ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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スケートアメリカ、明暗

すべての角度から大観衆に見下ろされるリンク。
そこで、たったひとり、またはたった一組で戦う―― 
それがフィギュアスケートというスポーツ。

成功すれば、リンクを囲む観衆から、地鳴りのような称賛を一身に浴びることができる。
と同時に、失敗に終わるときも、数千人が凝視するただなかで、ひとつのプログラムが終わるまで逃げることは許されない。
ぶざまに転倒しても、ボロボロになっても、選手は音楽の最後の一音が鳴り終わるまで、滑り切らなければならない。

氷の上で思い切りこけるのは、ときに痛々しいほど格好悪い。
軽やかに滑っているときの優雅さと、対極をなす非情さで、失敗の瞬間はいつも選手のすぐ先にある。

たぶん私がこんなにフィギュアスケートに魅かれるのは、このうえなく美しく優雅な姿の裏側に、いつもこの非情さが張りついているからなのだ。

グランプリシリーズ・スケートアメリカ男子フリー。
前日のショートプログラムで完璧な演技で世界歴代記録を塗りかえた羽生結弦選手が、この日は呆然とした表情で滑り終えたとき、私はそんなことを考えていた。

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フリーの羽生選手は、ショートと同じ選手とは思えないほどの総崩れだった。
冒頭に2つ続けて持ってきた4回転トゥループ、4回転サルコウの両方で転倒。
自信を持っていた4回転のどちらも完全に失敗したことで完全に歯車が狂い、もともとの課題のスタミナ不足が、一番よくない形で露呈してしまった。
後半にはふらふらになっていることが明らかで、3回転フリップも転倒。最後のステップは、ひたすら気力で滑り続けているだけ、いつ倒れてもおかしくないような状態に見えた。

前日の自信に満ちたパーフェクトな出来と、まさに天国と地獄。
衆人環視の中で、ここまでぶざまな姿をさらし続けて最後まで滑り切るのは、いくら子どものころから様々な試合をこなしてきた選手とはいえ、恥ずかしくつらいことだろう。
何より、勝気な羽生選手としては、自分に腹が立ち、くやしくてたまらないだろう。
まして大きな国際試合。今まさに上り調子で、世界中の注目を浴びているさなかでもある。

でも、これでいいんだと思った。これでこそ、フィギュアスケート選手として本当の高みへ向かっていくということなのだ。
もともとぜんそくの持病があり、昨シーズンの世界選手権で右足を痛めて治癒途中でもある羽生選手。今シーズンは初めての外国での生活、スケート環境もすべて変わって、それで今回のショートプログラムの出来みたいにトントン拍子にことが進んでいったとしたら、逆におそろしい。
だって普通ならまだ、ジュニアで戦っている年齢の選手なのだ。身体だってまだまだ大人として出来上がる前だし、課題は山ほどある。ただあまりに早く結果を出して注目されすぎてしまっているだけ。それを自分でどう受けとめて、謙虚にねばり強く成長していけるかはこれからだ。

羽生選手のまさかの崩れで、堅実にフリーも4回転を降り、しっかりと滑り切った小塚選手が逆転優勝した。
小塚選手は今季かなり上に行きそうな予感がする。何より落ち着いて自分を見つめているところが、これまでと違う。あと少しのアピール力があれば…といつも思うのだけど、この真面目で端正な路線を守り続けるところも個性なのかも。

そしてもうひとり、まさかの崩れをみせたのがショート3位だったアボット選手。ジャンプのミスが続きすぎ、顔面蒼白でリンクを降りた。
今季フリーのプログラムは、これまでにも増して情感あふれる、本当にすてきなプロなので今回は残念だったなあ…。メンタルの弱さだけがずっと課題のアボット選手、今シーズンはクリーンな演技が見たいと思う。

アボット選手のかわりに銅メダルをかち取ったのが、ショート4位だった町田選手。
まっちーはフリーだけなら2位というすばらしい結果。大学も休学してアメリカに渡って、すべてをスケートにかけた努力が今シーズンは一気に実り始めた感じ。今季は《化ける》まっちーに注目するべし!

