ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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カテゴリ:雑感( 171 )

15日

前回書いてからちょうど半月。
ヨーロッパ選手権についても、全米のカップル競技についても書けてなくて、もう明日には四大陸選手権が始まろうというところ。

半月、つまり15日というのは私にとってひとつの区切りで、それは単にひと月の半分ということだけでなく、父の月命日が15日、父の誕生日も偶然15日だったので、毎月15日になると「ああ今月も、はや半ばだなあ」と思うと同時に、父の死と誕生、ひいては命の終わりとはじまりに思いをはせることになる。

今日は、父が逝って一年と三か月目の15日。昨日のバレンタインは、呑み助だったのにチョコレートだけは好きだった父に毎年あれこれと選んだチョコを贈ったことを思い出しながら、職場であるカフェのお客さんに小さなチョコを配った。
いつも静かにコーヒーを楽しんでいる高齢の男性が、「これはこれは、ありがとう」と言いつつ、
「娘もいつも義理チョコをくれるんですけどね」
と照れくさそうに言われたのを見て、胸がきゅっとなった。
しあわせは小さな小さなかたまりになってひっそりとしているので、人はたいてい過ぎてからそれに気がつくのだと思う。

この半月の間に、新しくバッハ専門の小さな合唱団に入ることになったり、親族の誕生日を盛大にお祝いしたり、保養キャンプの学生ボランティアのイベントをやったり、教育関係のフォーラムにホームスクーリングの話をしにいったり、シネマ歌舞伎で「阿弖流為」を観て興奮したり…と実にいろいろあった。
たった半月でも、経験し、成長し、消耗し、喜び、あきらめ、私は確実に前に進み、そして確実に死に近づく。相反する真理がいつもそこにある。



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by higurashizoshi | 2017-02-16 00:17 | 雑感 | Comments(0)

年頭ごあいさつ

2017年、あたらしい年が明けました。
元旦恒例の親族宴会でどうやら年末からの疲れがドッと出たらしく、昨夜から少々体調崩してしまい、今日2日は友人宅の新年会をキャンセル。ぼよーんと家で過ごしております。
昨日は往復車だったのでアルコール飲んでないのにナゼ?という素朴な疑問を抱く酒飲みの私。まあ今年は健康に気をつけよということなんでしょう。

新年早々、大ちゃんが氷上ウエイターになってクルクルいろんなことをする姿を見せていただいたり、今年は彼もフィギュアスケート×歌舞伎という試みに挑戦するとのことで、新たな活躍はほんとうにうれしい限りです。
ファンといっても私はスケートする高橋大輔さんにしか興味がないので、昨年キャスターとしてリオ五輪含めたくさんテレビに出ていたのも、フィギュア関係以外はそんなにマメに観てはいないんですよね。でも、とにかくスケートの世界に戻ってくれたのみならず、彼がインタビューでついに将来の構想について触れてくれたときには「来たー!」と心の中で叫んでました。
それは、アイスショー専門のエンターテインメント集団、「シルク・ドゥ・ソレイユ」の氷上版のようなカンパニーをつくって、各地を回るというもの。しかもフィギュアスケートという非常にお金のかかる世界に身を置くスケーターたちが、きちんとプロとして食べていけるような場を作りたいというのです。それが実現したらどんなに素晴らしいことか。(そしてファンはどれだけお金を費やすことになることか!?)
ともかく、今年はせめて一度はアイスショーで大ちゃんのスケートを観たいものです。神戸チャリティーがなくなってしまったのが、仕方のないこととはいえほんとにほんとに残念だなあ…。

さて、体調回復につとめつつ、ゆるゆると一年を始めてまいります。
今年もたぶん相変わらず内容のさだまらない「ひぐらしだより」ですが、どうかゆるゆるとお読みください。

初日の出は全然寝てたので、初日の入り(元旦の夕方)の写真。おだやかに晴れた元旦でした。
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by higurashizoshi | 2017-01-02 19:08 | 雑感 | Comments(2)

一年の終わりに

全日本、女子について書けないうちに今年最後の日になってしまいました。
年末ぎりぎりに第九のコンサートに出たので、ただでさえバタバタのこの時期がさらにバタバタしてしまい…。まあでも、大ホールでオーケストラとともに歌い納めができたのはいい経験でした。昨年から第九に出てるのですが、舞台から見える景色にはやはり特別なものがあります。そこにしかない美しさと、高揚が。

