ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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カテゴリ:観る・読む・書く・聴く( 105 )

ハッピー・ゴー・ラッキー

d0153627_23105228.jpg2007年 イギリス
監督・脚本 マイク・リー
出演 サリー・ホーキンス、エディ・マーサン、エリオット・コーワン、シルヴェストラ・ル・トゥーゼル、スタンリー・タウンゼント


マイク・リーの映画が好きだ。「ネイキッド」「キャリア・ガールズ」「秘密と嘘」「人生は、時々晴れ」「ヴェラ・ドレイク」と、どれも強烈に記憶に残る映画ばかり。マイク・リーの映画を観るといつも、《生きていくとは、こういうことだ》と思う。
つらいこと、どうしようもないこと、くすっとおかしいこと、ちょっぴりの安息…淡々と登場人物の体験をつづりながら、人と人との《絶望的なわかりあえなさ》と《わかりあうという希望》を同時に見せてくれる。

細かい脚本なしで、役者とディスカッションしながら撮っていく彼の映画は、役者の力量が試される。カンヌでパルムドールを受賞した「ヴェラ・ドレイク」も、俳優たちの演技とは思えないリアリティに凄みがあった。そしてそれに続く新作が完成、ベルリン映画祭でサリー・ホーキンスが主演女優賞を取った…という情報が入ってきて、「早く日本で公開しないかな!」と大いに期待していたのだが…おや?公開の話が出てこないぞ? とぽつねんとした気分になっていたときから、はや2年。
このたび、《主要映画祭で受賞しながらも日本で劇場公開されなかった映画特集》として「三大映画祭週間」という素晴らしい企画があって、やっとこの「ハッピー・ゴー・ラッキー」を元町映画館で観ることができた。

観終わったときに身体から出てきた言葉は「ああ、マイク・リーだ!」。主人公ポピーの日常を、この先もずっと眺めていたいなあ…と思った。
大きな出来事は何もない。30歳のポピーは一見へらへらと能天気な女性で、のっけから「なんだこいつは?」と思わせる。ファッションもめちゃくちゃで、他人にも不用意に話しかけるし、とにかくいつも笑ってばかりで、難しいことなんて何も考えてないように見える。
ところが意外にもポピーは小学校の先生。貧困層も抱えるその学校では、子どもたちになかなか凛と、そして温かく熱心に接しているのだ。もう10年も親友とフラットをシェアして住み、仕事と日々の暮らしを楽しんでいる、けっこう真面目な女性だということがだんだんわかってくる。
同僚とフラメンコを習いに行ったり(このフラメンコの先生が秀逸!)、妊娠中の妹のところに泊まりに行ったり、問題を抱えた生徒のケースワーカーに一目ぼれされたり、いろいろなことがあるのだが、彼女にとっての頭痛の種は自動車の教習。契約した教官が彼女を怒鳴りまくり、批判しまくるのだ。
この教官を演じるのがマイク・リー作品の常連エディ・マーサンで、思慮深くつつましい人物を演じることが多い彼がここではとにかくキレてて凄い! そのキレまくる教官との関係が、この映画の中で唯一ドラマチックといえるのだけれど、ここで鮮明な形であらわれる《絶望的なわかりあえなさ》と《わかりあうという希望》は、まさにマイク・リー映画の白眉だと思う。

「ハッピー・ゴー・ラッキー」は、テイストとしては「キャリア・ガールズ」に近い、実に淡々とした描写の作品だ。だからこそ、一見何もないように見える人生のひとつひとつの局面の深みを、そして一見単純に見えるひとりの人間の多重な深さを、さりげなく鮮やかに切り出してくる。
ポピーの顔から笑いがすっと消え、哀しみと受容のまなざしで相手を見つめるとき、観客ははっと胸をつかれる。人は複雑で、とらえどころのないものなのだと。そして映画の最後になって、私たちは初めて、ポピーの能天気な笑顔や行動の理由を、実にさりげない形で知らされる。

エンドロールを眺めながら、「ああ、またマイク・リーにやられてしまった!」と満腹の心で私は思った。そして家に帰って新聞を見ると、次の新作「家族の庭」がもうすぐ劇場公開されると書いてあるではないか! 今度はちゃんとロードショー上映されることになったのだ、よかったよかった。しかしはたして、神戸にはやって来るのだろうか…?
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by higurashizoshi | 2011-11-18 23:15 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

進行中のこと

福島の子どもを明石に招こうという話は、ちょうど同じようなことを考えていた友人の案と合体し、その後どんどんふくらみ、実現に向けて動き出した。
すでにホームページ(ここをクリック)ブログもでき(同じエキサイトブログで私が作ったのでリンクしてます)、ミーティングを重ねながらチラシも作って配りはじめている。
膨大な資金をどう集めるか、そのほかクリアしなければならないことだらけ。とにかく日がない(7月30日が初日)ので、にわかスタッフがあちこち走り回る日々を送っていて、ここに落ち着いて文を書く余裕がまったくなかった。
そんな中でもうひとつ、とても個人的なことも進行中。

