ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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ロックロックこんにちは!20th Aniversary Special@大阪城ホール

参院選が終了。昨夜は2時半まで結果を見守ってたので3時間しか寝てません。
寝てなくてぼーっとしてるけど頭も心もギンギンしてるおかしな一日。
ひとこと言いたい。
選挙期間中に主張の大事な部分は隠しちゃイカンよ。
勝って「さあ認められました改憲!」とか、「無所属当選したあとさかのぼって自民公認!」とか、それはズルい。
そして、今回の選挙の肝が、戦後はじめての方向へ日本が大きく舵を切ることだと実感してる人が、足りなすぎた。とても多くの人が努力して昨日を迎えたのだけど。
でも、まだまだこれからが重要。重要なのだ。

そう、今からロックロックの城ホール1日目のレポートを書くんだけれど、満場の客席の中でひそかに私、5時間ずーっと思ってました。
「明日参院選だって知ってる?選挙行こうな!」
って、どのミュージシャンでもいい、誰かがたったひとこと言ってくれないかなって。
そういうの興ざめだよとか、暗黙のルール破りだよとか言う人もいるかもしれないけど、音楽という芸術表現活動が世の中の動きにどれほど左右されることか。思ったことを自由に歌えない、奏でられない時代がまた来るかもしれないのだ。
あの会場を埋めた9,000人にとって、その中にたくさんいた若者にとって、大好きなアーティストのひとことがどれだけの影響を持つかを思うと、大人として誰かがそれに触れてほしかったな。民生くんとか、ちょっと期待したんだけどな。

さて、そもそも行ける予定ではまったくなかったロックロックの20周年超豪華ライブ。
友だちの娘さんが行けなくなり、泣く泣く譲ってくれた貴重なチケットを握りしめ、武者ぶるいしながら大阪城ホールに向かった私でした。スピッツファン歴21年にして初のイベント参加ですよ。これまでスピッツ単体のライブは何度も行ってるけど、今回のツアーチケットはファンクラブ枠なのにハズれまくり落ち込んでいたところにまさかの天恵。M子ちゃんほんとにありがとう~ていうかごめんよ~
RAD好きなタタからも「いいな~いいな~」と言われまくり、もちろんプラチナチケットだろうからたくさんの人の怨念、じゃなかった思いを背負って…思い…背中が重い… 城ホールを前に固まっていく私。要するに超ステキなことを前にするとネガティブ志向になるめんどくさい奴。
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スピッツラテとか。
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グッズとか。
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中に入ると、鶴瓶さんからお花。
なんで?と思ったけど幕間の動画がスピッツ4人×鶴瓶さんの対談が延々続くっていう趣向だったのね、今回。
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フラカンからのお花がスゴイ。
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ライブの中身については、ほっとくと延々とまた長く書きそうなので、当日帰路に車中で書いたメモをほぼ載せます。

きっとヒエラルキー的にOKAMOTOSから、と思ってたら(ファンの方失礼!)、いきなりのRADWINPS!
会場のボルテージが一気にダダ上がり。しかも一曲目「おしゃかしゃま」スタート。
オーラ全開。スケールでかい。めっちゃうまい。疾走感と純情のバランス。これはつかまれて持ってかれるわ。
「今日は、大好きな大好きなスピッツさんの20周年に呼んでいただき…」との洋次郎くんの言葉に萌えつつ、「アレ?20周年はロックロックだけど?スピッツは来年30周年だけど(=そんな若くないよ?)」て思ってた。
あとでマサムネくんもMCで言ってたけど、勘違い…だったみたいね。ははは。
ラストでの新曲「前前前世」初披露まで、洋次郎くんの繊細な弾き語りありマッドに炸裂する楽曲あり、もうあっという間でした。

2番手のOKAMOTOS。
まったく知らないバンドでありすぎたので、行きに検索してたら全員が岡本姓だっていうからびっくり!
これはすごい。偶然?親戚?って興奮したら(なぜそんなことで興奮する)、ああ無情。みんなほんとの名字はちがうけど岡本太郎が好きだから名乗ってるんだって。ラモーンズを標榜してるのかな?
そんな岡本さんたちの演奏は若さと技術力の高さを存分に見せつけてくれました。ただし岡本太郎のアナーキーさは少しも感じなかった。もっと太郎を!

ここまでの、盛りまくり、あおりまくりで上がり切った会場のテンションを一気に下げるおっさんたちの登場。
奥田民生特別企画、アコギブー。
アコギって、「阿漕な」と「アコギ(アコースティックギター)」をかけてるんだね、きっと。
なんで色とりどりのアフロ+鬼のツノのかつらを全員がかぶってるのかわからないね。
手練れのおっさんたちのなんと深い磁力よ。
大いに笑かしておいてノックアウト。
民生くんの生「さすらい」に震え、初yo-kingのソロに、涙するほど感動。手島いさむのソロもよかった。しばらく絶対ヘイ・ジュードがアコギブーのテーマに聞こえる。ああ、魅力的なおっさんってなんて魅力的なんだ!

合間にけっこう延々流される、スピッツ4人と鶴瓶さんとの対話がなんちゅうか、ゆるい。笑福亭鶴瓶ほどの対話の達人相手でも、空白を作りまくれるスピッツ。すべてにおいてこの手垢のつかなさ、業界慣れしない感が貫かれてるのだわ。なんなんでしょうこの人たち。
鶴瓶さんはこの仕事で初めてスピッツに会ったそうだけど、マサムネくんいわく、初めて会う日にスピッツの全アルバム、全曲を聴いてひとつひとつに感想を書いてきたそうだ。脱帽。

スピッツ、この日のセトリ。

1.メモリーズ・カスタム
2.海とピンク
3.涙がキラリ☆
4.甘ったれクリーチャー
5.愛のしるし
6.スピカ
7.みなと
8.ロビンソン
9.女々しくて [カバー/ゴールデンボンバー]
10.渚
11.エスカルゴ
12.8823
13.ヒバリのこころ

アンコール
14.醒めない
15.野生のポルカ


悪魔のように美しい「女々しくて」だった。
マサムネくんはなんでこんなにカバーもすばらしいんだろう。
ついに「スピカ」と「ロビンソン」を生で聴く。「海とピンク」「エスカルゴ」「ヒバリのこころ」と好きな曲だらけ。
「ロビンソン」はこの21年思い起こして夢のように聴く。しかし21年たってこの透明感は奇跡。こんな人いない。
正直、RADやOKAMOTOSのほうが演奏技術という点だけとれば、ずっと高いのだ。でもスピッツには唯一無二のものがある。壊れそうだけど実は強い、鉱石のような輝き。それは醜悪さも哀しみも、やさしさも甘えも包みこむ。
なんというのだろう、この日のスピッツは…なぜか今まで生で聴いた中で、一番身体の中にすうっと沁み込むように入ってきて、私を潤して、涙させて、しかもとても凛々しかった。

なんと豪華、おかずデザート珍味ごはんもの、キラキラするスパークリングと熟成酒、ぜーんぶ一気にいただきました!な5時間。
すぐうしろに座ってた、推定8歳・5歳・3歳のきょうだい(+ママとパパ)が気になって、退屈してないかな?と思ったけど、トリのスピッツのアンコールが終わったあと、「あーおもしろかった。野生のポルカやったー」って推定5歳が言ってたのがたまらん可愛かった。きっと家族みんなでスピッツ聴いてるんだな。でも推定3歳のお気に入りは「ア、コ、ギ、ブー!」だそうでした。ブー、ブー!
あー日本をおおう嫌な雲も、ブー!って追い払えたらいいのに。