私にとって2016年は、昨秋の父の急死の衝撃の中で死後のさまざまな業務に追われつつ始まりました。春には家族の中にも大きな変化があり、私自身も地域カフェという新しい仕事を始め、いろいろなことが少しずつ落ち着いてきたと思った矢先に愛猫ちゃーが発病、思いもかけなかった看取りの日々。夏の保養キャンプをはさんで、9月にはちゃーを見送りました。そして11月には父の一周忌。生きていることのはかなさ、そして別れについて考え続けた年でした。

いろんな状況に押されるように、前へ、前へと進んできた気がするこの10年あまり。そのときどきを懸命に生きてきたけれど、来年は少し立ち止まって振り返り、手つかずに置いてきたいろんなことを整理する年にしたいと思ってます。
そう、整理…まずは自室を何とかしようね私。ドロボー入ったあとみたいになってるからね。そして11年前に引っ越してきたとき以来まったく荷ほどきしてない段ボールとか、何が奥にあるかわからない物入れとか、魔窟化した領域の数々をこのままにして前に進んだらアカン。ドナルド・トランプから顔をそむけたらアカンのとおんなじくらいアカンのですよ。だって顔をそむけてもそれは存在していて私と私の未来に影響を及ぼし続けているのだから。その事実を直視する勇気をもとう、と2017年の自分に私は言いたい。

今年も、ときに完全にフィギュアスケートブログになってしまったり、かと思うと超個人的なことを綴ったりと、あまりにフリーダムでマイペースな(そして更新が遅く、文章が長い!←自己ツッコミ)このブログを読んでいただいてありがとうございました。
新しい年がみなさんにとって、潤いあるなごやかな年になりますように。
次は2017年にお会いしましょう。



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by higurashizoshi | 2016-12-31 18:45 | 雑感 | Comments(2)

月の光

父が亡くなって一年。
命日を前に、父の仕事関係の方主催の一周忌、親族だけの一周忌と、思い出と親密さに満ちた濃い時間が流れた。父は生前の願い通り、京都の水辺から川の流れの中へと還っていった。
そして命日の当日。不思議なことが起きた。

その日、私は朝から仕事に行っていた。私の働く店には、アンティークの家具や日用品がたくさん置いてある。その中に、古ぼけた手回し式の蓄音機があった。
もうこれは壊れているのよ、とオーナーから聞かされていて、お客さんにも私はそう説明していた。だから私は、装飾品としてあつかわれているその蓄音機の音を、もちろん一度も聴いたことがなかった。
昼前、お店からお客がはけて、同僚も作業をしに外に出て、めずらしくぽっかりと私ひとりになる時間があった。私は店の入り口近くに立ちどまり、眺めるともなく外の景色を眺めていた。
父の命日は、4年前に亡くなった大切な友の命日でもある。その偶然の一致の意味を、私はあらためて考えていた。世界はどこでつながり、切れているのだろう?

そのとき、突然聞きなれない音が店内のどこからか流れてきて、私は眉をひそめた。これは何? 明らかに、いつも店内でかけているジャズのCDの音ではない。メロディというより、ひずんだ音の塊が延々と引き伸ばされているような奇妙な音だ。
音の発する方へと歩いていって、はたと私は立ちどまった。
蓄音機。まぎれもなく、壊れているはずの蓄音機からその音は流れてきていた。
しかも、誰もハンドルを回していないのに、ひとりでに音が鳴っているのだ。
私はちょっと茫然となって、外にいた同僚を呼びこんだ。彼女の方がこの店ではずっと先輩なので、この現象に答をくれるのではと思って。
でも、奇妙な音で鳴っている蓄音機を前に、「ええっ!?」と叫んで彼女が棒立ちになるのを見て、私は何かにせかされるように蓄音機の重い蓋を押しあけた。
中では真っ黒な盤の古いレコードが、くるくると踊るように回っていた。その上に重たそうな金属の針が乗って、そこから音の塊が鳴り響いていた。

「何なの、何なの?」と口走る同僚の横で、私は座り込み、針が掻き出している奇妙な音を聴いた。注意深く聴いた。
すると、脈絡のない音に聞こえていたのが、ひとつの旋律になって少しずつ耳に入ってきた。傷みきった盤を、これまた傷んでいるだろう古い針が掻くせいで、ひどくゆがんではいるがそれは音楽だった。しかも私がよく知っている音楽だった。
「待って。…これは、ドビュッシーの《月の光》です」
と私は同僚に言った。そしてなかばうわの空で、こうつけ加えた。
「父が、好きだった曲です」


