ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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窓からきいちゃんが見える

台風一過、青空が広がっている。
今、私はパソコンを置いたデスクの前に座って、窓の外を見ている。
うちの小さな庭は車庫を兼ねているので、きいちゃん(愛車)が窓のすぐ外に見えている。たまごどうふ色のきいちゃんのボディーに陽射しがあたって綺麗だ。
でも、私の心は重い。

昨夜、台風接近の強い雨風のなか、遠方に出かけていたタタを駅まで迎えに行くことになっていた。
遠方というのは島根県である。松江まで友だちとライブに日帰りで行ってくるという強行軍。無事帰るとメールが来て、夜の11時過ぎにめちゃくちゃ降っている雨の中、家を出た。
きいちゃんに乗り込み、いつものように発進。そして庭を出て前の道に左折…門柱が暗さと雨でよく見えないけどこのへんだろう…と思ってハンドルを切って前進したとき、
「ごぎぎぎぎ」
と恐ろしい音がした。
やっちまった! とうとうやっちまった!
そのまま確認せず駅まで走った。タタを無事乗せて、家に帰った。

明け方、夢を見た。
夢の中で私は見知らぬアパートに住んでいる。たくさんの人が私の部屋で宴会をしている。宴がおひらきになり、たくさんの洗いものが流しに積みあがった。それを洗剤でひとつづつ洗いながら、私は思っている。
「ああ、きいちゃんの傷を確かめなければ…でも見たくない、見たくない」
すると電話が鳴り、出てくれた人が「あなたに相談だって」と子機を渡してくる。手が洗剤でぬるぬるなのですごく困る。でも仕方なく、その手のままで電話に出る。
なんだかとっても切迫した感じの女の人が、「今すぐお話を聞いていただきたいのです」と言っている。「住所がわかったので今もうお宅のそばまで来ています」。
えー!?と思ってドアの方を見ると、すりガラスになっているところから、外廊下に大きな帽子をかぶった女の人が立っているのがぼんやりと見える。こりゃ困った、手はぬるぬるだし、知らない切迫した人がうちまで来ちゃったし、どうしよう?どうしよう?
と、思ったとたん、目がさめた。

手をすりあわせてみる。ぬるぬるしていない。あの女の人も消えた。
「夢って、便利!」思わず私は叫んだ。
そして次の瞬間、私は思い出した。夢の中でも、夢からさめても、ひとつだけ続いている事実を。

で、私は今、窓からきいちゃんのたまごどうふ色のボディーを見ている。
ここからは見えない側、左の後部ドアあたりに、たぶんかなり恐ろしいことが起きているはず。今日起きて、朝食をたべて、昼食をたべても、まだそれを確かめに行く気になれないでいる。
車に傷をつけたのは初めてじゃなく、そのたび何枚かの福沢諭吉先生とのお別れとともに、なんともいえない後悔というか、自責の念というか、みじめさというか…ようするに「おまえは、アカン」と誰かに宣告されている感じにさいなまれる。
震災や津波で一切合財をうばわれた人たちがたくさんいるときに、こんなささいなことで何を落ち込んでるんや、と自分に言い聞かせてみる。確かに、そうなのだ。
初めて友だちとすごい遠出したタタが、台風のなか無事帰ってきたことを思えば、これが厄落としと思えばいいやんか。と、ちと無理のあるなぐさめを自分に与えてもみる。ああ。
というわけで、これから庭に出て確認しようと思う。私がきいちゃんにやったことを。

それにしても、あの女の人は、あんなに切羽つまって、私に何を相談しようとしていたんだろう。
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by higurashizoshi | 2011-05-30 17:28 | 雑感 | Comments(2)

あきらめずに

大の苦手である車の運転を、父の入院以来ほぼ毎日しないといけなくなり、それからずっと運転し続けている。車に乗らない日は数えるほど、というくらい。実家にも行かなければいけないし、あちこちの用事も車で、ということが増えた。これまで行けなかった(道がわからない、地図が読めない等々)場所にも勇気を出して行ってみる。で、案の定道に迷って冷や汗、でも少しずつ行けるところが増えてきた。「ケガの功名」とはこのこと。

