ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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遠くはなれていても

遠方の友が入院した知らせを聞いてから、一週間ちかくたつ。いつもはその友のブログを読み、たまにメールをやりとりして、無事を確かめていた。長い長い病気とのつきあいの中で、何度もあの世の手前まで行ってはあやうく引き返してきた人。ずいぶん年上だけど、なぜか誕生日が一緒で、なにかというと「higurashizoshiとオレは、同い年なんだぜ」と人に言うので、そのたび「こらー!」と怒っていた。
オトコとしてはいろいろ言いたいことの多い人だが、友であることは不思議と続いていた。それはたぶん、お互い《書くこと》を自分のだいじな仕事と思い続けている、同志的な気持ちに支えられてきたのだと思う。

入院以来、本人と連絡を取りあうことはできなくなった。人づてに様子を聞くだけだ。今のところ危機は脱しつつあるようで、ほっとしているけど、身体の中にはたくさん爆弾をかかえている人だから、この先のことはわからない。
さっと会いに行ける距離ではないし、第一私が今病院に駆けつけたところで何の役にもたたないどころか、かえって迷惑になるだけ。それはもちろんわかっているから、私にできるのはふだん通りに元気に日々を暮らすこと。そう思いながらも、なんともいえないやるせなさが胸にひろがる。
ただ遠くで、その人のことを思っているしかない状態はつらい。つらいけどそれを持ちこたえなければならない。

毎週観てきたドラマ『Mother』が終わった。このドラマは同じ坂元裕二脚本の『わたしたちの教科書』と同じように、息をつかせない緊迫感で毎回金縛りにあうような作品だった。
虐待にあっている教え子を教師が誘拐して助けるという、一見現実離れした設定から話ははじまる。しかも彼女はその子に「あなたのお母さんになる」と言うのだ。
その後次々と、登場人物それぞれの背景が明らかになり、彼女がなぜその子を助けずにいられなかったか、《母》になろうとしたのかがわかってくる。そして子どもの実母が虐待にいたった過去も描かれ、同時に主人公は自分をを捨てた生みの母と再会する。幾重にもかさなった母と子がねじりあい物語が進んでいく。

映画のような凝ったカメラワーク、役者それぞれの演技も凄みさえ感じさせるほどのものだった。そのなかでも虐待から救い出され、新しい《母》を信じ懸命に生きる子を演じた芦田愛菜という子役があまりにも素晴らしくて、たった5歳の子がどうやってこの状況をのみこみ、ここまでの演技ができるのだろうと思った。
虐待にあう子どもたちを救いたいと多くの人が思う。では実際に他人がその子を救い出したら何が起きるか。親権があるかぎり、それは犯罪になってしまう。子どもの意思とは関係なく。
このドラマで打たれたことのひとつは、子どもをたんに受身の被害者としてでなく、意思をもったひとりの人として描いていたことだ。この子は実母とその恋人から、命の瀬戸際までの虐待を受ける。そこから救い出してくれた人を、この子は新しい《母》として選ぶ。実母を捨てて。
その後も、ぎりぎりの局面を《母》とともにくぐり抜けながら、常にこの子は自分からさまざまな選択をしていく。もちろん子どもだからその多くは踏みにじられる。それはひとつひとつ、観ているこちらの痛みになってひびく。
やがて《母》と決定的にひきはなされることになったとき、この子は次の選択をする。自分の意思で。今後も自分の足で人生を歩いていく、それをしめす幕切れだった。

最後に、《母》と子は、別々の場所で、同じ渡り鳥を見上げる。鳥になって大空へ逃げたかったふたり。遠くはなれていても、思いあうことで生きていける。そばにいられないつらさを持ちこたえ、それぞれが自分の毎日を生きていく。そうするしかないのだし、それがいつかまた会える日をつくりあげていく、ただひとつのやり方なのだ。
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by higurashizoshi | 2010-06-25 15:05 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