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by higurashizoshi | 2016-07-11 17:27 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

サウルの息子

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2015年 ハンガリー
監督・脚本 ネメシュ・ラースロー
撮影 エルデーイ・マーチャーシュ
音楽 メリシュ・ラースロー
出演 ルーリグ・ゲーザ 
モルナール・レヴェンテ 
ユルス・レチン 
トッド・シャルモン 
ジョーテール・シャーンドル

第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞
2016年アカデミー賞外国語映画賞・
ゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞




感情が削ぎ落されたような表情の、ひとりの男のアップから映画は始まる。そこから一気に、観客は1944年、ナチスドイツにより作られた強制収容所内の《仕事》の現場に叩きこまれる。連行され収容所に到着した老若男女は選別され、裸にされていく。男は、その人々をひとつの室に導く。
彼、サウルはゾンダーコマンドと呼ばれる囚人特別班に属し、同胞のユダヤ人たちをスムーズに殺戮する《仕事》を担う。報酬は、囚人としては恵まれた待遇、そして数カ月の延命。ゾンダーコマンドは虐殺を担った証人として、数カ月の《仕事》を終えると順に殺されていく。すでに4か月を経たサウルたち仲間には、当然のように死が迫っている。希望はない。その中で毎日、ガス室に言葉巧みに導かれる同胞たちが殺される手助けをする。凄惨な死後の後始末をする。もはや感覚は遮断されて、折り重なる死体も、焼かれた灰も、サウルの眼にはただの風景となって焦点を結ばない。
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そう、この映画のカメラはサウルの表情と、彼が自覚的に見るもの以外に焦点を合わせない。ゆえに観客は、凄惨極まりないガス室の内部も看守やSSに銃殺される人々も、断片的にぼんやりとしか見ることができない。このジレンマが強く喚起するものは、観客の内にある想像力。リアルに作り込まれた画面を見せつけられることに慣れた私たちの、いつもは深く埋もれている想像力である。
焦点のぼやけた死体のその姿かたちを、おこなわれているらしい《仕事》のひとつひとつを、眼をこらし私たちは見つめる。そして懸命に想像する。むしろそれゆえに、これまでにあったホロコーストを扱った映画ではまったく経験したことのないなまなましい臨場感に、最後まで圧倒され続けるのだ。

物語は、サウルがいつものようにガス室での《仕事》を終えたとき、ひとりの少年を発見するところから動き出す。能面のようなサウルの表情が一変する。それまでは受動的だったサウルに、そのときから仲間たちをも巻き込むほどのエネルギーの放出が生まれる。
彼は自分の息子を見つけたのだ。無残に目の前で殺された息子を、サウルはユダヤ教のしきたりに従って埋葬しようとする。それが収容所という環境ではどれほど無謀なことかわかっていても、彼は無我夢中で奔走をはじめる。仲間を犠牲にしても、秘密裡に進められている囚人たちの反乱計画を乱しても、もう彼は息子を埋葬することしか考えない。それはほとんど狂気である。
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サウルは自分がすでになかば死んでいると自覚している。せめて息子を正しく葬らねばならない、なぜなら息子とは跡を継ぐものだから。その魂を壊さずに天国へ送らなければ、自分が信じて生きた証も、民族としての誇りも失われてしまう。―それがサウルを突き動かす激しい思いだ。
しかしここでひとつの問いが、私たちの中にきざす。
この少年は、ほんとうにサウルの息子なのだろうか?

仲間のひとりは何度もサウルに言う。
「おまえには息子はいない」と。
対するサウルの答も謎めいている。
「妻との間の子どもではない」。
少年をガス室で見つけた当初、サウルは息子だとすぐには確信が持てずにいた。けれどその後は、彼はどこまでもどこまでも息子の死体を抱き、がむしゃらに埋葬に執着しつづける。
次第に私たちが理解するのは、この死体がサウルの息子であるかどうかという《事実》より、サウルが息子だと信じる、ほとんど強迫的なその願いこそが《真実》なのだということだ。
サウルたちゾンダーコマンドが日々、無感動に処理するおびただしい死体。本来はそのひとりひとりが慈しまれ、あたりまえの日常を生きていた。そのことを忘れ去るとき、ナチスが彼らをそう呼ぶとおり、彼らは機械的に生を断たれた「部品」となる。人間が抹殺され「部品」として処理される、その不条理を、たったひとつの死体を抱いてさまようサウルの行為ははげしくさらけ出す。彼の抱くその死体は「部品」ではない。かけがえのない息子なのだ。サウルにとっての息子であるだけではなく、おそらくすべての選別され抹殺される人々にとっての。
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この映画は30代のハンガリー系ユダヤ人監督、メリシュ・ラースローによって作られた。ラースロー監督は親族をホロコーストで失っており、いつかこの題材を作品化したいと願っていたという。現代において、どんな手法をとれば1944年の収容所内を観客になまなましく感じさせられるかを、監督は実に精緻に考え抜いてこの作品をつくった。これはむしろ時を隔てた若い世代だからこそ成しえたことなのではないかと思う。
説明を排し、物語る誘惑を排し、この作品は私たちを、サウルの過ごす収容所での二日間にひたすら同行させる。そして最後にサウルがたどりついた場所で、彼の見たものを私たちも目撃する。忘れがたいラスト数分の中に、かすかに続く希望を見たくていつまでもいつまでも眼を凝らしつづけるのだ。

映画のなかば、ゾンダーコマンドの仲間がまさに命がけで収容所内の様子を写真に撮るシーンがある。こんな状況下で、どうやってカメラを持ち込み、撮影ができたのか。その写真はどうなったのか。そう思わせられるが、これは事実をもとにしており、実際にアウシュビッツ内でゾンダーコマンドによって撮影された少なくとも4枚の写真が現存し、発表されているという。ほかにも紙に書かれた手記など多くの証拠品が、収容所が解放されたあとで発見されている。ラースロー監督はこれらの貴重な記録をもとに作品化をすすめていったとインタビューで語っている。
見つかれば即銃殺される状況のなかで、もはや自分の生はなかばあきらめていたはずの彼らが、こうした行為を続けた意味。そのこともまた、この映画のラストにつながっているのではないかと思う。
そして決して忘れてはならないのは、当時ナチスドイツと三国同盟で結ばれ、まさにホロコーストをおこなった側に日本人は立っていたということ。無数のサウルの息子たちを、まさに虫けらのように殺しつづけた腕をたどれば、そこには私たちの祖父母がいるのだ。
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by higurashizoshi | 2016-03-30 13:15 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

伊藤俊吾完全ひとりツアー2015「ひとりにしないで」in大阪

2008年に活動休止したバンド、キンモクセイのボーカルであり、多くの曲を作詞作曲してきたイトシュンこと伊藤俊吾のソロライブ、大阪。

キャパ70くらいだろうか、ほんとに小さな、アットホームな会場でのライブ。
期待以上のすばらしい3時間だった。

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レトロな癒し系サウンドといわれていたらしいキンモクセイの楽曲だけれど、伊藤俊吾の作品はその中において、背景に哀しみや虚無、別れや死の影がしばしばつきまとっていたと思う。

私がキンモクセイを聴き出したのは最近なので、すでにかなり過去に作られた楽曲ばかりを聴いていたわけだけど、伊藤俊吾がソロとして本格的な活動を始めたこの数年の曲をきちんと聞いたのは今回のライブが初めてだった。