というわけで、スケートアメリカ男子の表彰台はこういうことに。国内大会みたいな図。大ちゃんも織田くんもいないのに。
しかしまあ、あの大失敗のあとでこの天使のような笑顔。ゆづるくん、これでまたファンを増やすのですな。

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相変わらずカップル競技の放映は、ありえない彼方に追いやられ…
このスケートアメリカのペアとアイスダンスも、11月に入ってからやっとBSのみで放映。この格差、なんとかしてもらえないだろうか。結局そこまで待ちきれずにリザルトを見てしまうし、youtubeのちっこい画面で動画を観る… いや待て… でも… と、アイスダンスファンとしてはストレスのたまることたまること。


と、気を取り直して女子の結果。
1位は、圧倒的強さだったアシュリー・ワグナー選手。
ここぞというときにミスが出ていた過去はもう捨てた!とばかりに、コーチ変更(ミシェル・クワンを育てたニックスコーチ)以来、昨シーズンから目をみはる躍進ぶり。
「強い」プログラムがこんなに似合う選手だったとは。ジャンプだけでなく、演技すべてに自信が満ちあふれております。今季もガンガン行くで!という感じ。
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今回は日本から唯一出場した今井遥選手は、フリーで健闘して5位。
今井選手もアメリカに渡り、佐藤有香さんのもとでがんばっているので、これからどんどん伸びてきてほしいなあ。
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女子の表彰台。
2位に入ったクリスティーナ・ガオ選手は18歳。オーサーコーチから離れ母国に戻ってからも、とてもいい感じに成長しているようだ。今回はショート、フリーともノーミスの快挙!
3位は、ロシアの天才少女アデリナ・ソトニコワ選手。シニアに上がってからちょっと苦戦している彼女。でもまだ16歳なんだよね…。豪快ジャンプとミラクルスピン、これからどんな大人の選手になるんだろう。
ロシア女子はアデリナの後ろにも続々と天才少女がいるのであります。おそろしいほどです。
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しかし私、このあとグランプリシリーズが毎週あるっていうのに、こんな調子で追いかけて書けるのであろうか。
来月に入るとまたがぜん忙しくなるので、なんとかかんとか時間を作ってがんばりましょう。
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by higurashizoshi | 2012-10-24 16:55 | フィギュアスケート | Comments(0)

シーズンが始まったのだ

待ちに待ったフィギュアスケートのシーズン開幕。
テレビではやらない国際B級試合をネットの動画で追いかけ、そうしてるうちにとうとうジャパンオープン。そして今日ついにグランプリシリーズ開幕。まずはスケートアメリカからで、今日は男子ショートプログラムをBSで生中継。ぎりぎりで帰宅してがっつり見せていただきました。

ジャパンオープンでは何といっても高橋大輔選手の今季フリープログラムの初披露に動悸が止まらず。
オペラ「道化師」。実にひさびさのクラシック、実にひさびさのモロゾフ色の選択。このモロロシアな衣装を見よ。
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この数年、タカハシ的お洒落な衣装ばかりだっただけに「あちゃー」と一瞬思ったけれど、プログラムの内容、そして高橋選手の演技はやっぱり圧倒的。
このフリープログラム、振り付け後まだ1カ月もたってない状態での演技とは到底思えないほど自分のものにしているところはさすが大ちゃん。
解説の八木沼純子さんの「会場を総(す)べた、という感じですね」という言葉が、演技後の観衆の空気を表していた。

もうひとつ楽しみにしていた鈴木明子選手のフリー、これも初めて観ることができたシルク・ド・ソレイユの「オー」。鮮やかな美しい衣装、印象的な音、エレメンツが美しく溶けこんだ凝った構成、これはあっこちゃん史上かなりの名プログラムと見た! 
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このジャパンオープンでは非常にめずらしいことに途中スピンの出の方向を間違えてしまい、後半ジャンプが乱れてしまったのが残念。でも今後プログラムに慣れてきたらすばらしい演技が見られると思う。