あのとき、壊れているはずの蓄音機がなぜ突然作動したのか、なぜわざわざレコードが置かれ、針が落とされていたのか、今でもまったくわからない。
壊れているというのが誤解だったとしても、そもそもハンドルを手動で回さなければ鳴らない機械が、誰もさわっていないのに鳴りだしたのだ。
クラシック愛好家だった父が生前、「現代音楽は好きになれんけど、ドビュッシーはええな」と言い、特に《月の光》を気に入っていたこと。
それを告げると、その日が父の命日であることを知っていた同僚は、カッと目を見開き、
「お父さんやわ…。お父さんが来てくれたのよ!」と断言した。
わたしはまだうわの空で、「はあ…」と力なく答えるしかなかった。
父はもういないのに、ここに来ていた?

考えてみると、父の命日の前夜は、68年ぶりという最大級のスーパームーンだったのだ。
スーパームーン。地上に降りそそぐ《月の光》。
そういえば、命日の前日にも不思議なことがあった。
父が大好きだった海を見せるために、晩年よく連れて行っていた海岸が私の家の近くにある。そこを命日の前日の夕方通りかかったとき、ちょうど父がいつも海を眺めていたあたりに白髪の男性がたったひとり、海に向かって立っていたのだ。
後ろ姿しか見えなかったが、その背格好といい髪の感じやコートの着方といい、10年くらい前のまだ元気だったころの父に、はっとするほど似ていた。思わず駆けよりたくなるほどに。
でも、近づくことはできなかった。そうしてはいけないとわかっていた。

厳格な無神論者だった父は、死後の世界も不滅の魂も信じなかった。
父は「死は、無や」と言った。それは子ども時代の私には絶対的な、暗くおそろしいイメージだった。
そしてそのことが、父の身に起きた。父は、もういない。それは事実で、動かしがたい。
でも父は、無になってしまったのだろうか?
父が空を飛んできて、蓄音機でレコードをかけてくれたのだと信じることは、私にはできない。海のそばに立っていてくれたのだとも、考えられはしない。でも、不思議なできごとのもたらす感情は、私をつつむ。やわらかな靄のように、ビロードのように。

確実なのは、これから先ドビュッシーの《月の光》を聴くたびに、私はあのときの感情を思い出すだろうということ。そして父を感じる。せつなく、そして胸いたむほどになつかしく。
命日を過ぎ、新しく重なっていく日々を私は生きる。父のいないこの世で、ひっそりと父を感じながら。



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by higurashizoshi | 2016-11-17 00:04 | 雑感 | Comments(0)

別れ

9月11日、家族として10年間ともに暮らし、たくさんの幸せをわが家にくれたきみは、永遠に去った。
路上にいた小さなきみを、どきどきしながら家に連れ帰った日。
家じゅう爪とぎで傷だらけ、カーテンはずたずた。
それでもきみはかわいくて、かわいくて、かわいかった。
あまえんぼうで、食いしんぼうで、ひたすらに気のいい性格。
弟分が突然家族に加わったときも、嫌な顔ひとつせず、
おおらかにうけいれてすぐ仲良しになった。
この家にたくさんの嵐が吹きあれた日々も、
涙した夜も、笑いころげたときも、きみはそばでのんびりしてた。
そろそろおじさんになってきたね、なんて言われながら、
ふくふくの体を横たえてあいかわらずのんびりしてた。
誰もきみとの別れが迫っているなんて思いもしなかった。

あんなに食いしんぼうだったきみが何も食べられなくなり、
小さな胸に水がたまり息が苦しくなって、
一度はだいじょうぶと思ったのに、また苦しくなって、
坂道をころがりおちるように、たった2か月。
戦い抜いて最後の息を吐いて、きみは動かなくなった。
やせおとろえて小さくなったきみの体。
だけどやっぱり、きみはかわいくて、かわいくて、かわいかった。

もっと生きられたはず。
せめてあと少し生きのびられたはず。
悔いと悲しみでちぎれそうになりながら、9月13日、きみの体と別れた。
きみの体は10年を過ごした家を出て、ひとかたまりの骨になって帰ってきた。

