ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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アートな秋

「暑さ寒さも彼岸まで」と誰が言ったか知らないが、その人が草葉の陰でガッツポーズを決めそうなくらい、お彼岸を境にいきなり秋が来た。あの猛暑から劇的な変化。身体がついていかない。
長袖をあわてて出して、扇風機も風鈴もしまわなきゃね…と思っているうちに、明日は泊りがけで出かけるという日になってしまった。一泊だけの東京行きだけれど、留守にするとなるとなんとなく家の中が気になって、あっちこっち片付けたり掃除したり。扇風機や風鈴はあとまわしになり、しまうのは帰ってからになりそう。
と、片付けにめずらしく精を出しているさなかにふと振り返れば…こんなことに。
カーテンに、壁紙に、家具に、すばらしい爪あと作品を次々に制作し続ける、わが家の黒王子の新作でございます。

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    新作をながめてご満悦の黒王子。

今回の東京行きは二日間の予定がぎっしり詰まっていて、ゆっくり旅気分を楽しむのはまた次の機会になりそう。井の頭の動物園のゾウ、はな子さんに会いに行きたいのだけど…はな子さん、次に東京行くまでどうか元気にしていてください。
昔、私ははな子さんのオリに入ってパンをあげたことがある。(といっても侵入したわけではありませんよ。)はな子さんのくちびるはものすごく大きく、口の中はとてもあたたかかった。
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by higurashizoshi | 2010-09-27 13:30 | 雑感 | Comments(6)

歯医者騒動

子どものころから歯は丈夫。虫歯のないのが当たり前、と思って油断していたのがいけなかった。思わぬ伏兵があらわれて、このところずっと歯医者通いが続いていた。
伏兵というのは、歯周病である。そんなの自分とは無縁のはなしと思っていたのに、今年ひさびさに歯医者に行ってみたら、
「うへー。歯周病ですよ。進んでますよ。いやー、いつの間にこんなことになっちゃったのかなあっ!」
と言われた。そんな元気に言われたってね。なんか先生、怒ってるみたい。いつの間に…って、そりゃいろいろありましたから。歯医者なんて来られませんでしたから。

そこから延々二ヶ月以上、痛い治療に通い、先週やっと先生から「はい、次回で終わりですからねー」と笑顔で言われた。
やっと最後だ~と思って心も軽く診察を受けた火曜日。痛いのも今日までね~と思うと我慢もきくというもの。
「さ、て、と…」
歯科衛生士さんにかわって先生がやってきて、おもむろに口をのぞきこんで、あちこちを触り、そしてひとこと。
「やっぱりこの歯、抜かなきゃだめですね」

え…?
「やっぱり」…?
「この歯」…?
「抜く」…?

いや、確かにこの、右の一番奥歯はすごく状態悪いって言われてはいた。言われてはいたけどさ、抜くなんて聞いてないし。…やっぱりって何?

「ぬ、抜くんですか?」
「そうですねぇ、ほかに方法がない」
「…抜いたらどうなるんですかっ?」
先生はハハッと笑い、「いや大丈夫ですよ、まあ義歯か…インプラントか…」
「いんぷらんと、ですか?」
「人工の歯です。ボルトで埋め込んで、うまくいけば半永久的に使える。義歯は寿命短いし手入れが大変ですからねぇ」
「……」
頭が状況にぜんぜん追いつけないまま、まず一番に浮かんだ問いを口にする私。
「その、いんぷらんとっていうのを入れると、いったいいくらぐらいかかるんですか?」
先生はちょっと困ったように笑って、ソフトな声で言った。
「50万…ですね」

思考、停止。
5秒経過。
思考、ゆっくり再生。

ごごごごご、ごじゅうまん!?
ごじゅうまん? ごじゅうまん? ごじゅうまん?(以下略)

今日で終わりのはずだったでしょ? 
だのに、来てイスに座ったら、「やっぱり抜く」で「いんぷらんと」で「50万」って…
ぬゎんじゃそりぁぁぁぁ―――!?
そして先生、
「インプラントにしたら、治療が終わるまでだいたい、一年半ですねー」
としれっと言う。

一年半?
今日で終わりが、一年半?