キンモクセイは大がかりに売り出されてヒット路線をばく進した時代があり、その後なかなかヒットに恵まれず、メンバーそれぞれが持ち場に散って活動休止にいたり、4年前の震災時に一度だけ再結成したあとは、またそれぞれに戻っている。
といってもたぶんメンバー同士の関係は今でも悪くなく、伊藤さんも去年はキンモクセイの佐々木良さんとふたりでライブをいくつかしたりしていた。

今回のライブはキンモクセイの曲も入れながら、ソロになってからの曲、客席からのどんなリクエストにもこたえるコーナー、他アーティストへの提供曲のセルフカバーと本当に盛りだくさん。
伊藤さんの、音楽を楽しみたい、自分の歌を愛するファンと喜びをわかちあいたい、という気持ちがあふれたライブだった。

生で聴いてうなったのは、伸びのある強く美しい声とアコースティックギター・エレクトリックピアノの演奏力の高さ。そして初めて聴いた提供曲やソロの曲のすばらしさだった。
最近の曲は歌詞もメロディも、キンモクセイ時代よりさらにシンプルになっているので、ちょっと聴いただけだとシンプルすぎて耳を通り過ぎてしまう人もいるかもしれない。
でも私はそんな曲の中に、伊藤さんの人生でこの何年もの間に経験したこと、愛する人の死や、愛するものの誕生や、日々のちいさなことを静かにいとおしむ心、じっと内面を見つめるまなざし、そんな無数の重なりを感じて、胸がいっぱいになった。

今も毎日車の中で、ライブのときに買ったCDを繰り返し聴いては胸しめつけられてしまう。
そして新曲「僕がいなくなっても」を聴くたび、私がいなくなっても世界は続くのだ、と思って安堵する。

ソロライブをライフワークにしたいといっていた言葉、信じていいのかな、伊藤さん。
楽器も機材も物販も全部ひとりで運んで、チケット管理も宣伝も全部ひとりでやって、自宅の四畳半の防音室でひとりで演奏して録音してCDに焼いて、それをライブ会場で手売りして、ひとりひとりとお話ししてサインして握手して。
そんな伊藤さんを見ていると、「そうなのか、そうなのか」と私の心は言う。

ヒットを飛ばして紅白にも出たキンモクセイのころと、全部手作りでひとりの今と、それはどちらも輝いているだろうけど、きっと静かであたたかくて楽しいのは今のほう。自由なのは今のほう。
余分なものをそぎおとして、どんどんほんとうになっていくんだな。勝手にそう思う。

11月にまた大阪に来てくれるのを楽しみに。新曲を楽しみに。待ってます。
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by higurashizoshi | 2015-09-03 01:48 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

忌野清志郎展@手塚治虫記念館

昨年秋からずっと機会を待っていて、2月20日の終了までに何とか!と思い続けて、ようやく行けた。

忌野清志郎展~手塚治虫ユーモアの遺伝子~
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会場は、こちらも以前から行きたいと思ってチャンスがなかった、宝塚市立手塚治虫記念館。
宝塚という街を訪れたのは、たぶん高校生のとき以来? 長年の関東放浪の経歴があるとはいえ、いちおう関西人だというのに何たることでしょう。

宝塚駅からの道すがら、おお~これが宝塚大劇場か(すでに記憶がない)。
たまたま宝塚歌劇の休演日だったので、あたりは閑散としてたけれど、いつもはきっと付近一帯が華やかなのだろうな。
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手塚治虫記念館へ。
開館20周年とのことで、もうそんなにたつんだなあ…とびっくり。
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近くには手塚マンガのキャラクターたちがあちこちに。
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ブラックジャックの靴のサイズ、意外に小さいよ?
(これは私の足ではありませんが)
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中に入るとキャラクターたちの洪水。
タタもミミも、大量の手塚マンガを読んで育っているので、みなさんお世話になりました!と懐かしさいっぱい。
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手塚さんが亡くなられて、もう丸26年にもなるんだ…!
長生きされていたら、今のマンガやアニメ、IT文化にどんなふうにコミットしていたかなあと思う。
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手塚さんの娘さんが清志郎ファンだったこと、清志郎もまた手塚マンガのファンだったことなどで実現したというこの企画展。
入口から見える写真に、もう胸が熱くなる。
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展示のメインは、清志郎が描いた油絵を中心とした絵画、イラストと、
そしてこれらのステージ衣装。
衣装部分だけは写真撮影可だったので、撮らせてもらった。
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モニターの中では、清志郎が気持ちよさそうに歌っていた。
タイマーズ時代の野外ライブと、喉頭ガンからの《大復活祭》、あの武道館ライブ。
友だちが「行ってきた!キヨシロー元気だった!」って、復活Tシャツを送ってきてくれたのがついこの前の事みたいだ。

それなのに、それからあっという間にガンの転移がわかり、ふたたび療養に入り、2009年5月。
清志郎は流星のように、いってしまった。

このブルーのド派手衣装は、大復活祭のステージで着たものだね。
こんな服、清志郎にしか似合わないよね。
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もう着る人のいない衣装を見ながら、「トランジスタ・ラジオ」を聴いていたら不覚にも涙が次から次から流れてきた。
ふと気がつくと隣に立ってモニターを見上げてる男の人も、涙を何度もぬぐっていた。

いなくなってもうすぐ6年。
ただ、好きだったというだけで、今もこんなに他人を泣かせることができるなんてね。
ニクいやつだ。清志郎。


「冬の十字架」をはじめ、清志郎のたくさんの絵画も見ごたえがあった。(企画展HPの写真から)
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中でもひときわ強烈だったのは、「八月の自画像」。
この写真の左側にある、青い背景の、スキンヘッドの自画像だ。
2006年8月、喉頭ガンの治療のために髪がすべて抜け落ちた自分を、真正面から描いた絵。

この絵の、自分の中の深い闇を見ているような、それでいて限りなく恬淡としたまなざし。

ああ、覚悟していたんだな。
そうも思い、
長生きしてたら、こんな味のあるジイサンになったんだろうな。
そんなふうにも思った。
自分の未来を、すでにここで描いてしまったのかな、なんて。


大好きだった手塚治虫の記念館で、こんな素敵な企画展をしてもらって、清志郎はきっと照れくさそうに、でもすごくうれしそうにしているだろう。
手塚先生はどう思っているかわからないけどね!

これまでの私の人生の、たくさんの場所で深く刻まれた清志郎の歌声。
もう二度と会うことはできなくても、新しい歌を聴くことはできなくても、
清志郎はいる。いないけど、いるのだ。ずっとずっと。
そう思えた日だった。
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by higurashizoshi | 2015-02-13 01:26 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(3)

トム・アット・ザ・ファーム

d0153627_215253100.jpg2013年公開 カナダ・フランス
監督・脚本・編集・衣装 グザヴィエ・ドラン
原作・脚本 ミシェル・マルク・ブシャール
出演 グザヴィエ・ドラン ピエール=イヴ・カルディナル リズ・ロワ エヴリーヌ・ブロシェ マニュエル・タドロス





元町映画館でグザヴィエ・ドラン監督作品3連発を観てからほぼ9か月(そのときのレビューはこちら)。
ついに観ました、第4作。もはや麻薬です。グザヴィエ・ドランという麻薬。
と、言いたくなるほどの進化ぶり。この次に撮った第5作「Mommy」が昨年のカンヌで審査員特別賞を受賞したのは記憶に新しいところ。授賞式でドランくん、超絶キュートなスピーチを披露、審査員長ジェーン・カンピオン女史を完全に骨抜きにしたところをAXNで目撃しましたぞ!

