ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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カテゴリ:雑感( 174 )

ネコと仙台

ネコを連れて仙台に行ってきた。
といっても、ネコを抱いて旅をしてきたわけではありません。
正確には、実家にひとりぼっちになったネコを、引き取ってくださる方のもとに連れて行った。その引き取り先が、仙台だったというわけ。
話せばあまりに長くなる、涙と汗の大奮闘。捕獲のためにネコ保護のプロフェッショナルにお出まし願い、実家のご近所はじめ、実に実に多くの方に助けていただいての、一大ミッションでありました。
かくて、ネコは無事に仙台郊外の広々した素敵なおうちに引き取っていただいた。ああ、めでたしめでたし。といっても、本人、というか本ネコにとっては難行苦行のすえに未知の場所に連れて行かれて「はい、住んで。」と言われたのだから不安と混乱のきわみであろう。
ネコに言葉が通じたら懇切丁寧に説明できるのに、とは思うものの、もし彼(オスです)に対してそれができたとしても、ぜったいに「なるほど、相分かった。ほなそうするわ」とは言ってくれないだろうな。「オレ、ひとりで元の家住むから。おかまいなく」と言うだろう。

そんな彼の意志をまったく無視しての仙台行。
ひらたくいえば、いきなりふんづかまえて袋ごとキャリーケースに入れて、新幹線に飛び乗って、仙台まで6時間の恐怖の旅。
これ以上ないほどネコにとってはすばらしい環境のおうちに放たれ、固まりまくっていたのがちょっとずつほぐれてきたところがこの写真。
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ごめんよ。どうか新しい環境に少しずつ慣れて、元気に新しい暮らしを送ってほしい。
きみの長年なじんだあの家には、もうきみにごはんをあげたり、膝の上に乗せて眠らせたり、名前を呼んでなでたりする人間は誰もいなくなってしまったから。

父と母以外のどんな人にも心を許さず、なでるどころか近づくことすらさせなかった彼。
新しいおうちには、先住ネコが5匹いて、これからはその仲間たちと、心優しい飼い主さんとともに生きていくことになる。
いつか、このおうちでゆったりとくつろぐ姿を見られたら。その姿を見に、また仙台に行けたなら。


翌日、仙台は雪。
思いがけない東北への急ぎ旅、それでもこの日は塩釜や松島をめぐって雪景色をながめ、重いキャリーケースを案じて一緒に行ってくれたタタと母娘の時間を味わってきました。

アートと社会性が融合した、なんとも居心地のいい仙台のブックストア、
大好きになった「火星の庭」
オーナーご夫妻とも、被災地の話、保養の話などしてきた。
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その「火星の庭」で紹介された「塩竈市杉村惇美術館」
雪の中、静かな静かな時間が流れる忘れがたい場所になった。
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5年目の3月11日が近づく。
たくさんの死とかなしみの記憶が打ち寄せてくる。
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by higurashizoshi | 2016-03-08 19:29 | 雑感 | Comments(0)

アカン状況

ごぶさたしております。
1.17の阪神淡路大震災21年目のことも書けず、あれよあれよという間に2月も上旬が過ぎようとしてます。
せめてもということで、当日、神戸市長田区の追悼会場での写真です。
この日は、福島から来られた方のお話を長田で聴き、ふたつの震災が心の中でつながった感覚で追悼の時間を迎えました。
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さて。
フィギュアに限っても、全米選手権、ヨーロッパ選手権と大きな大会が続き、もちろん全部観てはいるのだけどいまだ何も書けず。
映画も、すっごくたくさん観てるのに(ベルイマン特集とかいろいろ)、いまだ何も書けず。
本も読んでるのに、音楽も聴いてるのに、いろんなことしてるのに、
アカンのです。
私に定期的にやってくる《むなしい病》みたいなやつ、そのかなり強力なやつに現在やられております。

父が亡くなってもう少しで3か月。
たぶん、常に遅延反応な私はようやく頭と心にこの事実が沁みてきたのでしょう。
ちょうど時期をおなじくしてプライベートでもほかにもいろいろ転機があって、徐々に力が入らなくなってきて、気づくと「かなしい、むなしい、なにもできない」(といいつついろんなことをしてるのですが)、ひたすらにアカン状態に突入。

まあ、振り返ればこれまでにも何度も何度もこういうことはあったよな。
でも今回はちょっとこれまでとは深度がちがうのかも。
しばらく底で膝を抱えたりうろうろしたりしながら、浮上を待つことにします。

