ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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一年のおわりに

おいしい白味噌をたくさんいただいたから、取りにおいでと母から電話があり、タタとミミと3人、きいちゃんに乗って実家に行ってきた。
京女の母に育てられた私は、お雑煮は絶対白味噌派。子どもたちも東京時代からずっとそれに慣れている。いつも年末、実家に知人から樽で届く白味噌はとっても滋味があり香りがいいので、たくさんおすそわけしてもらってお雑煮に使っている。
私たちが実家に着くと、母が用意してくれていた袋入りの味噌と、干し柿をいくつか渡してくれた。「これもいただきものやけど、おいしいから」と。

母がいろいろなことを忘れはじめて、もう何年にもなる。
このぽってりと大きな干し柿は、私が実家あてのお歳暮に送ったものだ。母はそれが届いた日に、好物に喜んで電話をしてきたけれど、そのことはもう母の記憶には残っていない。干し柿が私から届いたものだということも、忘れている。
朝、電話がかかってきて、午後、またかかってきて、母は同じことを話す。私はいつも思う。母の中で、忘れてしまったことは《なかったこと》になってしまうのだろうかと。
たとえば干し柿が届いたときのあの母のうれしさは、どこにいってしまうのだろう。
この前せつせつと私が語ってきかせた、薬を忘れず飲まなければならない理由に、よくわかったわとうなずいていた母の決意は、今はどこにあるのだろう。
いつか母がもっとたくさんのことを忘れ、そして私のことも忘れてしまうときがきたら、母にとって私も《なかったこと》になってしまうのだろうか。
ふとそんなことを考えてしまうのだ。

*****

 あの男の子のことを憶えてる、パパ?
 ああ。憶えてるよ。
 今でも元気でいると思う?
 ああもちろん。元気でいると思うな。
 でも迷子になっちゃったかな。
 いや、迷子にならなかったと思うよ。
 迷子になったんじゃないかって心配なんだ。
 あの子はきっと無事だよ。
 でももし迷子になったら誰が見つけてくれるの? あの子を誰が見つけてくれるの?
 善意が見つけてくれるんだ。いつだってそうだった。これからもそうだよ。

        ―コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(黒原敏行訳)



〈一年のおわりに、ごあいさつ〉

1月にこのブログをはじめ、この一年は生活の中にいつもこの場所がありました。
悩むことも多い今年でしたが、ひとに読んでもらうための文章をここにつづることは、私にとってとてもいい心の手当てになった気がします。
今年観た映画、もちろんほぼ全部DVDですが、数えてみると78本。
今年最後に観た映画は、マイク・リー監督『人生は、時々晴れ』でした。
もっともっと、ここに書きたい映画がいっぱいありました。
来年もたくさん観て、読んで、書きたいと思います。
見知らぬ方もふくめ、いつもここに来てくださるみなさん、コメントやメールをよせていろんな支えをくださった方たち、ありがとうございました。
新しい年が、みなさんに光さすものになりますように。
すぐそこの来年にまた、お会いしましょう。

―higurashizoshi
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by higurashizoshi | 2008-12-31 23:59 | 雑感 | Comments(0)

コニファーの散髪

玄関脇のコニファーが成長しすぎてすごいことになっているのが、ずっと気になっていた。
気になりながらできなかったことを思い切ってやる。というこの年末のテーマのひとつとして、昨日の午前中はコニファーさんたちの散髪(剪定とはいえない)、そしてほったらかしだった庭の掃除をした。
一重の赤いバラの木は伸び放題。思い切って刈り込んで、花壇の雑草も抜きまくって、ほうきとちりとりを手にミミと駆けずり回って、最後にはタタも出てきてコニファーの小枝を「小さいツリーになる」とちゃっかりゲットしていった。
両手はバラのトゲの引っかき傷でちょっとひりひり。でも、ひさかたぶりにすっきりした庭をながめた。

