ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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スペインへの旅 7 トレド、さらにエル・グレコめぐり

◆第3日 / 2014年10月9日

トレドでの2日目は、美しい朝焼けではじまった。
ホテルのバルコニーからの眺め。左の建物がアルカサル(旧王宮)。
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今回の旅で、朝食つきはトレドのホテルのみ。
あとはすべてアパートホテルで自炊なので、ホテルのバイキングの朝食も楽しかった。
地階のレストランは、私たち以外日本人はいなくて、スペイン国内の観光客と、イタリアやドイツあたりからのお客さんばかり。そしてバカンスシーズンじゃないから、リタイア後らしき年配のご夫婦ばかり。みなさんゆったりと脂肪のついた体型で、ゆったりとくつろいでおられる。
ホテルもしみじみ、客層もとってもしみじみ。よろしいわあ。朝ごはんも、さすがにハムやチーズの種類が豊富でおいしかった。


さて、おもむろにホテルを出発し、まずはサンタ・クルス美術館へ。
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正面の門。
おおお、すごいぞこれは。またも圧倒。
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ここは元教会かと思ったら、元は病院なのだそうだ! 
病院の門がこれでは、くぐるだけで霊験あらたかで病気が治りそう。

現在、没後400年の特別展「El Greco: Arte y Oficio」(英語でArt and Skill)がここで開催されているとのこと。
美術館前にはまた巨大なポスターが。中に入るとどんな作品が待っているかを考えるとすでにくらくら~。
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そしていよいよこの特別展に入ったのですが…

これが予想を超えるすごいラインナップの展覧会。
今回の特別展のために、プラド美術館など国内はもとより、さまざまな国からエル・グレコ作品の異なるバージョンが実に多彩に集められている。
しかも会場の建築もすばらしく、正直ここだけで一日中いてもいいくらいだった! なんと贅沢な時間だったことでしょう。
撮影一切禁止だったので、ここで観た作品をいくつかネットからの画像で紹介。


「無原罪のお宿り」
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エル・グレコの生涯最後の大作。あざやかな色彩と光、引き伸ばされた人体とねじれた空間、ほとばしるエナジー。後年のグレコ的なものがすべて凝縮されてこの絵の中に詰まっている、といっても過言ではない。
この絵はもともとこのサンタ・クルス美術館所蔵で、2年前の日本での「エル・グレコ展」の目玉作品として来日していた。
当時はこの「無原罪のお宿り」がついにトレドから来る、ということで非常に話題になっていたのを思い出す。そして大阪の国立国際美術館でこの絵を仰ぎ観たときの、身体ごと天上に巻きあげられていくような異様な感動も。

まさかトレドで再会できる日がくるとは… と感無量だった。



「受胎告知」
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「無原罪のお宿り」と並び称される、エル・グレコ最高傑作のひとつ。プラド美術館蔵。
日本での展覧会では、この絵の3分の1ほどの縮小版で、習作ともいわれている「受胎告知」(マドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館蔵)が展示されていたので、ついにここでオリジナルを観た、という感がつよい。
画面から光が放たれてこちらへ向かってくるような臨場感。あざやかな紅色、緑、青、と《エル・グレコカラー》満載の色彩構成。その美しさにただただ引きつけられる。
「無原罪のお宿り」とともに、この大作2点が同じ場所にタンタンー!と展示されていて、その贅沢さにめまいがした。



「聖霊降臨」
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「受胎告知」とともにマドリードのドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院の聖堂の主祭壇に飾られていたといわれる作品。現在はプラド美術館蔵。
この散逸してしまった主祭壇の祭壇画がこの作品も含めた6点であった、という説を唱えているひとりがスペイン美術の著名な学者だった故・神吉敬三さんで、今回トレドに来るにあたってこの方の著書を何冊か熟読し、無知な頭が少し賢くなった。

この幻の6点祭壇衝立が、神吉さんの監修によって日本の大塚国際美術館(徳島県)で再現されているという話を知ったのも著書の中でだった。振り返って調べてみると確かに2年前のエル・グレコ展の図録にも、この再現の写真が掲載されていた。帰国したらぜひとも徳島に行って確かめねば!(こちらにあります


そのほかもともかく贅沢極まりない作品群で、マリア・マグダレーナや聖フランシスコなど同じ題材の別バージョンの作品がいくつも集められて展示されていたのも、類を見ない展示で興味深かった。
量産された宗教画については、おそらくエル・グレコ個人ではなく工房で製作された作品が多いので、どこからどこまでがグレコの筆になるものかは判別がむずかしいものも多いだろう。

印象的だったのは息子ホルヘ・マヌエル(『オルガス伯の埋葬』に描かれていた少年)が加筆したり、父親の作品を模写したもの。
エル・グレコも一人息子を跡取りにするべく、きっと英才教育をほどこしたのだろうが… 大変気の毒だが、親子でその技量のあまりの差にヘナヘナとなった。天才の一人息子ホルヘくん、苦労しただろうな。しかもエル・グレコは散財の末に、死後がっぽり借金を息子に残したという記録があるそうで、ますますあまりにお気の毒…


たっぷりとエル・グレコをお腹につめこみ、幸福なゲップをしながらサンタ・クルス美術館の回廊へ。
またこの回廊が美しかった。
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イスラムの影響を受けた、ムデハル様式と呼ばれる建築や細工などが随所にみられる。
そのほか常設の展示はたくさんあるらしかったが、エル・グレコ展だけで時間切れとなり残念でした。
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サンタ・クルス美術館をようやく出た昼過ぎ、突然の大粒の雨!
仕方なくとりあえずホテルに一時戻って、途中で買ったトレド名物のマサパンをお昼ごはん代わりにする。
マサパンはアーモンドの粉で作られた甘い焼き菓子。ちょっと和菓子のような、しっとりした味わい。お店では、こんなカラフルなマサパンも売られている。ほんとに和菓子みたい。
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雨がやんだので、ホテルを出てソコドベール広場近くのセルバンテス像にごあいさつして…
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さらにディープなトレドの探索に向かう。

トレド旧市街の城壁の内周をなぞって歩き、太陽の門へ。
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14世紀に作られた、ムデハル様式の威厳ある美しい門だ。
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このあたりから、非常に古いユダヤ教会や回教寺院などが続く。道はねじ曲がり、どこに行きつくか不明なり。
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迷って迷って、歩いて歩いて、やっと見つけた案内所のお姉さんに教えてもらい、サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院にたどりつく。名前も長いが、道のりも長かった!
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なんでここを目指してひたすら来たかっていうと、ここがエル・グレコが埋葬されている墓所だからで、もちろん作品も多数あるのだ。《エル・グレコ詣で》のマストですよ、マスト。
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…と、なんだかえらくひっそりしているなあ。門が閉じてるし?

近づいてみると、ただいまシエスタ時間?で休憩中。うう、臨時休館じゃなくてよかった!
開門までしばらく時間があるので、その間に昨日遠くから見て心ひかれた教会に行ってみることにした。

またまた、てくてく、てくてく。
おお、こんな狭い道を車が走りよる。しかしほんとに人がいませんね。
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道が…
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狭いのだ。
しかしなんという佳い風情。なんとここちよい町並み。
(このあたりの写真は娘撮影のものを拝借。彼女のほうがセンスいいのです)
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まるで熟成された時が、ゆっくりとこの小路をたゆたっているよう。


またも迷って迷って…
さて、たどり着いたのはここ。
サン・フアン・デ・ロス・レイエス教会。
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「トレドのすべて」によると、15世紀後半に建てられた、ムデハル様式の影響を受けたゴシック建築の傑作とのこと。非常に凝ったデザインの美しい建物で、前日に遠くから見たときに「なんだ、あの素敵な教会は!」と眼をつけていたのです。

さて、教会の中へ。
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はなやかな中にもどこかつつましい祭壇画や、柔らかい光線にいろどられた聖堂内部の装飾ひとつひとつが、とても美しい。
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回廊はやはり、静寂の美につつまれている。
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ヨーロッパとイスラムが融合したこの雰囲気は独特のもの。ここの回廊からの風景は忘れがたい。
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中庭を見下ろして何百年? 横棒にしがみついている、ちょっぴり気の毒な天使。
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さて、そろそろさきほどのサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院の休憩時間が終わるころなので、そちらへ戻ることにする。

ここがサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院の入り口。
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エル・グレコの墓所があることが表示されている。ふう、なんだか緊張するなあ。
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中に入ると修道女さんがにっこりと出迎えてくれ、こちらへと手招き。
ほとんど人のいない聖堂はほの暗く、ただただ静かだ。