とはいっても、相変わらず遠くにはとても行けないし、毎度毎度ひやりとしたりハラハラしたりの繰り返し。高速道路なんぞはいまだ宇宙空間だし、モノの役に立つ、というほどにはとてもなってない。
先日、近所の公会堂の集まりの特別企画として、福島に行ってきたOさんとIくんの報告会をやった。Oさんは自分の車に、みんなから寄付されたレゴや食料をいっぱい積み込んで明け方に明石を出て、夕方会津若松に到着したそうだ。
そうだよ、車を運転するというんなら、こういうことができなきゃ。そしてOさんはさらに会津でお米を山ほど積み込んで、南相馬の避難所まで行ったそうだ。これらは車があってこその仕事。というか、自由に運転ができてこその仕事。私はいつかこんなことができるのかしらん。目の前にある淡路島にすら橋を渡って行けないというのに。
せいぜい今のところは、父を乗せてコープに買い物に行くとか、母を病院に連れて行くとか、その程度のこと。それでもささやかに、必死の運転が人の役に立っている…といえなくはないか。

この報告会には、いつもの公会堂の集まりに来たことがない人たちも何人も来られた。
震災のこと、原発のこと、みんな何とかしたい、何かをしたいと思いながら「何もできないでいる」というのが共通の気持ちなのだなあと思った。
この日は神戸で脱原発のデモ(というよりパレードという感じだったらしい)があり、そこから帰ってきた人も何人か来ていた。
いつもにこにこして穏やかな友人がいて、私はその人がそばにいると気持ちが落ち着くのだけれど、彼女が福島原発の一号機が爆発したオブジェを自作して頭にかぶって歩いた、というのを聞いて度肝を抜かれた。
ずっと昔から原発建設に反対してきた彼女は、今回の原発事故に関して「はらわたが煮えくり返って何も手につかない。こんなことになってまだ原発続ける、作ると言ってる人がいるなんて」と話した。「農家の手伝いに行って土をさわっても、この土も汚染されていくのかと思うとたまらない。農家にとって作物は子どもみたいなもの。町で暮らす人にはこの気持ちはわからない」とも。

そうだ、怒りが足りないのだ。彼女の話を聞いて私は思った。原発のデメリットを隠し、安全神話を振りまき、ありうる最悪の事態から目をそむけ無防備だった政府と企業に対して、もっと怒っていいのだ。というか、怒らなきゃウソだ。自分たちの国なのだから。
そして、そんな政府と企業を育ててきたのは、どこかヨソの誰かではなく私たち国民なのだということを、ちゃんと目を開いて見ないといけない。
この震災と原発事故のパニックのあと、2ヶ月が過ぎた今、少しずつみんなの中に疲れとあきらめが広がっているような気がする。原発についての報道がだんだん熱を失っていくようなのはなぜだろう。事態は好転どころか悪くなっているのに。
「何もできない」、そんなことはない。情報を集め、感性のアンテナをきちんと張っていたら必ずできることは見つかる。具体的な何か、ではなくても、この国のできるだけ多くの人が原発の今の状況をちゃんと監視するだけでも必ず変化につながる。

明石公園のあそぼうかい。今月は新緑の中で野点をすることになっていた。
ところが、あそぼうかい史上最高の豪雨。それでも子どもも大人も来るわ来るわ、広場のところのあずまやで雨を避けて30人くらい集まって、ぎゅうぎゅうになりながらお抹茶を点て、和菓子をいただいた。これはこれで野趣(?)ゆたかというか、楽しかった。
元気な子たちは雨の中飛び出して、ずぶぬれのドロドロになって遊んでいた。
この日は、原発を避けて関東から一時移住してきた親子も来られていた。土地に根づいて生きることも、自分の意思で安全な場所へ移って生きることも、それぞれの選択。
その親子は大自然の中にあるログハウスを借りて暮らし始めているのだそう。当然、車は必需品の暮らし。その日も高速使って2時間かけて来られたとか。
運転は得意なんですか? とそのお母さんに聞いてみたら、「はい。車があればどこへでも」。
ああ、これでなくちゃ。運転できるからにはこうでなくちゃ。とまた少し落ち込む私…。
いやいや、一歩ずつではないか。と思いつつ、愛車(きいちゃん)に乗って家に帰る。いまだ、自宅の車庫にきいちゃんをまっすぐ入れられないことも、気にするな。
すべては、あきらめないことで少しずつ進んでいく。きっとよい方へ。
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by higurashizoshi | 2011-05-14 23:35 | 雑感 | Comments(4)