ちゃー、きみのいなくなった家で、
残されたくーは、何だかあまえんぼうになったよ。
きみのいなくなった家は、がらんとしていて、しずかだよ。
ありがとう、ごめんね、忘れないよ、
そんなことばを何度も言ったけど、言うはしから消えてしまう。
きみが消えてしまったのと同じように。

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もう二度とない、ささやかなあたりまえの時間。
ちゃー、きみといて、私たちはとっても幸せだったよ。幸せだった。
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by higurashizoshi | 2016-09-22 22:49 | 雑感 | Comments(6)

嵐のち晴れ

いつもは「もう、やめとき」というくらい食欲旺盛なうちの息子(茶色くて四本足)。
異変が始まったのは2週間ほど前だった。…ん?あの子がなんだかこのごろあんまり食べない?
でも、うちは四本足の息子が2人いるので、ごはんをどちらが食べたか判然としないことが多く、なんとなく見過ごしていた。
と、みるみるうちに明らかに食欲が落ちて、びっくりするほどやせてきた。
いつもは、食卓の上で寝ていたら思わず「いただきまーす!」とみんなが言うくらい、ふくふくまるまるしてるのに。そしてとにかく元気がない。のっそり、しんどそうに動いている。なんだか息も速い気がする。これはおかしい、どう考えてもおかしい。

急いで動物病院に連れていって検査してもらったら、なんと胸水が330mlもたまっていた。そのせいで肺が小さくなるくらい圧迫されて、相当苦しい状態になっていたので食欲もなくなったのだろうとのこと。
胸水のたまった原因は、今のところはっきりしないのだけど、抜いた水分にリンパ球が多いので、どこかに腫瘍ができている可能性もあるそうだ。半日入院して、毛も四角く剃られて、あばらの間に針を刺したままの状態で帰宅。
胸水を抜いて楽になったかと思いきや、まったく食べず飲まず、ひたすらぐったりと横になったまま。この数日の間にたちまち背中が骨ばり、ふわふわの毛もガサガサになり、「あーこれはまずいな」という、見るからにまずいなという状態に突入した。

とにかく食べないと死ぬ。飲まないと死ぬ。胃腸に問題はないようなので、入れれば食べられるはず。
というわけで、病院でもらった高カロリー療養食と水を、注射器で口にねじこむという戦いが開始された。
絶対に食べさせる!というこちらの迫力と、ぜったいこんなもん食べんぞ!という息子の固く閉じた口。がっちり羽交いじめにして、なにくそとその口をこじあけて注射器を突っ込む。敵は決死の力であばれまくる。そのへんにレバーペースト状の療養食が飛び散るわ、せっかくぶちこんだ貴重な食べ物を吐き出すわで大混乱。
出すなら入れてやるとばかりに注射器を持って追いかけまわす私。ヨロヨロと逃げまどう息子。食べものだけでなく、さらに口をこじあけて薬も飲ませにゃならん。苦しいときにこんな嫌な思いさせたくないと思いつつ、半泣きでそんな戦いを何度も繰り広げた。

病院にも連日通って、レントゲンで胸水や肺の様子を見てもらい、いろいろと検査もした。諭吉が隊列を組んで出ていくのを見送り、軽いお財布を胸に、重いケージを車に積んだ。運転中に浮かぶのは「ネコの葬式はどこに頼んだらいいのだろう」などという、例によって悲観的な考えばかり。夜眠っていても「今、息が止まってるんじゃないか」と夢の中で思っては飛び起きて、忍び足で様子を見にいく繰り返し。娘たちもひどく心配していたが、彼女たちは今猛烈に忙しくて世話をしている余裕がない。

胸水がたまらなくなって思いがけずすんなり針がはずれ、それでもぐったりは続き、丸一日たった。
そのとき初めて、手のひらに乗せた流動食を、やわらかい舌でぺろ、となめた。あたたかい舌の感触。
なでてさすって、それから何とかさらに食べさせようとあれこれ手のひらに載せた。「あんたはチャングムの王様か…」と言いつつ、これがお口にあいますか、それともあちら?と奉仕これ務め、もちろんそれだけでは足りないので王様タイムが終わるとまた注射器で療養食を口にぶちこむ、という高度なプレイの連続。
そんなこんなの毎日を過ごすうち、ガサガサだった毛がまた少しずつふんわり、つやめいてきた。
階段を少しずつ、またのぼれるようになった。お皿から食べものを食べた。水を自分で飲んだ。ひとつひとつがきらきらして見える。深呼吸を忘れていた身体が、やっとたくさんの空気を入れられるようになった気分だ。
ああ、もう大丈夫だ、と思うまでに長い長い時間が経った気がした。