そして振りかぶれば、正面の祭壇画にはなやかなライトが。
これが、エル・グレコがトレドにやってきて最初に手がけた大規模な祭壇画のプロジェクトで、中央の「聖母被昇天」「聖三位一体」を含むすばらしい作品群で構成されている。
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ただし、中央の上下2枚を含め4枚が散逸したためにここにあるのはレプリカ。現在はそのうち3枚はプラド美術館にあり、私はこの2日後にプラドで本物を観ることになった。

主祭壇の脇にある祭壇画、「キリストの復活」。これはレプリカじゃなく、エル・グレコ真筆なのですね。
あまりにあっけなく、何の囲いもなく飾られているのでかえってどきどきする。
これはおそれ多いながらも、なんとか1枚だけ撮影しました。ぶるぶる。
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それにしても本当に色彩あざやかで、とても400年以上前の絵画とは、やはり思えない。

さて出口へ…と行こうとすると、修道女さんが「お待ちなさい」と止めにきて、こっちも観ていきなさい、と手招き。
なにやら薄暗い、ちょっとあやしげな空間へ。

ここは旧聖堂なのか、非常に古い主祭壇があり、おそらくこの修道院の礎ができたという11世紀ごろにさかのぼるものも収められているのだろう、かなりナゾめいたものを多数含む展示館のようになっていた。
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ぼろぼろに朽ちた服を着て並び立つ聖人を含む幼子の人形たち、皿に乗ったヨハネの色あせた生首人形… 絶対に夜ひとりでは来られそうにない雰囲気の展示物が並び立つ奥に古文書も数々あり、ふとその一枚に眼をやるとエル・グレコの署名!?
あとから調べて、それは本物のエル・グレコによる契約書であることがわかったのだけど、素人には意味不明の数々の古文書や古い書籍がけっこう適当に並べてある中に、こんなものが実にサラッと展示されているのであった。

で、ナゾの展示室のゴージャスすぎる毒気にのまれたまま、いよいよ修道院においとましようとすると、またどこからともなく現れた修道女さん(きっとこの修道院にお住まいなのだろう。夜は怖くはないのでしょうか…)。
「あんた帰る前に、これ観なあかんやないの」
と言って(いや、そんな感じで)、
「ここや、ここや」
と指さして教えてくれたのが、聖堂出口の足元近くに小さく開いたガラス張りの窓。

よっこらしょとしゃがんでのぞき込むと、おお!
聖堂地下にある、これがエル・グレコの墓所か…。
めっちゃ一部しか見えなくてなんだかよくわからないけど、修道女さんありがとう! 
ここからだけほんのちびっとだけ、エル・グレコが眠る場所が見えるサービスになっているのだな。
ここも、写真を撮るのははばかられて、思わず手を合わせてごあいさつするにとどめました。
 ―エル・グレコさん、あなたの絵を観にはるばる日本から来ましたよ。
なんつっても、偏屈そのものの顔でにべもなく「知らんがな」と言われそうな気もするけど…


というわけで、トレドの町の《エル・グレコ詣で》もひととおり終わり。
ほんとはタベラ施療院や、ほかにもエル・グレコ関連で行きたいところはまだあったのだけど、そこはひとり旅ではないのでね。あまり母ばかりワガママではいけませんからね。
もし気ままな単独行動だったら、エル・グレコ病に浮かされて、このあと何日トレドにいつづけたかわかったもんじゃないです。

このあと、町を一望できる高台に行き、トレドでの最後の夜を過ごした話は次回書きます。
次回でやっとトレドが終わり、マドリードへ。引っぱる引っぱる。
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by higurashizoshi | 2014-11-25 00:47 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 6 エル・グレコ美術館とトレドの夜

サント・トメ教会前のカフェで昼食をすませた私たちは、てくてくとエル・グレコ美術館へ。
途中の高台から見えるトレドの町並みが、しみじみと美しい。
なぜか、不思議となつかしさをおぼえる。
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エル・グレコ美術館。
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かつてグレコが住んでいたあたりの、ユダヤ人富裕層のお屋敷を再建して作られている。最近リニューアルもされたらしく、すでにトレドの《ザ・中世》ワールドに慣れた眼にはまだ新しく見えて、ちょっと《トレド風》テーマパークっぽかった。
エル・グレコはこんな感じの暮らしをしていたんですよ…という雰囲気は味わえるかな?
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それはともかく、肝心なのはここに展示されている絵。
まず、2年前に東京・大阪での「エル・グレコ展」に一部が来ていた《十二使徒》連作を一挙に観ることができる。(写真は上下ともHPよりお借り)
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もうひとつ、絶対に観たかったのがこの「トレドの景観と地図」。
エル・グレコ好きにはものすごく重要な作品だと思うのだけど、廊下の突き当たりにめっちゃなにげなくポンと展示してあったのでびっくりした。
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エル・グレコの現存する作品の大半はもちろん宗教画で、すぐれた肖像画がそれに続く。風景を描いた作品はほとんどない中で、彼が後半生をすごしたこのトレドの町を描いた絵が2点ある。
そのひとつが、この「トレドの景観と地図」なのだ。

天使をともなった聖母マリアが、トレド上空を守護しているかのようなこの作品(ああ、しかしこのHPの画像だとその部分が切れている…なぜに…)。
カテドラルやアルカサルなどはもちろんのこと、当時のトレドの全景が実に微細に描かれているうえ、手前の人物がずいぶんと詳細な地図を広げてみせている。風景部分も地図も、ちょっと偏執的なくらい細かい。
風景部分は現在のトレドの眺めとほとんど変化がないといわれている。さすが中世都市。
そしてイタリア時代に地図製作の技術も身につけたというエル・グレコの描いたこの地図は非常に正確で、現在の旧市街地図とほとんど変化がないというから驚く。

もう一枚、エル・グレコがトレドを描いた「トレド風景」という特異な絵があり、ただしそれはニューヨークのメトロポリタン美術館蔵。
ぜひこれも観たいけど無理だよねえ… なんでトレドにないんだい!と思っていたら、この作品、なんと私たちが来る直前まで、没後400年の特別展で来ていたんだそうだ! ああ~絶句。なぜにニューヨークに帰ってしまったのだ~


さて、エル・グレコ美術館の作品を観たあと、なかなかすてきな中庭などを散策して、この日はホテルへ戻ることにした。
中庭のザクロの木。
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ここで、時間は少し前後するけれど、トレドの町中のお店などを紹介しておきましょう。

刀など特産の刃物や武器類のお店と、象嵌細工のお店があちこちにある。
ただし、お土産にあまり興味のない私たちは「ほほー」と眺めるのみ。
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このふとっちょくんは、サンチョ・パンサですね。
「ドン・キホーテ」はスペインではやっぱり普遍的な物語なのだろうか。それとも観光客受けするということで?
あちこちの店先に彼らの人形が飾ってある。
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ついつい私たちが引きつけられるのは、ツーリスト向けではないこういう普通のお店。
奥まった小さな市場の中の、お肉屋さん。
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ひづめがそのまんまついた牛の足がぶらーん。これは塩漬けの発酵肉、つまりハモン。
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トレドの主婦たちがお買いものしている八百屋さん、魚屋さん。
売られているものに、いちいち興味津々。果物もいろいろおいしそうだし、魚屋にはイカもアンコウも!
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チーズ屋さん。
こんな小さな市場のチーズ屋でも、種類はすごく豊富なのだなあ。
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トレドは州都であり県庁所在地でもあるのだけど、人口は8万人台。この旧市街の城壁内にもごく普通に人が住んでいるものの、観光客以外は人影もまばらでとにかくこぢんまりと静かな町だ。
コンビニはもちろんのこと、大きなスーパーマーケットも見かけない。市場文化がまだまだ生きている感じ。
(コンビニについては、このあとマドリード、バルセロナでも皆無だった)


ひっそりとある映画館。どんな作品を上映してるのかな。
時間があればぜひ入ってみたかった。
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ミネラルウォーターを買いに入った小さな食料品屋で、こんなものを発見!
「DEMAE RAMEN」…おお。
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こちらは、どっちかといえば観光客寄りのハモン屋さん。
これ、一本かついで帰りたいなあ。
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カテドラルの横道。
たいていの道はもっと細く、その細い道の向こうはほぼ見えず、どこに向かって歩いているのか、すぐにわからなくなる。
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そして、トレドの石畳。
マドリードやバルセロナでは、こういう石畳は見なかった。いったい、どれほど昔からあるのだろう。
大きな丸い石がびっしりと埋め込まれていて、ここを車が走ると何ともいえない独特の音がする。
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さて、またも道に迷いながらもホテルにいそいそと戻ったのにはわけがあって、トレドの近くに住む青年・ハコボと夕方待ち合わせをしていたのだ。

