ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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ひとつの訃報

この前書いたデンマークの画家、ヴィルヘルム・ハンマースホイの特集がNHK「新日曜美術館」であり、録画しておいたのを昨日観た。
映画監督の小栗康平さんがゲストの一人だった。
ハンマースホイの絵について、小栗さんは「安易な解釈や物語を拒む絵」だと言っておられた。それでいて、強い意志を感じると。
永遠にそこにあるかのような室内の事物、そこに射す光、いっさいの動的なものを排したハンマースホイの世界。
                                        《「陽光習作」1906年》
d0153627_1256923.jpgひさびさに見た小栗さんの、少し老けられたけれど変わらない面差しを前に、昔『伽倻子のために』完成のおりの小さな集まりでお会いしたことなどを思い出していた。
そしてのちに『眠る男』の群馬での撮影に私の友だちがスタッフとして参加し、彼女から小栗さんの話をいろいろ聞いたこと。
そこから思いがつながっていくのは、前々日に届いたある訃報のことで、亡くなった人は群馬で映画祭を立ち上げ映画館も作った茂木正男さんという方だ。
20代の数年、私はその映画祭のスタッフをしていて、その時期は今も心の中であざやかな思い出になっている。当時、映画祭はまだ黎明期で、ドタバタの苦難と笑いがすごろくみたいに広がっていた。
エネルギッシュな邪気と無邪気が同居する茂木さんとも、よくいっしょに飲み、いっしょに働いた。私は仲間といえる関係をはじめて心地よいと感じ、ここで生涯つづく友だちを何人も得た。
その後いろいろないきさつがあり、私はスタッフを離れ、群馬を離れ、それからは茂木さんの消息はメディアか知人を通じてときどき聞くくらいだった。
どんなことをしても群馬に市民のための映画館を作ってみせる、といつも言っていた彼は、それを実現した。小栗康平さんの作品も、この映画館で幾度も上映されていたようだ。
茂木さんはがんと格闘しながら、最後まで映画に惚れぬいた人生をつらぬかれたのだろうと、そんなふうに想像しながら番組を観終えた。

ハンマースホイの絵の中の永遠は、その絵の前に立ちつくす人の生を逆に照らし出す。もはや動くことのないものが、私たちにことばのない問いをかけてくる。
誰もいない室内を前にたたずんでいるひとりひとりに、存在の意味をたずねる。
生涯を終えた人が残したものが、語りはじめるかのように。
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by higurashizoshi | 2008-11-18 12:59 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

海をみにいく

天使がひとつやふたつ
おちてきてもよさそうな 晴れわたった秋のまひる、
胸のポケットにささやかな秘密をいれたまま
海への道をあるいていた。

どこに どこへ どこから
かなしいことはたくさんの飛沫になって とびちり
ほほえましい記憶はうたう、らららと低いこえで。

水平線が この眼まで平らにほそくなびいて
こまかい波のひとつひとつから 笑い声がきこえだす
海はまぶしくて溶けるほど あかるい。

とおくかすむ島のまうえ、あの雲のかたちを
いつかここでみたままに憶えている そのようにまた
今日はおだやかに時に吸われていく。

うしなってしまったもの 絶えず水にうたれる
この崖のはしっこのような ぬれた切っ先を、
しずかにつつむハンカチは どこにおいてきたのだろう。

風のかたちをまねてやさしく
てのひらにそっと落ちてくることば
いつもくりかえし奏でられては そのたび消えていく、
私のなかに折りたたまれた さよならが。





*****
昨日のこと、家から5分のところにある海に、一年ぶりに行った。
時がたったことを忘れるくらい、海は静かでおだやかだった。
帰ってきて、座って、すぐ書いた詩。

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by higurashizoshi | 2008-11-14 15:58 | | Comments(4)