「まあ、よく考えてみてくださいね」と送り出されて、放心状態のままふらふらと歯医者を出た。
頭の中は「ごじゅうまん」の文字が点滅。50万、自分の歯のために50万? 突然に50万? …歩いているうちにだんだん、やっと腹が立ってきた。
おかしいよ、先生。最初から説明してもくれないで、いきなり他の選択肢はないって言い方されて、納得する患者がいるかい? こっちは治療終了と信じて行ってたのに。
あああ、ショックのあまり文句のひとつも言えなかった自分が口惜しい。口惜しいと思うとまた無性に腹が立つ。思わず奥歯を噛みしめる。これ、抜いちゃうの? ほんとにそうするしかないのか? そしてそして…50万? いやいや、絶対無理。ダメ。ほかの道があるはず。きっとあるはずだっ!

その夜、姉に用事があって電話した。切りかけたとき、ふと「そういえば今日さあ…」と事のてんまつを手短かに話したのだった。
すると、なんと。姉いわく、
「エッ、あたしも歯周病で一番奥歯抜いたよ、去年。」
なんですと!? なんちゅうディスコミュニケーション姉妹。そんなこと知らんがな。
「それでっ、それでっ、そのあとは? どうしたん?」義歯か、50万か?
「…え、そのまま。」

そのまま…?
「あたしが行ってるとこの先生は、この場所の歯は抜いたままで大丈夫って。ボクも奥歯抜いてそのままですねん、って口あけて見せてくれたもん」
ハイ…?
「で、で、抜いて今はどうなん?」
「いや、すっきり! めっちゃ具合いいよ。」

なんなんだ、なんなんだこのギャップ。
今日、私が言われたこととぜんぜん違うじゃないの。
驚きのあまり、その後ネットで調べてみたら、抜歯のあとそのままにしておいていい、という意見の歯医者もそれなりにいることがわかった(ただし一番奥歯の場合がほとんど)。
その一方で、インプラントや審美歯科系の歯医者のものすごい数、華麗な宣伝ぶりにも圧倒され、くらくら。もちろんそっちが今は主力で、いまやお金をかければ、高度な技術で人口の歯もきれいな歯並びも手に入れられるのだ。50万円で腰を抜かしてた私なんてカワイイもん、という巨額の金を歯につぎこむ人も多いらしい。
ふーむ。

そしてひと晩考えた結果、姉の行っている「口をあけて抜歯あとを見せてくれる先生」のところに行ってみることにした。これまでの歯医者は家からすぐのところで至極便利だったのが、そこは車かバスで数十分という距離。でもじっさい、行ってみた価値は大いにあったのだ。
先生はこちらの話はじっくり聴いてくれるし、やっぱり口をあけて「ボクも抜いてそのまんまですわ!」と言い、インプラント50万に「…高っ!」と苦笑し、
「うちなら35万ぐらいですわ。そやけど運がよかったですやん、この奥歯やったらホレ」
とレントゲン写真を見せながら、
「この歯を抜いてもここが噛み合わせるから、大丈夫ですよ。そんな高いモン、入れんでよろしいやん!」

よし、決めた。
明石に越してからずっと子どもたちもお世話になってきた歯科ではあったが、きっぱりお別れすることにした。これからはこの「口をあけて見せてくれる先生」のところに通おう。
そう思った決め手はこの診断だけではなく、これまでの歯医者ではいかにも「助手のお姉さん」でしかなかった歯科衛生士さんが、ここでは先生と対等にモノを言ってるのが新鮮だったからでもある。プロ意識で背筋がのびた感じの衛生士さんたちは、とってもさっそうとしていた。

そして、心もぐっと軽くなった帰り道で思ったこと。
50万円、はもちろん大問題だけど、私の中でいちばん大きかったのは、医者への不信感だったんだ。もし治療の最初からきちんと見通しが説明されていたら、かかりつけ医を替えようとまでは思わなかったかも。
…まてよ、もしそうなってたら、私は結局あの先生にずっと従うことになってたんだろうか?
そう考えると、今回のショックも、実はいい転機につながっていたと思えなくもない。絶妙のタイミングで姉から話を聞いたのも、不思議な運。これもまた、《ピンチはチャンス》っていうやつなのかもねえ…。結果的に、信頼できそうな歯医者が新たに見つかったわけだし。

でもやっぱり、家に帰り、迎えに出た子どもたちに開口一番、口をついて出たことばは…
「50万もうかったぞい!」
正直な私であった。
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by higurashizoshi | 2010-09-22 11:29 | 雑感 | Comments(2)

こぼれ落ちるもの

夜中に何気なくテレビをつけたら、どこかの高層ビルが煙を上げて崩壊していく映像が映った。最初は映画のシーンかと思い、すぐに、手前に写りこんでいる群集のただならないパニックぶりに、これはフィクションではないようだと知った。ワールド・トレード・センター。ニューヨーク。ことの次第をようやく理解したとたん、膝が小刻みに震えだした。
――戦争が起きる。そう思った。