彼は私の友人の友人で、今回スペインに行くにあたり紹介してもらって、メールでいろいろ旅のアドバイスをもらっていた。日本が大好きで旅行経験もあり、日本語がとっても上手。メールは私からは日本語+英語、彼からはいつも日本語。ただし「話すのはとってもヘタです!」と書いていたのだけど…

ホテルのロビーで待ち合わせたハコボは、友人の話どおりシャイでとっても優しい雰囲気の青年で、いわゆるスペイン男!なイメージとはまったく遠い感じ。
そして日本語は、話すのも大変上手でした! 彼は日本語が使えるのがうれしいようで、結局会話はオール日本語。
娘たちもまじえていろいろおしゃべりして、明日のトレドめぐりのアドバイスももらって、この夜は別れたのでした。

ハコボがくれたおみやげ。
鹿肉のチョリソと、オリーブオイル漬けのチーズ。
(大事に日本に持ち帰り、後日いただきましたが… どちらも超美味でした!)
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その後、夕食のためホテル近くのカジュアルなレストランへ。
写真は撮らなかったけど、とにかく一品の量が多い! そしてイカのフライ(カラマーレス・フリートスという定番タパス)は旨い!
しかしやはり少食母娘には、3人で料理2人前でも多いかと…

レストランの屋外席に座り、トレドの町並みを眺めながらの夕食は不思議な気分だった。
なんでこんなとこで私たちごはん食べてるんだろう?と夢のような。
と同時に、隣席の女性たちのものすごいスピード、ものすごいテンションで延々と続くスペイン語の掛け合いを聞きつつ、
「大阪のおばちゃんってやっぱりグローバルやねんなあ…」
などと感じたことであった。うん、絶対彼女たちにひけをとらないと思う。


帰り道、夜のトレドの静かな石畳の道を3人でそぞろ歩きながら、大きな月を眺めた。
「なんか日本よりずっと大きいような気がするねえ」
と言いながら。
この日だけでトレドにすっかり魅了された私たちは、あと丸一日しかないのか…と早くも悲しくなりかけていた。2泊じゃ足りなかったかなあ。

日本からの多くのツーリストは、トレドがマドリードから近いということで日帰りでしか訪れないみたいだけど、ここなら一週間でも、いやいやいつまででもいられるね!と娘たちと意見が一致。
明日の貴重な一日を大事に過ごしたいなあ…と思いつつホテルに戻った。



次回、やっとこさ旅の3日目に入ります。
しかしフィギュアスケートのことも書きたい!
グランプリシリーズ、もう2つも終わってしもた!
そして大ちゃんの引退についても、まだ何も書いてません。書けてません。ううむ。
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by higurashizoshi | 2014-11-06 00:37 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 5 トレドのカテドラル、サント・トメ教会

トレドで買った本「トレドのすべて」によると、カテドラル(大聖堂)は13世紀前半に建築がはじまり、15世紀末に基礎部分が完成した、とある。
基礎部分ができあがるまでに250年以上? うーん、気が遠くなる。石の文化ってスパンが長いんだなあ。

私たちが歩いていって最初に出会ったのは、カテドラルの正面にあるこの大きな門。
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まずはその大きさと壮麗さに圧倒された。
細かい装飾がほんとうにすばらしい。
これだけでもうすでに、ぼうっとなってしまってしばらくこの前から動けなかった。
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カテドラルの門の前で、チェロを弾く男性。
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トレドでも、このあとマドリードやバルセロナでも、路上で演奏する人はとても多かった。
みんな必ず、お金を入れてもらう皿などを前に置いている。そこが日本との違い。
そもそもクラシックの楽器を路上で演奏する人は日本ではあまり見ないけど、逆に日本のように若者の弾き語りなんていうのはスペインでは見なかった。

この写真は翌日撮ったもので、市庁舎広場から見たカテドラル全景。
堂々たるゴシック建築、といってもゴシックの中では素朴というか、どこか土の香りがするような風情がある。
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さて、カテドラルの中へ。
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あとで見直すと、トレドで撮った写真って変に少なくて、特に教会の内部などはひとつの場所でたった一枚ずつしか撮ってなかったりする。フィルムカメラ時代の撮り方みたい。
たぶん、トレドが私にとってはあまりに特別なところだったから、そして宗教関係の建物の中は特に、バチバチ写すのは申しわけないような気持ちになっていたのだ。ずっと自分が地上5㎝くらい浮いてる感じだったからよくおぼえてないけど。
それでもって、あとになって「ぶ、ブレてる~。もっと撮っておけばよかったァ」なんて後悔したり、めんどくさい人である。

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内部は荘厳な雰囲気ながら、やはり外観と同じように威圧的ではなく、どこか素朴さを感じさせる。
それでも、こういうおそろしく高い円天井を持つ石の建造物に入ると、自分が紙と木の小国から来たコビトになったような気がする。この圧倒的な空間に満ちる空気がこちらに迫ってきて、ただただ棒立ちにならざるをえない。
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このカテドラルの完成の最終段階で18世紀に入ってから作られた有名なトランスパレンテ(装飾祭壇)が聖堂の奥にあり、その過剰なまでの華麗さには度肝をぬかれた。
これでもかという豪華絢爛ぶりに、このトランスパレンテに関してはどうやら完成当初から賛否両論があるのだそうだ。
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さて、聖具室に入る。
ここにエル・グレコの大作「聖衣剥奪」がある…

あった。正面に。
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写真撮影は許可されていたのに、ああだめだー。おそれ多くてこれ以上近づいては撮れなかった。それにしても、この遠方からでもなんという色彩のあざやかさ。

というわけで、別のところから画像をお借りして紹介を。
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間近で見た本物とはかなり色調がことなり、実際にはキリストの聖衣はローズがかった紅色にちかい。

この作品はギリシャ生まれのエル・グレコが、イタリアをへて30代半ばでトレドに来てから初めての大仕事だった。
いわばよそ者の画家が、トレドの中枢であるカテドラルを飾る大作をいきなり任されたのだ。彼がイタリア時代に残した作品のスケールと、この仕事のスケールがあまりに違うので驚く。どこで、どのようにその飛躍が起きたのかは、いまだ解明されていないらしい。

この観るものを惹きつけずにはおかないドラマティックな絵は、マニエリスムの影響をうけた、当時のトレドでは独創的と受け取られた構図によって批判をうけた。
キリストの頭より上に群衆がいることや、左下に3人のマリアを描いたことが聖書の記述とちがう、などの理由で、カテドラル参事会は報酬の支払いを拒否。納得しかねたエル・グレコとの間で裁判に発展し、争いのすえに報酬は注文時に約束された額から大幅にダウンして支払われた。

エル・グレコ氏、かなり粘着な、いや頑固にして強固な人物だったのでしょう。これが彼のトレドにおける係争ことはじめであり、このあともグレコは晩年まで、絵の報酬に関して何度も裁判を起こしているのだ。
《哲学者》とも評された一大知識人にして、ぜいたく好きの浪費家でもあったといわれているエル・グレコ。
トレドで著名人となったのに、死ぬまで本名のドメニコス・テオトコプーロスではなく《エル・グレコ》(ギリシャ人)と呼ばれつづけた彼。
いったいどんな人だったんだろうなあ。なかなかにくせもので、穏やかならざる人物であったことは間違いない。


「聖衣剥奪」を観たあと、呼吸を整えて聖具室の展示を眺める。
すばらしく豪華なこの金銀細工は、トレド一の宝物である聖体顕示台。祭典のときには練り歩く行列の先頭に掲げられるそうだ。
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ほかにも、イザベラ女王の王冠など、大変なお宝だらけでくらくら。
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カテドラルの回廊も美しかった。
いつまでもここに佇んでいたいと思わせる、静謐で清々しい空間。
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次に向かったのは、サント・トメ教会。
さっき駅のホームで下半分の巨大ポスターを見た「オルガス伯の埋葬」。
門外不出のこの名画を、いよいよ観るのだ。
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しかし、カテドラルからここまでで、すでにめっちゃ道に迷ってます。
地図上ではすごく近いはずなのに、とにかく道が細くて建物が高くて、今自分がどこを歩いてるのかすぐわからなくなる。

サント・トメの入り口でチケットを買う。
こういうところでも必ず、お互い「オラ」とあいさつするんですね。でもそのあとは、明らかにアジアからのツーリストだから、チケット売り場のお兄さんは英語で話してくれる。