新しい文章を読みに来てくださった方には、ごめんなさい。
四大陸選手権くらいでプワッと浮いてこられたらいいなあ。
いや、その前に映画のことは書きたいなあ。と思っています。
ときどき、のぞいてやってください。
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by higurashizoshi | 2016-02-09 19:14 | 雑感 | Comments(2)

早くも七草を過ぎ

遅ればせながら、2016年最初の更新です。

お正月祝いをしない、不思議な三が日を過ぎ、あっという間に七草でした。
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今年はちょっとおしゃれにしてみた七草がゆ。



人間のかわりに、新年のごあいさつをしていただきます。
「今年もよろしくおにゃがいします!」
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みなさんにとって、心おだやかで、あかるい一年になりますように。
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by higurashizoshi | 2016-01-08 23:54 | 雑感 | Comments(2)

どこかへ

ひさしぶりに、日常の買いものをしに大型店舗に行った。
たくさんの食料品、日用品、クリスマスのお菓子、お正月用品も並んでいる。
ぐるぐる、ぐるぐる売り場を回る。買うべきものを手に取る。棚に戻す。
ふと気づくと、またぐるぐると売り場を回っている。
何を買ったらいいのかわからない。
何もかもが、何かを思い出させ、何もかもが、やわらかに深く、胸を衝く。

父が突然亡くなってから一週間が過ぎた。
最後まで現役で仕事をしていた父の急逝は、多くの人に衝撃を与え、そして多くの人が心から父のことを悼んでくれた。
たくさんの人に愛し愛され、幸せな父だったと思う。
やるべきことをやり終えたかのように、ある夜、音もなく旅立っていった。
父らしい最期だとみんなが言う。歳を重ねた方々からは、かくありたいと、口々に言われる。

あの日から、幾人に対して、父の死を、その現場を、その前後のことを、繰り返し説明したかわからない。
何の予告も予感もなく、はたりと止まってしまった父の心臓。
私たちを何ひとつわずらわせることなく、きれいに逝った父。
それはもう、ひとつの物語のようになってしまって、私はまるで糸車を回すように、その物語を語って聞かせているような気がする。
人にも、自分にも。

残された父の肉体に別れを告げ、見送った。
父を愛した人たちと、悲しみを共有した。
そのあとのさまざまな仕事に追われ、さらに何日かが過ぎた。
そしてふと私は思う。
父はどこにいってしまったのだろう?
まるで、雲隠れの術のように、父は消えた。

ひとりでいると、ときどきあふれてくる涙には、特に意味はない。
たぶん父の肉体を見送った記憶が、よみがえるだけなのだ。
何十年も着ていた服を脱ぎすてるように、父はあの肉体を置いて消えた。
私たちの知らない、どこかへ。
そのことの意味を、私はまだ見つめているだけで、理解していない。



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by higurashizoshi | 2015-11-24 16:21 | 雑感 | Comments(3)

《よろこび》について

日々仕事をし、自分の中の課題を追いかけ、好きなものを追いかけ、そうやって忙しく生きている。生きている中には、しんどいことも嫌なことももちろんたくさんあるけれど、《好き》を追求する心はたぶん、私は人一倍強いと思う。本を読み映画館に通い、絵画を求め、芝居を観にいき、旅にも出る。いろんな人たちに会い、時間をともにする。
そう考えてみると、私には、何かに夢中になる、という経験は多い。熱中すると周囲が視界から消えるほど何かに没入する。それはたしかによろこびであるといえる。
けれど、何もかも忘れてよろこびにひたる、ということはまずない。
いろいろな事情に取り巻かれている大人であれば誰しもそうだろう、とも思うけれど、どんなときも心のどこかに確実なブレーキ機能があって、常にそれを意識している。

病気の家族をいつも抱えてきたこの数十年、もはや習い性になった不安と、あきらめへの準備。
そして私自身の奥につねにある、安心して何かに身をあずけきってはいけない、それは危険であるというサイン。
よろこびを感じはじめた瞬間、かならずどこかから立ちのぼってくる昏い声のようなものがある。

おそらく、私の場合は《詩や小説を書く》という作業だけが、ほぼそこから離れて過ごせる唯一の場で、それは創作することによって別の世界を自分の中に構築できるからなのだと思う。
ただしそれは当然、解放された楽しいだけの時間ではなく、《書く》ことは、ときにつらい道程でもある。
それなくしては生きていけないけれど、しんどさともつねにつき合っていかなければならない。
つまり、これもまたアンビバレントで、《ただ、よろこびに満ちる》こととは遠い作業なのである。

