ないけれど住民がいた。過疎による集団離島のあとも最後の最後まで残っていた方が島を離れたのは平成13年というから、完全に無人島になったのは意外に最近なのだ。
島内には3つの集落があり、そのうち2つが元々潜伏キリシタンの人たちが住む場所だったそうだ。
私の目指す「旧野首教会」は、島の中央あたりにある野首集落というところに建っている。

いよいよ、町営船「はまゆう」で野崎島へ出発。
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ぐるっと野崎島の周りをめぐっていくので、島の様子がよくわかる。船のスタッフが、「あれが王位石(おえいし)ですよ」と教えてくれる。
「王位石」というのは、野崎島に飛鳥時代(!)に建てられたという冲ノ神島神社の後ろにそびえ立つ巨岩。不思議な形に積まれていて、考古学的にも謎が多いらしい。8世紀にはすでにこの小さな島に神社や建造物があったのか…。

途中、予告なく別の島に立ち寄る。ここはドコ? あとで聞いたら、すぐそばにある六島(むしま)という島で、ここには住民が3人だけ(!)いるという。だから日用品を運んだりインフラを整備したりする必要があるのね。
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いよいよ野崎島に上陸。
この町営船が、小値賀島と六島とこの野崎島を、1日2便で結んでいる。
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港には、人がここに上陸する予約が入っているときだけ小値賀島から来る管理人さんが待っていてくれた。
実は、予約の段階ではこの日野崎島に渡るのは私ひとり、泊まるのも私ひとりになっていた。オフシーズンだけに、無人島をひとりじめ!と思っていたのだが、この前日がひどい暴風雨で船は欠航。そこで足止めをくった旅行者2人が予定変更してこの日に渡航することになり、島に渡る人数は3人となった。管理人さんを入れて4人だけが、この一夜を野崎島で過ごす人間となる。

みなさんひとり旅で独立心ある人ばかりで、基本バラバラに行動したのでストレスはなかったし、むしろ後になってからは、もし予定通り島にたったひとりだったら相当こわかっただろう…と思う場面も多々あった。

港に降り立つと、3つの集落のひとつ、野崎集落が目の前に。
住民の離島から長い年月がたち、すでに崩壊寸前の廃屋が並んでいる。
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島の樹木が、人の積んだ石垣を深く食んでいる。
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かつて集落の中心だっただろう神社も、石段をあがると社殿は完全に崩落していた。
こういう景色を見るとどうしても東日本大震災の被災地を思い出してしまう。人が長い年月いつくしんだ大切な日常が、断ち切られ朽ちていく光景。
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島のいたるところに群生していた、鮮やかな黄色の花。
朽ちゆく人工物を背に、植物たちはのびのびと咲きほこっている。
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意外だったのは、港から島の中心部へ向かって、大きな電柱が並んで電線が延びていること。
無人島とはいえ、宿舎に人を泊めるためにこうして電気を運んでいるわけだ。

野崎島の平地部分は、ほんとうにわずか。あとで歩いてみてよくわかった。
その貴重な狭い平地、このあたりはきっと畑だったのだろう。
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その後は山道の急勾配を、息を切らせつつのぼっていく。
たちまち高みへとやってくる。絶景の予感。

視界が開けた!
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おおー。
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これが野首海岸。
目に沁みるほど真っ白な砂と、群青の海。
あたりまえながら、誰も、誰もいない。
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海岸を見下ろしつつ、山道をさらに進む。
港から20分あまり来ただろうか。目の前に谷があらわれた。野首集落。
あれだ。小さく見える、レンガ造りの建物。
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このあたり、私テンパりすぎてほとんど写真撮ってません。
あこがれた教会がすぐそこにあると思うと、ドキドキしすぎて頭まっしろで、ひとりで「ああー」とか「はー」とか言いながら近づいていった記憶が。
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見上げるところまでたどり着いた。
のぼっていく。
人の手でひとつひとつ積まれたであろう、ごつごつの石垣と石段。
はげしい勾配。
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のぼっていく。
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見上げる。
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見上げる。
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振り向けば、眼の前は海。
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旧野首教会は、この教会周辺に住んでいた17世帯の信者が、生活を切りつめて持ち寄った資金で1908年(明治41年)に建てられた。今のお金にして数億円ともいわれる材料費と建築費を、たった17戸の家庭が知恵をしぼり、力を合わせて捻出したのだ。
かつて潜伏キリシタンとして厳しい弾圧の時代を生き抜いた野首集落の人たちにとって、この美しい教会はいわば信仰の証、夢の実現だったのではないだろうか。