あの夜から9年がたった。あのとき直感的に思った《戦争》はたしかに、世界中を巻き込むかたちにはならなかったが、イラク戦争という一方的なかたちではじまり、そして終結した。アメリカ軍はこの無為な戦いから手を引き、9.11の出来事の真相はさまざまに分析され推測され、いまだに多くの謎をのこしている。

私はあの夜、東京の自宅にいた。タタは小学校に入学してまもなく心身に変調をきたして学校に行けなくなっていた。あのころは、まるで今の皇太子妃親子のように、私が一緒に付き添い登校というものをしていた。子も親も、しんどい時期だった。当時の、うす暗い迷路を歩いているような気持ちの中で、9.11はたんに社会的な事件というより、心の内側をつらぬかれるような重い予兆に思えた。

あれから9年のあいだに、わが家にもたくさんの激動があった。今、やっとひとつ、静かで平らな場所にたどりついたなという実感がある。家族という集団はこんなに小さいのに、こんなに困難で生きがたく複雑なことが起きていく。もし9年前に戻って、未来が見える装置でこの9年間を見せられたら、私はしり込みして逃げ出すだろう。でもどこへ?

神さまは、その人間が耐えられることだけを課すものだとよく言われる。つまり、課された重みや苦しみは、その人の忍耐の量をきちんと満たし、その外へこぼれ落ちることはないということになる。
でもそれは、耐えられる以上の苦しみを与えられた人への詭弁ではないのか、といつも思ってきた。そして忍耐の量がちいさな人は、ちいさな苦しみしか与えられないということじゃないか? そんなのは不公平じゃないか? と。

昨日、ひとりで電車に乗り、窓からずっと海を見ていた。晴れわたって、輝く海だった。
ひとりで電車に乗っている、それだけでも不思議なことである。そしてなにも不安がない、それも不思議なことだった。
心がおだやかで澄んでいたら、こんなに世界を眺めわたすことができるんだ、ふとそう思った。何かにおびやかされることなく、何かを憎むことなく。それだけで自由になれる。
9.11の遺族のなかに、イラク戦争にずっと反対し続けた人たちがいたことを新聞で読んだ。きっとその人たちは、心を自由にできたのだ。でもそれは、耐えられる以上の苦しみを、こぼれ落ちさせながら生き抜くなかで得たものだ。忍耐の器からこぼれ落ちたその人たちの苦しみや悲しみや、そして憎しみはどこに流れ、吸われていくのだろう。
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by higurashizoshi | 2010-09-13 11:58 | 雑感 | Comments(2)

ザ・ロード

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2010年公開 アメリカ
監督 ジョン・ヒルコート
出演 ヴィゴ・モーテンセン コディ・スミット=マクフィー ロバート・デュヴァル シャーリーズ・セロン ガイ・ピアース



文明が滅亡し、地球のすべてが荒廃した未来。ひと組の父子がぼろを身にまとい、ショッピングカートにわずかな全財産を積み、南へと向かって歩いていく。もはや命の芽吹きのない世界で、口に入る食料は過去の保存食を運よく発見するしかない。
そしてもうひとつの方法、人肉食のため人を狩る集団が横行する中、父子は飢えと寒さに苦しみながら逃げ、生き抜こうとする。父は息子に言う、「善き者は人を食べてはならない」。自分たちは善き者であり、火を運ぶ者なのだと父は繰り返し息子に説きつづける。そして暖かい南の海にたどり着けば、そこで生きていけるのだと希望を語る。
しかし、父自身がそれを信じてはいないことは明らかだ。この世界で、まだ幼さの残る息子を守りながら、食料のあてもなく生きのびることなど不可能だと彼は知っている。かつて彼の妻は、この世界に絶望し、心を病んでみずから命を絶った。息子を道連れにすることを許さなかった彼に、冷酷な一瞥だけを残して。そして彼は息子と二人、生きるために南をめざして出発したのだ。
生きのびる手立てをもたない彼らが生きていこうとする、その希望なき道行きはどこに通じていくのか。彼らは善き者でありつづけることができるのか…。

