ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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五島列島 小値賀島・野崎島への旅 1

始まりは、一枚の写真だった。
ある日、新聞の折り込み特集に、日本のさまざまな島を紹介する記事があって、その中にモノクロのレンガ造りのちいさな教会の写真があった。山を背景に、石垣の上に立っているような、なんともいえない静かなたたずまい。その一枚の写真に、私はくぎづけになった。美しい。なんて美しいんだろう。
しかも記事を読むとその教会は、今は無人島になっている五島列島の小島にあるという。
誰もいない島に建つ教会。その風景をこの目で観たい。なぜか引き込まれるようにそう思い、いつか必ずここへ行こうと心に決めた。

それから一年半もたたないうちに、時はやってきた。願いがかなうのは、私の人生としてはかなり早かった。きっと近年、日頃のおこないがいいからであろう。
その島の名は、野崎島。長崎県の五島列島の北の方にある。
しかし、無人島であるからして、野崎島に直でいくことはできない。近くにある有人島、小値賀島(おぢかじま)にまず行って、一日2便の野崎島行きの航路を使わねばならない。
野崎島に行くことしか考えてない私は、小値賀島のことはなんも知らない・調べないまま、佐世保港を船出した。
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奮発して高速船「シークイーン」というのに乗ったら、これが速い速い。すさまじく飛ばしつつ湾を出て平戸あたりを通り過ぎ、ぐんぐんと五島列島北端へ。

着いたぞ小値賀島。はじめまして。あなたのことはまだ何も知りませんがよろしく。
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のどかだけど、意外に大きな港です。
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これが小値賀のメインストリート。
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昭和のまま時がやわらかく立ち止まっているような街並み。
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こんにちは。
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野崎島への船が出るまでの間、小値賀の民俗資料館へ。
かつて盛んだった鯨漁で財を成した名家が資料館になっている。
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実にこぢんまりした資料館の中は貴重な考古学的資料がぎっしり!
この資料館の学芸員の土川さん。
いろいろお話をうかがっていたら、元シスターで、野崎島とも関係の深い方だった。
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かつて潜伏キリシタンが隠れ住んだ野崎島・舟森集落に、44年前に神父を案内して渡り、その後この小値賀島に居を定められたそう。
「小値賀が大好き。どこにも行きたくない。」
そんなに愛される小値賀島。その魅力をもっと知りたくなる。

資料館を出てぷらぷら歩いていると、さっき港でちらっと会った地元の青年にばったり。
「お昼がまだなら、うまい店にご案内しましょう。」
都会だったらぜったいついていかへんわ、これ。聞くと青年は学生時代の旅でこの島にほれこみ、東京から小値賀の町役場に就職したのだそうだ。どこにそこまでほれたのか聞いてみると、
「ここは時間が何倍にも感じられるんですよ。それと、人ですね。人がいい。」
とのこと。
青年おすすめの店「ふるさと」。超ジューシーな肉厚の焼きアジと、ぷりぷりのお刺身、あごだしのお吸い物。うみゃあ!
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さて、いよいよ野崎島への町営船が出る時間。
緊張してきたぞ。
30分ほどで着くのだけど、こことは別世界が広がっている予感。
この予感は当たっていたどころか現実はそれをはるかに超えていたのであった。
次回、野崎島一日目です。




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by higurashizoshi | 2017-04-23 15:01 | 旅の記録 | Comments(0)

倉敷へ

悲しみというものは、薄まっていくのではなく沈殿していくものなのだと思う。
自分のうちがわへと静かに深く。
そして、その沈殿した悲しみをかき乱してしまわないように、そっと日々を暮らす。
注意ぶかく、そっと。

倉敷へ行った。
友だちが、句と写真の展示をすることになり、それを見に。
彼女は、私にとって大切な縁でむすばれた人。そしていつしか、彼女自身が私の大切な友になっていた。
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友だちにとって、ずっと念願だった展示。それを、縁あって仲間を得て、「二人展」という形で実現させた。
ちいさな会場いっぱいに、あたたかく澄んだ空気がみなぎっている。
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一枚一枚の写真に、ひとつひとつの句に、彼女のこれまでの道のりが、その実りが、つつましく美しく光っている。
うれしくて、せつなくて。
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彼女とごはんを食べに行った、竹林を前にしたオープンカフェ。
これも偶然、昨秋亡くなった父と縁のある場所なのだった。
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倉敷の町と、友との時間。
心がゆっくりほどけたり、むすぼれたり。
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ともしびのように、ちいさくともずっと輝きつづけるもの。
そんな大切なものを抱いて、家路についた。
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***
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by higurashizoshi | 2016-10-13 17:01 | 旅の記録 | Comments(0)

本宮映画劇場

保養キャンプの今年の参加者向け説明会で福島に行ったついでに、前から訪れたいと思っていた本宮映画劇場に行ってきた。

今年で築102年、大正の初めに芝居小屋として建てられ、映画館として日本の映画全盛期を駆け抜け、その後は長く閉館していたそうだ。
中馬聰さんの写真集「映画館」(ほんとうにすばらしい本!)には、涙が出るほど懐かしく、猥雑で、濃厚な旧い映画館が数多く紹介されているのだけれど、この本宮映画劇場の存在を知ったのもこの写真集でだった。

郡山から十数分、本宮駅に初めて降り立ったものの、例によって地図が読めない私はハテナ状態で立ちつくすのみ。
駅でおしゃべりしていた制服姿の高校生グループに声をかけ、結局、親切な彼ら彼女らに劇場まで連れていってもらうことになった。
道すがら、「本宮劇場、何しに行くんすか?」と不思議そうな高校生男子。
「古い建物と映画が好きだから、見てみたかったの」と答えると、はー、と微苦笑。
確かあのあたりに…という程度には知ってるけど、みんなさだかに場所はわからないようで、手に手にスマホをかざしつつグーグルマップを頼りに先に立ってくれる。
「町ではどんな存在なの?」と聞いてみたら、「うーん、あんま知らないっつうか、昔のもの?小中学生が授業で調べにいく感じかなあ」とのこと。

路地を入った先の、相当ボロボロの建物。正面に回ると、ああ、ここだあ!
キュートな本宮っ子たちにお礼をいって、さっそく劇場を遠方からじっくりと鑑賞。
うむ、実に味わいのある建造物ではないか。しかし、予想以上に老朽化が進んでいるぞ。
たしかにこれは、近隣の人から見たら「崩れかけの、なんだか変わった建物」だろう。
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ふと見ると、入り口ふきんには軽トラックが止まり、なにやらお兄さんたちが休憩中。
工事中だろうかと思ったら、うむ。「除染作業中」なのだった。
浮かれ気分でここまで来たが、一気に《ここは福島》と思い知らされる。

外から見て、写真を撮らせてもらって、あとは本宮の街をぶらぶらしてから郡山へ戻ろうと思っていたのだけど、オヤ、道の向こうからニコニコしたおじいさんが足早にやってくるではありませんか。
それはネットで何度か見たお顔。ここの支配人、田村さんその人なのだった。
「あんた、いわきの人?」
いや、いわきじゃなくて兵庫県の人です。
聞けば、一週間前に予約があり、今日いわきから来る人に劇場内を見せる約束になっていたとのこと。
「あら、違うの。まあまあいいよ。見に来たんなら中に入って入って」
なんとラッキーなことに、私はそのいわきの人と間違えてもらったおかげで、思いもかけず本宮映画劇場の中を田村さんに案内してもらうことになったのだった。