多くの教会建築で知られる鉄川与助が最初に設計・施工したレンガ建築の教会とのことで、とても小さいけれど端正で、素朴にして完成された美しさだ。
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内部もまた美しかった。
撮影はできなかったが、つつましやかな祭壇、やわらかな色味の木を基調としたリブ・ヴォールト天井のなんともいえず親密であたたかな雰囲気の空間。ここに17世帯の信者たちが集い、祈りをささげていたと思うと敬虔な気持ちになる。
そしてこの教会を置いて島を出ていくとき、信者の方たちはどんな思いだったかと想像してみる。
(内部の写真はこちらで見ることができます↓)
教会の裏手にのぼってみる。
実に、この教会は建物の美しさだけでなく、周囲の状況がドラマチックなのだ。
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教会の周りにも家があり、畑があったらしい跡が広がっている。
この海風の吹きすさぶ、傾斜のつよい土地を耕して暮らしていくのはどれほど大変だったことだろう。

あちこちにアザミが咲いていて、うっかりそこらに腰を下ろすと鋭い葉でおしりをチクリと刺される。
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野首海岸に降りていく。
ほんとうに真っ白な砂。きめこまかいパウダー状で、足がめりこんでいくほど。
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夕景を見に、古いダムを越えて向かい側の海辺へ。
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キリシタン墓地があるのが遠く見える。
すっかり荒れてしまっている。
鹿や猪よけのフェンスも傾いたまま。
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波の音と、風の音しか聞こえない夕暮れ。
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野崎島唯一の宿泊施設、自然学塾村。
管理人の前田さんが作られたユニークなアートがいろいろと並ぶ。
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ここは、かつて人が住んでいたころの小中学校分校跡。
子どもたちがここで学び、前庭は集落総出の運動会の開かれる校庭だった。
今はきれいに整備され、畳も敷かれて意外に快適に泊まれる。自由に使える厨房もある。ムカデ、ネズミに注意、外には鹿と猪、というワイルドさはもちろんあるけれど。
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夜。
前日の暴風雨のなごりの強風が吹きすさんでいて、ものすごい音で宿舎が揺れる。
外は漆黒の闇。
電気もついて、建物にも守られているのに、ひしひしと何か強いものが迫ってくるように感じる。
「ここは、死と隣り合わせよ。」
昼間聞いた、前田さんの言葉が思い出される。なかなか寝つけない。
明日は教会にのぼって夜明けを見よう。

次回、野崎島2日目です。

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by higurashizoshi | 2017-04-26 12:35 | 旅の記録 | Comments(0)

五島列島 小値賀島・野崎島への旅 1

始まりは、一枚の写真だった。
ある日、新聞の折り込み特集に、日本のさまざまな島を紹介する記事があって、その中にモノクロのレンガ造りのちいさな教会の写真があった。山を背景に、石垣の上に立っているような、なんともいえない静かなたたずまい。その一枚の写真に、私はくぎづけになった。美しい。なんて美しいんだろう。
しかも記事を読むとその教会は、今は無人島になっている五島列島の小島にあるという。
誰もいない島に建つ教会。その風景をこの目で観たい。なぜか引き込まれるようにそう思い、いつか必ずここへ行こうと心に決めた。

それから一年半もたたないうちに、時はやってきた。願いがかなうのは、私の人生としてはかなり早かった。きっと近年、日頃のおこないがいいからであろう。
その島の名は、野崎島。長崎県の五島列島の北の方にある。
しかし、無人島であるからして、野崎島に直でいくことはできない。近くにある有人島、小値賀島(おぢかじま)にまず行って、一日2便の野崎島行きの航路を使わねばならない。
野崎島に行くことしか考えてない私は、小値賀島のことはなんも知らない・調べないまま、佐世保港を船出した。
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奮発して高速船「シークイーン」というのに乗ったら、これが速い速い。すさまじく飛ばしつつ湾を出て平戸あたりを通り過ぎ、ぐんぐんと五島列島北端へ。