その「Mommy」に先立つ監督・主演作がこの「トム・アット・ザ・ファーム」。
今度はサイコスリラーに挑戦、しかも初の戯曲映画化。いったいどんなものであろう。さすがに早熟の《美しき神童》も、そろそろ中だるみがきてもおかしくないぞ。前作「わたしはロランス」で、少々風呂敷を広げすぎた感もあったしな(好きでしたが)。

…なーんて思って観たら、やられました。してやられました。
ドランくん、これまでの初々しさをかなぐり捨て、また高次のステージに上がらはりました。本当にとんでもないです。
書いて、撮って、演じて、でも今回は音楽は人にまかせたり、何より脚本も共同執筆で、いろいろ学習し変化もしてるのですが、それにしても撮るのも、演じるのも、やっぱりうますぎるやろ!

カナダの著名な戯曲家の舞台を映画化した本作、ドランくんがこの上演を観て、ちょうど今自分がやりたいことと合致すると感じて即、戯曲家に映画化を切望したそう。
初期作からみるとオリジナルだけにこだわる暴走系ナルシストかと思いきや、自分の立ち位置やなすべきことを見通せる、非常に客観的な人なのだなあ。
従来3作のケレン味たっぷりのドラン色から、今作は一気に余分なものをそぎ落としたタイトな作品へと変貌。この確信に満ちた新しい映像世界、観る人を選ぶとは思いますがだまされたと思ってぜひ観てほしい。
人はなぜ支配されることに魅かれるのか、愛とはどのように残酷なのか――それらについての深淵で、たまらなく官能的で、甘く苦痛に満ちた答がここにあります。

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事故死した恋人ギヨームの実家である田舎の農園に、葬儀に出席するため都会からやって来た青年トム。それを迎える、ギヨームの母親と兄。
亡くなったギヨームは母親に同性愛者であることを隠し、異性の恋人がいるという作り話をしていた。そのため、トムはギヨームの単なる友人として振る舞い、サラという女性の恋人がいるという口裏を合わせなければならなくなる。

ギヨームを溺愛していたらしい母のアガットは、サラがなぜ葬儀に来ないのかと激高。一方、兄のフランシスは常軌を逸した暴力性を持つ男で、のっけからトムをあらゆる方法で脅し、母親を落胆させないための芝居を続けること、そして母親を喜ばせる名目でこの農園に滞在し続けることをトムに要求する。
アガットとフランシスの間にあるあやうい均衡、次第に暴力と支配性を増していくフランシス、まるでトムは獣の中に迷い込んだ子羊のよう。しかも、恋人ギヨームを失って虚脱に陥っていたトムは、次第にみずからこの錯綜した関係のさなかへと足を踏みいれていく…。

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携帯電話も通じない、孤立した農園という空間。
いくら車を奪われ、暴力で支配されているとはいえ、逃げるチャンスがないわけではない。
それなのに、トムはなぜ逃げ出さないのか?

トムを虐げつつ愛でるフランシスの残酷な官能性、一触即発の二人の関係も怖いし、共依存におちいる快感に染まっていくトムの壊れっぷりも怖い。
しかし一番怖いのは、フランシスの暴力性もギヨームの行状(のちにあきらかになってくるような)も、愛情という衣をまとった底知れない母親のエゴイズムから端を発しているのだということ。それが、物語が進行するにつれ、観客にじわじわと沁みてくる。

はたして、トムは生き残ることができるのか。ここから逃れる未来がありうるのか。
そこに第4の人物、偽の恋人であるサラが農園に現れ、物語は思いがけない方向へと舵を切っていく…。


人里離れた場所に主人公が囚われ追いつめられる図式や、トウモロコシ畑での緊迫(『北北西に進路を取れ』)、シャワールームでの驚愕(『サイコ』)等、あからさまにヒッチコックをはじめとする古典的サスペンスへのオマージュが満載と見えるものの、パンフレットの解説によればドランくん自身はヒッチコック作品を一本しか観ていなかった由。
むしろこの作品の肝は、心底から同性愛を嫌悪し、他者を暴力と性で支配することに依存する男フランシス(母アガットも根はまったく同じ)と、フランシスに支配され生殺与奪すら握られてしまうトムの関係が、決して単色ではないこと。
フランシスの、亡き弟に対する激しい執着自体、性の匂いをまとった愛憎のせめぎあいを感じさせる。フランシスにとって、トムは弟ギヨームの身代わりでもあるのだ。

たとえば、フランシスとトムが納屋でダンスを踊るシーン。
これから何が起きるかというひりひりした緊張と恐怖に満ちているのに、このシーンは異様に美しい。モンスターのようなフランシス、被虐に憔悴したトム、その二人が身体を寄せ合い、ひたすらにタンゴを踊る。
そこにあるのは、支配―被支配という単純な図式でははかれない、つかの間の愛の形なのではないか―― ダンスの間に語られるフランシスの言葉はあからさまで残酷なのに、そんなふうにすら感じさせられる。観ている側も息を止めて二人を見つめるしかない、忘れがたい場面だ。

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ドラン作品に欠かせない音楽、今回はとてもひかえめながら、名匠ガブリエル・ヤレドがスコアを書いたサウンドトラックが非常に効果的。
そして冒頭の「風のささやき」(往年のサスペンス映画『華麗なる賭け』の主題歌。そのフランス語版で、ここからぐっと引きこまれます)、そしてエンディングに流れるルーファス・ウェインライトの「Going to a town」が、おそろしくいいです。

ルーファス・ウェインライトについてはほとんど知らなかったのだけど、この曲にすっかり惚れ込んで(私の大好きなmuseの曲に似てるということもあり)、以来ネットで探しては聴きこむ毎日。それだけでは飽き足らず、ファーストアルバムも中古で購入。今まで知らずにきたのが人生の損失と思えるほどすばらしいアーティストだ!

それにしても残る謎は、最後にフランシスが着ていたUSAシャツ。
ラストの「Going to a town」で繰り返される歌詞「I’m tired of America(アメリカにはうんざりだ)」とともに、他者を支配するもの=アメリカ合衆国という主張なのだろうか?
ドランくんの考えをぜひ聞きたいところです。
そして元町映画館さま、第5作「Mommy」も日本公開となったあかつきには、どうか早めの上映をお願いします!
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by higurashizoshi | 2015-01-15 22:17 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

スペインのまわりを脳内ぐるぐる

はっ!

と気づけばもう出発まで4日。
出発日の前日には関空に移動してホテルに泊まるので、家を出るまで実質あと3日。

しかも、あさっては大事な若い友人の結婚パーティーで京都までお出かけ。
タタとミミを妹のようにかわいがってくれた友人なので、母娘3人で心からお祝いを言いに。
その出席の準備(服やらなんやら3人分)と、旅の準備の一部始終と、キャンプの終了後の仕事と、実家関係と、あれやこれやでものすごい速さで日が過ぎた。

フィギュアはジュニアグランプリシリーズもときどき追いかける程度しか観られていなくて、こちらも気づけば明日はJapan Openではありませんか。
毎年、大ちゃんの新プロを固唾をのんで待ったことを思い出しながら、今年はやっぱりさびしい。
それでも、旅から帰ったらいよいよシニアのグランプリシリーズも始まるし、また気合を入れなおして選手たちの競技シーズンを見守っていこうと思う。

とにかく今は、頭の中がスペインだ。
エル・グレコやゴヤやガウディや、フラメンコやパエリア、いやいやそんな華やかなもんばかりじゃなくて、いったいこの町のここからここにはどうやって移動したらいいのか?切符はどうやったら買えるのか?
現金やカードをどう分けて入れる?首絞め強盗?美術館の休館日はいつ?