そこは、まるで時を止めた昭和の世界。
胸がしめつけられるような、なつかしい匂いのする「映画館」という過去への旅だった。
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その中で聴く田村さんの、とめどもつきない日本映画をめぐるお話のおもしろいこと。
まさに映画と映画館の歴史における人間国宝! しかも田村さん、絶対若いころモテたでしょう。なんともいえぬ山っ気と色香ないまぜの魅力です。
「映画館は絶対もうかると思ってたの。だから一度閉めてサラリーマンになって、定年になったらもう一度映画館やろうと思ってたの。ところがあんた、定年なったら浦島太郎だったんだよ」
お父さんから映画館を譲り受けたあと、しばらくして映画は斜陽の時代に。田村さんは車のセールスをしながら、絶対にこの映画館を手放さず、休みのたびに映写機や館内のメンテナンスを50年も!続けてきたという。
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映画館として営業を再開するという望みはかなわなかったものの、次第にあちこちのメディアで本宮映画劇場が紹介されるようになると、建物を見せてほしい、映写機を見せてほしいという人が全国から訪れるようになった。
それからは、田村さんはここで時折無料で上映会を開いているとのこと。
「どうして無料なんですか?」と聞くと、
「お金取ると、そんなに人は来ないの。タダだったら、100人、200人来る。せっかく映画見せるんなら、たくさんの人に見てもらった方がいいからね」とのこと。
しかも田村さん、たくさんの秘蔵のフィルムがあるのみならず、自分でどんどんフィルムを切ってつなげて編集したものがいろいろあるという。
「昔の大衆映画にはね、必ずキャバレーのダンスシーンがあったの。そればっかり集めたのを私が作ったんだよ。それと、成人映画には必ずお風呂のシーンがあったわけ。そこを集めたのもあんの」とにっこりする田村さん。うーん、マニアック!ていうか、ピンク色!
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映写室も隅々まで見せていただいた。
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これが日本でたった一台しか残っていない、現役のカーボン式映写機。
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「あんた映画好きなんだったら、これ動かしてみっかい?」
えええ、いいんですか?
思わず手が震えてしまいそうになりつつ、教えてもらって映写機のスイッチを入れる。
ウィーン…と力強くも柔らかな音で回り出す映写機。カタカタカタ…と独特の音が響きだす。

たった30分しかもたないというカーボンの棒を燃料にして回る映写機。なんともいえず、いとおしく尊い。
田村さんがずっと整備し続けてきたからこそ、今もこうして現役でい続けている。
「もし故障したら、部品ありませんよね?」と不安になって聞くと、
「ほかの映写機から外してきて取り替えっから大丈夫なの。ほかにいっぱい映写機があんだ」。
次々とつぶれていく各地の映画館に行っては、フィルムとともに映写機を買い受けてきたのだという。
「これは浪江の映画館から買ったんだよ」
と映写機の入った大きな箱を見せてくれた。浪江町は津波と原発被害の両方を激しく受けた町だ。立派な映画館があったが、震災のかなり前に閉館してしまったのだそうだ。
「震災のときは、私らも逃げようかと思ったよ。もうここら、お金のある人はみんな逃げたね」
私が保養キャンプのために今回福島に来たことを話したら、
「そりゃああんた、いいことをしてくれてるねえ。それはえらいねえ」と喜んでくださった。「私ら年寄りはしょうがねえけど、子どもは身体のことが心配だもの」と。
今、外でやっている除染作業はあと一週間はかかるという。
「劇場の周りの土を全部入れ替えんの。だけどさあ、替えてもまた放射能降ってくっからねえ」

ホール。往時は2階席、3階席まであったのだそうだ。
ここに座って映画を観てみたいなあ。次回の上映会はまだ決まっていないそうだけど。
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天井もなんとも味わい深い。あの震災でもびくともしなかったのは、昔の木造建築の強さだろうと田村さん。
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9月のカナザワ映画祭に秘蔵の映画(こちらをどうぞ。この妖しげ感、たまりません!)を引っ提げて、トークショーにも出演することになっているという田村さん。いやーパワフル、瞳はキラキラ、お肌ツヤツヤです。
そうそう、この劇場、これほどのたたずまいゆえにいろんな作品(最近では坪川拓史監督の映画『ハーメルン』など)のロケに使われてるのだけど、ここの特徴ともいえる外壁の色を謎のローズピンクに塗り替えたのは、昔、横浜から映画を撮りに来た学生たちなのだそうだ。でもそれがどこの学生だったのか、何という映画だったのか、いまとなっては田村さんにもまったくわからないという話。誰か解明してくれたらおもしろいのだけど。

館内のたくさんのポスター。このまぜこぜ具合がたまらない。
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おそらく戦前の上映風景。まさに鈴なりのお客さん。
「昔は楽しみといったら映画と芝居しかなかったからね。みんな遠くから歩いてきたんだよ。自転車乗ってくる人はお金ある人」
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結局、いわきの方は来られず、夕方までずっと劇場内の空気を味わいつつ、貴重なお話をお聴きする幸せな時間を過ごしたのでした。
「今日はもう閉めて、帰っから。」
と戸締りをする田村さん。
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こうして何十年も、たったひとりでこの劇場を守ってこられたのだなあと思い、そしてさらに時がたったらここは…と思わず考えてしまった。
何度もお礼を言って田村さんと別れ、見返した夕景の本宮映画劇場。
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建物の横腹はすでに朽ちかけ、しずかに佇んでいる。
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映画という楽しみ。映画という商売。映画という夢。
濃密な時間が暮れて、人もまばらな本宮の町を駅に向かった。
なんだか胸がいっぱいで痛いほどだった。


***
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by higurashizoshi | 2016-06-23 01:27 | 旅の記録 | Comments(0)

内子へ

昨秋の父の死以来、心へたってる私を元気づけてやろうと、遠方の友人が企画してくれた一日旅。
鉄道マニアの友人がルートから予約から、ぜーんぶやってくれて、私は当日の朝に駅に行くだけ。
ほんとに身ひとつで、何の準備もせずに行って、ありがとうと切符をもらって、いざ弾丸ツアーに出発!
なぜ弾丸かというと、日帰りでそんなとこまで行けるの?というような企画だからなんです。私ひとりでは逆立ちしても思いつかん。

早朝に最寄駅を出発、姫路から新幹線で岡山へ。乗り換えて、瀬戸大橋を渡る。
日頃のおこないがいい(どっちの?)だけに、本日快晴!
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去年高知に行ったときと途中までは同じだけど、今回は松山経由で西へと向かう。
生まれて初めての愛媛県!
旅のエキスパートである友人は、私があそこもここも行ったことないというと、いちいち驚く。なんせ自由もお金もない人生を過ごしてきたもので…とかいいながらいきなりスペイン行ったりしたけど。

出発して5時間足らず。目的地に到着!
ここは愛媛県内子町。
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内子の町なみ。
味わいある古い建物がならび、静かな時間が流れてます。うーん、落ち着く。
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ここは、大正時代にできた映画館「旭館」。
なんと不思議&素敵な建築でしょう!
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今は通常営業はしてないそうですが、ときどき映画の上映やイベントがおこなわれているとのこと。
ぜひぜひ中も見てみたい。こんな場所でモノクロ映画を観たい。
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で、本日のメインイベントがこれ。
内子座100年記念、立川志の輔独演会!
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築100年の芝居小屋、内子座へいざ。
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たくさんのお客さんが並んでます。さすが人気の志の輔さん、満席完売だそうです。
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どどーん。
かっこいいぞ内子座!
外観からすでにオーラ出てます。いや~素敵!
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実は亡くなった父は大の落語好きだったのです。
こんなとこ連れてきたら喜んだだろうなあ、と思いつつの内子座。
志の輔さん、この日は創作噺「買い物ぶぎ」と古典「紺屋高尾」でした。
前座に若いお弟子さん、合間に長唄の楽しいおしゃべりと演奏。ああ楽しかった~。

終演後に中を一枚だけ撮らせていただきました。
これではわかりづらいけど、なんともいえない雰囲気ある館内で、落語も三味線の音もやわらかく響き、お客さんの間に流れる空気がほんのりと温かい。
長い年月とこの場所で演じられた多くの芸の《気》がここに積もり、この温かさを作りだしているのでしょう。
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内子座を出て、ふたたびぶらぶら歩き。
古い町なみの向こうには、美しい緑の山。なんともおだやかな、心いやされる風景です。
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父の大好きだった新緑の季節。
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早めの夕食は、友人おすすめのドイツ料理店「ツム・シュバルツェン・カイラー」で。
古民家を改装したとっても素敵なお店。
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でもって、ドイツビールと、ドイツ人シェフさんが作られるお料理が最高においしかった~
愛らしいネコちゃんもいて、接客もとっても感じがよく、近所だったら何度でも来たいお店でした。
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名残りおしく、内子の町に別れをつげて。
いや~いいところだったな~。
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帰路はまた5時間かけて、夜中の12時前に帰宅!
心に残る弾丸ツアーをプレゼントしてくれた友人に感謝。
日常に戻りたくないくらい、ふわふわのじゅうたんに乗ってるような一日でした。