着いたぞ小値賀島。はじめまして。あなたのことはまだ何も知りませんがよろしく。
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のどかだけど、意外に大きな港です。
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これが小値賀のメインストリート。
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昭和のまま時がやわらかく立ち止まっているような街並み。
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こんにちは。
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野崎島への船が出るまでの間、小値賀の民俗資料館へ。
かつて盛んだった鯨漁で財を成した名家が資料館になっている。
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実にこぢんまりした資料館の中は貴重な考古学的資料がぎっしり!
この資料館の学芸員の土川さん。
いろいろお話をうかがっていたら、元シスターで、野崎島とも関係の深い方だった。
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かつて潜伏キリシタンが隠れ住んだ野崎島・舟森集落に、44年前に神父を案内して渡り、その後この小値賀島に居を定められたそう。
「小値賀が大好き。どこにも行きたくない。」
そんなに愛される小値賀島。その魅力をもっと知りたくなる。

資料館を出てぷらぷら歩いていると、さっき港でちらっと会った地元の青年にばったり。
「お昼がまだなら、うまい店にご案内しましょう。」
都会だったらぜったいついていかへんわ、これ。聞くと青年は学生時代の旅でこの島にほれこみ、東京から小値賀の町役場に就職したのだそうだ。どこにそこまでほれたのか聞いてみると、
「ここは時間が何倍にも感じられるんですよ。それと、人ですね。人がいい。」
とのこと。
青年おすすめの店「ふるさと」。超ジューシーな肉厚の焼きアジと、ぷりぷりのお刺身、あごだしのお吸い物。うみゃあ!
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さて、いよいよ野崎島への町営船が出る時間。
緊張してきたぞ。
30分ほどで着くのだけど、こことは別世界が広がっている予感。
この予感は当たっていたどころか現実はそれをはるかに超えていたのであった。
次回、野崎島一日目です。




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by higurashizoshi | 2017-04-23 15:01 | 旅の記録 | Comments(0)

倉敷へ

悲しみというものは、薄まっていくのではなく沈殿していくものなのだと思う。
自分のうちがわへと静かに深く。
そして、その沈殿した悲しみをかき乱してしまわないように、そっと日々を暮らす。
注意ぶかく、そっと。

倉敷へ行った。
友だちが、句と写真の展示をすることになり、それを見に。
彼女は、私にとって大切な縁でむすばれた人。そしていつしか、彼女自身が私の大切な友になっていた。
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友だちにとって、ずっと念願だった展示。それを、縁あって仲間を得て、「二人展」という形で実現させた。
ちいさな会場いっぱいに、あたたかく澄んだ空気がみなぎっている。
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一枚一枚の写真に、ひとつひとつの句に、彼女のこれまでの道のりが、その実りが、つつましく美しく光っている。
うれしくて、せつなくて。
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彼女とごはんを食べに行った、竹林を前にしたオープンカフェ。
これも偶然、昨秋亡くなった父と縁のある場所なのだった。
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倉敷の町と、友との時間。
心がゆっくりほどけたり、むすぼれたり。
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ともしびのように、ちいさくともずっと輝きつづけるもの。
そんな大切なものを抱いて、家路についた。
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by higurashizoshi | 2016-10-13 17:01 | 旅の記録 | Comments(0)

本宮映画劇場

保養キャンプの今年の参加者向け説明会で福島に行ったついでに、前から訪れたいと思っていた本宮映画劇場に行ってきた。

今年で築102年、大正の初めに芝居小屋として建てられ、映画館として日本の映画全盛期を駆け抜け、その後は長く閉館していたそうだ。
中馬聰さんの写真集「映画館」(ほんとうにすばらしい本!)には、涙が出るほど懐かしく、猥雑で、濃厚な旧い映画館が数多く紹介されているのだけれど、この本宮映画劇場の存在を知ったのもこの写真集でだった。

郡山から十数分、本宮駅に初めて降り立ったものの、例によって地図が読めない私はハテナ状態で立ちつくすのみ。
駅でおしゃべりしていた制服姿の高校生グループに声をかけ、結局、親切な彼ら彼女らに劇場まで連れていってもらうことになった。
道すがら、「本宮劇場、何しに行くんすか?」と不思議そうな高校生男子。
「古い建物と映画が好きだから、見てみたかったの」と答えると、はー、と微苦笑。
確かあのあたりに…という程度には知ってるけど、みんなさだかに場所はわからないようで、手に手にスマホをかざしつつグーグルマップを頼りに先に立ってくれる。
「町ではどんな存在なの?」と聞いてみたら、「うーん、あんま知らないっつうか、昔のもの?小中学生が授業で調べにいく感じかなあ」とのこと。