8年ほど前、あるきっかけで私はふたたび詩を書きはじめた。
ふたたび、というのは、10代から20代にかけて詩を書いていたのに、そのあと散文に移ってすっかり詩作から遠ざかっていたから。
それがまた書き出したきっかけは、ある夜突然ことばが《降ってきた》。というより、暗闇に映画のエンドロールのようにどんどんことばが見えてきた。見えたことばを、紙とペンをひっつかんで書いていったら、それはどうやら詩なのだった。
という、ちょっと超常現象みたいなことが起きてから、詩がむくむくと出てくるようになった。特にこの数年はむくむくが激しく、ひどい日は1日いくつも書く。いきおい作品は玉石混交のまま(いや、玉はあるのか?)どんどん増えていき、もはや何百あるのかよくわからない状態になっていた。
小さい白いノートに手書きして、あとでパソコンで入力するのだけど、なまけものなので入力がぜんぜん追いつかず、ノートのページが切れたときはそこらの紙の切れはしに書いたりする適当さなので、整理もままならず。
ノートも紙切れもどんどん増殖していって何がなにやら、でも日々書いては増え、また書いては増え…の繰り返し。

一昨年、思い切ってある方に作品を見てもらった。その人は私が昔から好きだった詩人で、ひょんなことから作品を送って感想を言ってもらうという機会が何度かあった。
その方から、「まとめるつもりならここで」と出版社を紹介してもらい、編集者とメールのやり取りをして、作品を30編くらい選んで送ってみてください…と言われたところで気持ちが止まってしまった。
そしてまた書いては増え、を繰り返していたのだけど、今年に入り、あろうことか父の入院中(しかも術後の絶食、大震災の発生、原発事故…というとてつもない時期に)、ひとりの人と再会したことで急に歯車が回りはじめた。

今、経過をくわしく書いている時間がないのでものすごくはしょってしまうけれど、まあとにかくいろいろなことがあった結果、以前のところとは別の出版社から、詩集を出すことが決まったのだ。
大阪の出版社なのですでに何度か出かけて編集者と打ち合わせをして、中身のおおよそは決まり、今は装丁や帯の相談に入っている。
まったく、おそれおおいことになってしまい、ふと立ち止まってしまいそうになるがもう遅い。決まったのだから出るのである。

そんなこんなで少しこのブログの更新がゆっくりに(これ以上ゆっくりってどんなんやねん!という声が聞こえる)なると思うけれど、気長に待ってやっていただきたいと思う次第。けしてやめたりいたしません。
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by higurashizoshi | 2011-07-03 00:51 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(6)

見えない雲

福島の原発事故を知ったときから、ずっと一冊の本が気になっていた。
その本は、遠いところではなく、私の本棚の中にあった。
でもすぐに手に取る気にはなれなかった。

d0153627_22591520.jpgチェルノブイリの事故のあと、ドイツでベストセラーになった小説。邦訳されて、日本でも話題になったのか、どうか。そんな記憶も定かでないほど、昔の話だ。
開いてみると、ページはすっかり茶色くなっている。奥付を見ると、「昭和六十二年十二月発行」と書いてある。昭和六十二年っていつだ? 刊行物に元号しか表記がない、そんな時代の本なのだ。
チェルノブイリ原発事故が1986年、今から25年前。昭和六十二年はその翌年、1987年だ。
この本を、当時私は買ってすぐ、一気に読んだ。それから24年間、何度引越しをしたのか忘れたくらい転々とするなかで、ずっとなくさず、身近な本棚にその都度置いてきたことになる。そしてその間に、一度は読み返した記憶がある。
数年前には、たぶんチェルノブイリから20年ということで、この小説はドイツで映画化され、日本でも上映された。そのときに題名も『見えない雲』から『みえない雲』と表記が変わり、改訂版が出たらしい。

ごく最近になって、やっとこの本を再び手に取る気持ちになった。
再び、といっても、過去とはまったく違う気持ちで。まさか、日本でこんな原発事故が起き、そのただなかでこの本を開く日が来るとは思っていなかった。
つまり、私は甘かったのだ。

主人公は、ドイツの地方都市に暮らす14歳の少女ヤンナ-ベルタ。そして時代は、チェルノブイリの事故から7、8年後。つまり、この小説が書かれたときより、未来の話だ。
チェルノブイリの大事故でも原発を停止することなく運転してきたドイツで、もっと大きな事故が起きる、という設定である。
今、この小説の中の時よりもずっと先まで来て振り返ると、実際の歴史ではドイツでこのような事故は起きなかった。ドイツは脱原発に向かっていった。
事故はドイツではなく、地震の多発する狭い国土に52基もの原発を作り、さらに増やそうとしていたアジアの国で起きた。つい3ヶ月前に。

今、福島で起きていることと、ヤンナ-ベルタの周囲で起きていくことは、もちろん違いはさまざまにあるけれど、時にどきりとするほど重なっている。たとえば、高濃度の汚染地と、その外側との温度差。発生する差別。妊婦や赤ちゃんを持つ人の不安。
実際、ついこの前、福島に行ってきた人たちからこんなことを聞いた。「妊婦さんが産むのが怖いと言っていた」「もう子どもを持つのはやめます、と言っている若い女性に会った」「事情があって避難できない妊婦さんが泣く泣く中絶した」…。
小説の中でも、ヤンナ-ベルタの叔母は待望の初めての子を堕胎する。24年前にこれを読んだときも、その後再読したときも、こんなことが現実に起きるとは考えもしなかった。考えもしなかった自分が悔しい。24年もずっとこの本を持ち続けてきた意味はどこにあったのかと思う。