で、小さな入口から教会内に入ると、いきなり右手にあります。ありました。
「うわ」と思ったけど、ちょうど絵の前はどこかの国からの団体さんが埋めていて、ガイドさんが滔々と大きな声で説明をしているところだったので、ちらっと横目で見ただけで、先に教会の聖堂内へ。

こぢんまりとした、落ち着いた感じの聖堂でしばらくゆっくりしてから、人のいなくなったのを見はからって戻り、深呼吸して「オルガス伯の埋葬」の前に立つ。
(ここは完全に撮影禁止なので、もちろんカメラはバッグの中。またネット上の画像を)
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大きい絵だとはわかっていたので、その大きさに驚くことはなかった。
ただ、実際に観て感じたのは、「ほんとうに、まったく古さを感じさせない、異様な絵だ」ということだった。

聖者に抱えられる、死したオルガス伯。その場面にずらりと立ち会う男たちは、エル・グレコ自身を含む当時のトレドの著名人たちの、生き写しのごとき肖像だという。そこに聖人も違和感なく入りまじり立つ。上空では、今まさに昇天するオルガス伯の魂がキリストたちに迎えられようとしている。
手前でこちらを見つめる少年は、エル・グレコの息子、ホルヘ・マヌエル。

つまりこれは、あれだな…と思う。
《トレド・オールスターズ》というか、トレドの上流社会+宗教界の紅白歌合戦というか、トレドの有名人と天上人たちの、総合ブロマイドみたいなもの。ちゃっかり息子を案内役に仕立てているところがニクい。

だからなのか、とっても神聖な場面なのに、とてもなまなましい感じがするのだ。異様なほどなまなましい。それはエル・グレコの多くの宗教画に言えることなのだが、とても400年以上前に描かれた絵と思えない。
特にこの絵は、非常に世俗的な空間と幻視的な空間が共存しているなかに、あざやかな色彩、光、空気のうねり、そのライブ感が異様なのである。
そう、ライブ感。古い絵を観ているという気がまったくしない。


名画を観て感動する… というのとはちがう、でも一種特別の高揚感に包まれて、ぼーっとした頭でサント・トメ教会を出る。
そろそろお昼ごはんを食べようか、ということで、教会前のその名も「プティカフェ・エル・グレコ」に入る。
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トルティージャ、スペインオムレツを初体験。料理一品の量が多いので、少食の私たち母娘だと煮込み料理、サラダ、トルティージャ、とひとつずつ頼んで3人で分けるのでちょうどよかった。
生クリームが使われているのかな?卵部分はふわふわ、ぶ厚くてじゃがいもがたっぷり入り、ボリューム満点。

コーヒー主流らしいスペインで、お茶を頼むとたいていティーバッグでちょっとがっかりすることが多かったが、ここでは茶葉をたっぷり使った淹れたてのおいしいお茶が出てきた。
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そう、なぜかスペインではこんな南部鉄瓶みたいなティーポット(ていうか急須?)が多いみたいなのだ。おもしろいなあ。めっちゃ重くなければおみやげに買って帰りたかった~。


さてお腹が満足したので、次の目的地、エル・グレコ美術館へ。
やっと旅の第2日の後半に入るところで、次回へ続く…。
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by higurashizoshi | 2014-10-31 12:54 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 4 あこがれのトレド

《あこがれのトレド》、と書いたものの、その《あこがれ》歴はそんなに長くはない。
エル・グレコが好きになってから、トレドという町が彼の後半生のホームグラウンドであったことから、どんなところなんだろうな~というくらいの興味はあった。
それが、2年前の日本での「エル・グレコ展」に行ったときに会場にでトレドの大きな地図を見て、そこで初めて具体的に、古い城壁に囲まれた中世そのままのトレドの町の様子と、その町なみのあそこにもここにもエル・グレコの絵を有する教会や美術館があることを知った。
城壁に閉ざされた古都がまるごと昔の姿をとどめている、というのにも魅かれたし、なんといっても小さな町の中にこれほどたくさんエル・グレコの作品があるということに感動した。
そのときは、「ここに行ってみたい!」という強いあこがれの思いと同時に、「一生こんなところには行けないだろうな…」と思ったのをよくおぼえている。
当時の私にとっては、海外に旅をするなんてことが、この先自分の人生にあるとはまったく思えなかったから。


そんな私が今、トレドに向かう列車に乗っている。
あのときの「エル・グレコ展」の図録に載っていた、当時から何度も何度も眺めたトレドの地図のコピーをバッグに入れて。
想像だけだったトレドのカテドラル(大聖堂)も、エル・グレコ美術館も、サント・トメ教会も、エル・グレコの墓のある修道院も… 地図上にせっせとマルをつけた教会や美術館を、これから本当に訪れるのだ。
…ひえー、どうしよう? 考えると緊張して、逆に現実感がなくなってくる。深呼吸、深呼吸。
そうでなくても、昨日の出発以来テンパってばかりなのだから、このままではトレドに着いたら、着いたという事実だけでパタリと倒れてしまいかねない。落ち着け私!


たった30分の車中はあっという間に過ぎさり、実にアッサリとトレドに着いた。
「トレド~、トレド~」
いやいや、そんな放送はなかったけど、なんかそんな感じがするくらい、しみじみ~っとした駅に降り立った私たち。
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こっこれが、うわさに聞いたトレドの駅舎か! ええ感じやねえ。

と思ったらいきなり、ホームですでに、どどどーんと来た!エル・グレコ様。
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実は、今年2014年はエル・グレコ没後400年にあたるということで、マドリードやトレドでは今年一年にわたって、大々的にエル・グレコを回顧する展覧会や各種イベントがワンサカおこなわれているのである。(没後400年記念イベントのHPはこちら

まさかそんな年に自分がスペインに行くことになるとは思ってもなかったので、旅の下調べの途中にそれを知ったときはびっくりした。すでに旅程はきまっていたので、ちょうど私たちが来る直前に終わったプラド美術館での展覧会には間に合わなかったものの、トレドの美術館ではまだエル・グレコの特別展を開催中のはず。
そんなわけで、もしかしてトレド中はエル・グレコ愛好家ですごいことになっているのではないか…と思ったりしたけど、没後400年企画の大半は夏に終わっているみたいで、実際はトレド、わりと静かでした。よかったよかった。

トレド駅のホームに展示してあったグレコ作品巨大ポスターのひとつ、これは「オルガス伯の埋葬」の下部分。世界的名画をちょん切っちゃっていいのかね。
この作品は、どう考えてもサント・トメ教会から外に出ることはないだろうと思われるので、トレドを訪れなければ観ることはできない。
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この絵をこのあと実際に観るんだ… と思うと、
「きょ、今日? このあと? わわわわどうしよう」
と、またまたいまさらながら、心の準備ができてません私。

自分で「行く!絶対トレド行く!」って子どもの前で子どもみたいに宣言したくせに、それで旅の行き先がスペインに決まったようなもんなのに、いざそのときを前にすると頭が真っ白に…。ああ、がんばれ私の神経細胞!

とか頭の中でひとり戦いをくりひろげつつ、さてこのあとはどう動いたらいいんでしょうか…と思いながら駅舎の中へ。
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風情ある建物だなあ。
「古都トレドの玄関口にふさわしい駅舎を作るのだ」という意気ごみで作られたんだろうな~ということが伝わってくる。
(この駅舎は築100年近くらしいが、これがトレドでは「新しい建物」と言われてることをあとで知った…。確かに、このあと目にしたトレドの旧市街はほんとに《別時代》の世界だったから、さもありなん)

駅舎を抜けて、駅前に出る。
しみじみとした通りに、可愛い黄色いヤツ。
なるほど、スペインでは郵便ポストは黄色いのだ。
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さてバスが来て、フツーに乗ると、トレドのフツーの人たちがたくさん乗っていて、まあ駅前は別にフツーの町並みなんですが、しばらくぐいぐいと坂道を上がっていくと、おお。独特の赤みをおびた茶色の、石造りの世界が目に入ってきた。これが旧市街を取り巻く城壁らしい。
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バスの中から撮ったビサグラ新門。ここを通れば旧市街の中。
「新門」っていっても16世紀建造。トレドはそういう世界なのだな。


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門をくぐり、旧市街へ。ここにもエル・グレコ様! しかも手フェチ部分画!
(あっすいません。グレコ画の手の描写って、特にすごく妖しい魅力があるんです。宗教画だから本来そんなこと考えちゃいけないんだろうけど。でもこんな《手だけ》展示があるってことは、同じように感じる人が多いのか?)