路地を入った先の、相当ボロボロの建物。正面に回ると、ああ、ここだあ!
キュートな本宮っ子たちにお礼をいって、さっそく劇場を遠方からじっくりと鑑賞。
うむ、実に味わいのある建造物ではないか。しかし、予想以上に老朽化が進んでいるぞ。
たしかにこれは、近隣の人から見たら「崩れかけの、なんだか変わった建物」だろう。
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ふと見ると、入り口ふきんには軽トラックが止まり、なにやらお兄さんたちが休憩中。
工事中だろうかと思ったら、うむ。「除染作業中」なのだった。
浮かれ気分でここまで来たが、一気に《ここは福島》と思い知らされる。

外から見て、写真を撮らせてもらって、あとは本宮の街をぶらぶらしてから郡山へ戻ろうと思っていたのだけど、オヤ、道の向こうからニコニコしたおじいさんが足早にやってくるではありませんか。
それはネットで何度か見たお顔。ここの支配人、田村さんその人なのだった。
「あんた、いわきの人?」
いや、いわきじゃなくて兵庫県の人です。
聞けば、一週間前に予約があり、今日いわきから来る人に劇場内を見せる約束になっていたとのこと。
「あら、違うの。まあまあいいよ。見に来たんなら中に入って入って」
なんとラッキーなことに、私はそのいわきの人と間違えてもらったおかげで、思いもかけず本宮映画劇場の中を田村さんに案内してもらうことになったのだった。

そこは、まるで時を止めた昭和の世界。
胸がしめつけられるような、なつかしい匂いのする「映画館」という過去への旅だった。
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その中で聴く田村さんの、とめどもつきない日本映画をめぐるお話のおもしろいこと。
まさに映画と映画館の歴史における人間国宝! しかも田村さん、絶対若いころモテたでしょう。なんともいえぬ山っ気と色香ないまぜの魅力です。
「映画館は絶対もうかると思ってたの。だから一度閉めてサラリーマンになって、定年になったらもう一度映画館やろうと思ってたの。ところがあんた、定年なったら浦島太郎だったんだよ」
お父さんから映画館を譲り受けたあと、しばらくして映画は斜陽の時代に。田村さんは車のセールスをしながら、絶対にこの映画館を手放さず、休みのたびに映写機や館内のメンテナンスを50年も!続けてきたという。
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映画館として営業を再開するという望みはかなわなかったものの、次第にあちこちのメディアで本宮映画劇場が紹介されるようになると、建物を見せてほしい、映写機を見せてほしいという人が全国から訪れるようになった。
それからは、田村さんはここで時折無料で上映会を開いているとのこと。
「どうして無料なんですか?」と聞くと、
「お金取ると、そんなに人は来ないの。タダだったら、100人、200人来る。せっかく映画見せるんなら、たくさんの人に見てもらった方がいいからね」とのこと。
しかも田村さん、たくさんの秘蔵のフィルムがあるのみならず、自分でどんどんフィルムを切ってつなげて編集したものがいろいろあるという。
「昔の大衆映画にはね、必ずキャバレーのダンスシーンがあったの。そればっかり集めたのを私が作ったんだよ。それと、成人映画には必ずお風呂のシーンがあったわけ。そこを集めたのもあんの」とにっこりする田村さん。うーん、マニアック!ていうか、ピンク色!
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映写室も隅々まで見せていただいた。
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これが日本でたった一台しか残っていない、現役のカーボン式映写機。
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「あんた映画好きなんだったら、これ動かしてみっかい?」
えええ、いいんですか?
思わず手が震えてしまいそうになりつつ、教えてもらって映写機のスイッチを入れる。
ウィーン…と力強くも柔らかな音で回り出す映写機。カタカタカタ…と独特の音が響きだす。