ヤンナ-ベルタの周囲にはさまざまな大人が登場する。反原発運動を続けてきた両親と母方の祖母。対照的に、政治に無関心で保守的で、息子夫婦の運動を軽蔑してきた父方の祖母。保身のために弱いものを平気で犠牲にする大人もいれば、身を挺して子どもを守り、社会を変えようとし続ける大人も出てくる。
まだ14歳のヤンナ-ベルタに次々と降りかかる状況はあまりに過酷で、読み進むのがつらい。それでも希望が見えるのは、彼女が自分の意志をしっかりと持っていてそれを曲げないこと。偽りをごまかさない眼を持っていることだ。

作者のグードルン・パウゼヴァングさんは1928年生まれ。少女時代はナチスの青少年組織で活躍し、熱烈にヒットラーを信奉していたそうだ。戦後は教師になり、小学校で教えるかたわら小説を発表してきた。もう83歳になるわけだが、今回の福島の事故について考えたことを、ドイツの新聞に寄稿していたと読んだ。

今は、私の持っている版はもう古本でしか手に入らないが、小学館文庫の新装版が出ている。映画化された『みえない雲』もDVD化されてレンタルにも出ていると思う。こちらはだいぶ原作とは設定やストーリーが変わっているようだけれど、観てみようと思っている。
小説を未読の人は、ぜひ読んでみてほしい。私たちが経験していること、これから経験しなければいけないことについて、深く考えるきっかけを与えてくれると思う。
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by higurashizoshi | 2011-06-18 23:06 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

春節祭

ほんとうにひさしぶりに、大きな本屋へ行った。本屋というより書店といったほうが断然ふさわしい感じの店である。地上4階分の広いフロアに本がある。無数にある。めまいがするほどある。
まず二階に行く。詩集はどこですかとたずねる。店員は記号と番号で教えてくれる。緯度と経度で位置をたどるように、詩集の置かれている棚をさがしていく。背の高い大きな本棚いっぱいに外国の詩集、そのとなりの大きな本棚4つ分が日本語の詩集と、詩の関連の本。これはなかなかの眺めだ。明石の小さな本屋では詩集といったら谷川俊太郎と相田みつをくらいしか置いていない。あと柴田トヨさんで、これは詩集のところには置いてない。

本棚を前にしてすごくぜいたくな気分になり、息を吸い込んでつぎつぎと詩集を手にとって開いてみる。
まず詩集の、本としての姿を見る。手ざわり、紙の質感、色づかい、レイアウト。かならずしも豪華なハードカバーがいいとはかぎらない。そして開いてみたときの感じ。手にしっくりと添うように、詩がひらかれてくるかどうか。ときには挑戦的に、ひらこうとしないつくりの詩集もある。
中の紙の質や色あい、活字の大きさや種類も、散文よりもっとデリケートに大切である。
音楽でいうとどんな楽器を使って演奏するかというのと同じ。書かれたことばを読み手の中で鳴らすために、ふさわしい字体と大きさ、レイアウトがある。

手に取ったとたんにがっかりする詩集もあるし、ぱらぱらとめくってみて、すっきりとなじめるのもある。肝心の中身の詩は、どれも最初の一作だけ読んで、次に行く。最初の一作を読むと、だいたいのことがわかる。たまにいいなと思う詩が冒頭にあって、でもそれが本としてすごく良い感じにできているかというと、なかなかそうはいかない。
それにしても日本では、あいかわらず詩の世界は、とても片隅の小宇宙の中でおこなわれている営みのようで、谷川俊太郎と相田みつをしか詩人を知らない人、その二人の詩しか(いや、あと金子みすゞがいるかもしれない。そして柴田トヨさんだ)読んだことがないなあという人が多いのではないかと思う。

何十冊という詩集を次々手にとって鑑賞するのは楽しかった。詩はほんとうはもっと多くの人が生きていくために必要なものだと思う。詩なのか単なるメッセージなのか判然としないことばも、たくさん今は世に出ている。はやるものは、だいたいがわかりやすい。わかりやすいことはいいことだ、谷川さんの詩だって一見わかりやすい。かといって、一読してわけがわからない前衛的な詩がわるいのではない。かみ砕きながら理解していく価値のある詩はたくさんある。

でも同時に、これだけたくさんの詩集を見ていくと少しうんざりしたりがっかりしたりしてしまう。立派な装丁の詩集は誰に向けて発行されているのだろう。有名な詩人以外のものは、ほとんど売れない。それを手にして熟読してくれるのは、きっと同じように詩を書く人が圧倒的に多いのじゃないだろうか。そして小宇宙の中で評価されたり批判されたりするのだろう。
どんなジャンルの文学より、日本では詩の世界が一番、小さく閉じているような気がして、とても残念だ。もったいないと思う。