《無我》の境地で

親子で出かけるとき、「車で行くの、電車で行くの?」というのがタタとミミのいつもの質問。
タタは車に乗るのが大好き。そりゃねえ、車窓の景色を見ながら、快適なプライベート空間で好きな音楽を聴きながら移動できるんだから、言うことないよねえ。
そしてミミは電車が嫌い。車に乗るのが特に好きってわけじゃないけど、とにかく電車に乗るのがイヤなんだそうだ。知らない人と乗り合わせて、じっと過ごさなければいけないのが苦痛らしい。
だから2人の希望はいつもひとつ。「車で行きたーい!」
しかしだ。
以前から繰り返し申し上げておりますとおり、私は運転が大の苦手。車で出かけるときは前日から気分がユーウツになり、当日の朝にはすでに心は灰色、頭も灰色。
そして出発の前には、滝に打たれる気分で毎回念じる。
「今日私は事故で死ぬかもしれない、どうか子どもたちの命は守られますように」
「今日私は誰かを死なせるかもしれない、どうかそんなことが起きないようお守りください」
大げさと笑う人は笑いなさい。なんといっても車は《走る凶器》である。人間と車が同じ道を通行していること自体まちがってるし、たとえ運転側に非がなくても事故が起きれば命を左右する事態がおきる。いつも片側一車線の道で大型トラックとすれ違うたび、もしドライバーが今わき見をしていたら終わりだなと思うし、小さな子どもが道端を自転車でヨロヨロ行くのを追い越すときは、それだけで寿命がちぢむ。
そう思ってる人間が車に乗りなさんな! って話だが、趣味や好みで乗っているわけではないのです。いろいろとやむをえない事情があって車を使うしかないので乗っているだけ。でも子どもたちにとってはそこが快適空間になってしまったという皮肉な話なのだ。

というわけで、運転の予定がない日々が続くと私の心は平穏になり、ああ、地面に足をつけて移動するのってなんていいんだろうと毎日思う。もし、10キロの道を歩くのと車を運転していくのとどっちがいいかと言われたら、私は迷いなく歩くほうを選ぶ。そういう人なのである。
でもこの平穏な日々がしばらく続くと、そのうちタタは「車でどっか行こうよー」とおそろしいことを言い出す。
淡路島に行こう、とか。海の上を渡って、知らない道を。
だからぁ、このハハは運転が嫌いなうえに、地図読めない+方向オンチやっちゅうねん。未知の場所でも地図をざっと見ただけで車で行ける人は、私にとってはほぼ宇宙人。私には一生かかってもたどりつけない遠い星の住人である。高速道路に乗れる人、これもすごい。宇宙人とまでいわないが、少なくともヨソの国の人である。私には行けない国の。

そんな私は運転中、どんな精神状態でいるか? というと、ひとことでいって《無我》である。日常ではありえないほど神経を使って(とにかく日常では右足で左足を踏んでしまうような人間なので)周囲に注意をはらってはいるのだが、心は《無我》。さざ波すら立たない。ようするに、あきらめているのである。すべてを。
後ろのシートではタタとミミが、カーステレオの音楽を聴きながらのんびり外をながめている。ときには、こっくりこっくり気持ちよさそうに眠っていることもある。こんなに安心して乗ってるんだなあと思うといじらしいような、おそろしいような。そう思いつつも、私の心は《無我》のまま。運転中はこのスイッチが入りっぱなしになることで、どうやらもろもろのマイナス感情から自衛されてるらしい。
だから、その日の運転を終えて家に帰りつき、子どもたちを先に降ろしてガレージに無事車を入れると、いきなり感情がだだだーっと軟体動物化して、しばらく平常心に戻るのに時間がかかる。そして神さまに感謝(今日も死なずに死なせずに無事に帰り着けてありがとうございます)。
ここまでをエンジンを止めた車の中でやって、車を降りると玄関にキスしたいくらい。心の中では阿波踊り。

こんな気持ちで車を運転してる人もめずらしいだろうなと思う。でもここまでとはいかなくても、運転は苦手だけど、必要上しかたなく乗ってる人はけっこういるだろう。あんがいそんな人が多いほうが、スピード出しずぎず、事故も起きにくく、車社会は平和になったりして…んなことは、ないか。
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by higurashizoshi | 2010-06-23 14:54 | 雑感 | Comments(2)

上海の伯爵夫人

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2005年公開 イギリス・アメリカ・ドイツ・中国
監督 ジェームズ・アイヴォリー
脚本 カズオ・イシグロ
出演 レイフ・ファインズ ナターシャ・リチャードソン 真田広之 ヴァネッサ・レッドグレイヴ リン・レッドグレイヴ