そして、レクイエム

昨日に引きつづき、フィギュアスケート世界選手権の話。今度は女子シングルであります。

今から一年あまり前、バンクーバー五輪のときには、フィギュアスケートの女子の頂上対決はキム・ヨナ選手と浅田真央選手だった。それ以外の選手たちとは完全に水をあけた状態で、この二人が戦う図式だった。そして勝ったのはキム選手のほう。パーフェクトな演技でまさに完全優勝。
しかし今シーズンが始まっても、国際試合にキム・ヨナ選手の姿はなかった。彼女が公に氷の上に姿を見せたのは、シーズン開始前の昨夏の韓国でのアイスショーくらい。以来、いろいろなニュースは流れてきたものの、シーズン最後のこの世界選手権に出場するという話には誰もが「ほんとに出てくるの?」と半信半疑だったろう。
通常は、シーズンを通して数々の試合を戦いながらプログラムを練り、修正を繰り返したうえで、選手たちはこの大舞台に臨んでくる。シーズン中まったく試合に出ず、1年ぶりの公式試合がいきなり世界選手権、というのは相当な冒険というか、賭けともいえる。
キム選手とずっとライバルとして比較されてきた浅田選手は、今シーズンはジャンプの根本的な修正に取り組んでいて不調。かろうじて全日本選手権でメダルを取り、代表の座にすべりこんだという状態だ。一年前とは、トップ争いの構図はずいぶん変わってしまった。

そんな今シーズン、変わらず安定した強さで勝ち進んできたのが安藤美姫選手だった。
女子で世界初の四回転ジャンパーとして十代で持てはやされ、トリノ五輪で惨敗。その後コーチを変え、日本を飛び出し、ケガや故障に泣き、アップダウンを繰り返してきた。いつの間にか落ち着いた大人の女性になっていて、日本の選手には珍しく流暢な英語を操り外国のメディアにもしっかり対応する。
以前はメンタルな部分に左右されて崩れることも多かったのが、今シーズンは序盤からともかく安定して強い。心が強い。インタビューなどを読んでいると、「何のために滑るのか」ということを自覚的に考えている選手なのだなあと思う。
そして今回、モスクワに移って開催された世界選手権に挑むにあたって、彼女が終始言っていたのは「自分のためでなく、被災した方たちのため、日本のために滑る」。だから、メダルがほしいと。
結果よりも自分のスケートができるかどうかが重要、と近年は言い続けてきた安藤選手だが、今回ははっきりした理由のためにメダルを取りに行くという。幼いとき事故で父親を亡くした経験が、彼女の中でこの震災を見つめる視点になっているのかもしれない。

さて今回の女子シングルの最大の注目は、なんといっても一年ぶりに姿を現す五輪女王キム・ヨナの新プログラムだった。ショートプログラム(SP)が「ジゼル」、フリーが「アリラン」。ジゼルも楽しみだが、私としては「アリラン」の曲を使って彼女がどんな表現と滑りをみせるのか、観るのが待ち遠しかった。韓国で世界のトップに立った初めてのフィギュアスケート選手である彼女が、自国の伝統歌曲をテーマにする。欧米の音楽を使うことがほとんどのフィギュアスケートのプログラムで、これは珍しいことだし、リスキーなことでもある。