結局、詩集は見ただけで(ほら、買わない人がここにもひとり)、別の売り場に移ってフィギュアスケート関連の雑誌や本を買って、南京町に寄ったらちょうど春節祭(中国の旧正月)で信じられないほどの人波だった。極彩色の獅子舞がにぎやかな囃子にあわせて踊っているのが、人間のたくさんの頭の上にちらちらと見えた。
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by higurashizoshi | 2011-02-06 18:49 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

ケーブルテレビに入ってみたら

去年の秋、ちょっとしたきっかけからケーブルテレビに加入し、これからは借りなくてもいろんな映画がバンバン観られるぞ…と思ったのはぬか喜びで、反対に映画を観る回数が飛躍的に減ってしまった。
理由のひとつは、わが家のテレビというのはリビングに一台だけ、ということ。
ケーブルテレビの番組表を見て、よし、これは!と思ってじっくり映画を観ようとしても、ぜんぜん集中できないのである。ひとりで観たくても誰かがいるし、チャチャとクーは突然リビングの敷物をはがしてバトルを始めるわ、そのへんの段ボールを噛みちぎるわ、うるさくってかなわない。映画を観るっていうのは私にとって神聖な行為なので、これは耐えがたい。
しかも、録画してディスクに落とせるなら、パソコン部屋にこもってゆっくり観られるのに、すべての映画にコピーガードがかかっているのでHDDに置いておくしかない。それでも番組表を見て「おっ」と思う映画があると、逃せなくてつい録画してしまう。録画した映画はどんどんたまっていく。でもリビングで映画観るっていうのは集中できないんだよ。と言いながらまた今日も『カリートの道』なんて渋い映画を録画してしまった。いつどうやって観るのだろう。

もうひとつの大きな理由、それはフィギュアスケートのシーズンに突入したこと。
これまでフィギュアは好きでずっと観ていたけど、地上波で観られるものに限られていたから、大した数でなかった。ところがケーブルテレビに加入したとたん、あるわあるわフィギュアの各国大会からアイスショーまで、試合はどれも全選手のをやってくれるし、ジュニアの国際大会から日本国内の「中部大会」なんて地方の試合まで放映してくれている。
すごいすごいと喜んだのはいいが、これらをどんどん録画していくと膨大な時間数になり、必死で録画を観ても観ても追いつかない。しかもフィギュアに詳しくなればなるほど、いろんな選手を知れば知るほど、この大会もあの大会も観たい、となってこれはもはや麻薬である。私以上にフィギュア好きになってしまったミミといっしょに、空いた時間を見つけては取りつかれたように録画を見続ける日々。

なにせフィギュアスケートはシングルならショートプログラム、フリーと二度にわたって試合があり、上位入賞者はエキシビションがある。それが男子シングル・女子シングル・ペア・アイススケートと四種類×三回だから、ひとつ大会が開催されただけでものすごい数の放送時間なのだ。それが10月のグランプリシリーズ開幕から一週間ごとに各国を転戦しながら続いて、年末に日本選手権があって、やっとひと息…と思ったらジュニアのグランプリシリーズもやってるじゃないか!ということでまだまだ録画作業と観戦は続く…。
特に最近のお気に入りはアイスダンスで、日本では選手もひと握りしかいないし認知度も低いのだが、もともと舞踏系が好きな私としては観れば観るほどおもしろく、奥が深い。
アイスダンス、今のところ私にとってのベストパフォーマンスはバンクーバーオリンピックで金メダルを取ったカナダのバーチュー&モイヤー組のこのプログラム。もはや神業というしかない美しさ。

昨秋からいろいろな事情でまた外出しづらくなったころに、ちょうどケーブルテレビに加入したので、たまってゆくストレスやつらいことをフィギュアスケートを観ることで昇華するという習慣ができあがっていってしまったようだ。
で、そうなるとますます映画が遠ざかっていく。これまでのようにレンタルして観るというのも、今はご法度なのである。というのも、そもそもケーブルテレビに加入したのは、ミミがどうしても観たかった日本未公開の映画を観るため。これまで毎月レンタルDVDに費やしてきた金額を、ケーブルテレビの視聴料に代えるという親子の固い約束で加入したのだから、ツタヤの新作レンタルなんかに眼を泳がせてはいけないのである。

映画を観るために加入したのに、かえって映画が観られなくなってしまったという、ちょっと悲しい話。でもそのうちきっと、「映画…映画を観たい…」という禁断症状が出てくるに違いない。それをとりあえず待って、家で映画を心静かに観る方法を考えなければ。
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by higurashizoshi | 2011-01-13 16:02 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

Restless

映画を観る、観た映画のことを書く、このふたつの大好きなことがこのところあまりできていない。
プライベートなことがいろいろとからまりあって、その中身についてはまたいずれ触れるとして、今はときどきパソコンに向かえるときに、これから観たい映画の予告編を探し出して観るのが小さな楽しみ。
予告編ならわずかな時間で、期待に満ちた短い旅ができる。