たった30分しかもたないというカーボンの棒を燃料にして回る映写機。なんともいえず、いとおしく尊い。
田村さんがずっと整備し続けてきたからこそ、今もこうして現役でい続けている。
「もし故障したら、部品ありませんよね?」と不安になって聞くと、
「ほかの映写機から外してきて取り替えっから大丈夫なの。ほかにいっぱい映写機があんだ」。
次々とつぶれていく各地の映画館に行っては、フィルムとともに映写機を買い受けてきたのだという。
「これは浪江の映画館から買ったんだよ」
と映写機の入った大きな箱を見せてくれた。浪江町は津波と原発被害の両方を激しく受けた町だ。立派な映画館があったが、震災のかなり前に閉館してしまったのだそうだ。
「震災のときは、私らも逃げようかと思ったよ。もうここら、お金のある人はみんな逃げたね」
私が保養キャンプのために今回福島に来たことを話したら、
「そりゃああんた、いいことをしてくれてるねえ。それはえらいねえ」と喜んでくださった。「私ら年寄りはしょうがねえけど、子どもは身体のことが心配だもの」と。
今、外でやっている除染作業はあと一週間はかかるという。
「劇場の周りの土を全部入れ替えんの。だけどさあ、替えてもまた放射能降ってくっからねえ」

ホール。往時は2階席、3階席まであったのだそうだ。
ここに座って映画を観てみたいなあ。次回の上映会はまだ決まっていないそうだけど。
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天井もなんとも味わい深い。あの震災でもびくともしなかったのは、昔の木造建築の強さだろうと田村さん。
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9月のカナザワ映画祭に秘蔵の映画(こちらをどうぞ。この妖しげ感、たまりません!)を引っ提げて、トークショーにも出演することになっているという田村さん。いやーパワフル、瞳はキラキラ、お肌ツヤツヤです。
そうそう、この劇場、これほどのたたずまいゆえにいろんな作品(最近では坪川拓史監督の映画『ハーメルン』など)のロケに使われてるのだけど、ここの特徴ともいえる外壁の色を謎のローズピンクに塗り替えたのは、昔、横浜から映画を撮りに来た学生たちなのだそうだ。でもそれがどこの学生だったのか、何という映画だったのか、いまとなっては田村さんにもまったくわからないという話。誰か解明してくれたらおもしろいのだけど。

館内のたくさんのポスター。このまぜこぜ具合がたまらない。
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おそらく戦前の上映風景。まさに鈴なりのお客さん。
「昔は楽しみといったら映画と芝居しかなかったからね。みんな遠くから歩いてきたんだよ。自転車乗ってくる人はお金ある人」
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結局、いわきの方は来られず、夕方までずっと劇場内の空気を味わいつつ、貴重なお話をお聴きする幸せな時間を過ごしたのでした。
「今日はもう閉めて、帰っから。」
と戸締りをする田村さん。
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こうして何十年も、たったひとりでこの劇場を守ってこられたのだなあと思い、そしてさらに時がたったらここは…と思わず考えてしまった。
何度もお礼を言って田村さんと別れ、見返した夕景の本宮映画劇場。
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建物の横腹はすでに朽ちかけ、しずかに佇んでいる。
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映画という楽しみ。映画という商売。映画という夢。
濃密な時間が暮れて、人もまばらな本宮の町を駅に向かった。
なんだか胸がいっぱいで痛いほどだった。


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by higurashizoshi | 2016-06-23 01:27 | 旅の記録 | Comments(0)

内子へ

昨秋の父の死以来、心へたってる私を元気づけてやろうと、遠方の友人が企画してくれた一日旅。
鉄道マニアの友人がルートから予約から、ぜーんぶやってくれて、私は当日の朝に駅に行くだけ。
ほんとに身ひとつで、何の準備もせずに行って、ありがとうと切符をもらって、いざ弾丸ツアーに出発!
なぜ弾丸かというと、日帰りでそんなとこまで行けるの?というような企画だからなんです。私ひとりでは逆立ちしても思いつかん。

早朝に最寄駅を出発、姫路から新幹線で岡山へ。乗り換えて、瀬戸大橋を渡る。
日頃のおこないがいい(どっちの?)だけに、本日快晴!
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去年高知に行ったときと途中までは同じだけど、今回は松山経由で西へと向かう。
生まれて初めての愛媛県!
旅のエキスパートである友人は、私があそこもここも行ったことないというと、いちいち驚く。なんせ自由もお金もない人生を過ごしてきたもので…とかいいながらいきなりスペイン行ったりしたけど。