行列に並ばずにサグラダ・ファミリアに入るために現地のビューローに頼んでチケットを取ってもらったり、おっかなびっくりでバルセロナのツーリストバスの割引チケットをネット購入したり、国内の方が得と聞いてユーロに両替に行ったらどこも米ドルしか扱ってなくて、わざわざ遠くのお店まで電車で両替に行ったり。
そういう実質的なことを次々やりながら、同時並行でひたすらスペイン美術や歴史の本を読みふけり、妄想をふくらませたり。

スペイン語は相変わらず全然頭に入ってこないけれど、穴のあくほど焦がれて地図を見てきたトレドはきっと迷わず歩ける気がする… って、これも妄想か。日本でまともに道を歩けない私がスペインで迷わないはずがないっちゅうねん。
ひとり旅じゃなく、娘たちと海外への旅、というのが今ひとつ現実的に想像がつかなくて、はたして旅立ったあとにどんな心持ちになるのか、まだよくわからない。
「楽しみね!」っていろんな人に言ってもらうけど、今のところ楽しみなのと不安なのが自分の中では拮抗していて、「いや~、なんて大それたことを実行に移してしまったんだろう」という気持ちもむくむくする始末。
でも案外、平常心な娘たちにいろんな場面で助けられるかもしれないなあ…なんて思ったりもして。

旅の支度のあれこれを写真に収めてる余裕もないので、とりあえずここはチャーくんの平和な顔を見てまったりしていただきましょう。

おうちで元気に待ってるんだよ~
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by higurashizoshi | 2014-10-04 01:39 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

スピッツ/FESTIVARENA@大阪城ホール

(追記・写真入れ替えあり)

前回の文を書いたあと、嵐の中を舞う木の葉のような日々を過ごしてきた。
木の葉の私は、ブログに文を書く余裕がない、というより、身体も心もまったくそういう次元にいなかった。
今、少し状況は落ち着いたものの、今度は起きてしまったことに対する反芻、後悔、取り返しのつかなさに七転八倒し、眠れなくなった。

一昨日、大阪城ホール。
スピッツの、全国4か所のみの今夏の特別なアリーナライブ「FESTIVARINA」、大阪2daysの一日目。
楽しみにしていた気持ちはどこかに吹っ飛んで、そもそもチケットを自分で使える気がしなかった。それでも状況に助けられて、昨日観に行けたのは奇跡のようなもの。
「行くからには楽しんでくるんだよ!」とタタとミミに送り出され、フラフラと大阪へ。
すでに名古屋と武道館の二か所でおこなわれたライブのレポートを目にすることもなく、セットリストも知らず、ある意味まっさらな、いやまっしろな状態でのぞんだ一昨日の夜だった。

スピッツ結成27年にして初めての武道館ライブあり、ということで「ついに解散?」という噂が出ていたとか、ライブ初演奏の曲目が含まれているとか、そんなことを知ったのは後の話。
実際目の前に登場したスピッツは、解散どころかいつもに増してフレッシュで、まだまだこれから!感に満ちていた。
客席は、いつものライブより男性率やや高め、若いカップルから家族連れ、高校生女子のグループもいれば60代とおぼしき品のいい男女ありと、いい感じのバラけぶり。
楽しそうな親子連れを見れば、うちみたいにちっちゃいころからスピッツを子守唄代わりに育ったんだろうな~なんて想像できてほっこりする。

1曲目は「夜を駆ける」。9.11後の心象を投影したこの曲を、アルバム『三日月ロック』の冒頭で聴いたときの衝撃を思い出す。
ここまで硬質な緊張感と官能性の入りまじった曲はスピッツ史上、類がない。いつかライブで聴けたらと思っていたこの曲がいきなり始まって、心が前のめりに傾斜していく。

と、2曲目はファーストアルバムからの「海とピンク」。まだパンクのしっぽを濃く残したこの時期の(しかも27年以上も前の!)楽曲を、なんの違和感もなくライブに載せられるのも凄いところ。可愛くて気持ち悪くてエロティックな、閉じた世界のスピッツもやっぱり魅力的なのだ。
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そのあと立て続けに新旧とりまぜた曲が、宝箱を開けていくように次々と繰り出され、息つくひまもない。と思うといつもよりMC多め、ちゃんと小休止も用意されてなごませてくれる。なんとなくメンバーもほぐれた雰囲気で、こんな大きな大阪城ホールなのにステージの遠さを感じさせない。
マサムネくんの平常運転なむにゃむにゃトークも、まさかのTOKIOをまねた客席のあおりマネも、高校時代に作った「漢字は書けないけど、おまえに夢中」という歌の披露も…ただただ楽しい。この押しつけがましくない、絶妙の距離感がスピッツなんだなあ。

横浜サンセットはもちろん行けなかったので、今回どんな曲をとりまぜてやってくれるかと思っていたけど、通常のツアーライブではなかなか聴けない、個人的に好きな曲が次々押し寄せてきたのは鳥肌ものだった。
スピッツ楽曲中、もっとも変態的な(マサムネくんもMCで言っていた)「ラズベリー」、コアなファンにはたまらない「プール」、大好きな「フェイクファー」「エスカルゴ」「愛のことば」…。
そしてまさか聴けるとは思ってなかった「正夢」。急に涙が流れてきて、いろんなことが頭をめぐりはじめて、棒立ちになる。

これまで生きてきてここに立つまでのこと、これからのこと。
家族のこと、人との関係のこと。
創作すること、夢見ること、苦しさに耐えること、喜びを受けとること。
自分というちっぽけさを責めて、責めながら誰かに許されることを期待している情けなさ。
それでも生きていくんだと自分に言いきかせる、細くて長い道のはるか向こう。
何か見えるような気がした。でも気のせいかもしれなかった。


「空も飛べるはず」を今の演奏で聴いて、なんて成熟したバンドになったんだろうと思うと同時に、マサムネくんの歌のうまさにうなった。
彼はか細い印象があるけど歌の技巧レベルも声量も、実際に聴くと驚くほど骨太。とにかく美しく、伸びがあって、うまい。こちらの身体の中に澄みわたるような歌声はものすごい快感装置で、これはCDで聴く歌声とはまた別もの。
崎ちゃんのドラム、テツヤくんのギター、リーダーのベース、安定した力をたもち、こうしてピースが全部ぴたっとはまるような気持ちよさでライブを続けられることも、やっぱり奇跡的。誰かひとりでも欠けたらその時点でスピッツは終わりだということはいつもわかっていて、そこにライブではクージーがいつも安心感を添えてくれている。
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ライブが終わるまでは、あまりにオールスターな選曲すぎて《集大成》みたいになっていたらどうしよう、という妙な心配があったのだけど、アンコールの「スカーレット」「不死身のビーナス」というマニアックな選曲で全25曲のライブが終わりを告げたとき、「よし!まだまだ余白あり!」という気持ちになれたのがうれしかった。