そしてやってきましたスケートアメリカ。グランプリシリーズ初戦、男子はファイナル?と思うほどの豪華なメンバーで、誰が勝つか予想がかなり分かれるところ。
そして今日のショートプログラムで、大変なことが!
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17歳羽生結弦選手、なんと世界歴代最高得点を叩き出しました…
思わずテレビの前で、タタとミミと3人「えーっ? えええええー!!」と絶叫。
ちょっと点、出すぎでない? 確かに4回転トゥーループ、トリプルアクセル、3回転×3回転コンビネーションとジャンプは完璧に成功、しかも今シーズンから規定変更で後半のジャンプに加点がつくことをめいっぱい利用した構成。スピンもステップもレベルが取れて、どこもミスのないクリーンプログラムではあった。にしても…
昨シーズンのあれよあれよという大躍進で世界選手権でメダルまで獲ったあと、仙台からカナダ・トロントに渡ってブライアン・オーサーにコーチ変更して、環境ががらりと変わった羽生選手。
じっくりスケーティングから見直しているという話だったから、今シーズンはさすがにちょっと修業期間かな~と思っていたのに、結果出るのが早すぎじゃありませんか?
自己ベスト更新はめでたいけど、一気に12点以上更新なんて、聞いたことないよ!

思うに羽生選手って、ジャッジに《点を出させてしまう力》が突出しているのではないかな、という気はする。もちろんこの年齢でこの技術の高さ、メンタルの強さプラス勝負強さ、それはもう大器としかいいようがない。順調にこのまま成長すれば、間違いなく世界の頂点に立てる人だ。
ただ、今はまだ17歳。細かなスケーティングや表現力はまだまだこれから。確かにオーサーコーチに変わった今シーズン、滑りはきれいになった印象だが、そう一足飛びに変化するわけじゃない。
そんな彼にジャッジの皆さん、しょっぱなからここまで出すか?と思う点を出してしまうのは、何かえもいわれぬ羽生選手の《思わず点を出させてしまう》魔力みたいなものがあるような気がしてならない。もちろん、これは情状でジャッジングしているとかいうことではなくて。
最近の大ちゃんにはこの、ジャッジの心をかっさらう力が高度にそなわっていると思うけれど、羽生くんはまた別のタイプとしての「かっさらい度」を持つ選手なのだなーと思う。
ああ、日本の男子選手にこんな人たちが出てくる時代がやってくるとは…
(遠い眼)


そして今日は小塚崇彦選手、町田樹選手も大健闘。
小塚選手は昨シーズンの不調を払拭するような、のびのびとしたノーミス演技で自己ベスト更新。大ガッツポーズが出て首位になったところを羽生くんにあっという間に追い抜かれてしまったが…。今季は小塚くんらしい演技をたくさん見せてほしい。
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町田選手は昨シーズンからものすごい勢いで進化していて、ランビエール振り付けのショートをやはりノーミスで滑りきった。演技後の自信に満ちた、不敵ともいえるまっちーの笑みにしびれた!
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3位発進になったジェレミー・アボット選手はジャンプミスがあったものの、毎シーズン玄人好みのすばらしいプログラムが楽しみ。今季ショートはまたすごくかっこいいプロです。
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応援しつつも「あーもうちょっとなんだけどなあ」といつも思わせられるミハル・ブレジナ選手。今日もジャンプミスが続いてしまった。新しいショートはかなり斬新なプロで、ジャンプが成功すれば相当いけるはず!
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おお、このお写真はえらくまたかっこいい!