サボちゃん、ハンマースホイ、空

サボちゃん(種から出てきたトトロ型の芽)は、しばらく前からトトロの耳の間、つまり頭のてっぺんに、かすかな毛が生えてきた。
おっ波平さん! という感じだったのが、だんだん本数が増えて今度はオバQに。かわいいねー、と言っていたら、いつの間にか毛は増え続け…今はモヒカンのお兄さんみたいになっている。
ほんとうは毛、ではなくトゲですね。一人前にサボテンらしくなってきたわけで、でも体はいっこうに大きくならず、すいかのタネくらいのまま。これからどういう展開になるのか、どうもよくわからない。おまけに土の表面にコケみたいなのがやたら生えてきて、水をやりすぎているのかしらん? でも幼いうちは水を切らさないようにと説明書には書いてあるし。なんだか自信のないまま毎日せっせと日光浴させている。そろそろ植え替えを考えた方がいいのかなあ…。

最近、展覧会の図録を買った。今、国立西洋美術館で開催中の『ヴィルヘルム・ハンマースホイ展 静かなる詩情』。東京のみの展覧会なので、どうしても内容を見てみたく、ネットで図録を購入した。
d0153627_21241967.jpgハンマースホイは19世紀終わりごろのデンマークの画家で、私はごく最近、たまたまその存在を知った。どうしてハンマースホイに興味をもったかというと、話はさかのぼる。
中学生くらいから映画好きがどんどん嵩じていった私は、そのころほとんど観ることのできなかったマイナーな外国作品を映画雑誌で見つけては、《いつか観る日のために》と解説を熟読していた。そんな中に、スチールをひと目見たときから心をつかまれる映画があった。それはデンマークのカール・テホ・ドライエルという監督の『奇跡』という作品だった。
モノクロのくっきりした闇と光、静謐な構図、家族に愛された女性が死から復活するという不思議なストーリー、ともかくすべてが美しく、《いつか大人になったらこの映画を必ず観る!》と心に誓った。たぶん、今のタタくらいの歳のころだったろう。
そして20歳ごろに大阪の名画座でその念願をはたした。観終わったあと丸一日くらいの記憶がほとんどない。それくらい感銘をうけてふらふらになってしまった。『奇跡』はそれ以来、私の生涯で最高の映画という不動の地位をたもっている。
カール・テホ・ドライエルは、今はカール・ドライヤーと英語表記されることが多い。映画史上でも巨匠のひとりとされ、日本でも根強い人気があるが、残念なことに最近彼の作品は日本での上映権が切れてしまい、当面は観ることができないそうだ。
さて話はもどって、この前ネットでもの調べをしているとき、「カール・ドライヤーの映画におけるハンマースホイの影響」という長いタイトルが目に入った。むむ、これは? と調べてみると、これが、今開催中の展覧会場で行われたコペンハーゲンの美術館長の講演で、同時代人であったハンマースホイの絵画から、ドライヤーは構図その他のさまざまな影響を受けているのではないか…という内容だったことがわかった。
にわかにその絵を観てみたくなり、展覧会のHPほか、いろいろとさまよってハンマースホイという人の絵を初めて観た。予感どおり、なにか強く引きつけられるものがあって、すぐに図録を注文したというわけだ。
一見、ごく端正な、とくに変哲のない風景、人物、室内画である。でも観ているうちに、なにか奇妙な感じ、異様な感覚をおぼえる。色使いは暗く、印象は重い。気がつくと、風景には人の気配がまったくなく、室内にも誰もいないか、たったひとり立つ女性もほとんど背を向けている。それなのに、なにか不思議な安らぎを感じる。
今でもひとコマずつ頭に焼きついている『奇跡』の、特に室内のシーンを思い返すと、確かに通じるものがあるような気がする。それは構図うんぬんというより、そこにただよう空気のようなもの。重い暗さにみちた部屋に流れる静寂と、一種異様な緊張感。そして、かすかな希望の光。

