ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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誕生日と卒業式

3月12日、震災2年目の翌日。
タタは18歳の誕生日をむかえた。
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17歳と18歳って、自分がなったときの記憶(太古…)からいっても、ずいぶん違うものだと思う。
ふわふわした少女時代から急に大人の領域に入るような、ちょっと気重な、反面すこし誇らしいような、そんな感じ。

18歳の誕生日プレゼントにタタがリクエストしたのは…

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なんとパスポート。
すぐに海外に行く予定が立ってるわけではないけど、遅くてもこの1、2年の間には、これを使う機会を作るつもりらしい。
パスポートのとなりは、ミミ手作りのバースデー・カード。

ここまで苦しいこともたくさんあったタタ。ずいぶん落ち着いて、すっかり大人っぽくなった。
誕生日が来るたび、いろいろなことを思い出し、ここまでよくがんばったなあと毎年思う。
高校の転校を決めて、また4月から新たなスタートになる。


そして偶然にも、この日はミミの中学の卒業式だったのだ。
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結局、自分の考えをつらぬき、小学校も中学校も一度も、一日も行くことなく義務教育を終えたミミ。
学校に行っている子どもたちに対して、何の劣等感も負い目も持つことなく、自分の好きなことをとことん追いかけて学び、ほんとにマイペースで育ってきた。

ホームスクーリング(ホームエデュケーション)で育った子どもの中でも、ミミのように最初からまったく学校に行かなかったというのはめずらしいので、タタとはまた違った意味で「この子はどんなふうになっていくのだろう」と思いながら見守ってきた。
4月からは、生まれて初めての学校に通いはじめるミミ。
さて、どんな日々が待っているのだろう。


2人の娘がこうして成長し、だんだん大人の女性に近づいていくのは本当に不思議。ちょっと前まで、あんなに手のかかる小さな子どもだったのに。
命が無事に育っていくありがたさ、稀有さをいやというほど見てきたこの年月を経て、娘たちへの思いはいっそう濃くなってきた気がする。

さて私のほうも、実はただいま求職中。うまく仕事が見つかれば、この春は私にとっても新しいスタートになる。
といいつつ、次回からはフィギュア世界選手権の話に突入しますよ~
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by higurashizoshi | 2013-03-16 13:41 | 不登校とホームスクーリング | Comments(4)

東京5日間

タタとミミとともに、東京に4泊5日してきた。

大好きな神保町。
子どもたちは幼少のころ以来で、ほぼ初めての印象。
その独特の文化の香りを楽しんでいたようだった。
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収穫。
ピアフの10枚組CDが1300円…
最近フランス系に寄っているので、おさらい。
あと、昔の上映当時買えなかったテホ・ドライヤー『奇跡』のパンフ発見。
私の生涯最高映画のひとつ。
大手拓次詩集など詩関係もいくつか。
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毎年参加しているホームシューレ全国合宿。
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今回は、タタが自作のイラストをポストカードにして販売した隣で、私も前回ブログで紹介した「シネマひぐらし」を詩集とともに売らせていただきました。
(福島の子どもを招く保養キャンプ「たこ焼きキャンプ」のリーフレットも配って宣伝につとめたのでした)

「シネマひぐらし」も詩集も、たくさんの方に買っていただきました。ありがとうございました~
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お会いしたことのなかった方から、
「ひぐらしさんですか? ブログいつも読んでます」
と言われることがちらほら。
うはー恥ずかしい。でもありがたい。

ちなみに「シネマひぐらし」は、もし読んでいただける方があればコメント欄にご希望を。
個人的に連絡できる方はメールしてくださいね。

今回の東京行きは、このほかにも友人に会ったり結構いろんなことを詰め込んでいたのだけど、わりあいゆったりした気持ちで楽しめたと思う。
子どもたちも大きくなり、時には別行動しながら過ごせたのも成長の証。


そして帰ってきたと思ったらフィギュアスケート四大陸選手権の生観戦が待っていたのでありました。
その話は明日以降に書きます。ううう…
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by higurashizoshi | 2013-02-09 16:42 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