ものすごく狭い道をぐりぐりぐりと回りながら、バスはあっという間に町の中心部、ソコドベール広場へ。
ここはなんだか人がわんさといて、ツーリストのたまり場みたいになってるらしく、大型バスは行き来するは、マクドナルドもあるし、わりかし俗な感じ。ふーん、やっぱりトレドって一大観光地なんだなあ。周りからいろんな言語が聞こえてくる。
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とりあえず宿に行って荷物を預かってもらおうと、ソコドベール広場からすぐのホテル「アルフォンソⅥ」に向かう。
おお、トレドっぽい良い感じのホテル。こういうのを期待していたのよ。
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フロントには、思わず見ほれるほどものすごい腹回りと、二重あごが見事なホテルマンのおじさんがいて、「オラ」と低い声であいさつしてくる。笑顔はなし。
「オラ」だけ返したら、あとは英語でいくしかないので、
「日本から予約してるひぐらしですけど…」
にあたるらしき英語を発してみると、ああ、わかったわかった、という感じですぐに部屋のカギを渡してくれた。
あれ、もうチェックインできちゃうの? 時刻はまだ午前。荷物預かってもらうだけと思ってたのに、助かる~!
「グラシアス」と笑顔で言ったら、二重あご氏は口の端で「にょ」と笑ってくれた。

ホテル内は古くてしみじみした感じ。期待通りにエレベーターは「ごっとん、ごっとん、がっちゃーん」と動くし、扉は手で開けるし、階段の踊り場に甲冑はあるし。ええやんええやん。
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部屋もいい感じでした。落ち着いたダークブラウンの室内に、白とワインレッドのインテリア。
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いわゆる高級ホテル的な宿にはまったく食指が動かない(いやもちろん、動かせないのだけどね!)私たち。マドリードとバルセロナは厨房つきの安いアパートメントホテルを、ここトレドでは雰囲気のある古いホテルで便利な場所を、という選択をしたのだけど、結果的にこれは大正解だった。

部屋のセーフティボックスの使い方とか、wi-fiのつなぎ方とか、またフロントに聞きに行ったり、窓からの景色を鑑賞したり。目の前はアルカサル。
(下の方にちいさく写っているおもちゃの電車みたいなのが、私たちは乗らなかったけどツーリスト用に町の周囲を走っているソコトレンという乗りものです)
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どの宿のバスルームにも必ずあったビデ。最後まで誰も使い方わからず…
しっかり広い浴槽があったのはうれしかった。
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さて、ようやくおもむろに出かけましょうとなり、まずは何をおいてもトレドの中心、カテドラル(大聖堂)へ。

といっても、トレドの町は一歩出ると迷宮のよう。すべてが石造りの高い建物でできていて、その建物にはさまれた細い道が縦横無尽に走り、地図で見て「あっちだ」となっても、そう簡単には行きつけない。
とにかく道に迷う町だ、とは聞いていたけど、旧市街は地図で見たらすごく狭いので、迷うといっても大したことはないだろう、と思っていた。この感じは、ちょっと日本にいる間には想像がつかなかったなあ。

それでも、カテドラルはとにかくけた外れに大きいので、そんなに苦労せずたどり着くことができた。
次回はカテドラルほか、この日訪れたサント・トメ教会、エル・グレコ美術館の様子を。



いや~なかなか進まないダラダラ旅行記、道は遠いけど楽しみながら書きますので(しかし忘れないうちに!)引き続きおつきあいください。
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by higurashizoshi | 2014-10-29 02:16 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 3 マドリードからトレドへ

◆第2日 / 2014年10月8日

さて、前夜遅くにマドリードのアパートホテル、クオ・ガレオンにたどりついた私たち。
実はそのあと、就寝までにまたいろいろなことが待っていた。
まずはフロントのおじさまにごあいさつ(あやしげなスペイン語と英語で)したあと、すぐに頼んでおかなければいけないことがあった。

○翌朝トレド行きのAVE(新幹線)の指定に間に合うようにタクシーを予約してもらうこと。
○トレドから戻る10日まで、スーツケースを預かっておいてもらうこと。
○寝る前にipadを使うためにwi-fiのパスワードを教えてもらうこと。
○戻ってくるときのためにこのホテル近辺の詳しい地図をもらうこと。(事前にネット上でどうしても詳しい地図を発見できなかったので、このままでは自力で戻るとき迷子になる可能性大!)

フロントは基本、英語が通じたので、堪能な人であれば全然どうってことない依頼なんだろうけど、私にとってはこれらをいっぺんに伝えるなんて、おおごとである。
この4つのミッションをあらかじめ紙にメモしておいて、それでもアワを食いつつ、なんとかかんとかクリア。
フロントのおじさまは、タクシーはその場で電話で予約してくれ、スーツケースの件は鷹揚にうなずき、wi-fiのパスワードは紙っぺらをくれ、地図はホテルの小さなカードの裏にあるのを渡してくれた。

やれやれこれで寝られる! と部屋に入り、なかなかおしゃれなインテリアと装備に満足し、さあ明日のために各種機器を充電しておきましょうと変換プラグを差し込んで、携帯の充電を始めたとたん、部屋が真っ暗に!

ブレーカーが、おちたのね~♪ と力なく心で歌いながら、手さぐりでバッグからいつも持ち歩いているLEDライトを出して配電盤を探し当て、上げたり下げたりやってみたものの、まったく変化なし。
仕方なく、娘たちを部屋に残して廊下に出て、フロントまでエレベーターで降りてみたものの、すでに真っ暗…
もはや体力が尽きているのでヨロヨロと部屋に戻り、そのまま電気なしの状態でベッドにもぐりこんだのだった。まあ、寝るんだから暗くて大丈夫!


さて翌朝。(ここからがやっと第2日の話ですから!)
いやいや昨日は最後まで長い一日だったわい、今日はどうなるのかしらんと思いつつ荷物を振り分けて、トレド行きの支度をする。

スーツケース2個はこのクオ・ガレオンに預けていき、2泊分だけの軽装でトレドへ颯爽と… という計画だったのだけど、結局はカメラ2台とipadなどなどを充電するための変換プラグや防寒・降雨時の用意、本、身の回り品あれこれをひと通りは持っていかないといけないので、いざ用意してみたら残すスーツケースはがらがら、肩掛けバッグはパンパン!という状態に。
まあ、スーツケース転がして行くよりはまだしも、としよう。

これがマドリードでの宿、アパートホテル・クオ・ガレオン。
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スペインではいろいろなことが時間通りではない…という話を多く聞いていたので、タクシーがちゃんと依頼した時間に到着したのにはほっとした。
(疑ってすみません。これ以降も、旅の間に予約したタクシーは常に時間通り来たし、鉄道も遅れることなくスムーズに運行していた)
ドライバーはさわやかなイケメンさんで、ただし一言も英語は話さない人だった。助手席に座り、「指さし会話帳」スペイン語版を見ながら私が「お名前は?」と聞くと、ホセさんであるという。
ホセさんはさわやか100%のスマイルを浮かべながら、信号で停車するたびに「指さし会話帳」を興味深げにのぞき込んでくる。そのうち、
「結婚しています」「独身です」
と書いてあるところを指して、僕はこっちだよと教えてくれ、スマホに入れた可愛い娘ちゃんと息子ちゃんの写真も見せてくれた。

車窓から初めて昼間の光の中で見るマドリードの街は、とても美しかった。やっと、スペインに来たんだなあという実感がわいてくる。
20分ほどでプエルタ・デル・アトーチャ駅に到着。スペインのタクシー運賃は日本よりだいぶ安いので、このあとも旅の間はタクシーにずいぶんお世話になった。
ホセさんに「グラシアス、アディオス」とあいさつして、あらぬ方に行こうとするのに、入口はこっちだよと笑顔で教えてもらう。

アトーチャ駅の中へ。
事前に写真で見た通り、なぜか植物園状態の不思議な駅構内。でっかい熱帯樹木のふもとには池があってカメもいるのだ。
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トレド行きのAVEの発車時間まで相当時間があったので、広い構内をあちこち歩き回って見学。そのあと、朝ごはんを食べることにした。
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初カフェ、初注文で緊張したが、まあパンは指さして選べばよろしい。ボリュームたっぷりのバゲットサンドがいろいろありますね。
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で、コーヒーもいろいろ種類があるわけだが、「指さし会話帳」を手に注文。
「カフェ・コン・レチェ、トレス、ポルファボール」
ミルク入りコーヒーを3杯お願いします。通じた通じた。