今日は個人的にとっても元気の出ない一日で、いつもふざけてばかりいる私がめずらしく沈んでいるので、タタやミミに気をつかわせてしまったかもしれない。
ひさしぶりに暖かい秋晴れの日になった。家中の布団を全部ベランダの柵にぐるりと干して、外から見えないように囲ってしまうと、敷布団を一枚だけベランダにじかに敷いて、寝そべってひなたぼっこ。見えるのは布団と空だけ。ほんのしばらく、そうやってひとりの時間をすごした。
気持ちをからっぽにして、といってもなかなかからっぽにはなってくれないけど、青い澄んだ空をながめていたら、少しだけ眠くなり、少しだけ自分をゆるめられるような気がした。
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by higurashizoshi | 2008-11-12 21:28 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

ミミ11歳になる

この一週間ちょっとの間には、かなり公式のお出かけが一件あり、タタを筆頭に疲れはて(でも行けてよかった)、疲れをいやしているうちにミミの11歳の誕生日がやってきた。

ハロウィンが誕生日というのが、ミミはちょっぴり自慢。でも私はミミが生まれるまで、ハロウィンがいつなのかすら知らなかった。
ミミが生まれて、電話で友だちに「31日に生まれたよ」と知らせたとき、「わあ、ハロウィンだね!」と言われて「ほー、そうなのか」と思ったくらいだ。で、それはなにをする日なの? と思いながら…。(今ではちゃんと知っていますよ)

さて誕生日当日の昨日は、ミミはコトブキとコトブキ母と3人でプレゼントの買物に。留守番のタタと私、めずらしく2人で昼食をたべた。
「そろそろ生まれる! ってころ?」と、時計を見ながらタタが言う。
11年前の今日のことを言っているのだ。
「そやね。今ごろ、お風呂わかしてもらってたぐらいかなぁ」
と、私も時計を見上げて答える。
ミミは、助産院の小さなお風呂の湯船の中で生まれた。
その様子を、コトブキに抱き上げられた2歳半のタタはじっと見ていた。
ミミが湯船からぽっかり上がってきた、その瞬間の記憶は、はっきり残っているそうだ。
人間はどの時点から口呼吸をはじめるのか、というような話になって、お湯の中に生まれ出た時点では、ミミはまだ呼吸してなかった…と話すとタタはちょっとびっくりしていた。

お湯から抱きあげて、腕の中にそっとくるんでも、ミミはまだ眼も口もつぶって、しーんとしていた。そのときのミミの顔はなんともおだやかだった。
あれ、泣かないな…と思った次の瞬間、ミミは「ふぇーん」と気の抜けるような声で、ひと声だけ泣いた。それが、ミミの初めての口呼吸。
ちいさなちいさなミミを抱いてお風呂を出ると、明るい秋晴れのお昼すぎの陽光が、部屋いっぱいに射しこんでいた。

さて、コトブキと帰ってきたミミは、「8割ぐらいだった」と言う。
ミミの所望したプレゼントは、「撮影用の各種材料」という超・実用的なもの。いろんな紙やら布やら針金やらを何日も前から考えてリストにし、遠慮せずまとめ買いできるスペシャルデーとして楽しみに今日を待っていたのだ。その成果が8割くらいだったという。それでも十分ミミは満足そう。

d0153627_15382931.jpg写真は、おまけのプレゼントとしてコトブキからロバート・サブダの『ナルニア国物語』のポップアップ絵本。これはミミのリクエストだったそうで、以前私の友だちが『不思議の国のアリス』を贈ってくれて以来、ミミはサブダの超絶ポップアップに夢中なのだ。
それと、私がネットで買っておいた『ベーロチカとタマーロチカのおはなし』。ミミが以前、何度も図書館で借りていたお気に入り。ロシアのふたり姉妹の子どもの、なんともほほえましいお話なんだけど、このふたりの性格がタタとミミにそっくりで笑ってしまう。
そして小さなくまは、タタの手作りプレゼント。前に私に作ってくれたくまの「子分」なんだそうだ。

ミミは幼いころ大病から生還したこともあって、毎年誕生日は「よく元気で生きててくれた」と心から思う。
最近は私よりしっかりしてるぐらいで、なんだかすごく大人なミミが、バースデーケーキの火を一気に吹き消した。
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by higurashizoshi | 2008-11-02 15:55 | 雑感 | Comments(16)

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