もうひとつの場所

また8月の終わりと9月のはじめがやってきた。
夏休み明け、この国のあちこちで何人もの子どもたちが命を絶つ。
理由が《いじめ》であろうと、他人が推し量ることができないものであろうと、少なくともこの子たちは行き場がなかったのだということは確かだと思う。
学校へ行きつづけるか、誰も届かない場所に行くか。その二つ以外には。

ずっと昔、中学生だった私は考えていた。
自分が死んだら、あの子たちはきっと罰せられる。そのほかに、あの子たちを正当に罰する方法はない。だったら死のう。
そして別の日には、また考えていた。私ひとりが死んでも、あの子たちは驚くだけで罪など感じないだろう。理不尽だ。悔しい。命を捨てても無駄だ。

私がその後も生きていたのは、私を人間扱いしてくれる別の世界があったからだ。
教室では私はモノのようだった。でも教室を出たら私は誰かに愛される人間に戻れた。
今、子どもたちの世界はもっともっと容赦なく厳しいだろう。プライドがはぎ取られ、なまぬるく巧妙に孤立させられ、そして受けいれてくれるもうひとつの居場所がない。隙間がない。

あのころ、教室までの階段を毎朝のぼるときの、体ごと呑まれていくような感覚を今もおぼえている。長い昼間の地獄が待っていることを知りながら、私は階段をのぼっていくしかなかった。
もしあの状態がもっと長く続いていたら、持ちこたえられていただろうか。学年がかわり、潮がひくように、私が標的であることから逃されていなかったら。

学校が世界のすべてであるような、日本の子どもの環境は異常だ。
何十年もたっているのに、そのことは変わらないどころか、もっと悪くなっているようにみえる。
生き続けられないほどの苦しみを負わせる場所なら、その子はそこにいてはいけない。
それなのに「そこにいろ、もっとがんばれ」と大人が言うなら、それは絶望しろということだ。きみの味方はどこにもいないと宣告することだ。

今日もニュースでどこかの教委が語っていた。「命の大切さを指導してきたつもりだったのに」と。
夏休み明け、たったひとりで死んでいく子たちは、命の大切さを知らず、捨てていくのだというのだろうか。
絶望しつくして、もう吸う息も吐く息もなくして、ほかに行くところがなくなってこの子たちは行く。学校ではないもうひとつの場所へ。
その場所が死でしかなかったこと。
その現実を前に、この国の大人は、こんな言葉しか言えないのだろうか。


東京のフリースクールの子どもたちが文科大臣に直言に行き、「苦しむ子たちには、学校に行かなくていいと明言してほしい」と訴えたニュース。
http://news.tbs.co.jp/20120831/newseye/tbs_newseye5120515.html
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220831047.html

提言の中身には、「学校教育がすべてである現状を変えてほしい」という大切な訴えが入っている。

登校か、死か。
そんな異常な選択しかない岐路に子どもたちを立たせているのは、私も含めたこの国のすべての大人たちだ。


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by higurashizoshi | 2012-09-06 23:17 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

ママ友ではなく友である

東京・群馬に行って友人たちに再会し、最後の2日間はホームシューレの全国合宿で、たぶんこれまでの合宿で一番充実して楽しかった。
ホームシューレはかつてタタとミミのために参加したのだけど、今は子どもたちより私自身がそこでの友人関係に支えられているかも。遠くにいてふだんはほとんど会えないし、考えてみれば顔を合わせてじっくり話したこともあまりなくて、メールのやりとりやホームシューレの親サイバーの書き込みで交流してる程度という人も多い。

子どもが学校に行かず育っている、そのことを積極的に「いい」と思っている。
共通点といえばそういうところ? でもいわば、みんなが電車で行くところを徒歩で、地図もなく行くという人生を選んで、それを楽しむというのは、なかなか渋い方たちではないか。そのあたりがウマが合うというか、信頼感がすーっと通うのだろうなと思う。