という、毎度たいへんめんどくさい自分を抱えて、この夏の終わりにある駅にいたとき、ふと目にとまったポスターがあった。
それは、日本の暮れの風物詩、ベートーベンの第九を地元の大ホールで歌いましょうというポスターだった。
ベートーベンの中で第九はそんなに好きじゃないし、これまで歌いたいと思ったことはなかったはず。
はず、というのは、なぜかそのポスターを見た瞬間、「あ、私、これやる」と思ったからだ。
合唱は高校時代、コンクール志向の体育会系合唱部でガンガンやって、あとは大学で演奏会に出来心で一度出て以来、まったく縁がない。
歌うことは好きで一時ボイストレーニングを受けたこともあったけど、ぜんぜんうまいわけじゃない。
いや、そもそも合唱っていう集団行動は、ヘンクツな孤立人間に成長した自分にとってはまったくの逆指向である、と思い定めていたはずなのに。

だのにだのに、なんでかわからないけど「これやる」と思い、申し込み、先月から練習に参加している。
最初はとっても戸惑った。
周りは第九経験者ばかりの中、ドイツ語歌詞どころかメロディすらまるでわかってない私。
聴いても聴いても、やっぱり楽曲として大して好きになれない第九。
モソモソとみなさんのあとをついて練習して、家でも楽譜を見て覚えて、うーんこれ楽しいのかな? なんで私これやるって思ったんだろ? とハテナだらけの日々だった。

それが、練習を始めて一ヶ月半、初めての本番ホールでの合同練習も終えて、少しずつ楽曲の輪郭が見えてきた気がした先日。
少人数での練習中、自分の中でなにかがふわりとなって、歌いながらちょっと空中にいる感じがした。
おお、なんだこれは?

その直後、声楽家である先生がこんな話をされた。
「音楽なんて、世の中の効率や金儲けから一番遠いところにある。何かあれば一番に切り捨てられてしまうもんですよ。でも、生きていく中で、これこそが大切なものじゃないですか? 音楽という美しいもの、よろこび、これが生きるって、生きてるってことだと僕は思う。それを少しでも人に伝えたくて僕はこの仕事をしてるんです」

あー。
先生!
そのとき私は理解した。あの「ふわり」と「空中にいる感」の名前を。
あれは、どんなうしろめたさとも、不安とも無縁な、とても単純な《よろこび》だったんだと。
身体を楽器にして音を鳴らす、そして人と共鳴する。
大昔に書かれた楽譜をなぞりながら、無心に歌を響かせる。
まだほんとに少しの滞空時間だったけれど、確実にあのとき、私は《よろこび》の中に浮いていた。

それは、なんというか、《ただ、ある》とか、《ただ、いる》という感じだった。
熱も帯びていなければ、情緒的でもない。
理屈立ってもいないし、うしろも前もない。
ああ、こういうことだったのか。
なんてシンプルで、そしてなんて私にとっては難しいことだったろう。

ほんのちょっと味わったその《よろこび》に、また会えるだろうか?
なかなか上達しない中で、このあとどんどん《よろこび》が増えていくという都合のいいことにはならないだろうけれど、もう一度、いやできれば何度かは、会いたい。
そう思って12月末の本番までの練習を過ごしたい。
先生がいつも言っている、「よろこびをお客さんにも届けてあげる気持ちで歌うんですよ」というところまでは、とてもとてもいかないだろうけど。



***
「Japan Open」昨日でした。いよいよ競技シーズンが本格的に始まっています。
次回から、またフィギュアスケートのことをぼちぼちと書こうと思います。
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by higurashizoshi | 2015-10-04 12:48 | 雑感 | Comments(0)

今夜、国会で起きること

この三日間、国会議事堂前のデモに参加し続けている友だちから、ずっと断続的に現場のレポートが届いている。
年齢も立場もさまざまな、数えきれない人たちがそこへ向かい、立ちつくし、声をあげ、歌い、発信している。
国会前だけでなく、日本中のいくつもの町で、この《安保法案》への反対の動きが激しく起きている。