原因によっては、また胸水がたまる可能性もあり、油断はできないと言われているけど、ともかく今は、こんなに元気になりました。
あさってから例年通り、被災地の子どもを招くキャンプが始まり、私は怒涛の12日間に突入する。その前に回復してくれてほんとによかった。しっかり働いてくるよ。もう、ごはんはちゃんと自分で食べるんだよ。
(すっかり口が肥え、前にもまして甘えん坊になってる息子近影)
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by higurashizoshi | 2016-07-27 01:41 | 雑感 | Comments(4)

誕生日雑感

書けないまま、あれよあれよと日は過ぎて。

このひと月ほどに何があったかというと、父の半年目の月命日の集まりがあり、不登校とホームスクーリングについて大学の授業にお話しに行き、今年も夏の保養キャンプの準備が始まり、そのためにリーフレットの編集作業をし、参加者の募集受付作業をし、映画や芝居を観に行き、今月末のコンサートに向けて合唱の練習に通い、そして十数年ぶりにお給料をもらう仕事を始めるという、わたくし的には画期的な出来事もあり。
職場はNPO経営の地域カフェ。まだまだ美味しいコーヒーが淹れられないし、レジもあわあわ。でもとてもいい空気の流れるお店で、スタッフのみなさんもお客さんもフレンドリーで助けられている。

ここまで書くとなんだかすごく活動的で前向きな、世間の人から私がよく言われるイメージ通りの多忙な日々だけど、ブログが書けなかったのは例によってアレですよアレ、《むなしい病》。
むなしいむなしいっていいながらよくこれだけいろんなことができるねと言われそうだけど、父が亡くなって半年というひとつの節目を迎えてから、どーっといろんなことがよみがえってきて、眼をそむけきれなくなったというか、自己否定の要素がひとつひとつやってきて、パワーをはしから奪われる。振り向かずにすめば、考えずにすめば、いいのになあ…と思う。

で、やっとこブログに向かったのは、今日は私の誕生日で、この歳になるとお祝い気分はないんだけど何か残したい気になるのかな。とどめておきたいというか。
こんな年齢になっていながら、いつもいつも生きている意味について考えているというのもどうなんだろうと思う。もはやこの世にいない人についても、その意味を考え続けてしまう。
この世に存在できるごく短い期間に、できるかぎりのことをして生き抜きたいという思いと、いつもこの世を出ていくことについて考えて地に足がついていない自分と。
そうこうしながら、さて今日は誕生日だからこの前友だちのワークショップで習ったオリジナルスパイスのカレーを作ろうかな…なんて考えていたりもして。明日は家族でお祝いしてくれるというので、手巻き寿司をリクエストしてみたりして。なんなんだろねえ…

フィギュアのことも、ワールドについていまだ書いてないし(文章はかなりできてるのだけど)、シーズンオフの話題(新プログラムとか、引退解散・再編とか)はちゃんと追いかけていて、あとは気力なんだけどなあ。
すいません、ひさびさに書いたのにまったく覇気のない文章になってしまいましたです。
おわび代わりにうちの息子のとっておき写真を載せておこう。


タイトル 「ぼくなあ、名前書けるねん。」
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次回はもうちょっと元気のある感じできっと。



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by higurashizoshi | 2016-06-04 17:56 | 雑感 | Comments(4)

ネコと仙台

ネコを連れて仙台に行ってきた。
といっても、ネコを抱いて旅をしてきたわけではありません。
正確には、実家にひとりぼっちになったネコを、引き取ってくださる方のもとに連れて行った。その引き取り先が、仙台だったというわけ。
話せばあまりに長くなる、涙と汗の大奮闘。捕獲のためにネコ保護のプロフェッショナルにお出まし願い、実家のご近所はじめ、実に実に多くの方に助けていただいての、一大ミッションでありました。
かくて、ネコは無事に仙台郊外の広々した素敵なおうちに引き取っていただいた。ああ、めでたしめでたし。といっても、本人、というか本ネコにとっては難行苦行のすえに未知の場所に連れて行かれて「はい、住んで。」と言われたのだから不安と混乱のきわみであろう。
ネコに言葉が通じたら懇切丁寧に説明できるのに、とは思うものの、もし彼(オスです)に対してそれができたとしても、ぜったいに「なるほど、相分かった。ほなそうするわ」とは言ってくれないだろうな。「オレ、ひとりで元の家住むから。おかまいなく」と言うだろう。