私自身は地元で「あそぼうかい」のつながりもあるし、「ホームスクーリングネットひめじ」でのつながりもあるし、そのそれぞれで少しずつカラーが違っていて、そしてこのホームシューレでもまた違う面白さがある。
「あそぼうかい」は多種多様な子どもと大人の交差点のような場所で、「ホームスクーリングネット」はまさにホームスクールを実践する家庭的なつながりの場。しっかりと家庭を守っている《お母さんらしいお母さん》が多い。
ホームシューレは会員も全国に散らばっていて、家庭のあり方もそれぞれで、専門職で働いている親も多く、個性的な人がたくさんいる。今回の合宿でも、元来《ママ友的社交》がものすごく苦手な私にとって、よけいな気づかいなくスッと話せる人が不思議とここには多いなぁと改めて思った。

世間一般(といっては変だけど)のお母さんたちと話すと、「そこまで自分の子どもを悪く言わんと社交できんのですか?」と言いたくなることがしばしばある。
何もできない、言うこときかない、成績悪い、それにくらべてお宅は(もしくはどこどこさんちは)いいわねー、これからが楽しみねー。
ほんとは自分の子どもなんだからかわいいだろうし愛してるだろうに、なんだかそんなこと言ったら村八分になってママ友界の座敷牢に閉じ込められちゃうかのようだ。と思うはしから身体がムズムズしてきて、早く家に帰りたくなる。

ホームスクーラーやホームエデュケーション(それにしても何か統一したいい訳語はないものか)を選択した親と話すと、こういうよけいなストレスがなくて大変気持ちがよろしいのである。
もちろん、ときにガッツのある母に出会い、子どもが学校行きつつとってもいい感じに個性的に育っていて、「おっ」とうれしくなることはある。要は自分の人生を自前で選んで自前で生きてるかどうかということなのだ。学校に行ってる/行ってないは表面にあらわれる形にすぎない。他人と比較して上か下かとやっている限り、「これでいいのだ」という平穏は得られない。

と、エラそうに言っているが私自身がこんなふうに考えるようになるのには高い高い授業料が要り、それこそ七転八倒、暗中模索、人生底なし、ディープリバーを溺れ泳ぎながら息つぎの仕方をようよう覚えて今に至るのである。
つまりそのくらいの経験をしてやっと、こんな簡単な真理にたどりつけた程度に、私は無自覚でおろかな親だったということ。
とりあえず「いい母」じゃなくても、ちゃんと「母」になれたと思えるようになったのも最近のことだ。

私の個人的にすごく親しい友だちは、独身だったり子どもがいない人がなぜか多くて、私自身そういう友と話すほうが楽だったりする。
とはいえ親として分かち合いたい感情とかもあるわけで、それだけどママ友苦手な私にとって、ホームシューレをはじめとする親同士の関係は稀有なもの。いずれ子どもたちがもっと大きくなってホームシューレを《卒業》したあとも、このつながりを続けたいね、と合宿の夜の大女子会(?)で語り合ったのがうれしかった。老後の楽しみが、またひとつ。


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by higurashizoshi | 2012-04-03 15:36 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

学びについて、思うこと

タタが通信制高校に入って4ヶ月近く。ようやく一年次の前期が終了した。
小1のなかばから、まったく学校に行かずに育ったタタにとって、《学校》と名のつく場所はなんと9年ぶり。通信制とはいえ、どんどん押し寄せるレポートの〆切り、月2回のスクーリングは朝から夕方までびっしりの授業。体育なんてものもあるのだ。毎回へとへとになりながら、とりあえず夏休みまで何とかよく乗り切ったものだと思う。

これまでの険しい道のりを考えると、ただ元気になってくれただけで十分すぎるほどで、私にはそれ以上のことを望む気持ちはない。
昨秋、突然タタが「わたし、高校行ったほうがいいと思う。」と言い出したときは驚いた。
タタの気持ちがこの先に向けて動き出したことはうれしかった。ただただ、回復し、生きていく方向へタタがむかっていくことがありがたかったし、私にとっては、それが高校進学である必要はなかった。でもタタは自分なりに考えて、高校に行き、この先の自分の道を考えてみようと決めたようだった。《学校》!…思ってもみなかった展開に、私のほうが戸惑ってあたふたしていた。