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by higurashizoshi | 2016-05-06 00:50 | 旅の記録 | Comments(0)

山口への旅と、徳島・大塚国際美術館

少し前のことになるけれど、山口に行ってきた。
中原中也が大好きなタタが、中也の故郷である山口の「中原中也記念館」にぜひ行きたいと以前から言っていたので、4月から超多忙になる彼女の願いをかなえるなら今!ということで母娘2人旅。


最初の日は、どっぷりと中也めぐりを堪能し、
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中原中也記念館に4時間半も入りびたった娘と母(粘着)。
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お墓参りも。
達筆で書かれた「中原家累代の墓」という字は、まだ少年だった中也の手になるらしい。
あまりに若くして自分がこの墓所に入ることになるとは、きっと思いもせずに。
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タクシーの運転手さんに、「中也のお墓に行く人って多いんですか?」と聞いたら、
「いませんねえ~。親の墓参りににも行かない時代ですからねぇ~」
というビミョーにスライドした答。
山口は人も町も、なんとなくのどかで、のーんびりとした風情だった。
ここで、あの激烈な天才児が生まれ育ったのだなあ。

中也が結婚式を挙げた旅館に泊まり、その部屋も見せていただいた。
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旅館の中には、すでに火事で焼失した中也の実家などの資料もいろいろ。
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翌日は、秋芳洞へ。
シーズンオフの寒い鍾乳洞は、ほとんど人がいなくて、正直めっちゃ怖かったです。
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いやしかし、おもしろかった。
洞窟の上にひろがる秋吉台の風景も含め、よその星に行ったみたいだった。
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そのあと、駆け足で萩へ。
小屋!? と思うくらい小さな、松下村塾を見たり。
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すてきなカフェを見つけたり。
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幕末の志士の家よりはるかに大きな豪商の家にのけぞったり。
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最後は、美しい菊が浜の夕陽を見ることもできて大満足。
母娘2人旅、ずっと記憶に残るしみじみといい旅だった。
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そして3月に入り、今度は日帰りで徳島へ。
ホームスクーリングネットの仲間が遠方へ引っ越しをするので、その《お別れ遠足》に、4組の家族で大塚国際美術館へ行ってきた。

ほかの家族はすでに一度行ったことがあって、そのみんなから、あそこはぜひ行くべき!すごいから! と絶賛されて、「?」。
どんなところなのか、どうも想像できなかった。
だって大塚国際美術館の特徴を列記するならば、

日本で二番目に面積が大きい美術館
で、

日本で一番入館料が高い美術館
で、

展示されてる絵画は、全部ニセモノ(レプリカ)!

…となるのだから。
「???」となっても不思議はないでしょう。
(ちなみに、大塚国際美術館というのは、ボンカレーで有名な大塚製薬などの大塚グループが作った、世界初の陶板で古今東西の名画を原寸大に再現して展示している美術館なのだ)

しかし、スペイン帰りのエル・グレコフリークの私には、大塚国際美術館に行かねばならない理由ができたのだ。
それは、かつてマドリードのドニャ・マリア・デ・アラゴン学院聖堂に存在した、エル・グレコの祭壇衝立。
19世紀に学院が廃止され、祭壇衝立は解体され、そこに飾られていたエル・グレコの作品も散逸。
資料が少なく、どの作品がどんな形で飾られていたのか、いまだに諸説があり確定してないそうだ。

その中でもっともポピュラーな説が、現在プラド美術館像の「受胎告知」「キリストの洗礼」「磔刑」「キリストの復活」「聖霊降臨」と、ルーマニア国立美術館蔵の「羊飼いの礼拝」の6点が配置されていたという説。
(スペイン旅行でエル・グレコ詣でをしたときに書いた、こちらの話を参照してください)
故・神吉敬三さんが監修してこの6点説に基づいて再現された祭壇衝立が、なんと!この徳島・大塚国際美術館にあるのですよ!あるのですよ!(二度言う)

この6点の絵画のうち、プラドにある5点はスペインで観てきました(ドヤ顔。誰にだ)
正確に言うと、3点はプラドで、あとの2点(『聖霊降臨』と『受胎告知』)は昨秋はトレドのサンタ・クルス美術館に特別展で展示されてたので、そこで観たのであります。

で、スペインから帰ったら絶対にこの再現された祭壇衝立を観に行こう!と心に決めてたので、今回のお別れ遠足は鼻息荒く参加。
大好きな仲間とお別れするのはとても寂しいけど、その最後がこんな心躍る邂逅の日になるのは、意義深いなあと。

徳島まで一直線で高速バスに乗り、到着。
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ほんとに山ひとつ丸ごとくりぬいて美術館作ってはるわ。
大塚グループ、すげえ。と、まず軽くのけぞり、
噂に聞く入館料の高さにのけぞり、
そして入ってすぐのシスティナ礼拝堂まるごと原寸大どどーん。
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いやー、なんていったらいいんやろ。
なんか、これに近いものがなんかある気がする。なんか…
と、しきりに思う。

館内すべて写真撮影オッケイ、というのも、絵画の展示の仕方も、すべてが日本離れしていて、ここはどこ?感が半端ない。

それからすぐに、まずは最大の目的を果たすぞと、「エル・グレコの部屋」へ。
おっと、部屋の外に展示されてるのは、プラドで観た「聖三位一体」じゃないか!
すっごく精巧に再現されてる、と思うと同時に、

大好きな彼にこんなところで!?と思ったら、彼によく似た双子の弟で、やっぱあたりまえだけど、彼じゃない…

みたいな気持ち(どんな気持ち!?)に襲われる私。
しかし、「エル・グレコの部屋」に入ると…
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わー。
わー。
じわじわと激しく感動。
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もうこの世にない祭壇衝立が、(もちろんこの形だったかどうかまだ証明はされてないけど)ここにある。
ここにあるんだー。
もちろん絵はレプリカだし、祭壇の木枠もイタリアで新たに作られたものらしいけど、でもここにある…
なぜかすごくほっとして、そして荘厳な気持ちになった。

そしてふと左の壁を見ると…
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ぎょえー。
「オルガス伯の埋葬」。
これあったんだ!?

確かに確かに原寸大だ。すごいすごい。
陶板のテカリはやっぱりあるし、継ぎ目もあるけど、でも本当に「再現」されている。
見つめていると、トレドのサント・トメ教会のあの空気がまざまざと思い出されてくる。
トレドに行かないと二度と会えないと思っていたこの絵にも、ここに来たら会えるんだ…
双子の弟でもいいじゃないか…
という気がしてくる。

さてそのあとは、ひたすら広い広い迷路のような美術館内を歩いて歩いて、世界中の名画という名画の双子の弟、妹に会いまくったのでした。
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ものすごく似てて、ちょっと見分けがつかないわというのもあれば、印象派の方たちなどはかなりオリジナルとかけはなれていて若干苦しいなというのもあり。
でも、マドリードで結局見逃した「ゲルニカ」の弟にも会えたし、レンブラントの「夜警」も、もちろん「モナリザ」も「最後の晩餐」(修復前と修復後を同時に観られるのだ)も、どんなに間近で見ても、さわってもいい(!)というのだからほんとにエキサイティング。
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つまり、ここは「名画」というものを主役にした巨大テーマパークであり、ここでおこなわれるのは《鑑賞》ではなく《体験》なんだ。
ということに、延々と館内を歩き続けて気づいたのでした。
私はどんな美術館に行っても、いつもものすごく気力体力が尽きてフラフラになり、途中何度も休まなければいられない(そのくせ何時間も何時間もねばって観る)のだけれど、ここ大塚国際美術館では閉館時間まで6時間半も歩き回ったのに全然疲れなかったのです。ほんと不思議なくらい。
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どうしてかな、と考えてわかったのは、ここの絵画からは《気》というかエナジーが出てないのだ。
陶板に写された精巧なレプリカは、作者やその絵画が持つ背景、歴史までは写さない。だから愛情も怨念も発さない。語りかけてこない。
ああ、私はいつも、絵画から発される声や感情、形にならないエナジーを受けとってフラフラになってたんだな。ということに初めて気づいた。
そういう意味でも貴重な体験でした。