1936年の上海。日本軍の侵攻の直前の、爛熟をきわめたこの都市に、ひとりのアメリカ人外交官がいた。冒頭から品格ある美しい紳士の風貌を見せつつ、彼の雰囲気はどこか奇妙である。
と、彼の眼が見えないことがすぐ明らかになる。しかも自分の属している上流階級の世界にも、政治の世界にも、なぜかまったく関心がないようにみえる。そして突然競馬に全財産を賭け、自分の《夢の店》を出すと言い出すのである。当時の上海はさまざまな国から集まった最先端の文化が渦巻き、華やかなダンスホール、料理店やキャバレーなどがひしめいていた。そこに彼は、自分の理想のバーを作るというのだ。
そろそろ観客は、ジャクソンという名のこの男がどこか壊れているのだということに気づきはじめる。しかもそれは、こちらを少しずつ不安にさせるような、深い壊れかたである。
眼が見えなくなったのはそれほど昔のことではないのは、おぼつかない歩き方からわかる。やがて、ジャクソンの過去があきらかになっていくにつれ、彼がその視力とともにうしなったものの大きさがわかってくる。絶望の底をはいながら、彼は一瞬一瞬の享楽だけを支えに生きるしかないのだ。
そんな彼の前に、ひとりのロシア人女性、ソフィアがあらわれる。彼女は幼い娘やおばたちとともに、革命から逃れて上海にたどりつき、苦しい生活に耐えていた。ロシアでは伯爵夫人として優雅な暮らしを送っていた彼女は、いまでは家族の暮らしを支えるためダンスホールで男たちの相手をつとめる日々を生きている。そんなソフィアに依存しながら、おばたちは彼女の仕事を貴族の恥とののしり、娘をソフィアから引き離そうとまでする。
そんな孤独で屈辱的な毎日を送る彼女を、ジャクソンは自分の開く理想のバーの《店の華》としてスカウトする。美しく、気品とプライドに満ち、しかも人生をあきらめている者にしかないけだるさ―それが、ジャクソンがソフィアに見た《華》としての魅力だった。2人は互いに通じあうものを強く感じながらも、開店したバー「White Countess(白い伯爵夫人)」をともに支えながら、一線を越えることなく友情を続けていく。やがて間近に日本軍の軍靴が聞こえ、上海は陥落へと一気になだれおちてゆく…。

オリジナル脚本がカズオ・イシグロ、監督ジェームズ・アイヴォリー、撮影クリストファー・ドイルという、これで素晴らしくなかったら困るような組み合わせ。そして壊れゆく男を演じたら右に出るものはない名優レイフ・ファインズ、気品と優雅さに満ちたナターシャ・リチャードソン、天下の名女優ヴァネッサ・レッドグレイヴとリン・レッドグレイヴの姉妹出演(ナターシャはヴァネッサの実娘なので親子出演でもある)、謎めいた日本人を演じた真田広之と、豪華絢爛なキャスティング。そのわりにけっして派手な印象の作品ではないが、そこがいかにもカズオ・イシグロが作りあげた世界らしい。
《なにかを決定的にうしなった人間》がさらに翻弄されながらも生きのびていくというのがイシグロの小説世界のメインストリームで、この「上海の伯爵夫人(原題は店の名と同じ『White Countess』)」も同じ流れのうえにあるといえるだろう。
この時期の上海は多くの芸術作品の舞台になっていて、たとえば近くではアン・リー監督『ラスト、コーション』が思い出される。薄靄が張ったような魔都・上海のたたずまいが魅力的だったが、この映画の上海はもうすこしきらびやかに、軽やかに描かれている。個人の絶望感や虚無感と時代のそれがないまぜになって、やがて破滅へとむかっていくという結末を、この作品は単純にはとらなかった(観ていない方のため、こう書くしかないが)。そのことが、観終わったあとにかえってじっくりとしみてくる余韻をつくっていると思う。