4月、スクーリングに行きはじめた最初のタタの感想は、
「学校って、疲れるー」だった。そりゃ、そうだろう。学校は不自然で、疲れるところなのだ。学校には、学校にしかない不条理がある。私は毎回、狼の群れに羊をそっと放つような気持ちでタタを送り出した。タタは小さなころから、自分で決めたことはやる人である。私は私の心配でその邪魔をしないように、アッケラカンと笑顔で送り出し、出迎えるようにした。スクーリングの回数をかさねて、少しずつタタも慣れ、やっと小さなお弁当を食べ切って(最初はまったくのどを通らなかったらしい)帰れるようになった。

次の難関はレポート。各教科細かく〆切が決められていて、出かける日が続いたり何かに熱中したりしていると、アッという間にどれかの〆切を過ぎてしまう。これまでは自分の時間をたっぷり自由に使えていたタタが、初めて《追われる》状況におちいってしまった。
しかも内容は思いっきり学校勉強である。家じゅうの大人の本を片っ端から読破してきたタタが、国語の設問につまづく。『このときの主人公の心の動きをあらわす言葉を文中から十五文字で書き出せ』。そんなの文中にないよと言う。私が読んでもそんな十五文字はない。きっと著者にも見つけ出せないだろう。「こんな問題、どんな意味があるの?」とタタ。
数学は3けたの足し算引き算の世界から、一気に短期間で因数分解や二次方程式にたどりつかなければならなかった。階段を三段飛ばしで駆け上がる勢いで、ぐんぐんタタはのぼっていった。当然、息切れはするし、疲れもする。何度もへたりつつ、またのぼる。私はサポートしようにも、数学なんてすでに中学1年くらいの段階で記憶がとぎれているので、教えるなんてものじゃなく、一緒にウンウン考えて答にたどりつく繰り返し。因数分解がわからなくても、平方根を忘れても、日常生活には何の不便もないよなあと思いながら…。

一方、ちょうどタタが高校に行きはじめて間もなく、ミミが「英語やりたい」と言い出した。
洋画大好きのミミは、せりふを聴きとれるようになりたい、かっこよく英語を話せるようになりたい、筆記体をさらさらと書いてみたい、とあこがれ一杯。もともときちんと日課をこなすのが好きで根気づよい人なので、「毎日やる」と自分で決めると、もう一日もかかさない。今日まで休むことなく毎日続けている。といっても、ラジオの中学生向け英語講座は「ノリがいや。」人気の『リトルチャロ』も「声がいや。」…で結局、つたない母が教えることに。
さびついた英語の口をがんばって覚醒させつつ、アルファベットから始まって、今は簡単な会話や身近な単語の書き方などをやっている。ミミの学習意欲はすさまじいもので、一時間以上勉強して、「今日はこのくらいで終わりに…」と言うといつもさびしそうな顔でテキストを閉じようとしない。とにかく新しい言葉を覚えて話すのが楽しくてしかたがないらしい。
学校とちがって、いつまでにどこまで進まなければいけないという制限はないから、「じゃあもうちょっとやるかね?」となってあちこち興味のおもむくままにムダ話もまじえて楽しく英語散歩をする。これが私にもずいぶん発見があっておもしろい。ああ、私もミミの年頃に、強制じゃなく、こんなふうに勉強できてたら英語が好きになってただろうにな…とふと思う。

学校勉強の世界に飛び込んで、追われる身になったタタと、自分から学びはじめて、楽しく進むミミ。
タタは自覚的にチャレンジしているので、苦労も引き受けてがんばっている。りっぱだと思うけれど、学ぶ楽しさという点では、これまでの自由なありかたとはまるで違う。見ていて思うのは、やらされるより、自分からやりたくてやるほうが確実に学びの力は伸びる、ということ。
タタも今の《階段飛ばし上り》から一息ついたら、世の中のへんてこな法則も身につけつつ、また学ぶ楽しさを新たに見つけてほしいなと思う。で、何十年ぶり?で数学や英語に毎日触れることになった私も、サビを落としてちょっとましな頭へと成長するべし、ということなのか…? ぼちぼち、がんばります。

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ふー。
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by higurashizoshi | 2010-07-30 13:29 | 不登校とホームスクーリング | Comments(8)