そんな彼の意志をまったく無視しての仙台行。
ひらたくいえば、いきなりふんづかまえて袋ごとキャリーケースに入れて、新幹線に飛び乗って、仙台まで6時間の恐怖の旅。
これ以上ないほどネコにとってはすばらしい環境のおうちに放たれ、固まりまくっていたのがちょっとずつほぐれてきたところがこの写真。
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ごめんよ。どうか新しい環境に少しずつ慣れて、元気に新しい暮らしを送ってほしい。
きみの長年なじんだあの家には、もうきみにごはんをあげたり、膝の上に乗せて眠らせたり、名前を呼んでなでたりする人間は誰もいなくなってしまったから。

父と母以外のどんな人にも心を許さず、なでるどころか近づくことすらさせなかった彼。
新しいおうちには、先住ネコが5匹いて、これからはその仲間たちと、心優しい飼い主さんとともに生きていくことになる。
いつか、このおうちでゆったりとくつろぐ姿を見られたら。その姿を見に、また仙台に行けたなら。


翌日、仙台は雪。
思いがけない東北への急ぎ旅、それでもこの日は塩釜や松島をめぐって雪景色をながめ、重いキャリーケースを案じて一緒に行ってくれたタタと母娘の時間を味わってきました。

アートと社会性が融合した、なんとも居心地のいい仙台のブックストア、
大好きになった「火星の庭」
オーナーご夫妻とも、被災地の話、保養の話などしてきた。
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その「火星の庭」で紹介された「塩竈市杉村惇美術館」
雪の中、静かな静かな時間が流れる忘れがたい場所になった。
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5年目の3月11日が近づく。
たくさんの死とかなしみの記憶が打ち寄せてくる。
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by higurashizoshi | 2016-03-08 19:29 | 雑感 | Comments(0)

アカン状況

ごぶさたしております。
1.17の阪神淡路大震災21年目のことも書けず、あれよあれよという間に2月も上旬が過ぎようとしてます。
せめてもということで、当日、神戸市長田区の追悼会場での写真です。
この日は、福島から来られた方のお話を長田で聴き、ふたつの震災が心の中でつながった感覚で追悼の時間を迎えました。
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さて。
フィギュアに限っても、全米選手権、ヨーロッパ選手権と大きな大会が続き、もちろん全部観てはいるのだけどいまだ何も書けず。
映画も、すっごくたくさん観てるのに(ベルイマン特集とかいろいろ)、いまだ何も書けず。
本も読んでるのに、音楽も聴いてるのに、いろんなことしてるのに、
アカンのです。
私に定期的にやってくる《むなしい病》みたいなやつ、そのかなり強力なやつに現在やられております。

父が亡くなってもう少しで3か月。
たぶん、常に遅延反応な私はようやく頭と心にこの事実が沁みてきたのでしょう。
ちょうど時期をおなじくしてプライベートでもほかにもいろいろ転機があって、徐々に力が入らなくなってきて、気づくと「かなしい、むなしい、なにもできない」(といいつついろんなことをしてるのですが)、ひたすらにアカン状態に突入。

まあ、振り返ればこれまでにも何度も何度もこういうことはあったよな。
でも今回はちょっとこれまでとは深度がちがうのかも。
しばらく底で膝を抱えたりうろうろしたりしながら、浮上を待つことにします。

新しい文章を読みに来てくださった方には、ごめんなさい。
四大陸選手権くらいでプワッと浮いてこられたらいいなあ。
いや、その前に映画のことは書きたいなあ。と思っています。
ときどき、のぞいてやってください。
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by higurashizoshi | 2016-02-09 19:14 | 雑感 | Comments(2)

早くも七草を過ぎ

遅ればせながら、2016年最初の更新です。

お正月祝いをしない、不思議な三が日を過ぎ、あっという間に七草でした。
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今年はちょっとおしゃれにしてみた七草がゆ。



人間のかわりに、新年のごあいさつをしていただきます。
「今年もよろしくおにゃがいします!」
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みなさんにとって、心おだやかで、あかるい一年になりますように。
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by higurashizoshi | 2016-01-08 23:54 | 雑感 | Comments(2)

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