このカフェ・コン・レチェと、ハモン(生ハム)をはさんだバゲットとパイ。
何てことはない駅のカフェのメニューだから、特別上等というわけではないと思うのだけど、初めてのスペインの味だったからかすごくおいしく感じて、今でも忘れられない。
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特にハモンは…「むむ!?」
香りがすごい。いい意味で臭い。つまり発酵食品の濃厚なる匂いがする。
どうやらハモンってやつは、日本で食べる「生ハム」とは全然ちがうみたい。駅カフェのハモンでこれなら、本格的な店のはきっと、もっとすごいはず。発酵食品大好きの身としては期待が高まる。


…と、ここまではとってもいい感じで事態は進んでいたのだが、このあとに「どひゃー」が待っていた。
時間がたっぷりあるからと余裕のよっちゃんで過ごしていた私たちは、「じゃあそろそろ改札へ行こうかね」と優雅に立ち上がり、各線の乗り口方面へ。
すでに電光掲示板で10時45分発のトレド行きAVEが予定通り発車することは確認済み。
しかし何番線から発車するのか、一向に表示されてないことに気づく。
「おや?」

アトーチャ駅はマドリード随一のターミナルなので、各方面へ非常にたくさんの路線が出ている。改札口もいくつもあり、それぞれに「何番線~何番線」と表示があるのだが、その「何番線」の番号がわからないことには、どこから入ったらいいのかがわからない。
しかも、行けども行けどもなぜか改札らしきところには「salida(出口)」と書いてある。
「ここも出口… ここも出口? いったいどこから入ったらいいの?」

この時点では、少々あせりつつも「駅員に聞けばとりあえずすぐ教えてくれるだろう」とタカをくくっていた。日本で予約したバウチャーはすでに持っているのだし、それを見せれば解決するだろう、と。

まず近くの改札で駅員をつかまえ、指定車両が書いてあるバウチャーを見せて「どこから入るのか?このAVEは何番線から出るのか?」と聞く。
すると駅員はものすごく面倒くさそうに腕を伸ばし、「ここじゃない、あっちへ行け!」という感じで指さす。
「あっち」ったって、具体的に言ってくれないのでサッパリわからない。しょうがなく、指さされた方角へ行って、また駅員に聞く。するとまた、「ここじゃない、あっちへ行け!」と実に大ざっぱな方角を指さされてしまう。こうして、じりじりと時間が過ぎていく。
あせって時計を見たら、あと発車まで10分くらいしかない! うーそーだー。あんなに余裕だったのに? この大きな駅でどれだけ徒歩移動しないといけないかわからないので、もうどう考えてもギリギリだ!

結局、さまよいまくったあげくに駅の中の《みどりの窓口》みたいなところをやっと発見!よかった、これで大丈夫だろうと思い人ごみを分けてカウンターに駆け寄り、バウチャーを見せて、
「これは何番線から出るのか?」
と息せき切って聞いたら、なんとヒゲ面の男性職員は実にそっけなく、
「知らん!」
と手を振るではないか。

ちょっと待て!
レンフェ(国鉄)職員なのに、あと少しで発車するAVEが何番線から出るのか「知らん」。しかも調べる気もまったくない態度。ナンナノコレハ?
しかし、じゃあとにかく、どこの改札から入ったらいいか教えてもらわないと、もう時間がない!
「乗るための入り口はどこなのっ!?」
と聞いたら、ヒゲはぞんざいに手を上げて、くいっ、くいっ、と無言で指さし。
《あっち×あっち!》
ええーっ?また、それだけー!?
だめだ、まったく行き着ける気がしない…

完全にお顔真っ白になってしまっている私を見かねたらしく、そのとき後ろにいたツーリストらしき男性が英語で話しかけてきた。
「バウチャーを見せて。AVEに乗るんですね? 電光掲示板を見たらもう何番線に入るか出てるはずですよ。電光掲示板を見てみて!」
とっても親切そうな人だった。たぶんそういう内容のことを言ってくれたらしい。
「さんきう、そうまっち…」とお礼を言って《みどりの窓口》を出る。

ああ、でも電光掲示板はさ、ここを出たらどこにあるの?
とにかく私は、恐ろしいまでの方向オンチなのよ。さっきどこぞで見た電光掲示板を探しに行ったら、またわけのわからない方角に迷いこんでしまうに決まってる。
ああーもう時間がない。だーめーだー。

と思ってふらふらと歩いていくと、さっき「salida」と書いてあった場所のひとつに、スーツケースを引っ張った人たちがたくさん吸い込まれていくのに出会った。
「あれ?ここって出口じゃないの?だってsalidaだよね?」

しかもスーツケースの人たちが乗り込むということは、ここは長距離線の改札?もしかしてAVE?
ダメもとで列に並び、検札をしている職員にバウチャーを見せる。
またも「あっち!」と指さされるかと思ったら、何のことはない、「どーぞ」と通してくれるではありませんか!

そして半信半疑で駆けていった先のホームには、確かに
「Toledo 10:45」と表示された車両が停まっていた! 
ぐわー、間に合った、もう出るぞ!

こうして私たちはなんとかトレド行きの予約列車に乗ることができたのでした…


あとになってわかったのだが、スペイン語の「salida」というのは、出口表示としてどこにでも必ず書いてある言葉だけれど、「出発」という意味もあるのだそう。
つまりそこは出口じゃなく、各線への出発口だということだったようで…

わかりにくい!
でも自分が無知だったんだから仕方ない!
それにしても、スペイン在住経験のある人から聞いた「鉄道と銀行の人は冷たいよ~」という話は本当だったのか。少なくとも、アトーチャ駅で私が出会ったレンフェ職員はけっしてフレンドリーではありませんでしたね。

無事乗り込んだスペインの新幹線、AVEの車内。
とても綺麗で快適。
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マドリードからわずか30分ほどで、トレドに到着予定。
実にわやわやしたけど、とうとうあこがれのトレドがあとわずかで目の前に!
そう思うとまた別の緊張がわきあがり、窓の外を眼をこらして見つめる私。
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さて、そのトレドがどんなすばらしい町だったかは次回に。
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by higurashizoshi | 2014-10-26 19:23 | 旅の記録 | Comments(0)

スペインへの旅 2 マドリード到着までのあれこれ

今回、往復にフィンエアー(フィンランド航空)を選んだ理由としては、ヘルシンキ・ヴァンター空港が規模が小さく乗り継ぎがラクだという評判と、パリやフランクフルトなど他の空港にくらべて、乗り継ぎまでの日本からの滞空時間が一番短いこと。そしてそれに加えて、従来行ってみたい国のひとつだったフィンランドに、ちょっとだけ触れるチャンスができるというのもあった。

事前にフィンエアーのサイトで動画をしっかり見て、ヴァンター空港の乗り継ぎ方法を予習しておいたのだけれど、降り立ってみるとまずどっちへ行けば?とサッパリわからない。
するとフィンエアーの職員なのか、日本人らしき男性が折よく立っていらして、「乗り継ぎはこちらですよ」と親切に教えてくれた。ラッキー! 日本語の恩恵に浴したのは、ただしここまで。
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ここでスペインへの入国審査も済ませてしまうシステムらしく、手荷物、上着、携帯、カメラ、ベルト、といろいろ身体から引っぺがしてカゴに載せて通り、あとはパスポートを見せて、なんちゃらかんちゃら?と英語で聞かれて、よくわからないので「ヤーヤー」と言ったら窓口のお兄ちゃんに怪訝な顔をされてしまった。
あーそうか、旅行期間を聞いているのであるな。「イレブンデイズ」と言ったら、はいよろしとパスポートを返された。

ヴァンター空港は評判通りこぢんまりとして、白を基調とした清潔感あるきれいな空港だった。カフェやマリメッコの服を売る店、お客さんでいっぱいのムーミンショップ、ちょっと立ち止まって見たりしたけど、まずは乗り継ぎ便のゲートを発見しておかねばならぬ。早々に店を出て歩く歩く。
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そうか、大きな空港と違って、構内をバスや電車で移動しない分、てくてく歩いていけなければならないのだね。と思って見たら、げげ、目当ての52番ゲートまであと「15min.」という表示が! こっから15分も歩くってマジですか? 意外にゲートへの集合時間まで余裕がないではないか。

で、まあ無事に52番ゲートに到着し、さて。
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乗り継ぎのフィンエアーの出発予定に遅れがないことも確認し、ひと安心して、次なる課題は食料問題。