写真、もう少し小さくしたいんですけど、その手間かけてる時間がなく、みなさんばーんと載せてしまいました。

というわけで、明日は明け方に女子ショート、昼に男子フリー。どちらも生中継は時間的に観られないので、録画して夜にじっくり観ることにします。
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by higurashizoshi | 2012-10-21 00:06 | フィギュアスケート | Comments(0)

マリリン 7日間の恋

d0153627_23441938.jpg2011年 イギリス・アメリカ合作
監督 サイモン・カーティス
脚本 エイドリアン・ホッジス
出演 ミシェル・ウィリアムズ ケネス・ブラナー エディ・レッドメイン ジュリア・オーモンド ジュディ・デンチ エマ・ワトソン






マリリン・モンローが「嫌いだ」と言ってのける男性に、私はこれまで会ったことがない。
魅力的だけど好みじゃない、と言う男性はもちろんいるが、「嫌い」はいない。
「苦手」と言う人はいるかもしれないが、その人もひとりになると、そっとマリリンの艶やかな写真を横目で見たりするのではないか…(今、どきっとしませんでしたか?あなた)。

彼女が波乱万丈の短い人生を終えて、50年がたつのだそうだ。(今もし生きていたら86歳!)
この50年の不在ののちも、彼女を超える魅力と個性と存在感を持ったスターを見つけることはむずかしい。
今もセクシーさの代名詞として、可愛い女性の典型として、圧倒的なオーラを放つマリリン・モンロー。こんな人はどこにもいない。

この映画は、そのマリリンが女優として成功をおさめ、初めて製作にも乗り出した『王子と踊り子』(1957年)の撮影の舞台裏を描いている。
名優ローレンス・オリヴィエとの初共演を果たしたマリリンは、極度の緊張もあって精神的に不安定になり、撮影は難航。その現場に居合わせた第3助監督の青年がマリリンを支え、たった7日の撮影最後の期間に彼女と淡く艶やかな恋におちる。
後年は映画監督となったその青年が、マリリンの死後ずっとのちに書いた手記をもとにした物語である。

過去、マリリン・モンローを演じた女優は何人かいるが、ここまで正面切って演じきった女優はいないだろう。
素顔はマリリン・モンローとまったく似ても似つかない、華奢でボーイッシュで可憐なミッシェル・ウイリアムズが、《似せる》のではなく《なりきる》のでもなく、彼女なりのマリリン・モンローを作り出すために、細心この上ない演技をしてみせる。まずそこが見どころ。
実際のマリリンよりはるかに清楚であっさりしたマリリンではあるが、何ともいえずコケティッシュで可愛らしく、少女のように儚くて、思わず支えてあげたくなる。

当時の撮影現場の雰囲気を十分に感じさせるカメラワークや美術など(実際に『王子と踊り子』を撮影した建物を使ったという)も上質だし、ローレンス・オリヴィエに扮するケネス・ブラナーや老女優役のジュディ・デンチもさすがの風格。ハリポタ後のハーマイオニー役エマ・ワトソンも端役ながらいい演技をしている。

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しかしなんといってもこの映画ではまり役なのは、憧れのスターだったマリリンのそばで仕事をすることになり、彼女を支えることになり、ついには恋に落ちる青年コリンを演じるエディ・レッドメインだ。
うぶで、生気にみちて、きらきらしていて、まるで仔犬のような若者。
富豪の御曹司にもかかわらず、身ひとつで映画界に飛び込んだ青年が、目のくらむようなスター・マリリンの孤独と不安を前にたじろぎ、彼女の魅力にあっけなく翻弄されていく。
数えきれない男性を次々に支えと慰めにしてきたマリリンにとって、この恋はほんの一時の鎮静剤のようなもの。彼自身もそれをおぼろげにわかってはいる。わかっちゃいるけど止められない。この純粋さとも愚かさともいえる感情を細やかに表現するエディ・レッドメインは絶品だ。あまりに絶品なので、このひと今後年を取っていくと、もっと別の幅広い役をできるようになるのだろうかとつい心配になってしまう。