だから逆にいうと、この美術館では、すごく楽に(体力的にも精神的にも)、ありえない豪華な組み合わせで名画を体験することができる。これはいい!と思った次第。
ぜひまた行きたい。もちろんエル・グレコの部屋にも。
日帰りで行けるところに、あの祭壇衝立があると思うだけで私はものすごく心が安らいで、感謝の念すらわいてきたのでした。
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ずっと仲良くしていただいて、ホームスクーリングの大先輩でもあった家族と遠く別れていく寂しさを感じつつ、新たな春はもうすぐそこ。この先にきっと幸あれと祈ってます。

3月11日に何も文章を書けなかったのがとても心残りで…
4年目のその日は、寒空の下で迎え、14時46分に友人たちと黙祷しました。
振り返り、振り返りながら、また道の先を目ざして。
思いを深め、リセットをかけて、今年も夏のキャンプに向けて始動していきます。

次回は、すでに終了してしまったジュニア世界選手権についても書きたいところ。
ほかにも、芝居を観に行ったり、音楽との出会いがあったり、書くことは山盛りにあるのです。
最近プライベートでいろいろありすぎで、なかなか追いつかないけどがんばるぞ。
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by higurashizoshi | 2015-03-15 10:52 | 旅の記録 | Comments(0)

金沢へ

女4人で金沢へ。
真冬の北陸は、昔よく行ったころほどの厳冬ではなく、
それでもころころと変わる曇天と冷たい雨。
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金沢の古い町家に友人が開いたカフェ、
「茶論 花色木綿」。
昨夏のオープン以来、ずっと訪ねたいと思っていた願いが、やっとかなった旅。
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ずっと時を過ごしたくなるような、どこかなつかしい空間。
友人とお母さんと娘さん、3世代の思いとともに、
ちいさなカフェは陽だまりのような、あたたかな気配につつまれていて。
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私の本も飾っていただいていて、こそばゆくもうれしかった。
そして、友人が丹精こめて作りあげたこのお店が、さまざまな人をつなぐ場に育っていっている様子を見せてもらえて、胸がいっぱいになった。
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姉と娘たちと、気の置けない女4人で、しゃべって笑って歩いて、
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おいしいものもたくさん。
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用心してほとんど呑めなかったのが実に残念なり~
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特に、味もまごころもすばらしいお店だった「ひらみぱん」。
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古い町家を改造した「ゲストハウス白」に初泊まり。
重なった長い時と、今を生きる新しさとが溶けあった、
不思議なここちよさ。
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金沢は、偉ぶらず、凛として、おだやかで、
懐の深い街だとしみじみ思った。
何度でも行きたい場所が、またひとつ。
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by higurashizoshi | 2015-01-22 21:45 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 7 トレド、さらにエル・グレコめぐり

◆第3日 / 2014年10月9日

トレドでの2日目は、美しい朝焼けではじまった。
ホテルのバルコニーからの眺め。左の建物がアルカサル(旧王宮)。
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今回の旅で、朝食つきはトレドのホテルのみ。
あとはすべてアパートホテルで自炊なので、ホテルのバイキングの朝食も楽しかった。
地階のレストランは、私たち以外日本人はいなくて、スペイン国内の観光客と、イタリアやドイツあたりからのお客さんばかり。そしてバカンスシーズンじゃないから、リタイア後らしき年配のご夫婦ばかり。みなさんゆったりと脂肪のついた体型で、ゆったりとくつろいでおられる。
ホテルもしみじみ、客層もとってもしみじみ。よろしいわあ。朝ごはんも、さすがにハムやチーズの種類が豊富でおいしかった。


さて、おもむろにホテルを出発し、まずはサンタ・クルス美術館へ。
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正面の門。
おおお、すごいぞこれは。またも圧倒。
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ここは元教会かと思ったら、元は病院なのだそうだ! 
病院の門がこれでは、くぐるだけで霊験あらたかで病気が治りそう。

現在、没後400年の特別展「El Greco: Arte y Oficio」(英語でArt and Skill)がここで開催されているとのこと。
美術館前にはまた巨大なポスターが。中に入るとどんな作品が待っているかを考えるとすでにくらくら~。
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そしていよいよこの特別展に入ったのですが…

これが予想を超えるすごいラインナップの展覧会。
今回の特別展のために、プラド美術館など国内はもとより、さまざまな国からエル・グレコ作品の異なるバージョンが実に多彩に集められている。
しかも会場の建築もすばらしく、正直ここだけで一日中いてもいいくらいだった! なんと贅沢な時間だったことでしょう。
撮影一切禁止だったので、ここで観た作品をいくつかネットからの画像で紹介。


「無原罪のお宿り」
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エル・グレコの生涯最後の大作。あざやかな色彩と光、引き伸ばされた人体とねじれた空間、ほとばしるエナジー。後年のグレコ的なものがすべて凝縮されてこの絵の中に詰まっている、といっても過言ではない。
この絵はもともとこのサンタ・クルス美術館所蔵で、2年前の日本での「エル・グレコ展」の目玉作品として来日していた。
当時はこの「無原罪のお宿り」がついにトレドから来る、ということで非常に話題になっていたのを思い出す。そして大阪の国立国際美術館でこの絵を仰ぎ観たときの、身体ごと天上に巻きあげられていくような異様な感動も。

まさかトレドで再会できる日がくるとは… と感無量だった。



「受胎告知」
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「無原罪のお宿り」と並び称される、エル・グレコ最高傑作のひとつ。プラド美術館蔵。
日本での展覧会では、この絵の3分の1ほどの縮小版で、習作ともいわれている「受胎告知」(マドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館蔵)が展示されていたので、ついにここでオリジナルを観た、という感がつよい。
画面から光が放たれてこちらへ向かってくるような臨場感。あざやかな紅色、緑、青、と《エル・グレコカラー》満載の色彩構成。その美しさにただただ引きつけられる。
「無原罪のお宿り」とともに、この大作2点が同じ場所にタンタンー!と展示されていて、その贅沢さにめまいがした。



「聖霊降臨」
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「受胎告知」とともにマドリードのドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院の聖堂の主祭壇に飾られていたといわれる作品。現在はプラド美術館蔵。
この散逸してしまった主祭壇の祭壇画がこの作品も含めた6点であった、という説を唱えているひとりがスペイン美術の著名な学者だった故・神吉敬三さんで、今回トレドに来るにあたってこの方の著書を何冊か熟読し、無知な頭が少し賢くなった。

この幻の6点祭壇衝立が、神吉さんの監修によって日本の大塚国際美術館(徳島県)で再現されているという話を知ったのも著書の中でだった。振り返って調べてみると確かに2年前のエル・グレコ展の図録にも、この再現の写真が掲載されていた。帰国したらぜひとも徳島に行って確かめねば!(こちらにあります


そのほかもともかく贅沢極まりない作品群で、マリア・マグダレーナや聖フランシスコなど同じ題材の別バージョンの作品がいくつも集められて展示されていたのも、類を見ない展示で興味深かった。
量産された宗教画については、おそらくエル・グレコ個人ではなく工房で製作された作品が多いので、どこからどこまでがグレコの筆になるものかは判別がむずかしいものも多いだろう。

印象的だったのは息子ホルヘ・マヌエル(『オルガス伯の埋葬』に描かれていた少年)が加筆したり、父親の作品を模写したもの。
エル・グレコも一人息子を跡取りにするべく、きっと英才教育をほどこしたのだろうが… 大変気の毒だが、親子でその技量のあまりの差にヘナヘナとなった。天才の一人息子ホルヘくん、苦労しただろうな。しかもエル・グレコは散財の末に、死後がっぽり借金を息子に残したという記録があるそうで、ますますあまりにお気の毒…