出発して5時間足らず。目的地に到着!
ここは愛媛県内子町。
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内子の町なみ。
味わいある古い建物がならび、静かな時間が流れてます。うーん、落ち着く。
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ここは、大正時代にできた映画館「旭館」。
なんと不思議&素敵な建築でしょう!
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今は通常営業はしてないそうですが、ときどき映画の上映やイベントがおこなわれているとのこと。
ぜひぜひ中も見てみたい。こんな場所でモノクロ映画を観たい。
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で、本日のメインイベントがこれ。
内子座100年記念、立川志の輔独演会!
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築100年の芝居小屋、内子座へいざ。
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たくさんのお客さんが並んでます。さすが人気の志の輔さん、満席完売だそうです。
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どどーん。
かっこいいぞ内子座!
外観からすでにオーラ出てます。いや~素敵!
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実は亡くなった父は大の落語好きだったのです。
こんなとこ連れてきたら喜んだだろうなあ、と思いつつの内子座。
志の輔さん、この日は創作噺「買い物ぶぎ」と古典「紺屋高尾」でした。
前座に若いお弟子さん、合間に長唄の楽しいおしゃべりと演奏。ああ楽しかった~。

終演後に中を一枚だけ撮らせていただきました。
これではわかりづらいけど、なんともいえない雰囲気ある館内で、落語も三味線の音もやわらかく響き、お客さんの間に流れる空気がほんのりと温かい。
長い年月とこの場所で演じられた多くの芸の《気》がここに積もり、この温かさを作りだしているのでしょう。
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内子座を出て、ふたたびぶらぶら歩き。
古い町なみの向こうには、美しい緑の山。なんともおだやかな、心いやされる風景です。
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父の大好きだった新緑の季節。
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早めの夕食は、友人おすすめのドイツ料理店「ツム・シュバルツェン・カイラー」で。
古民家を改装したとっても素敵なお店。
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でもって、ドイツビールと、ドイツ人シェフさんが作られるお料理が最高においしかった~
愛らしいネコちゃんもいて、接客もとっても感じがよく、近所だったら何度でも来たいお店でした。
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名残りおしく、内子の町に別れをつげて。
いや~いいところだったな~。
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帰路はまた5時間かけて、夜中の12時前に帰宅!
心に残る弾丸ツアーをプレゼントしてくれた友人に感謝。
日常に戻りたくないくらい、ふわふわのじゅうたんに乗ってるような一日でした。



***
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by higurashizoshi | 2016-05-06 00:50 | 旅の記録 | Comments(0)

山口への旅と、徳島・大塚国際美術館

少し前のことになるけれど、山口に行ってきた。
中原中也が大好きなタタが、中也の故郷である山口の「中原中也記念館」にぜひ行きたいと以前から言っていたので、4月から超多忙になる彼女の願いをかなえるなら今!ということで母娘2人旅。


最初の日は、どっぷりと中也めぐりを堪能し、
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中原中也記念館に4時間半も入りびたった娘と母(粘着)。
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お墓参りも。
達筆で書かれた「中原家累代の墓」という字は、まだ少年だった中也の手になるらしい。
あまりに若くして自分がこの墓所に入ることになるとは、きっと思いもせずに。
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タクシーの運転手さんに、「中也のお墓に行く人って多いんですか?」と聞いたら、
「いませんねえ~。親の墓参りににも行かない時代ですからねぇ~」
というビミョーにスライドした答。
山口は人も町も、なんとなくのどかで、のーんびりとした風情だった。
ここで、あの激烈な天才児が生まれ育ったのだなあ。

中也が結婚式を挙げた旅館に泊まり、その部屋も見せていただいた。
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旅館の中には、すでに火事で焼失した中也の実家などの資料もいろいろ。
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翌日は、秋芳洞へ。
シーズンオフの寒い鍾乳洞は、ほとんど人がいなくて、正直めっちゃ怖かったです。
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いやしかし、おもしろかった。
洞窟の上にひろがる秋吉台の風景も含め、よその星に行ったみたいだった。
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そのあと、駆け足で萩へ。
小屋!? と思うくらい小さな、松下村塾を見たり。
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すてきなカフェを見つけたり。
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幕末の志士の家よりはるかに大きな豪商の家にのけぞったり。
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最後は、美しい菊が浜の夕陽を見ることもできて大満足。
母娘2人旅、ずっと記憶に残るしみじみといい旅だった。
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そして3月に入り、今度は日帰りで徳島へ。
ホームスクーリングネットの仲間が遠方へ引っ越しをするので、その《お別れ遠足》に、4組の家族で大塚国際美術館へ行ってきた。

ほかの家族はすでに一度行ったことがあって、そのみんなから、あそこはぜひ行くべき!すごいから! と絶賛されて、「?」。
どんなところなのか、どうも想像できなかった。
だって大塚国際美術館の特徴を列記するならば、

日本で二番目に面積が大きい美術館
で、

日本で一番入館料が高い美術館
で、

展示されてる絵画は、全部ニセモノ(レプリカ)!