この映画の最大の成功は、マリリン・モンローというスターの人生の、ごく限られた短期間だけを描いたという点だろう。
観客はこのたった6年後に、マリリンが謎の死をとげることを知っている。すでに彼女は薬の処方に頼り、酒に頼り、演技指導の個人教授に頼り、圧倒的な人気とうらはらに常に劣等感にさいなまれている。
知のアイコンともいえる人気作家ヘンリー・ミラーと三度目の結婚をした直後で、映画の製作者にもなり名優たちとの共演にも漕ぎつけ、名実ともに絶頂期に差しかかっていたマリリン。なりたかったはずのスターの地位。なりたかったはずの演技派への道。
でも彼女は怖い。自信が持てない。自分の思う《あるべき自分》にいつも追いつけず、必死で何かにすがり、ようやく立っている。

この撮影現場ではたまたま、その「何か」が優しく一途な青年・コリンだっただけ。だから彼にだけ見せる素顔、彼にだけ見せる姿態はこの世で一番甘く美しい。
そうやってひとりの青年を頼りに必死に泳ぎ切って一本の映画を撮り終え、現場を去るまでの7日間の凝縮された時の流れを、この映画は鮮やかに切り取ってみせている。

恋は、終わるからこそ美しいのだ。
コリンはいつまでもマリリンとの恋を胸にあたためて生きたのだろう。
でもマリリンはこのあと、人生最後の6年を、きっとあとも振り返らず走り抜けていったに違いない。死後50年たっても男たちをとろかす、圧倒的な魅惑を振りまきながら、あの幼い子どものように渇いた心で。
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by higurashizoshi | 2012-10-14 23:57 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

ペルシャ猫を誰も知らない

2009年公開 イラン
監督 バフマン・ゴバティ
脚本 バフマン・ゴバティ ロクサナ・サベリ ホセイン・アブケナール
出演 ネガル・シャガギ アシュカン・クーシャンネジャード ハメッド・ベーダード

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しばらく前からなぜかイランの映画を続けて観て、イランの料理(ペルシャ料理)を食べに行って。
そして公開当時、新聞記事などで興味を持っていたが観られなかったこの映画を数日前、ツタヤで発見。
ああそうだ、これもイランの映画だったんだ!
最近の、イランとの不思議な遭遇。

「ペルシャ猫を誰も知らない」という印象的なこのタイトル(原題も同じ)の意味はまったくわからないまま、ただイランでは禁止されているロックなど欧米の音楽を、アンダーグラウンドで奏でる若者たちの話だということだけは知っていた。
借りて帰って、観て、何重にも衝撃を受けた。鮮烈だった。

まず、音楽だ。
ここに次々と登場するミュージシャンたちの楽曲のみずみずしさ、多彩なバリエーション!
西欧寄りなロックンロールからヘビメタ、伝統的な中東の旋律とリズム&ブルースなどをミクスチャーしたバンド、ピュアなフォークロック、イラン社会を告発する骨太なラップなどなど、いったいあの禁欲的な国のどこにこんな音楽が? と、ただただ驚きの連続だ。
登場するバンドやミュージシャンにはテクニックの格差がかなりあるものの、その多くは非常に技術が高いだけでなく、ふだん私たちが耳馴れている既存の音とはちがう豊かなオリジナリティにあふれている。

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物語は、アシュカンとネガルという若いミュージシャンのカップルが、イランを脱出して外国で音楽活動をするしか道はないと心に決め、国内で最後のライブを敢行しようと動き出すところから始まる。
アシュカンとネガルは、ちょっといかがわしいが気のいい男ナデルを仲介役に、ライブに協力してくれそうなミュージシャンを求めて多くの場所に出かけていく、その道行きがそのままイランの実在のトップミュージシャンたちの紹介になっていくという仕掛けだ。