たっぷりとエル・グレコをお腹につめこみ、幸福なゲップをしながらサンタ・クルス美術館の回廊へ。
またこの回廊が美しかった。
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イスラムの影響を受けた、ムデハル様式と呼ばれる建築や細工などが随所にみられる。
そのほか常設の展示はたくさんあるらしかったが、エル・グレコ展だけで時間切れとなり残念でした。
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サンタ・クルス美術館をようやく出た昼過ぎ、突然の大粒の雨!
仕方なくとりあえずホテルに一時戻って、途中で買ったトレド名物のマサパンをお昼ごはん代わりにする。
マサパンはアーモンドの粉で作られた甘い焼き菓子。ちょっと和菓子のような、しっとりした味わい。お店では、こんなカラフルなマサパンも売られている。ほんとに和菓子みたい。
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雨がやんだので、ホテルを出てソコドベール広場近くのセルバンテス像にごあいさつして…
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さらにディープなトレドの探索に向かう。

トレド旧市街の城壁の内周をなぞって歩き、太陽の門へ。
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14世紀に作られた、ムデハル様式の威厳ある美しい門だ。
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このあたりから、非常に古いユダヤ教会や回教寺院などが続く。道はねじ曲がり、どこに行きつくか不明なり。
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迷って迷って、歩いて歩いて、やっと見つけた案内所のお姉さんに教えてもらい、サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院にたどりつく。名前も長いが、道のりも長かった!
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なんでここを目指してひたすら来たかっていうと、ここがエル・グレコが埋葬されている墓所だからで、もちろん作品も多数あるのだ。《エル・グレコ詣で》のマストですよ、マスト。
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…と、なんだかえらくひっそりしているなあ。門が閉じてるし?

近づいてみると、ただいまシエスタ時間?で休憩中。うう、臨時休館じゃなくてよかった!
開門までしばらく時間があるので、その間に昨日遠くから見て心ひかれた教会に行ってみることにした。

またまた、てくてく、てくてく。
おお、こんな狭い道を車が走りよる。しかしほんとに人がいませんね。
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道が…
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狭いのだ。
しかしなんという佳い風情。なんとここちよい町並み。
(このあたりの写真は娘撮影のものを拝借。彼女のほうがセンスいいのです)
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まるで熟成された時が、ゆっくりとこの小路をたゆたっているよう。


またも迷って迷って…
さて、たどり着いたのはここ。
サン・フアン・デ・ロス・レイエス教会。
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「トレドのすべて」によると、15世紀後半に建てられた、ムデハル様式の影響を受けたゴシック建築の傑作とのこと。非常に凝ったデザインの美しい建物で、前日に遠くから見たときに「なんだ、あの素敵な教会は!」と眼をつけていたのです。

さて、教会の中へ。
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はなやかな中にもどこかつつましい祭壇画や、柔らかい光線にいろどられた聖堂内部の装飾ひとつひとつが、とても美しい。
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回廊はやはり、静寂の美につつまれている。
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ヨーロッパとイスラムが融合したこの雰囲気は独特のもの。ここの回廊からの風景は忘れがたい。
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中庭を見下ろして何百年? 横棒にしがみついている、ちょっぴり気の毒な天使。
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さて、そろそろさきほどのサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院の休憩時間が終わるころなので、そちらへ戻ることにする。

ここがサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院の入り口。
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エル・グレコの墓所があることが表示されている。ふう、なんだか緊張するなあ。
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中に入ると修道女さんがにっこりと出迎えてくれ、こちらへと手招き。
ほとんど人のいない聖堂はほの暗く、ただただ静かだ。

そして振りかぶれば、正面の祭壇画にはなやかなライトが。
これが、エル・グレコがトレドにやってきて最初に手がけた大規模な祭壇画のプロジェクトで、中央の「聖母被昇天」「聖三位一体」を含むすばらしい作品群で構成されている。
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ただし、中央の上下2枚を含め4枚が散逸したためにここにあるのはレプリカ。現在はそのうち3枚はプラド美術館にあり、私はこの2日後にプラドで本物を観ることになった。

主祭壇の脇にある祭壇画、「キリストの復活」。これはレプリカじゃなく、エル・グレコ真筆なのですね。
あまりにあっけなく、何の囲いもなく飾られているのでかえってどきどきする。
これはおそれ多いながらも、なんとか1枚だけ撮影しました。ぶるぶる。
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それにしても本当に色彩あざやかで、とても400年以上前の絵画とは、やはり思えない。

さて出口へ…と行こうとすると、修道女さんが「お待ちなさい」と止めにきて、こっちも観ていきなさい、と手招き。
なにやら薄暗い、ちょっとあやしげな空間へ。

ここは旧聖堂なのか、非常に古い主祭壇があり、おそらくこの修道院の礎ができたという11世紀ごろにさかのぼるものも収められているのだろう、かなりナゾめいたものを多数含む展示館のようになっていた。
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ぼろぼろに朽ちた服を着て並び立つ聖人を含む幼子の人形たち、皿に乗ったヨハネの色あせた生首人形… 絶対に夜ひとりでは来られそうにない雰囲気の展示物が並び立つ奥に古文書も数々あり、ふとその一枚に眼をやるとエル・グレコの署名!?
あとから調べて、それは本物のエル・グレコによる契約書であることがわかったのだけど、素人には意味不明の数々の古文書や古い書籍がけっこう適当に並べてある中に、こんなものが実にサラッと展示されているのであった。

で、ナゾの展示室のゴージャスすぎる毒気にのまれたまま、いよいよ修道院においとましようとすると、またどこからともなく現れた修道女さん(きっとこの修道院にお住まいなのだろう。夜は怖くはないのでしょうか…)。
「あんた帰る前に、これ観なあかんやないの」
と言って(いや、そんな感じで)、
「ここや、ここや」
と指さして教えてくれたのが、聖堂出口の足元近くに小さく開いたガラス張りの窓。

よっこらしょとしゃがんでのぞき込むと、おお!
聖堂地下にある、これがエル・グレコの墓所か…。
めっちゃ一部しか見えなくてなんだかよくわからないけど、修道女さんありがとう! 
ここからだけほんのちびっとだけ、エル・グレコが眠る場所が見えるサービスになっているのだな。
ここも、写真を撮るのははばかられて、思わず手を合わせてごあいさつするにとどめました。
 ―エル・グレコさん、あなたの絵を観にはるばる日本から来ましたよ。
なんつっても、偏屈そのものの顔でにべもなく「知らんがな」と言われそうな気もするけど…


というわけで、トレドの町の《エル・グレコ詣で》もひととおり終わり。
ほんとはタベラ施療院や、ほかにもエル・グレコ関連で行きたいところはまだあったのだけど、そこはひとり旅ではないのでね。あまり母ばかりワガママではいけませんからね。
もし気ままな単独行動だったら、エル・グレコ病に浮かされて、このあと何日トレドにいつづけたかわかったもんじゃないです。

このあと、町を一望できる高台に行き、トレドでの最後の夜を過ごした話は次回書きます。
次回でやっとトレドが終わり、マドリードへ。引っぱる引っぱる。
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by higurashizoshi | 2014-11-25 00:47 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 6 エル・グレコ美術館とトレドの夜

サント・トメ教会前のカフェで昼食をすませた私たちは、てくてくとエル・グレコ美術館へ。
途中の高台から見えるトレドの町並みが、しみじみと美しい。
なぜか、不思議となつかしさをおぼえる。
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エル・グレコ美術館。
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かつてグレコが住んでいたあたりの、ユダヤ人富裕層のお屋敷を再建して作られている。最近リニューアルもされたらしく、すでにトレドの《ザ・中世》ワールドに慣れた眼にはまだ新しく見えて、ちょっと《トレド風》テーマパークっぽかった。
エル・グレコはこんな感じの暮らしをしていたんですよ…という雰囲気は味わえるかな?
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それはともかく、肝心なのはここに展示されている絵。
まず、2年前に東京・大阪での「エル・グレコ展」に一部が来ていた《十二使徒》連作を一挙に観ることができる。(写真は上下ともHPよりお借り)
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もうひとつ、絶対に観たかったのがこの「トレドの景観と地図」。
エル・グレコ好きにはものすごく重要な作品だと思うのだけど、廊下の突き当たりにめっちゃなにげなくポンと展示してあったのでびっくりした。
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エル・グレコの現存する作品の大半はもちろん宗教画で、すぐれた肖像画がそれに続く。風景を描いた作品はほとんどない中で、彼が後半生をすごしたこのトレドの町を描いた絵が2点ある。
そのひとつが、この「トレドの景観と地図」なのだ。