…となるのだから。
「???」となっても不思議はないでしょう。
(ちなみに、大塚国際美術館というのは、ボンカレーで有名な大塚製薬などの大塚グループが作った、世界初の陶板で古今東西の名画を原寸大に再現して展示している美術館なのだ)

しかし、スペイン帰りのエル・グレコフリークの私には、大塚国際美術館に行かねばならない理由ができたのだ。
それは、かつてマドリードのドニャ・マリア・デ・アラゴン学院聖堂に存在した、エル・グレコの祭壇衝立。
19世紀に学院が廃止され、祭壇衝立は解体され、そこに飾られていたエル・グレコの作品も散逸。
資料が少なく、どの作品がどんな形で飾られていたのか、いまだに諸説があり確定してないそうだ。

その中でもっともポピュラーな説が、現在プラド美術館像の「受胎告知」「キリストの洗礼」「磔刑」「キリストの復活」「聖霊降臨」と、ルーマニア国立美術館蔵の「羊飼いの礼拝」の6点が配置されていたという説。
(スペイン旅行でエル・グレコ詣でをしたときに書いた、こちらの話を参照してください)
故・神吉敬三さんが監修してこの6点説に基づいて再現された祭壇衝立が、なんと!この徳島・大塚国際美術館にあるのですよ!あるのですよ!(二度言う)

この6点の絵画のうち、プラドにある5点はスペインで観てきました(ドヤ顔。誰にだ)
正確に言うと、3点はプラドで、あとの2点(『聖霊降臨』と『受胎告知』)は昨秋はトレドのサンタ・クルス美術館に特別展で展示されてたので、そこで観たのであります。

で、スペインから帰ったら絶対にこの再現された祭壇衝立を観に行こう!と心に決めてたので、今回のお別れ遠足は鼻息荒く参加。
大好きな仲間とお別れするのはとても寂しいけど、その最後がこんな心躍る邂逅の日になるのは、意義深いなあと。

徳島まで一直線で高速バスに乗り、到着。
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ほんとに山ひとつ丸ごとくりぬいて美術館作ってはるわ。
大塚グループ、すげえ。と、まず軽くのけぞり、
噂に聞く入館料の高さにのけぞり、
そして入ってすぐのシスティナ礼拝堂まるごと原寸大どどーん。
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いやー、なんていったらいいんやろ。
なんか、これに近いものがなんかある気がする。なんか…
と、しきりに思う。

館内すべて写真撮影オッケイ、というのも、絵画の展示の仕方も、すべてが日本離れしていて、ここはどこ?感が半端ない。

それからすぐに、まずは最大の目的を果たすぞと、「エル・グレコの部屋」へ。
おっと、部屋の外に展示されてるのは、プラドで観た「聖三位一体」じゃないか!
すっごく精巧に再現されてる、と思うと同時に、

大好きな彼にこんなところで!?と思ったら、彼によく似た双子の弟で、やっぱあたりまえだけど、彼じゃない…

みたいな気持ち(どんな気持ち!?)に襲われる私。
しかし、「エル・グレコの部屋」に入ると…
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わー。
わー。
じわじわと激しく感動。
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もうこの世にない祭壇衝立が、(もちろんこの形だったかどうかまだ証明はされてないけど)ここにある。
ここにあるんだー。
もちろん絵はレプリカだし、祭壇の木枠もイタリアで新たに作られたものらしいけど、でもここにある…
なぜかすごくほっとして、そして荘厳な気持ちになった。

そしてふと左の壁を見ると…
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ぎょえー。
「オルガス伯の埋葬」。
これあったんだ!?