コーマック・マッカーシーの小説『ザ・ロード』は、私が一昨年読んだなかで最も感動した小説のひとつだった。これがヴィゴ・モーテンセン主演で映画化されるのを知ったときから、公開を心待ちにしていた。ヴィゴほど、この作品の中の絶望的な世界を生き抜くことのできる、禁欲的で忍耐強い父親に似合う役者はいないと思ったからだ。
撮影が始まる前から、すでに原作の本が擦り切れてぼろぼろになるほど読み込んでいたヴィゴ(インタビューのとき、その本をよく手にしていた)は、これまでの役作りと同様、完璧な準備をおこなって、この父親(原作にも名前はなく、映画の役名もただ《man》となっている)を演じた。
十数キロの減量、ホームレスの人々の中に入って過ごす経験、それらはたぶん彼には当然の下準備で、むしろ精神的な意味でこの父親の役を完全に理解し自分のものにすることに、彼は精力を集中させたのだろうと思う。ハリウッドの俳優としてはまれなことに、離婚後男手ひとつで一人息子を育て上げたヴィゴは、出世作となった『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのアラゴルン役のオファーが来たとき、撮影で息子と離れるのが耐えがたく、オファーを断るところだったというエピソードが残っている。
おそらく父と息子のたった二人の絆について、彼は深く理解できる経験者であり、だからこそこの究極の父子の旅の物語に安易な感傷やわかりやすい悲哀を持ちこまないよう、厳しく自分を律した演技を貫いたのだと私には思えた。彼の演じる父親は、受難に遭う聖者のように、かぎりない慈父のように、また冷徹な動物のように見えた。

結局のところ、親が子にできること、それはほんとうにわずかなことでしかない。自分の命を張って子を守ろうとしても、自分の命は限りがある。これだけが真実であるという小さな灯を子に渡すことができたら、それだけで十分であり、この父親がかろうじてできたのもそういうことなのだと私は思った。
スクリーンの中には凍りつくような荒廃の世界があり、ひとりの父親が息子だけのために、命がけで凄惨な戦いを続けている。映画館の外は灼熱の暑さで、快適な文明が維持されている中で今日も親が子を見捨て、殺している。そのことをじんじんと感じながら映画館のシートに座っていた。
そして、この映画の中のような絶望的状況の中で、ただ子どもを守ることだけにわが身を使うことは、親となった人間にとって実はひとつの究極の幸福なのかもしれない、とも思ったのだ。それはぞっとするような、少し恍惚とする感覚だった。

原作を忠実に映像化しようとした脚本、ヴィゴと息子役の少年をはじめ、役者はみな素晴らしく、映像も美しく、とても誠実な作品であったことは心から認めつつも、私にはどうしても納得できない一点が残った。これは原作を愛読したものの見方であるけれど、原作では夢とも現実ともつかない幻想的なラストシーンの描写が、映画では一面的な結末になってしまっていたことだ。これがヒルコート監督の解釈なのか、製作側からの意図なのかはわからない。
もちろん、エンドロールに流れる音(胸を衝かれる)が原作のラストをなぞっていると解釈できなくはない。けれど私としては、この絶望の物語が最後にかすかな希望をどうつかみ取るか、そのもっとも重要な幕切れを納得できる形で見たかった。それが残念だ。
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by higurashizoshi | 2010-09-07 22:57 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

子は消ゆるもの

短歌にはほとんどなじみがないけれど、先日亡くなった河野裕子さんの名は知っていた。享年64歳、今の世では早すぎる死である。
訃報をつたえる記事のなかに、河野さんの作品がいくつか引かれていた。

たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏(くら)き器を近江と言へり
君を打ち子を打ち灼(や)けるごとき掌(て)よざんざんばらんと髪とき眠る

身体感覚をことばに結びつける、その感性が抜きんでていた人なのだなと思う。あえて直裁にものごとを描くドラマチックな歌が多く、私の好みとは少し違うのだけれど、圧倒的な才能と力は素人にも感じとれる。

朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの

この歌を20代で読んでいたら、「何をおおげさな」と思っただろう。母親のエゴすら感じただろう。一日のすべてを子とともに過ごし、その存在を確かめていなければ《子は消ゆるもの》。そんなに思いつめた母親なんてうっとうしい、そう思ったかもしれない。
でも今の私はこの歌を読んで、胸を衝かれる。そうだ、ほんとうに《子は消ゆるもの》なのだ。小さな命の、実はどんなにはかないことか。それを手のひらで包むように守り、育てていく果てしない繰り返しの日常のために、親はどんなに力をつくさねばならないか。
ミミが一歳半で入院し、回復のきざしのないまま、高熱と不安で泣き叫ぶのを病室の小さなベッドに添い寝して、幾晩も抱いて過ごしたことを思い出した。命は、まして小さな子の命は、たえまなく守り続けなければ、いや、たとえ守り続けていたとしても、あるときふっと消えてしまう。消えてしまうかもしれない。その恐怖と、親は親になった瞬間から戦いはじめる。