天使をともなった聖母マリアが、トレド上空を守護しているかのようなこの作品(ああ、しかしこのHPの画像だとその部分が切れている…なぜに…)。
カテドラルやアルカサルなどはもちろんのこと、当時のトレドの全景が実に微細に描かれているうえ、手前の人物がずいぶんと詳細な地図を広げてみせている。風景部分も地図も、ちょっと偏執的なくらい細かい。
風景部分は現在のトレドの眺めとほとんど変化がないといわれている。さすが中世都市。
そしてイタリア時代に地図製作の技術も身につけたというエル・グレコの描いたこの地図は非常に正確で、現在の旧市街地図とほとんど変化がないというから驚く。

もう一枚、エル・グレコがトレドを描いた「トレド風景」という特異な絵があり、ただしそれはニューヨークのメトロポリタン美術館蔵。
ぜひこれも観たいけど無理だよねえ… なんでトレドにないんだい!と思っていたら、この作品、なんと私たちが来る直前まで、没後400年の特別展で来ていたんだそうだ! ああ~絶句。なぜにニューヨークに帰ってしまったのだ~


さて、エル・グレコ美術館の作品を観たあと、なかなかすてきな中庭などを散策して、この日はホテルへ戻ることにした。
中庭のザクロの木。
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ここで、時間は少し前後するけれど、トレドの町中のお店などを紹介しておきましょう。

刀など特産の刃物や武器類のお店と、象嵌細工のお店があちこちにある。
ただし、お土産にあまり興味のない私たちは「ほほー」と眺めるのみ。
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このふとっちょくんは、サンチョ・パンサですね。
「ドン・キホーテ」はスペインではやっぱり普遍的な物語なのだろうか。それとも観光客受けするということで?
あちこちの店先に彼らの人形が飾ってある。
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ついつい私たちが引きつけられるのは、ツーリスト向けではないこういう普通のお店。
奥まった小さな市場の中の、お肉屋さん。
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ひづめがそのまんまついた牛の足がぶらーん。これは塩漬けの発酵肉、つまりハモン。
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トレドの主婦たちがお買いものしている八百屋さん、魚屋さん。
売られているものに、いちいち興味津々。果物もいろいろおいしそうだし、魚屋にはイカもアンコウも!
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チーズ屋さん。
こんな小さな市場のチーズ屋でも、種類はすごく豊富なのだなあ。
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トレドは州都であり県庁所在地でもあるのだけど、人口は8万人台。この旧市街の城壁内にもごく普通に人が住んでいるものの、観光客以外は人影もまばらでとにかくこぢんまりと静かな町だ。
コンビニはもちろんのこと、大きなスーパーマーケットも見かけない。市場文化がまだまだ生きている感じ。
(コンビニについては、このあとマドリード、バルセロナでも皆無だった)


ひっそりとある映画館。どんな作品を上映してるのかな。
時間があればぜひ入ってみたかった。
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ミネラルウォーターを買いに入った小さな食料品屋で、こんなものを発見!
「DEMAE RAMEN」…おお。
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こちらは、どっちかといえば観光客寄りのハモン屋さん。
これ、一本かついで帰りたいなあ。
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カテドラルの横道。
たいていの道はもっと細く、その細い道の向こうはほぼ見えず、どこに向かって歩いているのか、すぐにわからなくなる。
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そして、トレドの石畳。
マドリードやバルセロナでは、こういう石畳は見なかった。いったい、どれほど昔からあるのだろう。
大きな丸い石がびっしりと埋め込まれていて、ここを車が走ると何ともいえない独特の音がする。
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さて、またも道に迷いながらもホテルにいそいそと戻ったのにはわけがあって、トレドの近くに住む青年・ハコボと夕方待ち合わせをしていたのだ。

彼は私の友人の友人で、今回スペインに行くにあたり紹介してもらって、メールでいろいろ旅のアドバイスをもらっていた。日本が大好きで旅行経験もあり、日本語がとっても上手。メールは私からは日本語+英語、彼からはいつも日本語。ただし「話すのはとってもヘタです!」と書いていたのだけど…

ホテルのロビーで待ち合わせたハコボは、友人の話どおりシャイでとっても優しい雰囲気の青年で、いわゆるスペイン男!なイメージとはまったく遠い感じ。
そして日本語は、話すのも大変上手でした! 彼は日本語が使えるのがうれしいようで、結局会話はオール日本語。
娘たちもまじえていろいろおしゃべりして、明日のトレドめぐりのアドバイスももらって、この夜は別れたのでした。

ハコボがくれたおみやげ。
鹿肉のチョリソと、オリーブオイル漬けのチーズ。
(大事に日本に持ち帰り、後日いただきましたが… どちらも超美味でした!)
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その後、夕食のためホテル近くのカジュアルなレストランへ。
写真は撮らなかったけど、とにかく一品の量が多い! そしてイカのフライ(カラマーレス・フリートスという定番タパス)は旨い!
しかしやはり少食母娘には、3人で料理2人前でも多いかと…

レストランの屋外席に座り、トレドの町並みを眺めながらの夕食は不思議な気分だった。
なんでこんなとこで私たちごはん食べてるんだろう?と夢のような。
と同時に、隣席の女性たちのものすごいスピード、ものすごいテンションで延々と続くスペイン語の掛け合いを聞きつつ、
「大阪のおばちゃんってやっぱりグローバルやねんなあ…」
などと感じたことであった。うん、絶対彼女たちにひけをとらないと思う。


帰り道、夜のトレドの静かな石畳の道を3人でそぞろ歩きながら、大きな月を眺めた。
「なんか日本よりずっと大きいような気がするねえ」
と言いながら。
この日だけでトレドにすっかり魅了された私たちは、あと丸一日しかないのか…と早くも悲しくなりかけていた。2泊じゃ足りなかったかなあ。

日本からの多くのツーリストは、トレドがマドリードから近いということで日帰りでしか訪れないみたいだけど、ここなら一週間でも、いやいやいつまででもいられるね!と娘たちと意見が一致。
明日の貴重な一日を大事に過ごしたいなあ…と思いつつホテルに戻った。



次回、やっとこさ旅の3日目に入ります。
しかしフィギュアスケートのことも書きたい!
グランプリシリーズ、もう2つも終わってしもた!
そして大ちゃんの引退についても、まだ何も書いてません。書けてません。ううむ。
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by higurashizoshi | 2014-11-06 00:37 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 5 トレドのカテドラル、サント・トメ教会

トレドで買った本「トレドのすべて」によると、カテドラル(大聖堂)は13世紀前半に建築がはじまり、15世紀末に基礎部分が完成した、とある。
基礎部分ができあがるまでに250年以上? うーん、気が遠くなる。石の文化ってスパンが長いんだなあ。

私たちが歩いていって最初に出会ったのは、カテドラルの正面にあるこの大きな門。
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まずはその大きさと壮麗さに圧倒された。
細かい装飾がほんとうにすばらしい。
これだけでもうすでに、ぼうっとなってしまってしばらくこの前から動けなかった。
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カテドラルの門の前で、チェロを弾く男性。
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トレドでも、このあとマドリードやバルセロナでも、路上で演奏する人はとても多かった。
みんな必ず、お金を入れてもらう皿などを前に置いている。そこが日本との違い。
そもそもクラシックの楽器を路上で演奏する人は日本ではあまり見ないけど、逆に日本のように若者の弾き語りなんていうのはスペインでは見なかった。

この写真は翌日撮ったもので、市庁舎広場から見たカテドラル全景。
堂々たるゴシック建築、といってもゴシックの中では素朴というか、どこか土の香りがするような風情がある。
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さて、カテドラルの中へ。
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あとで見直すと、トレドで撮った写真って変に少なくて、特に教会の内部などはひとつの場所でたった一枚ずつしか撮ってなかったりする。フィルムカメラ時代の撮り方みたい。
たぶん、トレドが私にとってはあまりに特別なところだったから、そして宗教関係の建物の中は特に、バチバチ写すのは申しわけないような気持ちになっていたのだ。ずっと自分が地上5㎝くらい浮いてる感じだったからよくおぼえてないけど。
それでもって、あとになって「ぶ、ブレてる~。もっと撮っておけばよかったァ」なんて後悔したり、めんどくさい人である。