確かに確かに原寸大だ。すごいすごい。
陶板のテカリはやっぱりあるし、継ぎ目もあるけど、でも本当に「再現」されている。
見つめていると、トレドのサント・トメ教会のあの空気がまざまざと思い出されてくる。
トレドに行かないと二度と会えないと思っていたこの絵にも、ここに来たら会えるんだ…
双子の弟でもいいじゃないか…
という気がしてくる。

さてそのあとは、ひたすら広い広い迷路のような美術館内を歩いて歩いて、世界中の名画という名画の双子の弟、妹に会いまくったのでした。
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ものすごく似てて、ちょっと見分けがつかないわというのもあれば、印象派の方たちなどはかなりオリジナルとかけはなれていて若干苦しいなというのもあり。
でも、マドリードで結局見逃した「ゲルニカ」の弟にも会えたし、レンブラントの「夜警」も、もちろん「モナリザ」も「最後の晩餐」(修復前と修復後を同時に観られるのだ)も、どんなに間近で見ても、さわってもいい(!)というのだからほんとにエキサイティング。
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つまり、ここは「名画」というものを主役にした巨大テーマパークであり、ここでおこなわれるのは《鑑賞》ではなく《体験》なんだ。
ということに、延々と館内を歩き続けて気づいたのでした。
私はどんな美術館に行っても、いつもものすごく気力体力が尽きてフラフラになり、途中何度も休まなければいられない(そのくせ何時間も何時間もねばって観る)のだけれど、ここ大塚国際美術館では閉館時間まで6時間半も歩き回ったのに全然疲れなかったのです。ほんと不思議なくらい。
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どうしてかな、と考えてわかったのは、ここの絵画からは《気》というかエナジーが出てないのだ。
陶板に写された精巧なレプリカは、作者やその絵画が持つ背景、歴史までは写さない。だから愛情も怨念も発さない。語りかけてこない。
ああ、私はいつも、絵画から発される声や感情、形にならないエナジーを受けとってフラフラになってたんだな。ということに初めて気づいた。
そういう意味でも貴重な体験でした。

だから逆にいうと、この美術館では、すごく楽に(体力的にも精神的にも)、ありえない豪華な組み合わせで名画を体験することができる。これはいい!と思った次第。
ぜひまた行きたい。もちろんエル・グレコの部屋にも。
日帰りで行けるところに、あの祭壇衝立があると思うだけで私はものすごく心が安らいで、感謝の念すらわいてきたのでした。
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ずっと仲良くしていただいて、ホームスクーリングの大先輩でもあった家族と遠く別れていく寂しさを感じつつ、新たな春はもうすぐそこ。この先にきっと幸あれと祈ってます。

3月11日に何も文章を書けなかったのがとても心残りで…
4年目のその日は、寒空の下で迎え、14時46分に友人たちと黙祷しました。
振り返り、振り返りながら、また道の先を目ざして。
思いを深め、リセットをかけて、今年も夏のキャンプに向けて始動していきます。

次回は、すでに終了してしまったジュニア世界選手権についても書きたいところ。
ほかにも、芝居を観に行ったり、音楽との出会いがあったり、書くことは山盛りにあるのです。
最近プライベートでいろいろありすぎで、なかなか追いつかないけどがんばるぞ。
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by higurashizoshi | 2015-03-15 10:52 | 旅の記録 | Comments(0)

金沢へ

女4人で金沢へ。
真冬の北陸は、昔よく行ったころほどの厳冬ではなく、
それでもころころと変わる曇天と冷たい雨。
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金沢の古い町家に友人が開いたカフェ、
「茶論 花色木綿」。
昨夏のオープン以来、ずっと訪ねたいと思っていた願いが、やっとかなった旅。
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ずっと時を過ごしたくなるような、どこかなつかしい空間。
友人とお母さんと娘さん、3世代の思いとともに、
ちいさなカフェは陽だまりのような、あたたかな気配につつまれていて。
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私の本も飾っていただいていて、こそばゆくもうれしかった。
そして、友人が丹精こめて作りあげたこのお店が、さまざまな人をつなぐ場に育っていっている様子を見せてもらえて、胸がいっぱいになった。
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姉と娘たちと、気の置けない女4人で、しゃべって笑って歩いて、
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おいしいものもたくさん。
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用心してほとんど呑めなかったのが実に残念なり~
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特に、味もまごころもすばらしいお店だった「ひらみぱん」。
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古い町家を改造した「ゲストハウス白」に初泊まり。
重なった長い時と、今を生きる新しさとが溶けあった、
不思議なここちよさ。
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金沢は、偉ぶらず、凛として、おだやかで、
懐の深い街だとしみじみ思った。
何度でも行きたい場所が、またひとつ。
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by higurashizoshi | 2015-01-22 21:45 | 旅の記録 | Comments(0)

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