すでにフィンランドの時間は日本を出たときと6時間の差がある。朝10時45分に関空を飛び立って、手元の時計はすでに夜だけど、フィンランド時間はまだ午後3時台。地球をぐるっとしたんだねえ。と実感する。
さてこのあとのマドリードまでの乗り継ぎ便で出る(はずの)機内食は私たちにとって夕食か朝食か?
マドリードに到着するのは、予定では向こうの夜8時20分だけど、私たちの身体的には、それはすでに午前2時過ぎ。空港から宿に到着したらまあ、明け方である。
とりあえず、何がどうなるかわからないので食べものを確保しておこう…ということになり、ゲート近くのカフェや売店などを物色するものの、テイクアウトしてちゃっちゃと食べられそうなものが見当たらない。(偉大なり、日本のコンビニ、と早くも思う)

ようやくサンドイッチ類を見つけたものの、ひとつ7€(ユーロ)くらいするものばかり。500mlペットボトルの飲み物も、みんな日本の倍以上の値段。うーむ、フィンランドの物価はけっこう高いのだな。それともこれは空港内の特別価格か。
3人分でサンドイッチに3千円近くも出すなんてありえん、などと躊躇してしまい、生ものを持ち歩く見通しも立たないこともあって、結局買ったのは小さなボテトチップスひと袋。これでも日本円で500円くらいして仰天、ともかくそれを買ったのが初めてのユーロでの買い物となった。ちなみにカフェのお姉さんの言語は英語。

英語といえば私の英語はほんとにひどいもので、旅にあたって少しは英会話を…なんて思いつつまったく余裕なく、「これ一冊で大丈夫」みたいな旅の基本英会話の本を500円ポッキリで買っただけで、ほぼ放置。付属のCDも車で流し聴きしていたら異様な眠気におそわれて身の危険を感じ、一度でやめた。
そんなわけだから、いざ外国の方を前にして英語で何か言おうとしてもまったく何にも出てこない。この、ポテチを買うときにフィンランド人(であろう)お姉さんを前にして完全に口が錆びついている自分を痛感して、「いったいこれからどうなるんだろう」と相当不安になった。

スペインでは英語は通じない、とさんざん聞いていたので「英語の準備はそんないらんだろう」とうそぶいていた、にしては肝心のスペイン語だって、
「こんにちは、さようなら、ありがとう」

「トイレどこ」
しか言えないまんま出発の日を迎えてしまったのである。
私はいったい何語をしゃべって、どうやってこの旅を乗り切っていくつもりなのか?

今さらながらガク然としているうちに、乗り継ぎ便の搭乗時間が来た。
ヘルシンキ→マドリードは、わりとちっちゃい飛行機である。移動時間はだいたい4時間くらい。これは、ほんとうにあっという間だった。いよいよスペインに着くぞ、という気持ちがあったのでそう感じたのかもしれない。
今、フランス上空なんだね、などと言いながら到着後の予定を見直したりゴソゴソしていたら夕食だか夜食だか朝食だか判然としない機内食が出た。
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冷製のチキンの下にナゾめいた味の冷たいパスタ(っていうか蕎麦?)が大量に仕込まれた不思議な食べものであった。(ちなみに奥に写っているのが、高かったポテチです)

機内食に前後して大変可愛い赤ん坊も来た。
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退屈しのぎにお母さんが抱っこして回っていたらしく、機内のアイドルとなっていた。ちいさい子どもって、なんでどんな場所でもこんなに人を笑顔にするんだろう。ふにゃふにゃ。

そろそろスペインの上空に入ったぞ、というころにアナウンスがあった。
英語とフィンランド語とスペイン語、もちろんあとの二つはサッパリわからないが、英語も結局わからんぞ! 必死で聴いているとどうやら天候のせいか何かで到着時間が遅れるらしい。30分くらい?たぶんそのくらい?
マドリードの空港到着後だけ、ホテルまでの車の送迎を予約しているので(夜到着だからその方がいいと勧められた)、あまり飛行機の到着が遅れては困る。

送迎のドライバーは1時間までの遅れなら待機することになっている。それ以上遅れると帰ってしまう可能性があって、そうなると自分でタクシーをつかまえてホテルまで行かなければならないだけでなく、すでに予約したとき支払っている高い送迎車代がムダになるかもしれない。それはイカン!

結局、およそ30分遅れでマドリード・バラハス空港に到着。
「おお、これがマドリードの灯か」
と感動する間もなく、とにかくあたりは真っ暗なので周囲の様子もわからず、とりあえず空港内に。
なかなか大きな空港だなあ。ていうか、えらくガラーンとして、ほとんど人がいないよ。

すでに入国審査は終わっているので別にやることもないらしく、スーツケースを受けとるために巨大なベルトコンベアーの周囲に乗客がかたまって、自分の荷物が吐き出されてくるのを無言で待つ。
待つ。
待つ…

「ぜんぜん出てこん!」

最初にかたまってスーツケースの群れが出てきて、いそいそと持ち主たちが抱え下ろして立ち去ったものの、そのあとはたまーにぽつり、ぽつりと荷物が出てくるだけで、私たち以外にも手持無沙汰で待ち続ける人がたくさん溜まっている。

そもそも、職員らしき人の姿が皆無。何の案内もなし。どうなってんの?と思って時計を見ると、やばい!じきに到着予定時間から一時間のリミットがきちゃうじゃないか。送迎ドライバーが帰っちゃったら大ごとだ!と気があせる。
そのうち、ベルトコンベアーの周りにいた乗客の一部が、なぜかゆるゆると別方向に移動を始め、空港内のはるか離れた場所へ向かい出した。

どこにいくんだ、きみたち! そこにぼくたちの、にもつがあるのかい!

と心で叫ぶものの、誰にどう聞いたらいいのかあてもなく、思い切ってそちらへ向かってみることにした。
そうしたら、あにはからんや、えらく人がわんさと集まった活気にみちたベルトコンベアーが別の一角に存在し、間もなく私たちのスーツケースも無事に吐き出されてきたではありませんか!(いったいどういうシステムだったのか、結局はよくわからない)
あー、よかった。ぎりぎり間に合ったよ。時計を見上げて急ぐ。

出口を見つけて早足で行くと、エスカレーター前にスーツ姿のおじさんが数人立って、手に手にボードを持っている。
めっけ! 私の名前が英語で書いてあり、そこに「×3」て書いてある。わはは、私が3人いるみたい、なんて思いつつも、そのおじさんに声をかける。
「おお、来たか来たか」
という感じで微笑み、きびきびと空港の外へ先導するおじさん。

行き先のホテルの名前を確認したあと、ずんずん駐車場へ入っていくので、急いであとをついていく。うす暗い駐車場にずらりと並んだ車はなぜかベンツ、ベンツ、ベンツ大行進。で、おじさんの車もやっぱりベンツだった。おお、乗ったことない高級車にこんなところで。

予約時は《現地語ドライバー》ということだったのだけど、このおじさんは幸い少し英語がわかる人で、車を出すとさっそくいろいろ話しかけてくれた。
「スペイン、ファーストタイム?」
「ヤーヤー」
「マドリード、セイフティ。ベリー、セイフティ」
「オウ(ほんまかいな)」
「メニメニピープル、ウォーキングインストリート、インザナイト。ポリスサーチ、ノーファイティング」
「アイシー」
「ビコーズ、セイフティ。ベリー、セイフティ」
と、おじさんはしきりにマドリード市街は近頃は安全である、と強調。その間も、ものすごいスピードでベンツを飛ばしていく。
そして、
「ソーリー、アイドンスピークイングリッシュ、グッド」
などと謙遜するのであった。それに対して、
「オウ、ミートゥー(これでええんか?)」
としか言えない私。

しかしお互い片言なので気楽といえば気楽で、以後の日々、私はこんな《カタコトなんちゃって英会話》で相当な局面を乗り切っていくことになるのである。

車がマドリードの市街地に入った。
時刻は夜10時、うわさにたがわず、繁華街でもないのに歩道はたくさんの人が行きかい、犬の散歩の家族連れもちらほら。スペインの人、ほんとに夜ふかしなんやなあー。と思いつつ眺めていると、おじさんは、
「ルック! メニメニピープル、プレイファン、エブリワンイズハッピー」
どうやどうや、言うたとおりやろうと車外を指ししめす。

このドライバーのおじさんが私たちが入国後最初に接したスペイン人だったが、基本的にマイペース、一見とっつきにくそうでも、こちらから笑顔で接したらおしゃべり好きでオープンマインド、というスペインの人たちの印象はここから始まったといえる。


バラハス空港に着いてから宿までは、そんなわけでいろいろ緊迫して写真を撮ってる余裕もなかったけれど、無事に到着してから撮った一枚。
マドリードでお世話になったアパートメントホテル、クオ・ガレオン。
d0153627_175028.png