心残りなのは、あとで名古屋と武道館のセトリを見ると「スワン」をやっていたのに、この日は抜けていたこと。
最新アルバム「小さな生き物」の中でも、特別に好きな曲。3.11にまつわる死者への歌、と私は思っていて、どうしても生で聴きたいと思っていた一曲だったのに、ちいものツアーではやってくれなかったのだ。せっかく今回は入れたのに、なぜ、なぜ大阪で落とした~!と叫びたくなった。
(追記:なんと翌日の城ホール2日目のセトリを見たら、『スワン』入ってました…。ああ~2days行けばよかったと涙、涙)


ライブが終わり、また日常が戻る。
何センチか、ほんのちょっとだけ、私の心は移動している。
それはほんとにささやかな距離で、何にも変わっていないように見える。
苦しいことも、悲しいことも、どうにもならないことも、変わらない。
でもちょっとだけ、私の心は移動している。
たぶん、ひらかれた方へ。
ありがとう、スピッツさんたち。
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by higurashizoshi | 2014-07-17 10:31 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

映画「ファルージャ」とトークショー

ファルージャ イラク戦争日本人人質事件…そしてd0153627_0162088.png
2013年公開 日本
監督 伊藤めぐみ
撮影:伊藤寛 大月啓介 大原勢司
編集:伊藤誠  音楽:吉田ゐさお
製作・配給:有限会社ホームルーム


若い女性監督の、長編第一作。
初々しさとともに、監督自らの内的な課題を問う、真摯な思いが伝わってくるとても誠実な作品だった。

イラク日本人人質事件。ちょうど10年前のことだ。
ブッシュ政権の開戦決定を支持した小泉政権は、イラクに自衛隊を派遣した。
その直後、イラクに入っていた日本の民間人3人をファルージャの武装勢力が拘束。「自衛隊を撤退しなければ彼らを殺害する」という映像メッセージを発信した。
日本中は大騒ぎとなったが、すぐに小泉政権は自衛隊撤退はありえないと明言。人質となった3人の生命が危ぶまれる中、ある大臣の発した「自己責任」という言葉が拡散、次第に3人を批判する動きが高まった。
そして無事解放され帰国した3人を待っていたのは、それぞれの家族も巻き込んだすさまじいバッシングの嵐だった。「渡航禁止を破った無責任行為の帰結」「国費の無駄遣い」あげくは「死んで詫びろ」等の非難が3人の自宅への電話、ファックス、郵便などで集中。インターネットでも3人についての誤報まじりの個人情報が大量にばらまかれた。

彼らを擁護する声がかき消されるほどの、まるで日本の一部が発熱し沸騰しているような、あのバッシングに膨らんだ異様な空気を私は忘れることができない。そしてその声は、時の小泉政権の官僚たちによって強固にバックアップされたものだったことも決して忘れない。


映画「ファルージャ」は、当時人質となった3人のうち、高遠菜穂子さんと今井紀明さんの2人について、あの事件から現在までをじっくりと追ったドキュメンタリー。高遠さんが今も支援活動に通うイラク国内の現状も、なまなましく描き出している。

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特に、アメリカ軍が多数投下した劣化ウラン弾によるとみられる被害の惨状は、あらためて衝撃的だった。イラク戦争当時の、普通の爆弾とは明らかに異なる状況の遺体。それから10年近くがたち、取材に入ったひと月足らずに間にも、ファルージャの病院では次々と奇形や先天異常の赤ちゃんが誕生し、胎児の異常により何度も流産を繰り返す若い女性がいる。高遠さんは、そんな親子の支援をおこない、日本から来た医師と現地の医療のつなぎ役となったり、ファルージャの女性医師と協力して被害の現状についての調査を続けている。

監督のインタビューに対し高遠さんは、あの人質事件後に帰国したあと、家族への名指しの脅迫を目の当たりにして「自分が殺されていたらよかった」とまで思ったと振り返る。しかし、母親に叱咤されて目が覚め、再びイラクへの支援を始めたのだという。
どこの組織にも属さず、「自分の役割は、大きな支援のすき間を埋めること」と語る高遠さん。10年前の心の整理がすべてついたわけではないだろうが、今も危険のつきないイラク国内に通いつめ、誇りを持って堂々と自分の信じる道をゆく彼女の姿が心に強く残る。

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一方の今井紀明さんは、当時まだ18歳。高校卒業後すぐにイラクに入り、あの人質事件の渦中の人となった。
帰国後、見ず知らずの人々からのバッシングのすさまじさに対人恐怖症となり、家から出られない時期が続いたという今井さん。18歳という年齢で、自らの人格も行動も世間から全否定されるような経験をし、自死も考えたという彼が過ごした波乱の10年が語られる。

現在、今井さんは大阪で、主に通信制高校生を支援するNPOを主宰している。
不登校や引きこもり経験の当事者であることが多い通信制や定時制の高校生に、今井さんはかつての事件後の自分が重なって見えたのだという。
さまざまな事情から、社会に能力を認められるチャンスが少なく、自信を持てずにいる子どもたちに平等な機会を保障したいという思いから、今井さんのNPOでは高校生たちに対するキャリア教育の講座など幅広い活動を展開している。

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この日は「ファルージャ」上映後に、元町映画館の2階で今井紀明さんのトークショーがおこなわれた。そもそも、映画だけでなく彼の話を生で聴いてみたいというのが、この日私が元町映画館に行った理由だった。
私が、10年前のあの事件以来、ずっと心の片隅で気になっていた彼のその後の姿を知ったのは最近のこと。
新聞に今井さんのインタビューが載っているのを読み、彼が今何をしているのか、そしてそこに至るまでどんなことがあったのかを初めて知った。
衝撃的だったのは、彼が対人恐怖症になり、引きこもっていた数年のあと、再び立ち上がるためにしたことだった。

彼はずっと対峙することのできなかった自分の行動への批判(誹謗中傷も含む)の手紙やファックスをひとつひとつひもとき、驚いたことに書き写してまで熟読した。
そして住所の書いてあったものに対してはすべて返事を書き、電話番号が書いてあった人にはすべて電話をかけたのだという。
そこから「対話がいかに大切か」という彼の経験則ができあがった。罵詈雑言しかなかった人が、電話で話すうちに変化し、理解を示すようになってくれる。そんな経緯が多くあったそうだ。しかしそれは、彼の方から歩み寄ることでしか絶対に実現しない融和だったと思う。インタビューを読みながら、こんな勇気が自分にあるだろうか、もし自分だったら…と私は何度も考えた。
けれど、今井さんにとってそれはもしかすると、自分自身が再び生き直せるかどうかの瀬戸際の作業で、勇気などというものとは無縁の、やむにやまれぬやり方だったのかもしれないとも思う。

この日、映画のあとにトークショーに現れた今井さんは、前向きで明晰な印象の青年になっていた。現在のNPOの活動内容などを話される中に、かつての事件後のことにも触れられていたが、印象的だったのは、大阪に住むようになって「救われた」と話しておられたこと。
というのは、大阪人は彼の《人質体験》をネタにして笑い飛ばしてくれるのだという。
「北海道人の僕には考えられないことで、すごく楽になりました」とのこと。
とはいえ、今も、常に自分の言動には注意をはらっているという今井さん。現在の活動にかかわる人々に迷惑がおよばないようにと考えている、人質事件は自分にとって、一生負い続ける十字架のようなものであることに変わりはない、と話されていた。

そしてもうひとつ印象的だったのは、「いったいあの状況から、どうやって立ち直れたのか」という会場からの質問に対して、今井さんが「たまたま」という言葉を何度も使っていたこと。
「僕の場合は、たまたま周囲に救われた。家族と友人の支えに恵まれた。本当にたまたまです。それがなかったら、今も立ち直れていない。
(別の事件の加害者側家族の自死に触れて、その亡くなった)彼と僕は、同じ立場です。彼は周りに支えがなくなり命を絶った。僕にはたまたま、それがあった(から生きている)。その違いだけです」と。