1日目、SP。最終滑走グループがリンクに出てきたとき、浅田選手の生気のない雰囲気に驚く。それに全日本のときと比べてもあきらかにやせて、折れそうに細い。大丈夫なんだろうか、と思っていたら、やはり演技が始まると力なくジャンプの着氷ミス。最大の武器のトリプルアクセルだけでなく、ほかにも取りこぼしがいくつもあり、何より不安そうでこわごわ滑っているような表情が気になる。まさかの7位発進に。
安藤選手は、柔らかい曲調に乗せてきっちりとプログラムを滑り切って好調なスタート、2位につける。
最後に滑ったキム・ヨナ選手。ついに現れた!という思いで世界中のフィギュアファンが見つめている。これまでのイメージから優美な白い「ジゼル」かと思ったら、鋭く強い、黒いジゼルでびっくり。やはり巧い、美しい。と、ルッツジャンプでミス。それでも1位。

翌日、いよいよフリー。
初出場の村上佳菜子選手はSPの10位から挽回して7位。がんばりました。タタと同い年なので何となく応援してしまう。
最終滑走グループに入れなかった浅田選手。今日もまた生気がない。滑りも終始、スピードがない。トリプルアクセル、また決まらず両足着氷。ほかのジャンプもシングルになってしまう。たんにスケートの調子が悪い以上のものを感じる。とにかくゆっくり休んでごはんを食べないといけないと思う。

フリー最終滑走グループ、最初が安藤選手。今季の彼女のフリープログラムは、自身が「鬼プログラム」と呼ぶほどのツワモノ。疲れの出る後半に5つのジャンプを入れるという、通常ではありえない構成になっている。後半のジャンプには加点がつくので、ミスなく滑れば高得点が出るが、もちろんリスクも大きい。
この大変なプログラムを、今季彼女は国際試合で5度滑り、5度ともフリーで1位になっている。こんなに強い安藤選手は見たことがないが、この日も彼女は強かった。
3つ目のジャンプがステップアウトしたのが唯一のミス、あとはきちんと全てのジャンプを決め、ていねいに滑り切った。130点を越える高い得点が出た。

ロシアのレオノワ、マカロワの2選手と、全米チャンピオンのシズニー選手、昨季ヨーロッパチャンピオンのイタリアのコストナー選手。その間に、キム・ヨナ選手登場。プログラムのタイトルは「オマージュ・トゥ・コリア」。アリランのメロディを主にした壮大なオーケストレーション。ここまで自国を前面に出すプログラムは珍しい。
冒頭の三回転連続ジャンプは息をのむほど美しい完璧さ。滑りが強くなったぶん、はかなげな魅力は影をひそめて強さが前面に出ている。と思っていたら中盤のジャンプでミス。ぐらついたが立て直し、のびやかなスピン、ステップでぐいぐい引っ張っていく。やっぱりキム・ヨナはすごい。丸一年のブランクと、世間の雑音と、圧倒的な自国の期待の中でここまで自分を保てるとは。
しかしミスが響き、点数は伸び悩む。キム選手の得点が表示された瞬間、安藤選手の手に金メダルが飛び込んできた。

表彰台で落ち着いた笑顔の安藤選手と、その横で涙を流し続けるキム選手。この涙の理由はいろいろ取沙汰されたが、私はそれを見て、たった20歳の女の子がひとりで戦ってきた、その背中に負いつづけたものの重さを感じた。日本と違ってフィギュア選手の層がまだまだ薄い韓国で、彼女は一身に国の期待をまとって滑り続けてきたのだろう。
来季も彼女が競技を続けて、新しいプログラムがもっと深みを増していくところを観たいと思う。

大会最終日におこなわれたエキシビション。
上位入賞者たちが華やかで楽しい演技を見せた中、安藤選手がアンコールに応えて滑ったのは、モーツァルトのレクイエムのプログラムだった。昨季彼女がこれを滑りはじめたとき、これは亡き父親への特別な思いをこめたプログラムだと説明されていた。確かに情感のこもった滑りで素晴らしいと思ったものだ。
でも今回、目標どおりメダルを手にし、「日本のことを思いながら滑った」と言っていた彼女のレクイエムは、これまで観たものとちがっていた。ジャンプはほとんど入っていない。ただ滑りだけで見せていく。悲しみ、痛み、祈り。いろいろな感情が静かに彼女の身体から発せられてくる。しだいに涙があふれてきて、胸がいっぱいになった。私がこれまで観た安藤選手の演技の中で一番美しく、ほんとうにすばらしかった。