そんな中で見つけたのがこの映画。日本公開は未定ということだけれど、監督ガス・ヴァン・サントで主演が『アリス・イン・ワンダーランド』でアリスに抜擢されたミア・ワシコウスカ、ということだからきっと公開される…はず。
ミア(ベリーショートでとてもキュートです)の相手役の青年は、先日亡くなったデニス・ホッパーの息子、ヘンリー・ホッパー。『ジャイアンツ』に出ていた頃の若き日のお父さんに、驚くほどよく似ている。
そしてなんと、この映画には加瀬亮も出ているという…しかもゴーストの役で!?
加瀬くんは今、「SPEC」というドラマにこれまでとまったく違う役どころで出ていて、ほんとに引き出しの多い役者さんだなあと思う。

ガス・ヴァン・サント監督がこういうテイストの映画を撮るのはとても珍しい気がする。
さてどんな作品なのか、公開されたら観てみたいものだ。
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by higurashizoshi | 2010-11-18 18:55 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

ハート・ロッカー

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2008年アメリカ
監督 キャスリン・ビグロー
出演 ジェレミー・レナー アンソニー・マッキー ブライアン・ジェラティ ガイ・ピアース レイフ・ファインズ デヴィッド・モース


今年のアカデミー賞を総なめしたのは、話題の3D超大作『アバター』ではなく、低予算で製作された戦争映画『ハート・ロッカー』だった。しかも監督のキャスリン・ビグローは『アバター』の監督ジェームズ・キャメロンの元妻。この《元夫婦対決》は元妻側が圧倒的勝利をおさめ、『ハート・ロッカー』は作品賞・監督賞ほか6部門を制した。しかも、アカデミー賞史上初の女性監督の受賞。壇上でビグローの名を読み上げるかつてのウーマンリブの闘士、バーブラ・ストライザンドが感激に震えていたのも記憶に新しい。トロフィーを手にしたビグロー監督はこうスピーチしていた。
「今もイラクやアフガニスタンで命を賭けて戦うすべての兵士にこの賞を捧げます」

そう、『ハート・ロッカー』の舞台はイラク戦争なのだ。私はこのスピーチを聞いて思った。そうするとこれは、かつて『ディア・ハンター』(マイケル・チミノ監督、1978年)がベトナム戦争に狩り出されたアメリカの若者の悲哀を被害者的に描いたように(この映画もアカデミー賞を総なめした)、その戦争の大枠は見ずにアメリカ兵士の苦悩のみを強調した作品なのだろうか? これは観てみないことにはわからない。ロードショー公開は終わっていたが、ちょうど神戸で上映があったので観に行くことにした。

2004年のバグダッド。爆死した隊員に代わって、爆発物処理班に新しい隊員・ジェームズ(ジェレミー・レナー)が赴任してくる。ジェームズは必要な防護服も身につけず、仲間の忠告もきかず、スタンドプレーすれすれの行動で鮮やかに爆発物を処理していく、命知らずの男だった。彼の存在は周囲の隊員の心を揺るがし、不協和音が生じていく。
ここまでは、まるで西部劇の筋書きである。バグダッドは西部の町で、ジェームズはそこに悪者を倒し町の人々を救うべくやってきた無敵のヒーローだ。おまけに定石どおり、彼はイラク人の物売りの少年を可愛がり、ともにサッカーに興じる。西部劇のヒーローには、現地の女か子どもが必ずなつくのである。

手持ちカメラの緊迫感ある映像と、地中に埋まった無数の爆弾の処理作業という緊張度が極限まで上がるシーンの連続で、映画は観客を強引に巻き込んでいく。この巧みなエネルギーはなかなかみごとなものだ。町の中のどこに武装勢力が紛れ込んでいるかわからない状況の中で、彼らが神経をすり減らしながら命がけの作業にあたる様子はリアルだ。
そして次第に一匹狼のジェームズと同僚たちの間に友情の絆が結ばれていくはず…なのだが、ある衝撃的な出来事をきっかけにジェームズの行動はますます過激になり、ついに彼の見境ない行動のせいで班の中で大きな破綻がおきてしまう。

彼らは任務期間が明けて休暇でアメリカに帰れる日を待ちながら、危険な作業を続けている。指折り任務明けまでの日数をかぞえ、家族と無事に再会し《普通の生活》に戻ることを夢見ている。しかし、ジェームズという男はそうではない。そのことが次第にわかってくるにつれ、観客は少しずつ背中につめたいものを感じはじめる。そして映画の冒頭に唐突に置かれたテロップ、「戦争は麻薬である」の意味が浸みてくる。ジェームズにとって、びりびりと命の震える、砂と汗と硝煙にまみれた戦場こそが《普通の生活》であり、彼はけしてそこから抜け出すことはない。イラクで戦う意味など、彼は何も考えてはいない。

かくして西部劇はゆがみにゆがんで、予想しない暗渠に観客を落としこんでいく。この映画をアカデミー会員が圧倒的に支持した理由を私は知らないが、少なくともイラク戦争というアメリカが幾度も繰り返してきた《大義》をかかげての侵略戦争のひとつに、この国が疲弊し切っていたことは確かだと思う。この映画を素晴らしい戦争アクションだとか、感動作だとかいう評を目にすることがあるが、この底冷えのするような皮相な作品に私はほんとうにぐったりした。なにか身体にとても悪いものを飲んだあとのような気分になった。
けれど観たあと日がたつにつれ、じわじわといくつかのシーンがよみがえり、あれはいったいどういう意味だったのだろう、なぜあんな場面があったのだろうと気になりはじめる。そもそもビグロー監督は何を目指してこの映画をつくったのか。そう考え込んでしまうほど、アンビバレントな要素が盛られているのだ。すくなくとも私には『ディア・ハンター』の罪深さよりはるかに客観的な映画だと思えたし、自分の中でなかなか解けない問いをもたらしてくれた作品だった。
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by higurashizoshi | 2010-10-04 23:25 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