振り返ると、10年前のあの事件後のバッシングは、今蔓延している《ネット叩き》のさきがけでもあったのだと思う。
標的を見つけ、プライバシーをあばき、噂を広め、徹底的に叩き、家族も含め社会的に抹殺する。その手は無責任で、冷酷で、しかも保身的だ。その手の主の、顔は見えない。
もう、今井さんが批判の手紙に返信し、電話をかけることができたのも過去のやり方になりつつあるのだろう。そうやって、いつ誰が標的にされ、叩きあうことになるかわからない社会が、みんなが望む社会だろうか。

私にとって、映画「ファルージャ」とトークショー、どちらも深く心を動かされる体験だった。この前はグザヴィエ・ドラン一気観でお世話になった元町映画館、今回もこのような企画に深謝。
あまりにいろいろなことを考えすぎて、帰路のことをあまり覚えていないほどだった。
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by higurashizoshi | 2014-05-13 00:32 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

グザヴィエ・ドラン作品 3本一気観!

ひさびさに映画のレビューです。
神戸の元町映画館に昨日行って、若き天才と話題のグザヴィエ・ドラン作品、第1作から第3作まで一挙上映!を約7時間かけて観てまいりました。

カナダの映画監督にして俳優、その他多才ぶりを発揮して次々と作品を発表、世界を驚かせているという評判のグザヴィエ・ドラン。
といっても私はぜんぜん知らなくて、ミミに「こんな人がいて、今度元町映画館で一挙上映があるんだけど、行きたいと思ってて…」と言われて、「ほほー?」となった次第。
幼いころから映画を一緒に観て(幼い子が観ないような映画もネ)、映画好きに育てたかいがあったというものだ…。もはや、私が教えられる立場。

で、なんとかスケジュールあけて「この日!」とさだめ、タタとミミと3人で食料とお茶持参で元町映画館へ。
3つも映画を続けて観て、体力もつかしらと思ったけど全然大丈夫でした。特に、時系列順に同じ監督の作品を観たので、頭の中で作品同士がこんがらがることもなく、大変おもしろい体験でした。
そして…やっぱり私は心から映画ってものが好きなんだなあと改めて思い、ちょっと感動。


では、3作一気に観たので、レビューも一気にいきます!




マイ・マザー
2009年公開 カナダ
監督/脚本/製作 グザヴィエ・ドラン
出演 グザヴィエ・ドラン、アンヌ・ドルヴァル、フランソワ・アルノー、スザンヌ・クレマン
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グザヴィエ・ドランが17歳で脚本を書き、19歳で監督・製作・主演し、第1作にしてカンヌ映画祭で上映されたという作品『マイ・マザー』。
原題は「僕は母を殺した」。そう、これは古今東西さまざまに描かれてきた息子による《母殺し》のドラマなのだ。

映画には、母を憎み、拒み、かつ執着し愛を求める――実にめんどくさく、いじらしく、危険きわまりない思春期の少年の等身大の葛藤が、徹頭徹尾、むきだしに生々しく描かれている。
と同時に、ヌーベルヴァーグをはじめとする映画史やポップカルチャーにインスパイアされているのが丸わかりの、青臭くも才気ばしった映像美がこれでもかとばかりに展開する。
とにかく、オレには表現したいことがこんなにあるんだ! オレはこんな《絵》を構図を見せたいんだ! という欲望の発露で、すがすがしいほどパンパンにふくれあがっている作品。

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で、ひとつ間違えば自己満足的な若書きの作品になりかねない危ういところを、作者(であり主演俳優)であるところのグザヴィエ・ドランの、その鼻息の荒さの一方にある賢さ、見通しの鋭さと客観性が、最後まで破綻することなく作品を完結させているのである。

ドランくんお見事。ナルシスト美少年と見せかけて、19歳にしてこの才気と聡明さは、ただならない。




胸騒ぎの恋人
2010年公開 カナダ
監督/脚本 グザヴィエ・ドラン
出演:グザヴィエ・ドラン、モニア・ショクリ、ニール・シュナイダー

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『マイ・マザー』で母息子関係を描いたグザヴィエ・ドランが第2作で描くのは、ずばり恋。胸騒ぎというよりは、胸が痛くて穴があきそうな恋。
20代の仲良し男女二人(ドラン演じる男の子はゲイで、女の子はヘテロ)が、同時に一人の男に恋をする。しかも、絵に描いたような美男。頭がよくて人当たりがよくてみんなの人気者で、アンタは日本の少女マンガかルネッサンス絵画から抜け出てきたのかというような美青年。

残酷なことに、美青年はこの主人公2人に対して同じように愛想がよく、3人で遊びに行こうよって誘ったりして、しかしそれぞれとの関係は、同じようにいまいち進展がない。
2人はせつなさに胸を焦がし、お互いに嫉妬し、牽制しあい、要はていよく美青年にいたぶられているのか? いやしかし希望はないわけではない、というやるせなさ。
ドラン演じる男の子もせつないが、痛々しいまでの虚勢を張る女の子を演じるモニア・ショクリという女優さんがすごくいい。

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ポップでお洒落なしかけがいっぱいの映像、洪水のように流れる音楽、特に冒頭と最後に流れる「バンバン」(確かに聴いたことがある曲なんだけど…どこの曲?)が耳にこびりついて離れなくなる。
映像、音楽だけでなく、ここまでスローモーション多用? ここまで思わせぶりなインタビュー多用? となんにしても過剰なのがオレ流!とばかりのグザヴィエ・ドランくん。
しかし、輪廻のような恋のロンドに乗せて、粗削りな第1作からステージを上げてかなり洗練された作品に仕上がっております。『500日のサマー』が好きな人にはお勧め。ミシェル・ゴンドリー作品好きな人にもお勧め。ちなみに私はどちらも好きです。




わたしはロランス
2012年公開 カナダ
監督/脚本/衣装/編集 グザヴィエ・ドラン
出演:メルヴィル・プポー、スザンヌ・クレマン、ナタリー・バイ、モニア・ショクリ
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3作目にしてグザヴィエ・ドランはとうとう作品づくりの側に。今作ではほんの一瞬、カメオ出演のみ(それでもやっぱり出たかったのね、と思わせる力の入れようの一瞬でしたが)。
1作目、2作目が短編から中編小説だったとしたら、ついにこの作品で彼は長編小説に着手。まったくスケールの異なる段階へ移行したことがはっきり示される。映画としての文体においても、表現方法においても、これまでとは勝手がちがう。そのとまどいもまた露呈しつつ、全力でこの大作にぶつかり、一歩も引かずにいる勝負感が、一種のカタルシスを呼ぶ。面白い作家だなあ。この時点でまだ23歳、すさまじい才覚。
しかも今作ではさらに手を広げ、監督・脚本のみならず、衣装も編集も音楽選びも! とにかく自分のやりたいことを自分のやりかたでやりたい人なのだな。