まだ放映されていないペアとアイスダンスは最後の楽しみとして残っているものの、これでもう今季の競技はすべて終わってしまった。長いオフシーズンの間、いったい何を観たらいいのだろう…と茫然としているミミと私であった。次の目標は、生でフィギュアを観ること。いつになるかは、わからないけれど。
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by higurashizoshi | 2011-05-03 22:02 | フィギュアスケート | Comments(8)

喪章をつけた選手たち

今シーズンから、にわかにフィギュアスケートにのめりこんだ母娘(ミミと私)。昨秋からこっち、地上波・BS・CSで観られるあらゆる競技会やショーを録画、観て観て観まくった半年間で、二人はいっぱしのフィギュア通になってしまった。
本来なら、3月半ばに東京で行われるはずだった世界選手権。オリンピックイヤー以外では、その年の世界一を決める最高位の競技会だ。世界のトップ選手たちが日本に集結するのをミミと指折り待っていた。
でも、東京での世界選手権は幻と消えた。言うまでもなく、震災のためである。原発事故が収束しないのが決定的だった。どの国のスケート連盟も、自国の選手を日本に送り出すことにノーといった。

その後紆余曲折があって、名乗りをあげたロシアで急遽1ヵ月遅れで開催されることが決まったときは、ほっとしたと同時に複雑な気持ちだった。自国開催の予定だった日本の選手の多くは、震災後チャリティーのショーをやったりしながらモスクワに向けて調整し、ずいぶん大変だったと思う。
日本からの参加選手全員が、ユニフォームに喪章をつけて臨んだ第101回の世界選手権。
男女シングルはCSで生中継をしてくれたので、今回はタタも引っぱりこんで3人でテレビの前に長時間かじりついて観た。
ミミも私も、一番のお目当てはアイスダンスなのだけど、ペアとアイスダンスは残念ながら後日放映。ともかくはシングル選手の生の戦いを見届けることにした。

もう全種目が終わってしまってこれを書いているので、だいぶ落ち着いた心境になっているとはいえ、とにかく大変な世界選手権だった。
男子シングル。金メダル候補はもちろん高橋大輔選手と、カナダのパトリック・チャン選手。このパトチャン、「僕には四回転ジャンプは必要ないね」なんて去年まで言ってたのに、ルールが改正になったとたんバンバン四回転を飛びはじめ、今シーズンのカナダ選手権では歴代最高得点を軽々と出してしまった人。
このパトチャンに対抗する大ちゃんは、もちろん四回転をプログラムに入れているものの成功率は低い。でも武器は世界最高のステップと表現力である。大ちゃんは昔は着飾ったヤンキーのお兄ちゃんみたいだったが、この数年で別人のようにノーブルな表現をするアーティストの域に達した。

さてショートプログラム(SP)を終わってみれば、パトチャンはあっさりとSP歴代最高得点を更新してトップ、織田くんが2位、大ちゃんが3位で折り返し。パトチャン、こんなに軽やかに飛んでほんとに四回まわってるの?と言いたくなるようなジャンプ。完璧すぎる。

翌日、いよいよフリー。最終滑走グループの最初がパトチャン。さすがに少々ジャンプの着氷ミスがあったけど、かなりよくまとめた。得点を見た瞬間、やっぱりねと思うが前人未到の歴代最高得点をさらに更新。別世界というか、宇宙に行ってしまった。織田くんも大ちゃんも、これではどうがんばっても金メダルには届かない。
織田くん。バンクーバー五輪の靴ひも事件、直後の世界選手権で惨敗と、昨シーズンは大変だったが今季は健闘中。とはいえ、彼につきまとう心配は、ジャンプの飛びすぎミス。
規定を超えて同じ種類のジャンプを飛びすぎて、大きく減点されてあとで号泣、というのが何度もあったのだ。――そしてそして、今回もなんと悪い予感が的中してしまった。トリプルルッツを規定以上飛んでしまった…。メダルが消えた瞬間。