没落した伯爵夫人を演じたナターシャ・リチャードソンは、私には最初この役にあまり合っていないように思えた。《華》としての美しさと強さには、いささか足りないように思えたからだ。けれど物語が進むにつれ、その深い気品と優しさに魅せられていった。結果的には、ありきたりの美女を配するよりはるかに適役だったと思う。
彼女は昨年、事故で45歳の若さで亡くなり、その記事を新聞で見たときは私はまだスクリーン上のナターシャ・リチャードソンを見たことがなかった。この映画を観ながら、きっとこれは彼女が一番すばらしく輝いていた役であり演技なのではないかと感じて、いっそう胸にせまるものがあった。
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by higurashizoshi | 2010-06-18 18:21 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

スピッツ2010@神戸こくさいホール

好きなものの話を人とするのは、あんがいむずかしい。うまく好みが一致したときは会話が平和にすすむけれど、最初からまったくの行き違い、となると気まずい。そして、実はいちばん困るのが、「○○が好きなんだけど…」「あ、それ私も好き」と幸運なスタートを切った会話が、双方の「好き」の中身に実はエライ差があり、その「好きななにか」に対する認識のちがいがあきらかになっていき、心はかけはなれていき、結局はかなしい結末で終わることである。

d0153627_17173117.jpgで、なんの話をしたいかというと、スピッツである。かわいいですね。
じゃなくて、日本のバンド、スピッツ。知らないって人はあまりいないだろう。デビューから20年以上、ずっと売れ続けている。メガヒットだってあったし、タイアップも多数。スピッツの一般イメージはたぶん、《草野マサムネの透明なボーカル》《美しいメロディーと歌詞》《爽やか癒し系バンド》みたいな感じ。
だから私は言えない。「音楽どんなの聴くの?」「何が好き?」と聞かれたとき、「スピッツ」と。「まあUKロックとか…」などとお茶をにごす。
だって、無邪気に「スピッツ」と答えてごらんなさい。「あ、スピッツ私も好きー」とか「いいよねスピッツ」という対応がかえってきて、「『白線流し』の歌だよね」とか「聴きやすいよね」という流れになり、なにかこう、きらきら~とした空気になって、こっちは(あー、やっぱり言うんじゃなかった…)と後悔することになる。
d0153627_17223810.jpgスピッツのどこが好きって、私はいわゆるヒット曲じゃないマイナーな曲(特に初期のころ)の、湿った歪んだところが好きなのだ。草野マサムネという天才の書く歌詞と曲は、林の奥の廃屋にそっと隠れているような、暗い胸騒ぎにしめつけられるような、なつかしさと残酷さが点滅する世界。ときどきありきたりの歌を作ってしまって(そしてヒットして)がっかりさせられながら、ずっと長年好きでいつづけているのは、もちろん草野くんの声が理由なくただ好き、ということも、バンドのバランスのよさもあるけれど、その作品世界の美しい歪みっぷりが私の心にぴったり添うからだと思う。

で、そのスピッツのライブに行ってきたという話である。6月7日、神戸こくさいホール。そして、いっしょに行ったのがタタだという驚愕の事実! といっても、事情を知らない人には何のことだか…だろう。不安定期には生来の聴覚過敏が出て、音楽はおろかテレビの音も出せなかったタタである。それが、回復してくるにつれ自分からCDを聴くようになり、好きなアーティストも見つけ、いろんな音楽をたのしむようになった。とはいっても、ライブはとにかく音の大きさが段違いだし、独特の空気、大勢の人…よもやタタが「スピッツ神戸に来るの? 行きたい!」と言うとは思わなかった。
もちろん、タタにとって人生初ライブ。音は大丈夫なんだろうか、楽しめるんだろうか、と案じながら、私のほうは久々の生スピッツなのでその分もさらに緊張して、うへーと言いそうになりながらライブにのぞんだ。
タタにとってはスピッツは「小さいころから聴いてきたから、家族とおんなじで、好きなんだけどあたりまえな存在」なんだそうだ。ふーむ。なるほど、客席にはうちと同年代くらいの親子連れの姿もちらほら。いつの間にかスピッツも40代だもんなあ…と実感。