状況的には、たとえばソ連時代、ペレストロイカ以前のロックバンドが弾圧を受け、文字通り地下にもぐって活動を続けていたのと似ている。
キリスト教的価値観に加え、厳格なイスラム社会では公序良俗に反する思想が盛り込まれた欧米の音楽は、イランでは演奏することも抑圧され、コンサートを開くことも許されず、もちろんCDなどの発売も許可されない。
ミュージシャンたちは演奏場所を求めてさまよい、当局の規制の枠に触れれば逮捕される危険と隣りあわせで音楽活動を続けている。
だからこそきっと、彼らの渇望は激しく、イランで新しい音楽を作ろうという、いわば命がけの決意にみちているのだろう。
それがまさに「命がけ」の行為であることは、わくわくするようなイランミュージックシーンが繰り広げられる中にときおり差し込まれる、唐突に不穏な場面から示される。

たとえばアシュカンとネガルが、愛犬を連れて車に乗っている何気ないシーン。
(ここで女性のネガルの方がハンドルを握っているのがまず目を引く。地味ながらおしゃれなネガルは、イラン女性が頭に巻くスカーフもぐっと大きく後ろにずらして、髪をはっきり見せている。)
おそらく、音楽活動はおろか、未婚の男女がこうやってずっと二人きりであちこちに出かけたり密室で過ごしたりすることも、イランではモラル違反なのだろう。そんなことを思いながら見ていたら、車は突然警官に止められる。
なんと、ペットを外に連れて出るのは法律違反なのだそうだ。不潔だから、と警官は言う。
そしてネガルの悲痛な叫びとともに、信じられないことが起きる。
ここで私たちは、彼らがどんな現実を生きているのかをつきつけられるのだ。
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ミュージシャンたちの親しげで温かい交友と、時には牛小屋で(このシーンは傑作!)練習したり停電に苦しめられたりと苦労を重ねながらも活動を続ける彼らの情熱に心をゆさぶられながら、時に映し出されるテヘランの街の殺伐とした裏通りに胸を衝かれる。
偽造パスポートを手に入れるためには、法外な金を作らなければならない。それが可能な者だけが自由を手に入れられる。祖国を捨てるという代償と引き換えに。

わずか17日間で、しかも完全なゲリラ撮影(当局に無許可でカメラを回し続けた)で撮られたというこの映画は、粗削りだけれどその分とてもみずみずしく、心をとらえられる。
まるでその場に自分もいて、絨毯の上で膝をかかえて彼らの歌を聴き、迷路のような建物の奥へ奥へといくつもの出会いを求めて進んでいくようだ。
だから、時折の予兆が急激な暗転へとつながるラストを前に私たちは立ちつくしてしまう。音楽だけはいつまでも流れ続ける。

監督のバフマン・ゴバディはクルド人で、これまではイラン国内のクルド人を取り巻く現実を作品にしてきた人だそうだ。
彼自身が前作をイラン国内で上映する許可が下りず、おまけに次回作もつぶされてしまったため、失意の中で趣味の音楽活動をしていてアンダーグラウンドで知り合ったのが、主演の二人だったという。
この映画も、当然イラン国内で上映されることはない。そのことをわかった上でゴバディ監督はこの作品を撮った。映画というひとつの作品として世に出たことで、たとえイランでは正式に上映されなくても、いまやインターネットという手段がある。海賊版DVDも出回っているとか。ここに出演したミュージシャンは一躍有名になったが、そのほとんどは出演後、国外に出て活動しているという。

「ペルシャ猫」はイランの現実そのもの。「誰も知らない」その現実の一端を知ることができたのは、勇気をもって世に出した監督はじめスタッフのおかげだ。どうかたくさんの人に観てほしいと思う。まずはともかく、このすばらしい音楽たちに触れてほしい。
(私は特に、猫をたくさん飼っている地下室のミュージシャン、Hamaed Seyed Javadiの歌に魂をやられた。聴いたことのない世界!)
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by higurashizoshi | 2012-10-01 21:52 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

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