私じしんは、東京に飛んで行くこともできず、地元の集会にわずかに参加するくらいしかできないけれど、もうずっと心が、痛くて痛くてたまらない。
この国がかろうじて守り続けてきた立憲政治が今、崩れ去ろうとしている。

憲法を守るべき政府が、憲法違反であると多くの憲法学者が、そして国民が認識している法案を、数の力だけで通す。
このパラドックスを誰か、正しいことだと証明してみせてほしい。
こんなことがまかり通る国を、私たちの愛する国だと、どうやったら言えるのか教えてほしい。

私たちの代表である政府が、私たちの国の規範である憲法を、殺そうとしているのだ。

永久に戦うことを放棄した、私たちの国。
70年前のその宣言は、無数の戦死者と、人生を傷つけられた人びとの苦しみとひきかえに放たれた。
その意味を、その重さを、私たちがほんとうに大切に大切にはぐくんできたなら、今夜これから起きることは、
たぶんなかった。
少なくとも、たった70年後には。
私たちはたった70年しか持ちこたえられなかった。

今夜これから、私たちは、自分たちが持ちこたえられなかったことの結果を見る。
そしてそののち、それがどんなことにつながっていくのかをつぶさに知る。

きれいな後戻りは、もうできない。
でも、ここからまた新たに踏みこたえること、舵を切ることはできる。
その方法をひたすらに考えながら、参議院での採決を見届けよう。
賛成票を投じた議員の姿を、名前を、決して忘れないように刻みながら。
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by higurashizoshi | 2015-09-19 00:08 | 雑感 | Comments(0)

夏が過ぎゆく

ほぼ一か月、ここをお留守に。

その間にあったこと、

5回目の保養キャンプ。体力限界の2週間、被災地から来たかわいい子どもたち。
娘たちの試験ラッシュ。
実家方面でまた重病が発覚。
そのほか、いろいろ、いろいろ。

というわけで現在、

みずからの体力回復途上にして、キャンプの事後作業もろもろ没頭。
試験終わって解放された娘たちとちょっとだけあそぶ。
治療方針を模索しすぎて頭と心が痛い。
そのほか、いろいろ、いろいろ。

気づけば、広島、長崎の日、終戦の日、お盆が終わり、
夏は過ぎようとしている。
今夜は雨。

映画のこと、フィギュアスケートのこと、そろそろ書けるかな。
短く、気楽に、メモ程度なら?
時間的な余裕がないのが問題ではなくて、
これは私じしんの気持ちの問題なんだろう。

ここにしばしば来てくださる方には申しわけないけれど、
書けるときによちよちと綴っていきまする。
がっつり書きたい自分になるまで、しばらくこんな感じで。


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by higurashizoshi | 2015-08-17 00:42 | 雑感 | Comments(2)

ある日の空

ずっと昔から、私の人生の課題は、はっきりしていた。
虚無との戦い。

むなしさというものは、生きていくなかでつねに、つきまとう。
どんなに楽しいことがあっても、
どんなに誰かを愛しても、
どんなに夢を描いても、
それらすべては終わる。

人は、たったひとりで生まれてきて、そしてたったひとりで死んでいく。
誰からもほんとうに理解されることなく。
そんなさびしい、人生というもののなかで、ほんのすこしだけ意味があるとしたら、
それはいったい何だろう?

いつも、しびれるようなむなしさに追いかけられ、
愛する人と笑っていても、
汗を流して働いていても、
誰かのためにつくしていても、
あるときふと、立ちつくしてしまう。

むなしさは私の胸にみち、腹にみち、眼の奥にみちる。
けれど次の日もまた次の日も、私は生きる。
何かをさがして。
あきらめながら、それでも何かをさがして。

ときどき訪れる、信じられないほどうつくしい空の景色。
あてどない、のぞみのない、この世界の中で、
ある日の空にうつるものを私は見つめる。

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by higurashizoshi | 2015-07-18 01:27 | 雑感 | Comments(2)

ある町の話

ある町に、遠い町から兵隊がやってきた。
兵隊たちは、町の中心部の大きな土地を、自分たちの場所にして住みついた。
ときに兵隊たちは町に繰り出し、犯罪をおかした。少女や若い女性が犠牲になることもあった。
でも、兵隊たちは犯罪のあと、自分たちの場所に逃げ込んでしまう。
すると、町の人たちには手出しができないのだった。