今回のツアーは、例年とちがってアルバム先行ではなく、新しいアルバムを準備しながらのツアー。だから未発表の新曲あり、なつかしい曲ありで、昔の歌もマイナーな選曲のものがいくつかあったりした。ライブが始まって、とたんに私は不思議な気持ちにおちいっていった。
前回スピッツのライブに行ったのは、9年前、渋谷公会堂。タタは6歳で、当時住んでいた東京の学校で不登校になり、それでも行かなければと本人が必死でもがいていたころだった。そのほかにも私じしん、個人的に耐えがたいできごとがあって、人生で何度目かのどん底の時期だった。タタとミミをあずけて、ひとりで行ったライブ。ステージを見つめている時間だけ、何もかも忘れられた。
そして今。となりには15歳のタタがいて、手拍子をしている。ステージの上のスピッツは、まるで9年の歳月なんかなかったみたいにフレッシュで、いったいこれはどういうことなんだろう。私はこの9年で、こんなに年とってしまったというのに。
なんだかおいてきぼりをくったような、それでいてしあわせな気持ちで、2時間あまりを過ごした。アンコールの最後、「僕のギター」で終幕。タタは大音響もなんのその、「すごかった! 楽しかった!」を連発していた。
まさかこんな日が来るとは思わなかったタタとのライブ。お互い、きっとずっと憶えているだろう。

家に帰ってからも「スピッツは歪みだ!」という話で盛り上がり、mixiに《スピッツは誤解されている》というナイスなコミュニティがあるのを発見して、2人で大ウケしながら読んだ。おお、私と同じように思っている人たちがいたんだと感動。まあ、スピッツ自身がその誤解を解こうとする気もなく、一般イメージもちゃんと利用してバンドとしての平常飛行をつづけていくわけだから、これは一部のコアなファンが胸に抱いていたらいい想いなんだろうな。堂々と「スピッツ好きです」と言う、かなわぬ夢を心にしまって…。
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by higurashizoshi | 2010-06-12 17:32 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

たくさん話した

あああ、日のたつのはなんと速いのでしょう。そして私の文章作成はなんて遅いのでしょう。この何日もの間にも書きたいことがいっぱいあり、観た映画も何本かあり、そのなかでレビューを書きかけているものがいくつかあり、だけどアップするまでにはなかなかたどりつかず…。遠くの友の体調がよくないのを案じ、何もできなくてギリギリし、そうこうしてるうちにネコちゃんずのごはんにアリがたかるわ、キッチンに小バエが大発生するわ、出かけなくっちゃいけない用事が重なるわで、あっちこっちへうろうろ…。

とにかくまず近いところから書いておくことにして、昨日のことを。
毎月やっている「あそぼうかい」、気持ちのいい晴天で昨日も盛況だった。木々は新緑をすぎて夏の色へ。そして昨日は、はるばる奈良と京都からホームシューレ会員のMさんとSさんが来てくれた。あそぼうかいは、子どもたちが遊ぶかたわらで、大人たちもそれはそれはよくおしゃべりするのだけど、昨日も来てくれたお2人もふくめ、いろんなことを延々と話した。おまけに地元新聞の取材などもあったので、いったいどれだけしゃべったんだか…。
こういう取材を受けるといつも思うのだけど、不登校=ドロップアウト、学校行ってない子の親=苦悩中、という世間一般のイメージをもって取材側は必ずやってくる。「不登校のお子さんを抱えて、いかがですか?」という感じで。そこにいかに《うっちゃり》をかますか、というのが大事。
人の価値観を急に動かすことなどもちろんできないから、取材側の不登校イメージを簡単にくつがえすことなんて無理だ。まずは、広場で遊びまわっている子どもたち、この子もこの子も学校行かずに育ってるんですよ、という実在感を見てもらう。そして、親たちもやたら笑顔で楽しそうに集っている姿も見てもらい、話の輪に入ってもらう。この時点で、けっこう衝撃をうけたり、不可思議な顔になっている取材者の方も多い。話をすると、もちろん考えや立場の違いから、なかなか話がかみあわないこともしばしば。でも少なくとも、自分のいだいていたイメージは何かちがうぞ、と感じてもらえたら第一歩として十分なのだ。
昨日は取材の方にわが家のこと、タタやミミのこれまでのことなどもいろいろ話さないといけなかったので、注意をはらいながら話した。