たくさん話した

あああ、日のたつのはなんと速いのでしょう。そして私の文章作成はなんて遅いのでしょう。この何日もの間にも書きたいことがいっぱいあり、観た映画も何本かあり、そのなかでレビューを書きかけているものがいくつかあり、だけどアップするまでにはなかなかたどりつかず…。遠くの友の体調がよくないのを案じ、何もできなくてギリギリし、そうこうしてるうちにネコちゃんずのごはんにアリがたかるわ、キッチンに小バエが大発生するわ、出かけなくっちゃいけない用事が重なるわで、あっちこっちへうろうろ…。

とにかくまず近いところから書いておくことにして、昨日のことを。
毎月やっている「あそぼうかい」、気持ちのいい晴天で昨日も盛況だった。木々は新緑をすぎて夏の色へ。そして昨日は、はるばる奈良と京都からホームシューレ会員のMさんとSさんが来てくれた。あそぼうかいは、子どもたちが遊ぶかたわらで、大人たちもそれはそれはよくおしゃべりするのだけど、昨日も来てくれたお2人もふくめ、いろんなことを延々と話した。おまけに地元新聞の取材などもあったので、いったいどれだけしゃべったんだか…。
こういう取材を受けるといつも思うのだけど、不登校=ドロップアウト、学校行ってない子の親=苦悩中、という世間一般のイメージをもって取材側は必ずやってくる。「不登校のお子さんを抱えて、いかがですか?」という感じで。そこにいかに《うっちゃり》をかますか、というのが大事。
人の価値観を急に動かすことなどもちろんできないから、取材側の不登校イメージを簡単にくつがえすことなんて無理だ。まずは、広場で遊びまわっている子どもたち、この子もこの子も学校行かずに育ってるんですよ、という実在感を見てもらう。そして、親たちもやたら笑顔で楽しそうに集っている姿も見てもらい、話の輪に入ってもらう。この時点で、けっこう衝撃をうけたり、不可思議な顔になっている取材者の方も多い。話をすると、もちろん考えや立場の違いから、なかなか話がかみあわないこともしばしば。でも少なくとも、自分のいだいていたイメージは何かちがうぞ、と感じてもらえたら第一歩として十分なのだ。
昨日は取材の方にわが家のこと、タタやミミのこれまでのことなどもいろいろ話さないといけなかったので、注意をはらいながら話した。

さてMさん、Sさんとの話は楽しかった。ホームシューレでは、もう学校に関係なく子どもを肯定して、家で育つことをあたりまえとして見ている人が多いから、昨日来てくれたお2人も、あれこれ説明しなくてもすっとわかりあえる感覚があった。ホームスクーリングネットの方も来ていたので、そちらとももう少しいっしょに話ができたらよかったのだけど、またの機会を待とう。

家に帰ると、どっかーんと疲れてなぜか腰痛が…。ほんとは人と話すのが得意でない(ウソでしょうと言われるけどほんとはそうなんです)。人と話すのは好きなのだけど、話すということは、自分というものを説明することだから、むずかしい。おそろしいことのようにも思う。そういうことを一度にたくさんやると、しばらくひとりでじっと静かにしていることが必要になる。でも、人はおもしろい。人と会うのは楽しい。

さて、明日はなんとか時間を作って、ライブに行った話を書くつもりです。
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by higurashizoshi | 2010-06-10 23:35 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

卒業

昨日、タタは義務教育を終了した。
長い長い9年間だった。ほんとにいろいろなことがあった。学校とはふだん無関係に暮らしていても、やっぱりいつもどこかで縛りを感じていた。
小1の冬を最後に、小学校にも中学校にも籍だけ置いて一度も行かなかったタタ。ホームエデュケーション/ホームスクーリングというありかたを知り、家で育ち、家で自分のペースで学ぶことがあたりまえになり…そんな生活の中にもたくさんの山や谷があった。