さすがにくたくたで、しかもここは一泊したらすぐに出て翌朝トレドに行かなければならない。
ただし、トレドのあとはまたこのクオ・ガレオンに戻ってくるので、スーツケースは預けていける、ことになっている。
そのへんの交渉がまた大仕事だったのだけど、それはまた次回に。
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by higurashizoshi | 2014-10-24 01:15 | 旅の記録 | Comments(4)

振り返りのはじまり/スペインへの旅1 出発

帰国して4日。
なんとなく違和感を感じていた日本の雰囲気にもふたたびなじみ、いろんな日常が動きだし、しかし身体はまだまだ疲れが取れてないらしく、とにかく眠い。
眠すぎて今日は歯医者の治療台で寝入ってしまい、ウィーンウィーンと器具を口に差し込んでいた歯科衛生士さんを、
「だっ大丈夫ですかっ!?」
とめっちゃビビらせてしまった。すいませんね…


商店に入れば、「Hola!(オラ)」とあいさつしないのが不思議で、道行く人がみんな日本語をしゃべって日本のしぐさをしていることが不思議で、頭の中では思考と関係なくスペインのさまざまな情景が断片的に再生され、足の裏には石畳の道のごつごつした、でも同時に柔らかい独特の感覚がよみがえる。
実際に行ってみるまでのスペインという国のイメージは当然のようにくつがえされ、出会ったたくさんの人の顔がいくつもいくつも浮かぶ。そして街の音も、奏でられ耳にした音楽も、まっすぐな陽光も、暗い雨の夜も、すれ違う人たちから匂いたつ甘く濃いトワレの香りも、どこまでも続く石造りの建物に狭められた路地も、なにもかもが胸の中にまだなまなましく漂っている。
おびただしい絵画、建造物、夢の国を歩くような絢爛がいくつも、いくつも目の前を通り過ぎ、呼吸のひまもないほど眼をこらしつづけて、ふと反転し気がつけばまた日本の物馴れたちいさな風景の中で、ぽつんと立ちつくしている自分がいる。

そうか、行って、帰ってきたのか。
私は行って、そして帰ってきたのだ。

ただこの地球を半周して10日ほどを過ごし、帰ってきただけだというのに、こんなに細胞が波立ち入れかわるような思いがするのはなぜだろう。
旅のあいだにつけていた小さなノートを開き、ちいさなSDカードにしまわれた1700枚ほどの写真を見直し、これからこの旅を振り返る作業をしてみる。

どこにも行けなかった、行きどまりだったかつての場所から、大きく振り子をうごかし、遠くまで行って、そして帰ってきたことの意味。それを知るための、もうひとつの旅をはじめることにしよう。





◆出発 / 2014年10月7日

前日に自宅を出て、関空ちかくのホテルに泊まった私たちは、
「やっぱりここは日本食でしょ」
と近辺をウロウロしたあげく、疑問に思うほど客のいないガランとした蕎麦屋に入って夕食をとった。
店員の若い男の子はすごく声が小さく、静かに静かに注文を聞きに来た。

翌日からの食事計画がまったく立っていない状態だったので、「これが最後の確実な食事でござる」という少し悲観的な思いで蕎麦をすすった。あんまり旨くない蕎麦だったのは、まるで「未練を残すなヨ」と言われているようで、ほんのりと寂しかった。
店はひたすらに客がいなく、店員の男の子はお勘定のときまでも、思わず顔を見てしまうくらいとてもとてもちいさな声だった。ああ、日本。なんだか切ないぜ。

実際、娘たちの前では明るく振るまっていても、私のそのときの心境は「これから海外旅行♪」などという楽しげな路線からはあまりに遠く、
「あああ、とうとう始まってしまう、もう誰にも助けてもらえんのだ」
というかなり背水の陣なもので、
「弱音をはくな~弱音をはくな~」
と心の中で自分を鼓舞しつつ、それでもホテルに戻る前にはしっかり最後の日本のスイーツとして《クリーム抹茶大福》を「これこれ♡」とコンビニで買ったりするのであった。
まあこういう二律背反というか、絶望と楽しさが同居してるというのが私の常なので、追いつめられてもどこかがスコンと抜けていて、人からはだいたい基本のん気な人物と見られるのだろう。

そして案の定まったく眠れない一夜を過ごし、関空行きのシャトルバスに乗り込んだときには念仏を唱えるくらいの心境で、見た目は普通の私でも、内面の姿がもし如実に出れば、
「どうしたのあなた!真っ青よ!」
と、おそらくどこかのマダムに言われてしまうくらいの状況であった。
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ところがそれなのに無事フィンエアー(フィンランド航空)に乗り込んだら、やっぱり真っ青な一方でエラく気持ちが高まり、というのも私は飛行機が無類に好きなんである。
「今から飛ぶんだな、ぐふふふふ」
という無邪気な喜びと、これからどんなことが待っているんだろうという不安、まずはヘルシンキで乗り継ぎができるんだろうかとか、マドリードに着いたら送迎はちゃんと来るんだろうかとか、そしてそのあとは…そのあとは…と考えはじめるとくらくらしてくる。

それなのに離陸の瞬間から「ああ、窓際の席がうらやましい…」と物欲しげな視線を投げ、空を飛んでると思うとワクワクしてしかたないのだ。
なんせ海外旅行は忘却のはるかかなた、というくらい久しぶりなので、いまどきの飛行機は一人一人の座席にモニターがついていて、好きな映画なんかが見られるだけでなく、今どこを飛んでるか地図で見せてくれたり、飛行機の前方と下方をカメラで見せてくれたりするんだ。おおすばらしい。と感動しきりで、ともかく窓からの景色がのぞめないので、雲しか見えなくても下方カメラをモニターに映し出しては延々と眺めていたりする。

などとやっているうちにフィンエアーの機内食が来た。
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機内食の感想はといえば、これだけの大量の温かい食事をいったいどうやって積み込んで管理しているんだろう、ということと、キャビンアテンダントさんは重労働だなあ、ということと、うん、外国の味だ、という3つであった。
ライス添えだったり、日本のゼリーもあったりして、まだまだ入りまじってはいる感じだけど。

フィンエアーはマリメッコデザインで紙コップとかナプキン、ひざ掛けなんかもなかなかセンスがよろしい。しかも意外にも関空→ヘルシンキ間は日本人アテンダントさんも乗っているし、機内放送もときどき日本語があるし、まだまだ《守られてる感》いっぱいであった。あ、乗客も日本のツアーらしき人たちがけっこういたし。

ひたすらに広いロシアをぶった切って飛び続け、ときおり現在地を座席前のモニターで確認していると、どんどこどんどこヨーロッパに近づいていくので驚く。いやあ飛行機ってすごいもんだなと改めて思う。
d0153627_14485956.png

関空からヘルシンキまで10時間足らずで行ってしまうのだけど、それって大阪から東京までがのぞみで3時間強だから、その三倍くらいということ。
そう考えると、あれでしょう。大阪から新幹線乗って東京に着いて、「あっ忘れものした!」っつって大阪に戻って、「ああやれやれ」と再び東京へ。――っていう間になんと、大阪からヨーロッパまで行ってしまうんですよ。どういうことなんだ、それって。

などと自問しているうちに、ものすごく長いかなあと思っていた機内の10時間足らずは意外なほどサクサクと進み、いよいよ乗り継ぎという最初の試練が待っているヘルシンキ上空。
着陸してからの話は次回に。
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by higurashizoshi | 2014-10-22 14:59 | 旅の記録 | Comments(4)

帰国しました

11日間のスペインへの旅を終え、昨日無事帰ってきました。

芸術、人、空気、風…ものすごい熱量を体表いっぱいに浴びて、咀嚼さえこれから、という状態。
でも、今はとにかくやりとげた!終わったんだ~という思いでようやく脱力しております。

いや~高いハードルだった。
でもそれを越えるだけのがんばりの価値は十分に、十分にありました。

そして旅の終わり。
乗継のヘルシンキで、大ちゃんの引退を知るという忘れがたい経験。
もう二度と、高橋大輔の競技での演技を見ることはなくなりました。
いろんな意味で、身体の血がどこか入れ替わるような、稀有な11日間でした。


これから旅の記録、少しずつ綴っていこうと思います。
明日からまたいきなり忙しくなるので、ぼちぼち進んでいきますが、どうぞおつきあいください。

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by higurashizoshi | 2014-10-19 01:12 | 旅の記録 | Comments(4)

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