そして大ちゃん。冒頭に四回転トゥループの予定。ピアソラの「ブエノスアイレスの冬」の旋律に乗ってジャンプの体勢に入って飛び上がった瞬間、信じられないことが起きた。スケート靴のネジが外れ、ブレード(刃)が靴から離れてしまったのだ。観客が息をのむ。私もテレビの前で息が止まった。

競技中にトラブルが起きたとき、演技中断が許される時間は2分間。それを過ぎると失格になる。リンクサイドに戻った大ちゃんにコーチやトレーナーが駆け寄る。CS放送での解説の杉田さんは、ネジを短時間で元通りにするのはかなり難しい、と言っている。トレーナーが必死で靴の修復作業をしているのが映し出される。観客席が映る、日本からの応援ファンが泣いている。冷徹な顔で2分を測る会場スタッフが映る。

なんとか時間内にリンクに戻れたのが奇跡だった。客席から大歓声。でもみんなもうわかっている。演技再開は、中断したところから始めなければいけない。四回転ジャンプをもう飛ぶことはできない。つまり、メダルに届く点数を出すことは不可能、ということだ。
この時点ではテレビの前で涙をこらえていたものの、大ちゃんが思いをこめてステップを踏んでゆくのを見ているうちにぼろぼろ落涙。この大舞台でなぜこんなことが起きたのか、まるで日本に起きた出来事を象徴するようでたまらない。だからこそアクシデントのあとの彼のあきらめない滑りが尊い。
大ちゃんが滑り終え、予想通りに点数は抑えられ、涙がかわかないうちの直後の滑走が小塚くん。

たぶんリンクサイドで一部始終を見ていただろう小塚青年に、そのとき何かが舞い降りたのだ。SPは振るわず6位だった彼。でも今は滑りはじめた直後から、柔らかくて落ち着いている、いつもと何かが違う。これはなんだろう?と思っている間に彼は完璧な四回転トゥループをふわりと降りた。
ああ、この小塚くんには何かがついているのだ…。ごくたまに、スケーターにこんな4分半が訪れることがある。まったく不安なく、まるで予定されていたかのように、完璧なプログラムを滑ることができる。

二人の先輩が相次いでトラブルに倒れたのを見て、奮い立った…というのでもないのだろう。むしろまったく肩に力の入らない、自然な表情と滑りに見えた。
すべてのジャンプ、すべてのエレメントをひとつの傷もなく滑り終えて彼が最後のポーズで静止したときには、もう涙がぼろぼろ止まらない。鳥肌まで立っていた。
得点は驚異の180点越え。総合得点ではパトチャンに及ばなかったが、小塚くんは銀メダルをつかんだ。

いつも日本の選手を応援しているわけじゃない、むしろ外国のほうが好きな選手の数は多い。愛国心みたいなものとは縁のない私だけど、今回はそういうのとは違うのだ。東京開催がだめになって、喪章をつけてモスクワにやってきた日本の選手たち。それを応援するファンたちの胸にも、この震災で日本が受けた深い痛みや悲しみが根をおろしている。
メダルがすべてではないのはもちろんだが、日本にメダルを持ち帰り、少しでも心晴れる出来事にしたいという思いは選手たちに共通なはず。それなのに果たせなかった織田くんも大ちゃんも口惜しかっただろう。
相次いで、予想もしなかった事態に沈んだ二選手。その窮地を、小塚くんの奇跡のような演技が救ってくれた。
この一部始終を見ていた人の中には、この1ヵ月あまりの日本の現状を、どこかこの試合に重ねて見ていた人もいるのではないか…と思う。

翌日の女子シングルを前に、すでに精力を使い果たした感のある私だったが、女子もまたすごいことになっていた。それは次回に。
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by higurashizoshi | 2011-05-03 00:06 | フィギュアスケート | Comments(0)

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