残る問題は、コニファーたちが海風のおかげでみんな傾いてしまっていること。
海から数分とはいえ、海との間には大きなマンションとか建物がけっこうあるのに、潮をふくんだ風はわが家の前を強く吹きぬけていく。その風の向きのままにコニファーはナナメっていってしまうのだ。
以前太いひもで門柱と結んで幹を固定してみたのだけど、自然の力にはそんなものでは太刀打ちできないらしい。植物オンチ&図工オンチには、何をどうしていいやらさっぱりわからない。
これはまあ、あせらず新年にもちこして考えるか…。

年末特集と銘打って、ミミと何本も続けて映画を観たので、ちょっとあたまが沸騰している。それぞれの映画について書きたいことも山盛りなのに時間がなくて、そして毎晩寝る前に本を読むのだけれど、その本のことについても書きたい。たくさんの物語とたくさんの考えがもつれあいながら、押しあいへしあいして私の中で揺れている。

ツリーを出し、クリスマスの飾りをトイレの窓(わが家唯一のギャラリー)に。子どもたちはサンタクロースの訪れを待っている。13歳のタタも、11歳のミミも、サンタを信じている。これはまたひとつの悩みの種でもある…。
もちろんサンタは存在する。それが子どもたちの信じているような形ではないだけで。
遠くないうちに、そのことを自然に、ちょっと落胆しながらも温かい気持ちで受けいれてくれたらいいのだけど。
でもそれはまだ今年のクリスマスではない。子どもたちよ、まだサンタへのプレゼント希望を決めていないのはどういうわけだ…サンタはきっと、とってもあせっているよ。

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by higurashizoshi | 2008-12-22 11:58 | 雑感 | Comments(6)

ルミナリエ

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最終日の前の日にようやく間に合った。14回目になる神戸ルミナリエ
去年は行くことができなかったけれど、今年は家族で光の回廊を歩くことができた。

あの震災のとき、私は妊娠8ヶ月だった。東京の自宅で、明け方に友だちからの電話を受けた。
「テレビつけて! 神戸が大変なことになってるよ!」
わけがわからないままテレビの前に座りつづけた。実家にも幼なじみにも連絡は取れない。やっとつながった電話で母は叫んだ。
「絶対帰ってきたらあかんよ!」
夜には、テレビの中でコトブキの育った町が燃えていた。私たちは涙も出ずにただそれを見つめていた。

あのときお腹にいたタタは、今は私と同じ背丈になって、震災を追悼するための美しい光の道の中にいる。
この14年のこと、そして今年のこと。たくさんの思いを揺りかえしながら、かみしめるように歩いた。
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by higurashizoshi | 2008-12-15 22:32 | 雑感 | Comments(8)

今年最後に観る映画

今年もあと三週間。あれもこれもやらなければ…と思ってカレンダーをながめていたら、
「今年最後に観る映画は何にする?」とミミが真剣な顔で言う。
ちかごろ、ミミといっしょに映画を観ることがふえた。ミミのリクエストはなかなか渋く、最近観た映画をいくつかあげると、

『鳥』『見知らぬ乗客』『裏窓』(アルフレッド・ヒッチコック監督)
『卒業』(マイク・ニコルズ監督)
『トゥルーマン・ショー』(ピーター・ウィアー監督)

などなど。けっこう古い映画が多い。これらは私がおしゃべりの合間に「昔観た映画でこんなシーンがあったんだよ」などと話して、ミミが興味をそそられたというパターンがほとんどだ。たとえば『卒業』。あまりにも有名な花嫁強奪のラスト、そしてそのあとバスに乗り込んだ若い二人のとまどいの表情。何のきっかけだったかそんな印象を話したら、「観たい、観たい」ということになった。
『トゥルーマン・ショー』もそうで、若い男がある町で幸せに暮らしているんだけど、それは彼を主人公にしたテレビ番組なんだよ、町も作り物、家族も友人も俳優が演じてるだけ、それを知らないのは彼一人…そんな映画があってね、という話をしたら「観たい、観たい!」。
だからこういう流れで借りた映画をいっしょに観るとき、私は何年ぶり、ときには数十年ぶり? くらいにその映画を再見することになる。
ヒッチコックの『鳥』なんか、子どものころから何度観たかわからない映画で、すっかり全部憶えているつもりで今回観たら、「あれっ、こんなシーンあったっけ?」「え、こんな展開だったっけ?」ということが山ほどあり、さすが名作と改めて感心するところあり…ミミのおかげで、なかなか面白い体験をさせてもらっているのだ。