ザ・ロード

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2010年公開 アメリカ
監督 ジョン・ヒルコート
出演 ヴィゴ・モーテンセン コディ・スミット=マクフィー ロバート・デュヴァル シャーリーズ・セロン ガイ・ピアース



文明が滅亡し、地球のすべてが荒廃した未来。ひと組の父子がぼろを身にまとい、ショッピングカートにわずかな全財産を積み、南へと向かって歩いていく。もはや命の芽吹きのない世界で、口に入る食料は過去の保存食を運よく発見するしかない。
そしてもうひとつの方法、人肉食のため人を狩る集団が横行する中、父子は飢えと寒さに苦しみながら逃げ、生き抜こうとする。父は息子に言う、「善き者は人を食べてはならない」。自分たちは善き者であり、火を運ぶ者なのだと父は繰り返し息子に説きつづける。そして暖かい南の海にたどり着けば、そこで生きていけるのだと希望を語る。
しかし、父自身がそれを信じてはいないことは明らかだ。この世界で、まだ幼さの残る息子を守りながら、食料のあてもなく生きのびることなど不可能だと彼は知っている。かつて彼の妻は、この世界に絶望し、心を病んでみずから命を絶った。息子を道連れにすることを許さなかった彼に、冷酷な一瞥だけを残して。そして彼は息子と二人、生きるために南をめざして出発したのだ。
生きのびる手立てをもたない彼らが生きていこうとする、その希望なき道行きはどこに通じていくのか。彼らは善き者でありつづけることができるのか…。

コーマック・マッカーシーの小説『ザ・ロード』は、私が一昨年読んだなかで最も感動した小説のひとつだった。これがヴィゴ・モーテンセン主演で映画化されるのを知ったときから、公開を心待ちにしていた。ヴィゴほど、この作品の中の絶望的な世界を生き抜くことのできる、禁欲的で忍耐強い父親に似合う役者はいないと思ったからだ。
撮影が始まる前から、すでに原作の本が擦り切れてぼろぼろになるほど読み込んでいたヴィゴ(インタビューのとき、その本をよく手にしていた)は、これまでの役作りと同様、完璧な準備をおこなって、この父親(原作にも名前はなく、映画の役名もただ《man》となっている)を演じた。
十数キロの減量、ホームレスの人々の中に入って過ごす経験、それらはたぶん彼には当然の下準備で、むしろ精神的な意味でこの父親の役を完全に理解し自分のものにすることに、彼は精力を集中させたのだろうと思う。ハリウッドの俳優としてはまれなことに、離婚後男手ひとつで一人息子を育て上げたヴィゴは、出世作となった『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのアラゴルン役のオファーが来たとき、撮影で息子と離れるのが耐えがたく、オファーを断るところだったというエピソードが残っている。
おそらく父と息子のたった二人の絆について、彼は深く理解できる経験者であり、だからこそこの究極の父子の旅の物語に安易な感傷やわかりやすい悲哀を持ちこまないよう、厳しく自分を律した演技を貫いたのだと私には思えた。彼の演じる父親は、受難に遭う聖者のように、かぎりない慈父のように、また冷徹な動物のように見えた。

結局のところ、親が子にできること、それはほんとうにわずかなことでしかない。自分の命を張って子を守ろうとしても、自分の命は限りがある。これだけが真実であるという小さな灯を子に渡すことができたら、それだけで十分であり、この父親がかろうじてできたのもそういうことなのだと私は思った。
スクリーンの中には凍りつくような荒廃の世界があり、ひとりの父親が息子だけのために、命がけで凄惨な戦いを続けている。映画館の外は灼熱の暑さで、快適な文明が維持されている中で今日も親が子を見捨て、殺している。そのことをじんじんと感じながら映画館のシートに座っていた。
そして、この映画の中のような絶望的状況の中で、ただ子どもを守ることだけにわが身を使うことは、親となった人間にとって実はひとつの究極の幸福なのかもしれない、とも思ったのだ。それはぞっとするような、少し恍惚とする感覚だった。

原作を忠実に映像化しようとした脚本、ヴィゴと息子役の少年をはじめ、役者はみな素晴らしく、映像も美しく、とても誠実な作品であったことは心から認めつつも、私にはどうしても納得できない一点が残った。これは原作を愛読したものの見方であるけれど、原作では夢とも現実ともつかない幻想的なラストシーンの描写が、映画では一面的な結末になってしまっていたことだ。これがヒルコート監督の解釈なのか、製作側からの意図なのかはわからない。
もちろん、エンドロールに流れる音(胸を衝かれる)が原作のラストをなぞっていると解釈できなくはない。けれど私としては、この絶望の物語が最後にかすかな希望をどうつかみ取るか、そのもっとも重要な幕切れを納得できる形で見たかった。それが残念だ。
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by higurashizoshi | 2010-09-07 22:57 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