思いがけないことに、タタは中学の卒業証書を自分で受け取りに行きたいと言った。私の内心はオヨヨである。しかしタタはこう言ったのだ。
「自分で行って、ちゃんと受け取らないと、なんか負けた気がする。」
む? 勝ち負けの問題か? いや、タタのことばの意味はたぶん、《堂々と家で育つ子》と《世間から見た不登校》との間を揺れ続けたこの長い年月に、自分の手で区切りをつけたいということなんだろう。いつも、自分の意思をはっきり持ち、きっぱり行動するタタ。精神的につらい時期も、それがたわめられることはなかった。

卒業式はもうとっくに終わったあとの、静かな夕方の中学校。
セレモニー抜きでお願いします、とあらかじめ頼んでいたけれど、校長室に担任の先生が紋付袴で入ってきたときは(どひゃ)と思った。校長先生だってモーニングである。
校長先生が卒業証書を読み上げタタに渡した。中1のときの担任のH先生がはなむけの言葉を言ってくれた。タタはすっきり立って顔を上げていた。
H先生は三年間一度も会ったことのないタタのことをずっと気にかけてくれていた人である。いつか読んでもらえたらと、タタにあてた手紙も受け取っていた。タタが不調の間はとても見せることはできなかったが、最近になって渡した。読み終わってタタは、
「こんな先生もいるんだね」
と言った。
タタに初めて会ったときのH先生はうれしくて照れくさくて体じゅうモジモジしていた。学校という場所でこんな人に出会えたのも、タタの運の強さかもしれない。

校門を出て、冷たい雨と風の中を家まで歩いた。遠くの空は雲が切れて、陽がこぼれはじめていた。不思議な天気だった。
「今日をもって、タタは義務教育期間を終了したんだよ」
と私が言うと、タタは眼を丸くして、
「あ! そうか!」と叫んだ。
「おめでとう」と心から私は言った。タタはすごくいい笑顔でわらった。

こうしてタタは自分なりの《おとしまえ》をすっきりとつけた。尾崎豊の歌とはまるでことなった日々だけど、それはやっぱりひとつの
《この支配からの、卒業》
だったんだと思う。これからまた、新しい時が始まる。タタの背中を見ながら、よっこらよっこら私も歩いていくことにしよう。
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by higurashizoshi | 2010-03-11 23:11 | 不登校とホームスクーリング | Comments(10)

東京・群馬への旅(その2)

私は子どものころから、自分の家の布団以外では眠れないというやっかいな癖をもっている。だから旅の2日目の朝も、ほとんど寝てない状態で起き上がることになった。ぼけぼけのまま荷物の整理。昔住んでいた近くなのでとっても懐かしい下北沢の街に出て、軽く食事して、さて今日の目的地は夢の島である。

夢の島で何があるかっていうと、わが家がもう何年も会員になっているホームシューレの全国合宿(くわしくはこの記事をどうぞ)があるのだ。これは日本各地にいる《学校に行かず家庭で育つ子どもとその親》が年に一度集まって、お泊りしながら交流しようという一大イベント。今年は100人以上が参加すると聞いていたので、なんだかすごいことになりそうだ。

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夢の島は夢とはほど遠いような妙にさびしい感じの場所だった。でも、宿泊もかねた文化スポーツ館の会場に入ると、いきなり熱気むんむん! 全国合宿には以前参加したことがあるとはいえ、長いブランクのあとなのでさすがにタタもミミもちょっと緊張ぎみだ。
私はネット上では親しくなっていてもまだ一度も会ったことのなかった何人もの人に、ここで一気に会いまくることとなり、おまけに何年ぶりかのなつかしい再会も多々あり、ふだん人慣れしてない私の頭はしだいにぼややんと…。その間、タタとミミは子どもコーナーに行って、ほかの子たちとひたすらイラスト描きをしていたらしい。

さて、初対面&再会の嵐もさることながら、会場で夕方から開かれる「子ども市」という自作品の展示・販売で、私は重要な任務があったのだ。ホームシューレ会員でうちの娘たちの地元の友だち・Sちゃんが作った絵本を展示するのである。Sちゃんは今回来られなかったので、この世界でたった一冊の手作り絵本を私が預かってきて展示することになったというわけ。責任重大で手が震えますがな…。どこかでなくしたら、汚したら、なんて考えると卒倒もの。とにかくちゃんとこの絵本をみんなに見てもらって、無事に本人の手に返すまでは気が抜けない!
ホームシューレには子ども会員の月刊交流誌があって、Sちゃんはそこで大変人気のあるイラスト&文章家。あのSちゃんの! ということで「子ども市」が始まるとじきに行列ができるほどで、絵本はたくさんの人に見てもらえた。d0153627_182848.jpg