性同一障害をカミングアウトした主人公ロランスと、その恋人フレッドの、10年にわたる年月を描いたこの作品は、一組のカップルが曲がりくねった長い道のりを、憎みあい、離反し、また惹かれあい歩んでいく過程をときに痛いほど生々しく、ときにファンタジックに、じっくりと描いていく。
女性になるロランスを受けいれようともがき、壊れていくフレッド(名前が男女逆転しているようなのも、意図的なものだろう)。さまざまな形で二人はそれぞれの人生の、再生をこころみる。
ロランスもフレッドも、自分に正直で率直、それゆえに激しくぶつかりあう。お互いをもとめあいながらも、穏やかに歩みをそろえることなどできない。そこが痛ましくもあり、同時にすがすがしくもある。

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愛の成就などというものは瞬間に過ぎず、けれどその瞬間のために人はすべてを投げ出すこともできる。その一方で、人生という長い時間の流れの中でゆっくりとしか育んでいけない愛の形も、また存在する。
若い作者グザヴィエ・ドランはその概念を自分なりに懸命に咀嚼し、この長い物語を駆け抜けてみせた。その野心と底力がこの作品を支え、美しいものにしている。

主役二人の演技もすばらしいが、『胸騒ぎの恋人』で虚勢を張る女の子を演じたモニア・ショクリが、フレッドの無愛想な妹役でまた出ていて、実にいい。
3作続けて観たおかげで、重なって出ている役者さんがとても多いので、それを発見するのも楽しかった。
すでに4作目『トム・アット・ザ・ファーム』(日本では劇場未公開。昨年の東京国際映画祭で上映)、5作目『Mommy』(現在、カンヌ映画祭でコンペティション部門に出品中とのこと)と怒涛の勢いで撮りつづけているドランくん(いや、もうドラン氏と呼ぶべき?)。

願わくば、彼の自意識過剰でケレン味たっぷりなところが、よい方向に結実していっていますように。
3作を観たところで、
「うまくいけばここからさらに凄い作品をつくっていける才能だけれど、評価が高まり製作費がうなぎのぼっていく過程で、はたしてこの人は堕さずにいられるかしらん?」
という一抹の不安も感じたので。

それを確かめるためにも、4作目5作目もぜひ!上映してくださいますよう。
元町映画館さま、今回は太っ腹な企画に感謝の一念です。
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by higurashizoshi | 2014-04-25 01:17 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

スピッツ「小さな生き物」ツアーライブ@大阪フェスティバルホール

神戸・大阪公演が草野マサムネくんの急病で延期になり、彼の国宝級(!)の喉の回復祈願をこの前書きましたが…
スピッツのツアーライブ@大阪フェスティバルホール延期公演2日目、昨日無事行ってきました。
はああ~いろんな意味で感動的な一夜でありました。
(写真は今回のツアーライブ初日のものをお借りしてます)

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もう体調は万全らしいと聞いてはいたものの、やはり実際にライブを見るまではなんだかハラハラで、ライブ始まってからも曲が高音部にくるたびに「うう、大丈夫か?」と思いつつ聴いていた。
でもそんな心配はなんのそのというくらい、マサムネくんの歌声は力強く、美しかった。
40代半ばを過ぎて、ここまで伸びやかで透明感をうしなわない楽曲と歌声。
思えば、初めてスピッツのライブを生で観たのは2001年の渋谷公会堂。あのときはまだマサムネくんもほかのメンバーも若者の面影だったなあ…。って、当時私だって若かったんだよな。ちょうどその直後ぐらいから、私の人生の底のひとつともいうべき長く暗いトンネル走行の時期が始まったのだな…(ひとりで遠い眼)。
だからあの渋谷公会堂でのライブの、若々しいスピッツのパワーや客席との親密感、わくわくするような楽しさは、まるで祝祭の記憶のように残っている。生で聴いたマサムネくんの声が、想像を裏切るほど力強かったことや、バンドとしての技量の高さに驚かされたことや…懐かしいというより、今も思い出すと胸が騒ぐ。

そして現在のスピッツ。もちろんそれなりに年を重ねた印象はあるものの、いまだ初々しいといっていいくらいのみずみずしさがあふれていて本当に不思議なバンドだと思う。
マサムネくんが昨日のMCで言っていたけど、バンド結成27年目!しかもその間、一度として活動を休止することもなくメンバーの交代もなく、倦まず焦らず実に平熱な感じで(あ、『空も飛べるはず』からブレークする前の絶頂売れなかったころはちょっと焦ってたみたいだけど)、ここまでクオリティの高さを保ち続け、売れ続けてきたのは奇跡的。
昨日のライブは今回のアルバム「小さな生き物」からの曲と、けっこう古い曲とをバランスよく取り混ぜてのセットリストだった。

なぜか古い曲は私の好きな曲がとても多くて、うれしかった。「名前をつけてやる」とか「うめぼし」とか「君が思い出になる前に」とか、特にファーストアルバムの名曲「うめぼし」が生で聴けるとは思わなかった!
そして古い曲で特によかったのは「恋は夕暮れ」。CDで聴くよりもずっとずっと楽曲としての奥行きが伝わってきて、なんて美しい曲なんだろう…なんて美しい歌詞なんだろう…と涙があふれてきた。
そして「ロビンソン」も初めて生で聴いた。このヒットでスピッツを知ってファンになったので、一気に1995年当時に引き戻される気分。ああ、あのころは、あのころは…といろんな記憶が心から飛び出てくる。阪神淡路の震災があって、初めての出産もこの年。頼りない、茫漠とした中で生きていたなあと思う。

「小さな生き物」の曲はどれも、生で聴くとさらに音楽としての質の高さがよくわかった。そして東日本の震災を経て、草野マサムネの音楽への姿勢が明らかに変わったのだということもしっかりと伝わってきた。
特に「僕はきっと旅に出る」は、一見さわやかな曲調の奥にある苦しみや孤独感、まるで深い穴ぐらの底から小さく見える空を見上げているような、それでも希望を捨てないという祈りに近いものを感じて胸がふるえた。
飄々としているように見えるスピッツご一行様だけど、もう一度、そして新しく、地に足をつけて真摯に音楽を作り、届けていくという固い決意を感じさせてくれた。ライブを観て本当にそう思った。「還暦になってもビンビンで!」とマサムネくんが言ってた通り、どうかこれからもずっと長く音楽を私たちに届けてほしい。

ちなみに新生フェスティバルホールは初めてだったのだけど、前のフェスティバルよりさらに傾斜がきつく、すり鉢化が進んでいたのにはびっくり。新たに3階席ができていて、その3階だったもんですから高いのなんのって。
いきおい、スピッツの皆さんはものすごい下で演奏されてたので彼らの視線の先にはこんな高いところにいる観客はほとんど入ってないだろうなあというくらい。でもさすがに音響はよかったです。ただ、いつもライブってどこでも思うんだけど、お願いだからボーカルの音をもっとよく聞かせてほしい。耳が弱い(らしい)私などは、爆音の楽器とボーカル音がどんどんミックスされて聞こえてくるので歌詞が聞き取れないという以上にマサムネくんの美声がしっかりクリアに堪能できないのが残念でした。

いや、そんな文句をいっちゃいけないな。これだけ長生きしてきたスピッツを、これだけ長生きしてきた私が(しかも今回はタタとミミも一緒に!)、またこうして生で聴くことができたんだから。この奇跡のような事実に心から感謝! 
ねばり強く元気で生きて、次のツアーライブ(いつだ?)にも行けるように精進せねば。

さて、次回はまたフィギュアスケートに戻って、あまりに遅まきながらのヨーロッパ選手権についての記事を…と思ったら、ひえ~!今日からもう四大陸選手権始まってるし!
まあ、時間を作ってなんとか書いていこうと思います。
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by higurashizoshi | 2014-01-22 21:37 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

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