子は消ゆるもの

短歌にはほとんどなじみがないけれど、先日亡くなった河野裕子さんの名は知っていた。享年64歳、今の世では早すぎる死である。
訃報をつたえる記事のなかに、河野さんの作品がいくつか引かれていた。

たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏(くら)き器を近江と言へり
君を打ち子を打ち灼(や)けるごとき掌(て)よざんざんばらんと髪とき眠る

身体感覚をことばに結びつける、その感性が抜きんでていた人なのだなと思う。あえて直裁にものごとを描くドラマチックな歌が多く、私の好みとは少し違うのだけれど、圧倒的な才能と力は素人にも感じとれる。

朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの

この歌を20代で読んでいたら、「何をおおげさな」と思っただろう。母親のエゴすら感じただろう。一日のすべてを子とともに過ごし、その存在を確かめていなければ《子は消ゆるもの》。そんなに思いつめた母親なんてうっとうしい、そう思ったかもしれない。
でも今の私はこの歌を読んで、胸を衝かれる。そうだ、ほんとうに《子は消ゆるもの》なのだ。小さな命の、実はどんなにはかないことか。それを手のひらで包むように守り、育てていく果てしない繰り返しの日常のために、親はどんなに力をつくさねばならないか。
ミミが一歳半で入院し、回復のきざしのないまま、高熱と不安で泣き叫ぶのを病室の小さなベッドに添い寝して、幾晩も抱いて過ごしたことを思い出した。命は、まして小さな子の命は、たえまなく守り続けなければ、いや、たとえ守り続けていたとしても、あるときふっと消えてしまう。消えてしまうかもしれない。その恐怖と、親は親になった瞬間から戦いはじめる。

だから、子どもを育てるとは、ほんとうに消耗するしごとである。生半可な気持ちでできることではないのを、自分自身親になってみて初めて思い知らされた。今も思い知らされつつある。そこから与えられるよろこびと、このたえまない消耗は、いつも背中合わせに続いている。

それにしても、この歌は一歩間違うと《正しい母親》、母とはこうあるべきという理想像のように読まれてしまうかもしれない。常にわが子を手放さず面倒をみる母親、こうでなければ子は守り育てられないんだと、どこかの間違ったおやじさんが得々と語ったりしたら大変である。
そして、一面そのように受け取られかねないところが、この歌の中にはあるともいえる。自分を削ぎ落とすように子を育てゆく母親自身の、一種の恍惚感がこの歌に底光りしていて、最後の《子は消ゆるもの》で読者をわしづかみにし、見事な完結をみる。これは相当巧みな作りである。他者にほかの思考をゆるさないようなところがある。そう考えていくと、この歌は少し危険な歌でもあるような気がしてくる。

次回は最近映画館でみた映画のレビューをひとつ。今書いていたことともつながる部分もある、究極の親子の話である(こちらは父と子だけれど)。
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by higurashizoshi | 2010-09-04 14:36 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

カティンの森

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2007年 ポーランド
監督 アンジェイ・ワイダ
出演 マヤ・オスタシェフスカヤ アルトゥル・ジュミイェフスキ ヴィクトリャ・ゴンシェフスカ マヤ・コモロフスカ



数年ぶりに、ひとりで映画館に行くことができた。
そして観たこの作品は、ひとりで映画館で観るべき映画だった。暗闇の中で、たったひとりで対峙するべき映画だった。

1940年、一万数千人のポーランド軍の将校たちが虐殺された「カティンの森事件」。長く真相を語ることがタブーとされてきた、第二次大戦末期の事件である。
歴史にうとい私は、その名前と、おぼろげな知識しか記憶になかった。だが昨年4月、この事件の70年目の慰霊式典に向かうポーランド大統領ら政府高官を乗せた飛行機が墜落するという、信じられない惨事が起きたことで、「カティンの森事件」についてにわかに知ることになった。
この事件は、ナチスドイツとスターリン率いるソ連軍が、たがいを犯人として罪をなすりあっただけでなく、戦後ポーランドがソ連の衛星国となったために、さらに真相は闇へ葬られることになったという。長い東西冷戦の中で、この事件の名が歴史の表に出ることはなかった。
カティンの森で、いったい何があったのか。誰がそれをしたのか。どのようにそれは行なわれたのか。その全貌があきらかになったのは、冷戦が終わりを告げ始めた1990年。真実を世界が知るまでに、50年という長い年月がかかったのだ。

アンジェイ・ワイダはこのカティンの森事件の遺児である。彼は母とともに、父の生還を信じて待ち続けた少年時代を過ごした。父の死を知り、カティンで父たちがなぜ、どのように殺されたのかを知ったときから、「カティンの森事件」を映画にすることがワイダの生涯かけての目標となった。
私は20代のころワイダの映画をいくつか観ている。『地下水道』『灰とダイヤモンド』の鮮烈な印象、『大理石の男』『鉄の男』などもポーランドの複雑な政治状況をわからないままに、それでも興味深く観た。その後、86年の『愛の記録』以降の作品はまったく観る機会がなかった。
ワイダは『鉄の男』を最後にポーランド政府から国外に追われ、「カティンの森事件」の映画化という目標を形にできない長い歳月を過ごした。ソ連が崩壊、ポーランドの政権が変わり、やっと何の検閲も受けず、自由に作品をつくれる時代がやってきた。ワイダはそれからさらに15年以上の時をかけて、多くの試行錯誤を繰り返しながら構想を練り上げ、80歳にしてついにこの映画『カティンの森』をつくりあげた。彼の生涯に時代はぎりぎりで間に合ったのである。