で、その横でひっそりと(?)ミミは手縫いの人形服を展示していたのです。d0153627_1843973.jpg自分の世界をしっかり守っているタイプのミミが、ここで展示をしようと思い立ったのはかなりの変化。山ほどあるコレクションの中から比較的おとなしめの服を選んで、実にひかえめな展示だったけれど、いろんな人に声をかけてもらえて感想を聞かせてもらい、すごくいい経験になったと思う。例の《ジゼルのドレス》も展示したので、「やっと本物が見られた」って喜んでくれた親子さんがいて、びっくりやらうれしいやら…。
「子ども市」には個性あふれる手作りの品がたくさん並んでいて、たいへんなにぎわいだった。

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子どもは学校に行って育つもの、と思っている大多数の人たちには、こんな世界があるということはほとんど知られていない。ある意味「秘境」みたいなもの、なのかもしれない。学校に行かず、家庭をベースに育っている子どもとその親が100人以上も集まって、しかも深刻に悩み相談とかしてるんじゃなくて、親も子も遊びやおしゃべりに花を咲かせてあっちもこっちも笑いが絶えないなんて、多くの人には想像できないんじゃないだろうか。
もちろん、親同士の話し合いの中には、学校とのつきあい方に悩む人、この国の「学校至上主義」な社会通念からくるあつれきにしんどい思いをしている人の声はいろいろ出てくる。わが家もさんざんあれこれ経験してきたことだ。フリースクールの認知度は少しずつ上がってきたと思うけれど、学校にもフリースクールにも行かずにホームエデュケーション(ホームスクーリング)していますというと相手はポカーンとし、場合によってはパニックになってお決まりの「社会性」「集団生活」「学力」「将来」などなどの詰問オンパレードになりかねない。
学校以外の育ち方があっていいのだ、それが認められるようにというシンプルな願いは簡単には認知されないだろうけれど、元気をたもちながらいろんな人とつながりながら、多様さがうけいれられる世の中をめざしたいとあらためて思えた。

この日は《夜の部》(ビールあり)もあって、さらに宿泊の部屋で大人同士のおしゃべりも楽しみ、そしてやっぱり私はよその布団ではまったく眠れず(タタとミミはぐっすり!)、またまたぼけぼけの翌朝は登山家でありホームシューレ会員でもあるTさんのお話をみんなで聴いてから、名残惜しくみなさんと別れを告げた。
それから私たち3人は一路都心へ。次の予定は旧友との再会…。
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by higurashizoshi | 2009-12-15 18:27 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

姫路へ

一年何か月ぶりかで、姫路に行った。
以前は、明石ではじめた「あそぼうかい」の姫路版に毎月、お城前の公園に行っていたし、ホームスクーリング家庭のネットワーク「HSNひめじ」の月一回のサロンにも参加していた。姫路はタタとミミの親友が住んでいる町でもあり、なじみ深いところだった。
明石から新快速で、25分ほど。乗ってみればけっこうあっという間で、ああこんなものだったっけ…と思う。
姫路の駅は大規模な改装が進んでいて、ひさしぶりに来た私たちは浦島太郎状態。なんとか地上に出て、見知ったバス停にたどり着いた。駅前の大通りのかなたに眼をやると、小さく姫路城が見える。また会えたねえ…と心でつぶやいた。
目指すKさんのお宅まで、バスで10分あまり。「HSNひめじ」のサロンは、しばらくお休みしていたのがちょうど先月から再開されたところで、Kさんちのかわいらしいリビングルームと和室は20人近い子どもと大人でいっぱいだった。