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内部は荘厳な雰囲気ながら、やはり外観と同じように威圧的ではなく、どこか素朴さを感じさせる。
それでも、こういうおそろしく高い円天井を持つ石の建造物に入ると、自分が紙と木の小国から来たコビトになったような気がする。この圧倒的な空間に満ちる空気がこちらに迫ってきて、ただただ棒立ちにならざるをえない。
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このカテドラルの完成の最終段階で18世紀に入ってから作られた有名なトランスパレンテ(装飾祭壇)が聖堂の奥にあり、その過剰なまでの華麗さには度肝をぬかれた。
これでもかという豪華絢爛ぶりに、このトランスパレンテに関してはどうやら完成当初から賛否両論があるのだそうだ。
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さて、聖具室に入る。
ここにエル・グレコの大作「聖衣剥奪」がある…

あった。正面に。
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写真撮影は許可されていたのに、ああだめだー。おそれ多くてこれ以上近づいては撮れなかった。それにしても、この遠方からでもなんという色彩のあざやかさ。

というわけで、別のところから画像をお借りして紹介を。
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間近で見た本物とはかなり色調がことなり、実際にはキリストの聖衣はローズがかった紅色にちかい。

この作品はギリシャ生まれのエル・グレコが、イタリアをへて30代半ばでトレドに来てから初めての大仕事だった。
いわばよそ者の画家が、トレドの中枢であるカテドラルを飾る大作をいきなり任されたのだ。彼がイタリア時代に残した作品のスケールと、この仕事のスケールがあまりに違うので驚く。どこで、どのようにその飛躍が起きたのかは、いまだ解明されていないらしい。

この観るものを惹きつけずにはおかないドラマティックな絵は、マニエリスムの影響をうけた、当時のトレドでは独創的と受け取られた構図によって批判をうけた。
キリストの頭より上に群衆がいることや、左下に3人のマリアを描いたことが聖書の記述とちがう、などの理由で、カテドラル参事会は報酬の支払いを拒否。納得しかねたエル・グレコとの間で裁判に発展し、争いのすえに報酬は注文時に約束された額から大幅にダウンして支払われた。

エル・グレコ氏、かなり粘着な、いや頑固にして強固な人物だったのでしょう。これが彼のトレドにおける係争ことはじめであり、このあともグレコは晩年まで、絵の報酬に関して何度も裁判を起こしているのだ。
《哲学者》とも評された一大知識人にして、ぜいたく好きの浪費家でもあったといわれているエル・グレコ。
トレドで著名人となったのに、死ぬまで本名のドメニコス・テオトコプーロスではなく《エル・グレコ》(ギリシャ人)と呼ばれつづけた彼。
いったいどんな人だったんだろうなあ。なかなかにくせもので、穏やかならざる人物であったことは間違いない。


「聖衣剥奪」を観たあと、呼吸を整えて聖具室の展示を眺める。
すばらしく豪華なこの金銀細工は、トレド一の宝物である聖体顕示台。祭典のときには練り歩く行列の先頭に掲げられるそうだ。
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ほかにも、イザベラ女王の王冠など、大変なお宝だらけでくらくら。
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カテドラルの回廊も美しかった。
いつまでもここに佇んでいたいと思わせる、静謐で清々しい空間。
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次に向かったのは、サント・トメ教会。
さっき駅のホームで下半分の巨大ポスターを見た「オルガス伯の埋葬」。
門外不出のこの名画を、いよいよ観るのだ。
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しかし、カテドラルからここまでで、すでにめっちゃ道に迷ってます。
地図上ではすごく近いはずなのに、とにかく道が細くて建物が高くて、今自分がどこを歩いてるのかすぐわからなくなる。

サント・トメの入り口でチケットを買う。
こういうところでも必ず、お互い「オラ」とあいさつするんですね。でもそのあとは、明らかにアジアからのツーリストだから、チケット売り場のお兄さんは英語で話してくれる。

で、小さな入口から教会内に入ると、いきなり右手にあります。ありました。
「うわ」と思ったけど、ちょうど絵の前はどこかの国からの団体さんが埋めていて、ガイドさんが滔々と大きな声で説明をしているところだったので、ちらっと横目で見ただけで、先に教会の聖堂内へ。

こぢんまりとした、落ち着いた感じの聖堂でしばらくゆっくりしてから、人のいなくなったのを見はからって戻り、深呼吸して「オルガス伯の埋葬」の前に立つ。
(ここは完全に撮影禁止なので、もちろんカメラはバッグの中。またネット上の画像を)
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大きい絵だとはわかっていたので、その大きさに驚くことはなかった。
ただ、実際に観て感じたのは、「ほんとうに、まったく古さを感じさせない、異様な絵だ」ということだった。

聖者に抱えられる、死したオルガス伯。その場面にずらりと立ち会う男たちは、エル・グレコ自身を含む当時のトレドの著名人たちの、生き写しのごとき肖像だという。そこに聖人も違和感なく入りまじり立つ。上空では、今まさに昇天するオルガス伯の魂がキリストたちに迎えられようとしている。
手前でこちらを見つめる少年は、エル・グレコの息子、ホルヘ・マヌエル。

つまりこれは、あれだな…と思う。
《トレド・オールスターズ》というか、トレドの上流社会+宗教界の紅白歌合戦というか、トレドの有名人と天上人たちの、総合ブロマイドみたいなもの。ちゃっかり息子を案内役に仕立てているところがニクい。

だからなのか、とっても神聖な場面なのに、とてもなまなましい感じがするのだ。異様なほどなまなましい。それはエル・グレコの多くの宗教画に言えることなのだが、とても400年以上前に描かれた絵と思えない。
特にこの絵は、非常に世俗的な空間と幻視的な空間が共存しているなかに、あざやかな色彩、光、空気のうねり、そのライブ感が異様なのである。
そう、ライブ感。古い絵を観ているという気がまったくしない。


名画を観て感動する… というのとはちがう、でも一種特別の高揚感に包まれて、ぼーっとした頭でサント・トメ教会を出る。
そろそろお昼ごはんを食べようか、ということで、教会前のその名も「プティカフェ・エル・グレコ」に入る。
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トルティージャ、スペインオムレツを初体験。料理一品の量が多いので、少食の私たち母娘だと煮込み料理、サラダ、トルティージャ、とひとつずつ頼んで3人で分けるのでちょうどよかった。
生クリームが使われているのかな?卵部分はふわふわ、ぶ厚くてじゃがいもがたっぷり入り、ボリューム満点。

コーヒー主流らしいスペインで、お茶を頼むとたいていティーバッグでちょっとがっかりすることが多かったが、ここでは茶葉をたっぷり使った淹れたてのおいしいお茶が出てきた。
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そう、なぜかスペインではこんな南部鉄瓶みたいなティーポット(ていうか急須?)が多いみたいなのだ。おもしろいなあ。めっちゃ重くなければおみやげに買って帰りたかった~。


さてお腹が満足したので、次の目的地、エル・グレコ美術館へ。
やっと旅の第2日の後半に入るところで、次回へ続く…。
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by higurashizoshi | 2014-10-31 12:54 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 4 あこがれのトレド

《あこがれのトレド》、と書いたものの、その《あこがれ》歴はそんなに長くはない。
エル・グレコが好きになってから、トレドという町が彼の後半生のホームグラウンドであったことから、どんなところなんだろうな~というくらいの興味はあった。
それが、2年前の日本での「エル・グレコ展」に行ったときに会場にでトレドの大きな地図を見て、そこで初めて具体的に、古い城壁に囲まれた中世そのままのトレドの町の様子と、その町なみのあそこにもここにもエル・グレコの絵を有する教会や美術館があることを知った。
城壁に閉ざされた古都がまるごと昔の姿をとどめている、というのにも魅かれたし、なんといっても小さな町の中にこれほどたくさんエル・グレコの作品があるということに感動した。
そのときは、「ここに行ってみたい!」という強いあこがれの思いと同時に、「一生こんなところには行けないだろうな…」と思ったのをよくおぼえている。
当時の私にとっては、海外に旅をするなんてことが、この先自分の人生にあるとはまったく思えなかったから。


そんな私が今、トレドに向かう列車に乗っている。
あのときの「エル・グレコ展」の図録に載っていた、当時から何度も何度も眺めたトレドの地図のコピーをバッグに入れて。
想像だけだったトレドのカテドラル(大聖堂)も、エル・グレコ美術館も、サント・トメ教会も、エル・グレコの墓のある修道院も… 地図上にせっせとマルをつけた教会や美術館を、これから本当に訪れるのだ。
…ひえー、どうしよう? 考えると緊張して、逆に現実感がなくなってくる。深呼吸、深呼吸。
そうでなくても、昨日の出発以来テンパってばかりなのだから、このままではトレドに着いたら、着いたという事実だけでパタリと倒れてしまいかねない。落ち着け私!