ワイダの長い多彩な作品歴のなかで、この映画は集大成といえるだろうし、信じられない歳月をかけてとうとう作品にすることができた、彼の原点の具現化ともいえるだろう。
これをいったいどんな形で、どう描くべきか。おそらく多くの逡巡ののちにワイダが選んだのは、カティンの森で犠牲になった将校たちの家族、なかでも彼らの生還を待ちつつ生き抜く女性―妻たち、娘たち、姉妹たちを物語の中心にすえることだった。
冒頭、大尉の妻アンナがソ連軍が侵攻してきたポーランド東部に、幼い娘を連れてたどり着く。夫アンジェイを探しに、人々が逃げまどう混乱をぬけて、首都からやってきたのだ。アンナは、すでにソ連軍の捕虜になっていた夫とつかの間再会する。そして収容所への列車に乗せられる夫を、娘とともにむせび泣いて見送る。
ここを物語の起点として、夫を待ち続けるアンナとその娘、そして同僚の将校たちのそれぞれの妻や姉妹たちの、それからの年月がはじまる。彼女たちがみな、夫や父や兄弟の無事を祈りながら、それぞれの苦難を越えて生きていくさまが、静かに鮮烈に描かれていく。
一方、収容所に送られた将校たちの様子も並行して語られていく。はるか故郷で家族が祈っているのに呼応するように、彼らも生きのびて祖国の再生に尽くそうと自分たちを励まし続ける。しかし、将校たちの動向は、彼らが別の収容所に移送されていくという時点で、ぷつりと描写がとぎれる。

カティンの森事件の犯人がナチスドイツではなく、ソ連軍であったこと。それは、今ではスターリンがポーランドを徹底的に支配するための方策だったということも含め、あきらかになっている。ポーランド軍将校の半数がここで殺されたともいわれる。
しかし、ワイダはソ連軍が犯人であることははっきりと描きつつ、ソ連を糾弾することはしない。アンナと娘の危難を救うソ連軍大尉を印象深く登場させ、この映画の目的はそこにはないことを明確にする。
1940年、カティンの森で何があったのか。誰がそれをしたのか。
そのふたつの問いには、いわば外側から答えが提示される。ソ連の支配下に入ったポーランド国内で、カティンの森事件はむごたらしい現場の実写フィルムとともに、反ドイツのプロパガンダとして利用されていく様子が描かれる。しかし多くのポーランド人たちは、それがソ連の犯行であることを知っていて、ときには命をさらしてでもその事実を告発しようとする。アンジェイと同じ隊の中尉の妹アグニェシュカは、兄の形見のロザリオを手に断固としてカティンがソ連のしわざであったという主張を曲げず、秘密警察に逮捕されていく。カティンの遺児である若者タデウシュは、履歴書に「ソ連に父を殺された」と書き、書き直しを迫られても拒絶する。

そしてカティンの森事件についての三番目の問い―それはどのようにおこなわれたのか、について、ワイダは映画の最後にその答を置いた。
観客はすでに、歴史的事実として虐殺があったことを知り、誰が、何のために、という先のふたつの問いの答も知らされた。殺された将校たちの家族の長い苦難、ポーランドという小国の苦しみをつぶさに見た。なによりも、夫や父や兄弟を思い続ける人々の強さと深い愛情をなまなましく、身近で体験するように感じてきた。
そのように観客をワイダはみちびき、そして最後に、1940年春、雪の残るカティンの森でおこなわれたことを見せる。見せるというより、そのただなかに観客を放り込む。
そこに立たされたどの男もどの男も、愛する家族があることを私たちは知っている。彼らに、虫けらのように殺される理由などないことを知っている。
このシーンが残酷であるとしたら、それはワイダがすさまじい執念で《事実》を刻みつけようとしたからだ。どうしても絶対に、カティンの森での虐殺とはどのようにおこなわれたのかを、彼はフィルムに刻みつけたかった。ただの再現ではなく、《事実》として。

ラストの数分、私はこのことを受けとめなくてはいけない、受けとめなくてはいけないと思いながら、涙と震えがとまらなかった。映画館を出て、駅までの道を歩くあいだも涙が流れつづけた。外の風景がまるで違ってみえた。
人間はなんて残酷なんだ、なんということをする生きものなんだ、そう思い、自分もそういう生きもののひとりであることを忘れてはいけないと思った。
もちろん映画は《事実》ではない。《事実》は過去のその場所にしかない。けれどぎりぎりのところでワイダはそれをフィルムの中に作りあげた。そうするしかなかったのだし、そのようにして「カティンの森事件」は後世に伝えられていく新しい形を得たのだと思う。
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by higurashizoshi | 2010-07-06 14:13 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

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