「やっと会えたわね」とKさんがハグしてくれたとき、長い時間が流れたことが不思議な気がした。タタとミミは和室で子どもたち同士で遊び、大人はリビングでいろんな話をする。
手作りのいちごのロールケーキを食べながら、生クリームはやっぱり「よつ葉」よねえ、とか、発達障害と特別支援学級の話、学校とのつきあいの体験談、世界には自分と似た人が3人いるんやて、ほんまかなあ? とか、子どもが家でどんなふうに学んでいくかという話…。
大人の輪に入っていた17歳のAちゃんはデモクラティックスクールに行っていて、自分が書いている小説の話をしてくれた。作曲も好きでよくピアノを弾いてるそうだ。

私は、以前ならあたりまえのようにしていた《大勢の人といっぺんにしゃべる》というのを、自分がいかに長いことしていなかったか、よくわかった。前後左右の人がいろんなことをしゃべっているのを聞いて、キャッチして、話に入って、というのはずいぶんテクニックがいることなんだな。ちょっとぼうっとすると、いろんな人の話し声が頭の中で交錯してワンワンして何がなんだかわからなくなってくる。
タタがたくさんの音や声の重なりを苦痛に感じることや、聞きわけて対応するのがむずかしくしんどい気持ちが、少しだけわかった気がした。
この一年半ちかく、私はほんとうに家族以外の人のいない世界に生きていたんだな、と実感した。

それでも、この日は楽しかった。タタもミミも元気だったし、私もたくさんの懐かしい人に会えて、いろんな話を聞けた。
帰路、タタは電車がだいじょうぶだろうか、と思ったけれど、車内が意外に空いていたこともあって、スムーズに帰ってこられた。
少し前なら、こうやって出かけたらどっと疲れるのはタタだったのに、今回はタタは帰宅後も元気で、私の方がへろへろで、晩ごはんを作って食べたら力尽きてしまった。
「ああ…うちは静かでいいなあ…」チャチャと寝っ転がって天井を見上げていると、あんなに外に出たい、人と会いたいと思い続けていたのに、どうやらこの間に私の体質は変わっちゃったらしいぞと改めて思った。

ぼちぼちと、リハビリということか…。
いや、新しくもう一度、外の世界とつきあいはじめるという感じかな。
半分眠りに落ちながら、それはなかなかいいなァと思い、私はいつしか幼い子のようにコトンと寝入った。
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by higurashizoshi | 2009-03-01 09:12 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

花びらのおみやげ

ミミが公園の「あそぼうかい」へ行ってきた。
毎月第2水曜に開いているもので、広い公園の奥の遊び場が会場。
うちのように学校に行かず家庭で育っている子どもたちや、フリースクールに通っている子どもたちがやってきて自由に遊ぶ。
親たち、スタッフ、子ども好きなお兄さんたちやボランティアの学生さんなど、大人もいろんな人が集まって、おしゃべりにも花が咲く。

いちおう世話人ということになっている私が、ここに行けなくなって半年近く。
ミミは「あそぼうかい」の仲間が送り迎えしてくれて、毎月楽しみに公園に行っている。
この「あそぼうかい」をいっしょに立ち上げたMさんが、いつも大黒柱としていてくれるので、今の私はすっかりおまかせ状態だ。

ミミは仲よしの友だちといっぱい遊んで、とってもいい顔で帰ってきた。
「ひさしぶりにケイドロした」と言っていた。
桜が満開でとってもきれいだったと、落ちた花をいくつも持って帰ってきてくれた。
「ほら」ってミミが開いた手帳の間にも、桜の花びらがいっぱい。どのページも、どのページも…。

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「あそぼうかい」をしている場所は、この季節、実は隠れた桜の名所。
公園の中でももっと駅寄りの方は、このあたりでは有名なお花見どころなので、すごい人が集まり、かなり騒がしい。
でも公園の奥の奥にあるこの遊び場にまでやってくる人はほとんどいない。
遊び場のそばのゆるやかな丘陵に桜の木がいちめんに植わっていて、静かな中で霞に囲まれているような夢見心地が味わえる。

今年の私の桜は、ミミが持って帰ってくれた小さな花びら。
でもそれをとってもきれいだと思う。これまで私、こんなにていねいに、桜の花びらを見つめていただろうか。
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by higurashizoshi | 2008-04-11 13:14 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

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