たった30分の車中はあっという間に過ぎさり、実にアッサリとトレドに着いた。
「トレド~、トレド~」
いやいや、そんな放送はなかったけど、なんかそんな感じがするくらい、しみじみ~っとした駅に降り立った私たち。
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こっこれが、うわさに聞いたトレドの駅舎か! ええ感じやねえ。

と思ったらいきなり、ホームですでに、どどどーんと来た!エル・グレコ様。
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実は、今年2014年はエル・グレコ没後400年にあたるということで、マドリードやトレドでは今年一年にわたって、大々的にエル・グレコを回顧する展覧会や各種イベントがワンサカおこなわれているのである。(没後400年記念イベントのHPはこちら

まさかそんな年に自分がスペインに行くことになるとは思ってもなかったので、旅の下調べの途中にそれを知ったときはびっくりした。すでに旅程はきまっていたので、ちょうど私たちが来る直前に終わったプラド美術館での展覧会には間に合わなかったものの、トレドの美術館ではまだエル・グレコの特別展を開催中のはず。
そんなわけで、もしかしてトレド中はエル・グレコ愛好家ですごいことになっているのではないか…と思ったりしたけど、没後400年企画の大半は夏に終わっているみたいで、実際はトレド、わりと静かでした。よかったよかった。

トレド駅のホームに展示してあったグレコ作品巨大ポスターのひとつ、これは「オルガス伯の埋葬」の下部分。世界的名画をちょん切っちゃっていいのかね。
この作品は、どう考えてもサント・トメ教会から外に出ることはないだろうと思われるので、トレドを訪れなければ観ることはできない。
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この絵をこのあと実際に観るんだ… と思うと、
「きょ、今日? このあと? わわわわどうしよう」
と、またまたいまさらながら、心の準備ができてません私。

自分で「行く!絶対トレド行く!」って子どもの前で子どもみたいに宣言したくせに、それで旅の行き先がスペインに決まったようなもんなのに、いざそのときを前にすると頭が真っ白に…。ああ、がんばれ私の神経細胞!

とか頭の中でひとり戦いをくりひろげつつ、さてこのあとはどう動いたらいいんでしょうか…と思いながら駅舎の中へ。
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風情ある建物だなあ。
「古都トレドの玄関口にふさわしい駅舎を作るのだ」という意気ごみで作られたんだろうな~ということが伝わってくる。
(この駅舎は築100年近くらしいが、これがトレドでは「新しい建物」と言われてることをあとで知った…。確かに、このあと目にしたトレドの旧市街はほんとに《別時代》の世界だったから、さもありなん)

駅舎を抜けて、駅前に出る。
しみじみとした通りに、可愛い黄色いヤツ。
なるほど、スペインでは郵便ポストは黄色いのだ。
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さてバスが来て、フツーに乗ると、トレドのフツーの人たちがたくさん乗っていて、まあ駅前は別にフツーの町並みなんですが、しばらくぐいぐいと坂道を上がっていくと、おお。独特の赤みをおびた茶色の、石造りの世界が目に入ってきた。これが旧市街を取り巻く城壁らしい。
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バスの中から撮ったビサグラ新門。ここを通れば旧市街の中。
「新門」っていっても16世紀建造。トレドはそういう世界なのだな。


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門をくぐり、旧市街へ。ここにもエル・グレコ様! しかも手フェチ部分画!
(あっすいません。グレコ画の手の描写って、特にすごく妖しい魅力があるんです。宗教画だから本来そんなこと考えちゃいけないんだろうけど。でもこんな《手だけ》展示があるってことは、同じように感じる人が多いのか?)

ものすごく狭い道をぐりぐりぐりと回りながら、バスはあっという間に町の中心部、ソコドベール広場へ。
ここはなんだか人がわんさといて、ツーリストのたまり場みたいになってるらしく、大型バスは行き来するは、マクドナルドもあるし、わりかし俗な感じ。ふーん、やっぱりトレドって一大観光地なんだなあ。周りからいろんな言語が聞こえてくる。
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とりあえず宿に行って荷物を預かってもらおうと、ソコドベール広場からすぐのホテル「アルフォンソⅥ」に向かう。
おお、トレドっぽい良い感じのホテル。こういうのを期待していたのよ。
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フロントには、思わず見ほれるほどものすごい腹回りと、二重あごが見事なホテルマンのおじさんがいて、「オラ」と低い声であいさつしてくる。笑顔はなし。
「オラ」だけ返したら、あとは英語でいくしかないので、
「日本から予約してるひぐらしですけど…」
にあたるらしき英語を発してみると、ああ、わかったわかった、という感じですぐに部屋のカギを渡してくれた。
あれ、もうチェックインできちゃうの? 時刻はまだ午前。荷物預かってもらうだけと思ってたのに、助かる~!
「グラシアス」と笑顔で言ったら、二重あご氏は口の端で「にょ」と笑ってくれた。

ホテル内は古くてしみじみした感じ。期待通りにエレベーターは「ごっとん、ごっとん、がっちゃーん」と動くし、扉は手で開けるし、階段の踊り場に甲冑はあるし。ええやんええやん。
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部屋もいい感じでした。落ち着いたダークブラウンの室内に、白とワインレッドのインテリア。
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いわゆる高級ホテル的な宿にはまったく食指が動かない(いやもちろん、動かせないのだけどね!)私たち。マドリードとバルセロナは厨房つきの安いアパートメントホテルを、ここトレドでは雰囲気のある古いホテルで便利な場所を、という選択をしたのだけど、結果的にこれは大正解だった。

部屋のセーフティボックスの使い方とか、wi-fiのつなぎ方とか、またフロントに聞きに行ったり、窓からの景色を鑑賞したり。目の前はアルカサル。
(下の方にちいさく写っているおもちゃの電車みたいなのが、私たちは乗らなかったけどツーリスト用に町の周囲を走っているソコトレンという乗りものです)
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どの宿のバスルームにも必ずあったビデ。最後まで誰も使い方わからず…
しっかり広い浴槽があったのはうれしかった。
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さて、ようやくおもむろに出かけましょうとなり、まずは何をおいてもトレドの中心、カテドラル(大聖堂)へ。

といっても、トレドの町は一歩出ると迷宮のよう。すべてが石造りの高い建物でできていて、その建物にはさまれた細い道が縦横無尽に走り、地図で見て「あっちだ」となっても、そう簡単には行きつけない。
とにかく道に迷う町だ、とは聞いていたけど、旧市街は地図で見たらすごく狭いので、迷うといっても大したことはないだろう、と思っていた。この感じは、ちょっと日本にいる間には想像がつかなかったなあ。

それでも、カテドラルはとにかくけた外れに大きいので、そんなに苦労せずたどり着くことができた。
次回はカテドラルほか、この日訪れたサント・トメ教会、エル・グレコ美術館の様子を。



いや~なかなか進まないダラダラ旅行記、道は遠いけど楽しみながら書きますので(しかし忘れないうちに!)引き続きおつきあいください。
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by higurashizoshi | 2014-10-29 02:16 | 旅の記録 | Comments(0)

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