さてMさん、Sさんとの話は楽しかった。ホームシューレでは、もう学校に関係なく子どもを肯定して、家で育つことをあたりまえとして見ている人が多いから、昨日来てくれたお2人も、あれこれ説明しなくてもすっとわかりあえる感覚があった。ホームスクーリングネットの方も来ていたので、そちらとももう少しいっしょに話ができたらよかったのだけど、またの機会を待とう。

家に帰ると、どっかーんと疲れてなぜか腰痛が…。ほんとは人と話すのが得意でない(ウソでしょうと言われるけどほんとはそうなんです)。人と話すのは好きなのだけど、話すということは、自分というものを説明することだから、むずかしい。おそろしいことのようにも思う。そういうことを一度にたくさんやると、しばらくひとりでじっと静かにしていることが必要になる。でも、人はおもしろい。人と会うのは楽しい。

さて、明日はなんとか時間を作って、ライブに行った話を書くつもりです。
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by higurashizoshi | 2010-06-10 23:35 | 不登校とホームスクーリング | Comments(2)

明石づくしの一日

6月生まれの宿命として、誕生日は毎年雨…。そう、子どものころは確かにそうだった。
ぴっかぴかに晴れた誕生日なんて記憶にない。毎年、じめじめ、しとしとの一日で、6月生まれってソンだなあと思っていた。
ところが、この何年も、思い出してみると誕生日は晴れ、晴れ、晴ればかり。今年なんて、まだ梅雨も来てやしない。天気予報をみると、乾燥注意報なんか出ている。
誕生日当日、空はきれいなうす青に晴れわたり、大気はからりとここちよい。これは、がんばって長生き(?)してる私への神さまの贈りものか?

数日前から、「おかあさん、誕生日どんなふうに過ごしたい?」とタタとミミに聞かれていた。ちょうど予定の何もない日なので、おかあさんの希望どおりにしてあげる! というわけ。ありがとうございます。しかしですな…
悲しいことに、《なんでも》《希望どおり》といわれても、ぽかーんとするばかり。考えてみたら、もうずっと何年も何年も、自分中心になにかをやるということからあんまり遠ざかりすぎていて、ハテ、それはどんな感じのことでしたかな? というふうになってしまっているのだ。
それで、一生懸命頭をしぼって、誕生日プランを立てた。テーマは《明石でのんびりバースディ》。

まず朝は、ミミに得意のフレンチトーストを作ってもらう。タタは果物と紅茶の用意。お昼は、明石駅から少し歩いたところにある小さなフレンチレストランでランチ。
初めての店だったけれど、神戸みたいにオシャレすぎず、そして魚料理が新鮮でおいしく、いかにも明石らしい感じが大変よろしい。
そして食後は港までのんびり歩き、「たこフェリー」で明石海峡遊覧。淡路島の岩屋まで行って帰る1時間足らずのクルーズだけど、手軽に船旅気分が味わえて、海上は解放感がいっぱい。

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途中、明石海峡大橋をくぐるところもおもしろい。

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潮風にたっぷり吹かれて港に戻り、すぐ近くの魚ん棚に寄って鯛のお刺身を買って帰る。夕食はこれを使って鯛茶漬け。バースディケーキも地元の素朴な洋菓子屋さんに注文したもの。…と、まさに明石づくしな誕生日をすごしたのだった。
家事全般、この日だけは「やっちゃだめー!」と2人でなんでもやってくれたし、ああ極楽極楽…。

元気なタタとミミとこんなふうにすごせて、いろいろな人からもプレゼントやお祝いのことばが届いて、しみじみうれしい一日だった。その最後を飾って、タタからカード、ミミから手縫いのポーチをもらった。

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何日か前から、こつこつ作ってくれていたらしい。ボタンも布でくるんで、とってもていねいなつくり。タタのカードには私への辛口(愛をこめた?)エールが書いてあって、思わず大笑い。それぞれに、それぞれらしい贈りものだった。

そしてこの日は、日本にまた(ここ強調)新しい首相が誕生した日になったわけで、いまだこの間のいきさつに心おだやかでない私としては、自分のこの先も気になるけど、この国がどうなっていくのかが気になってしかたがない。いつからぶりか思い出せないほどの、世襲政治家ではないひさびさの首相だということに、ちいさな期待を持ってもいいのだろうか。
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by higurashizoshi | 2010-06-05 16:51 | 雑感 | Comments(7)
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