だから、子どもを育てるとは、ほんとうに消耗するしごとである。生半可な気持ちでできることではないのを、自分自身親になってみて初めて思い知らされた。今も思い知らされつつある。そこから与えられるよろこびと、このたえまない消耗は、いつも背中合わせに続いている。

それにしても、この歌は一歩間違うと《正しい母親》、母とはこうあるべきという理想像のように読まれてしまうかもしれない。常にわが子を手放さず面倒をみる母親、こうでなければ子は守り育てられないんだと、どこかの間違ったおやじさんが得々と語ったりしたら大変である。
そして、一面そのように受け取られかねないところが、この歌の中にはあるともいえる。自分を削ぎ落とすように子を育てゆく母親自身の、一種の恍惚感がこの歌に底光りしていて、最後の《子は消ゆるもの》で読者をわしづかみにし、見事な完結をみる。これは相当巧みな作りである。他者にほかの思考をゆるさないようなところがある。そう考えていくと、この歌は少し危険な歌でもあるような気がしてくる。

次回は最近映画館でみた映画のレビューをひとつ。今書いていたことともつながる部分もある、究極の親子の話である(こちらは父と子だけれど)。
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by higurashizoshi | 2010-09-04 14:36 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

9月1日。

お暑うございます。9月になり、「ひぐらしだより」も約束どおり再開、ひとつここはデザインも一新して…と昨日はいろいろ試していたところ、なんかうまくいかない。このところ使っていたレイアウトは《ヨコブログ》といって、縦に伸びる従来の形でなく横に記事が並んでいくもの。これが気に入っていたのだけど、今度はまったく違うデザインもいいなあと思って試行してみたら、なぜか過去の記事の写真がバカでかくなったり、文章の段がずれたりして…うーん、どうしたらいいのやら。
で結局、あんまりレイアウトが変形しないようなデザインを選んだ。いまひとつ新味に欠けるのが残念ですが、ま、短い夏休みだったので、この程度に気分一新、ということで…。

さてこの夏休み、何をやっていたかというと、正直あまりの暑さに記憶も溶けて、まだらにしか思い出せない。とにかく暑くて、暑くて、暑かった。
「人間よ、ええかげんにせよ」と神さまが罰をくわえてるのかと思うほど、とにかく毎日暑く、麦茶を大量に飲んで、お腹がツメたくなり、エアコンでぼーっとなり、外に出かけるとたちまち行き倒れになりかけ、それでもけっこう出かけていたが、はてどこに行ったのだったやら…。
でも車の運転もしたし、毎日三食作ってたし、懸案の仕事にも着手と、かなり自分をほめてやる要素もあった、のであった。よしよし。

気象情報によると、この暑さは9月いっぱいどころか10月まで続くとか。それを聞いた時点で昏倒。しかも沖縄のほうがこっちよりずっと温度が低いって、もうわけがわかりませんがな。
毎週食料品を宅配してくれるコープのお兄さんは、「昨日もひとり、倒れましてん…」と熱中症に倒れた仲間を淋しげな眼で語り、自分も配達途中の公園で頭から水をかぶって自衛しているのだけど、「その水がねえ、最初熱湯ですねん…ヤケドするとこやった」。笑うに笑えず、思わずいつもより多く注文してしまう私。
炎天下の工事現場などを通りかかるたび、一日戸外で働いている人たちのことを考えれば、家で麦茶飲んで暑い暑いと騒いでたらバチがあたるなあと思う。

ふたつの原爆忌、終戦の日、お盆の送り火。日航機墜落からも25年、あのとき奇跡的に生存していた少女が、二人の子どもの母になった記事を読む。たくさんの死者の記憶のうえに日々を重ねて、今年も8月がいったのだ。太陽はなんにも知らないような顔で酷暑の陽射しを放ち、抜けるような青空はまだまだ夏そのものだけど、ともかくカレンダーは一枚、秋にすすんだ。このひと夏を入院した友も、生還して家に帰れたと便りが来た。

子ども時代は一年で一番きらいな日だった9月1日(もちろん夏休みの宿題が毎年間に合わない地獄のさなか)。あれは毎度毎度、ほんとにきつかったなあ。大人になるのも悪くないもんだ…と思う、今年の9月1日。
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by higurashizoshi | 2010-09-01 13:38 | 雑感 | Comments(2)
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