そういえばしばらく前に『第三の男』(キャロル・リード)も観た。私はたぶん4回目くらい、ミミはもちろん初めて。今から60年近くも前の白黒映画、退屈ではないかなと思ったけれど、すごく面白かったらしい。戦後すぐの荒廃したウィーンの町の光と闇、ニヤリと笑うオーソン・ウェルズの不敵な顔が浮かび上がる。アリダ・ヴァリの粋な帽子と男仕立てのトレンチコート、あの長い長い並木道のシーンに響くツィターの調べ。映画というのは観るたびに新しい発見があって、自分の年齢や経験が重なれば、また違う角度からいろんなことを感じられるものだ…とつくづく思う。ウェルズ演じる悪党ハリー・ライムのあの酷薄さ、どうしてアリダ・ヴァリはこんな男に愛情を注ぎ、かばい抜くのか、いまひとつわからなかった昔。今ならよくわかる自分がいて、だからいっそう幕切れがせつない。

今年の後半は観る作品が外国映画にシフトしてきたので、来年はまた邦画もいろいろ観たいし、ミミともさまざまな国の映画を観られたらいいなと思う。
で、問題は「今年最後に観る映画」。さて何にしよう…ミミと観るのと、自分ひとりで観るものと、どちらもよくよく考えたい。残された時間は三週間…。
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by higurashizoshi | 2008-12-10 11:31 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

ユズが届いた

友だちからユズが届いた。段ボール箱を開けたとたん、ぱっと香りが立って、明るい黄色の実がいくつもいくつも出てきた。
このユズを送ってもらうのは何年ぶりだろう。友だちのお父さんが植えた山いちめんのユズの林に、私も行ったことがある。もう、ずっと昔の話だ。
そこは山にかこまれた小さな集落で、友だちの実家は私が映画の中でしか見たことのないような立派な、古い日本家屋だった。その玄関から出てきたお父さんは、これも古い映画に出てきそうな渋いおやじさんだった。
そのお父さんも今は亡くなって、あの家もユズの山も誰も手をつけることなくそのままになっているという。長い時間の中で、友だちの身の上にも私の身辺にも、ほんとうにいろいろなことがあった。遠いけれど鮮明な記憶が、今もただよいながら残り続けている。
今年は、友だちはしばらくぶりで実家のユズを採りに行くことができたらしい。
ひとつ手に取って、鼻を近づけてみる。胸まで通るような、かぐわしい匂い。
その夜はさっそくいくつか浮かべてユズ風呂にした。ときどきお風呂に侵入してくるチャチャが、
「その黄色いモンはいったい何ですかい?」
と言いたげに湯船のへりまで歩いてきて、くんくん匂いをかいでいた。
ネコは柑橘系の香りが苦手だから、「なんじゃこりゃ」という顔で鼻にしわを寄せるとチャチャは退散。それを見て笑いながら、あとは人間が香り高いお風呂を楽しんだ。
箱いっぱい送ってくれたユズ、いくつかおすそわけしたあとは、皮をむいて刻み、実は絞ってそれぞれ冷凍して大事に使おうと思う。ユズのゼリーなんかも作ってみよう。あの山いちめんのユズの林を思い出しながら。d0153627_14421447.jpg
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by higurashizoshi | 2008-12-03 14:52 | 雑感 | Comments(2)

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