町の中で、同じような犯罪を町の人が起こしたら、逮捕されて罪を問われる。
でも兵隊たちの犯罪は、特別扱い。町の人たちは、その理不尽にずっと耐えてきた。
――私たちが頼んで、この町に来てもらったのじゃない。兵隊たちには、出て行ってもらいたい。
大声で怒っても、叫んでも、兵隊たちは知らぬふり。そして、別の町に住むたくさんの人たちも、知らぬふり。

そんな町の人たちに、ある人は言った。
――兵隊たちが女性に犯罪をおかすといっても、一年に何度かあるかないか。
それより、あなたたち町の人が、町の女性に犯罪をおかす方が、ずっと多いじゃないか。
だから、兵隊たちに出て行ってくれなんていうのはおかしい。

わたしは思う。
きちんと裁かれる、町の人どうしの犯罪。
逃げ込んだら手出しができなくなる、兵隊のおかす犯罪。
数が多いか、少ないかの問題だろうか?

町の人たちは、
町の中の犯罪より、兵隊の犯罪の方が数が多いから、兵隊に出て行ってほしいと言ってるのじゃない。
理不尽がまかりとおっているから、その屈辱に耐えなくてはいけない状況がまちがっているから。
兵隊たちが住みついて、特別扱いされていることを変えたい、と言っているのだ。

それを、「数」の問題にすりかえる。
こんな手口に、みんな目をくらまされて、「数」がどう、「率」がどう、なんてあわてちゃいけない。
そう、わたしは思う。

同じある人は、こうも言った。
――もともと誰も住んでなかったところに、兵隊たちが住みついただけ。そこに、兵隊相手にもうかるから寄って行ったのは町の人。今ごろ文句を言うな。

兵隊たちが今住んでいる大きな土地は、昔々から町の人が住んでいたところだった。
そこを取られてしまったから、しかたなくみんな、その近くのせまい土地に住み直したのだ。
そのことを知らずに言ったのなら、無知を恥じないといけない。
町のことをちゃんと知らないのに、間違ったことをえらそうに言ったのなら、謝らないといけない。

でもその人は、軽口だったとか、冗談のつもりとか言って、逃げている。
言ったことの一部だけをおおやけにされて、ひどいと怒ってさえいる。
でも、言ったことは、言ったこと。それは消えない。
そして、そのことを「よくぞ言ってくれた」と称賛する人もいる。

この町は、昔、ほかの町の防衛のために、まるごと火で焼かれた町だ。
そしてそのあとも、外国のものになり、さらにそのあとも兵隊に住みつかれ、ずっと多くの理不尽にさらされている町だ。
その町が、今また、こんなふうにないがしろにされて、おとしめられている。

この町のことをあれこれ言ったその人は、
わたしたちが住む国の最高責任者と、とても仲良しで、「気が合う」そうだ。
この国の多くの人が、その最高責任者を「いいね!」と、思っているそうだ。

そういう国にわたしたちは住んでいて、
今、ひたひたと近づいてくる、かたい足音を聴いている。
いや、その足音は、わたしたちがひきよせているのだ。
この町の昔のくるしみを見すごし、今の屈辱をを見すごし、
ぼんやりとその日のごはんを食べ、たのしみを得ているその手が、ひきよせている。

ある日、ふと気がつけば、わたしたちの弟や、息子たちが、
どこか遠い町にいて、戦いの訓練をしているかもしれない。
夜には町に繰り出して、つらい訓練をいやすかもしれない。
みんな兵隊だから、もしもひどいことをしても逃げ込める、
そう思っているかもしれない。

悪い夢じゃない。
それは、このままいけば、いくらでもおこりうる未来だ。


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by higurashizoshi | 2015-06-28 17:44 | 雑感 | Comments(0)

花々

こころ波立ち、跳ぶように歩く日々。
カメラを持つ余裕がないときは、
身近なところで出会う草花をiphone6で撮るのが、
このところのちいさな楽しみ。
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iphone6さん、
近くのものをくっきりと撮るのがけっこう上手であることがわかってきた。
スクエアで切り取るのがいいみたい。
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しっとりと雨を吸った、蜘蛛の巣のかがやき。
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物語をかくしているような、大輪の花のなまめき。
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なぜか、これまであまり気持ちに触れることのなかった、
草花のうつくしさにしきりに眼をうばわれるこのごろ。

こよなく花を愛した人のことを思い出す。
いまも花を愛する心澄んだ友たちに、思いをはせる。
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by higurashizoshi | 2015-06-21 22:16 | 雑感 | Comments(2)

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