ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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本宮映画劇場

保養キャンプの今年の参加者向け説明会で福島に行ったついでに、前から訪れたいと思っていた本宮映画劇場に行ってきた。

今年で築102年、大正の初めに芝居小屋として建てられ、映画館として日本の映画全盛期を駆け抜け、その後は長く閉館していたそうだ。
中馬聰さんの写真集「映画館」(ほんとうにすばらしい本!)には、涙が出るほど懐かしく、猥雑で、濃厚な旧い映画館が数多く紹介されているのだけれど、この本宮映画劇場の存在を知ったのもこの写真集でだった。

郡山から十数分、本宮駅に初めて降り立ったものの、例によって地図が読めない私はハテナ状態で立ちつくすのみ。
駅でおしゃべりしていた制服姿の高校生グループに声をかけ、結局、親切な彼ら彼女らに劇場まで連れていってもらうことになった。
道すがら、「本宮劇場、何しに行くんすか?」と不思議そうな高校生男子。
「古い建物と映画が好きだから、見てみたかったの」と答えると、はー、と微苦笑。
確かあのあたりに…という程度には知ってるけど、みんなさだかに場所はわからないようで、手に手にスマホをかざしつつグーグルマップを頼りに先に立ってくれる。
「町ではどんな存在なの?」と聞いてみたら、「うーん、あんま知らないっつうか、昔のもの?小中学生が授業で調べにいく感じかなあ」とのこと。

路地を入った先の、相当ボロボロの建物。正面に回ると、ああ、ここだあ!
キュートな本宮っ子たちにお礼をいって、さっそく劇場を遠方からじっくりと鑑賞。
うむ、実に味わいのある建造物ではないか。しかし、予想以上に老朽化が進んでいるぞ。
たしかにこれは、近隣の人から見たら「崩れかけの、なんだか変わった建物」だろう。
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ふと見ると、入り口ふきんには軽トラックが止まり、なにやらお兄さんたちが休憩中。
工事中だろうかと思ったら、うむ。「除染作業中」なのだった。
浮かれ気分でここまで来たが、一気に《ここは福島》と思い知らされる。

外から見て、写真を撮らせてもらって、あとは本宮の街をぶらぶらしてから郡山へ戻ろうと思っていたのだけど、オヤ、道の向こうからニコニコしたおじいさんが足早にやってくるではありませんか。
それはネットで何度か見たお顔。ここの支配人、田村さんその人なのだった。
「あんた、いわきの人?」
いや、いわきじゃなくて兵庫県の人です。
聞けば、一週間前に予約があり、今日いわきから来る人に劇場内を見せる約束になっていたとのこと。
「あら、違うの。まあまあいいよ。見に来たんなら中に入って入って」
なんとラッキーなことに、私はそのいわきの人と間違えてもらったおかげで、思いもかけず本宮映画劇場の中を田村さんに案内してもらうことになったのだった。

そこは、まるで時を止めた昭和の世界。
胸がしめつけられるような、なつかしい匂いのする「映画館」という過去への旅だった。
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その中で聴く田村さんの、とめどもつきない日本映画をめぐるお話のおもしろいこと。
まさに映画と映画館の歴史における人間国宝! しかも田村さん、絶対若いころモテたでしょう。なんともいえぬ山っ気と色香ないまぜの魅力です。
「映画館は絶対もうかると思ってたの。だから一度閉めてサラリーマンになって、定年になったらもう一度映画館やろうと思ってたの。ところがあんた、定年なったら浦島太郎だったんだよ」
お父さんから映画館を譲り受けたあと、しばらくして映画は斜陽の時代に。田村さんは車のセールスをしながら、絶対にこの映画館を手放さず、休みのたびに映写機や館内のメンテナンスを50年も!続けてきたという。
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映画館として営業を再開するという望みはかなわなかったものの、次第にあちこちのメディアで本宮映画劇場が紹介されるようになると、建物を見せてほしい、映写機を見せてほしいという人が全国から訪れるようになった。
それからは、田村さんはここで時折無料で上映会を開いているとのこと。
「どうして無料なんですか?」と聞くと、
「お金取ると、そんなに人は来ないの。タダだったら、100人、200人来る。せっかく映画見せるんなら、たくさんの人に見てもらった方がいいからね」とのこと。
しかも田村さん、たくさんの秘蔵のフィルムがあるのみならず、自分でどんどんフィルムを切ってつなげて編集したものがいろいろあるという。
「昔の大衆映画にはね、必ずキャバレーのダンスシーンがあったの。そればっかり集めたのを私が作ったんだよ。それと、成人映画には必ずお風呂のシーンがあったわけ。そこを集めたのもあんの」とにっこりする田村さん。うーん、マニアック!ていうか、ピンク色!
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映写室も隅々まで見せていただいた。
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これが日本でたった一台しか残っていない、現役のカーボン式映写機。
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「あんた映画好きなんだったら、これ動かしてみっかい?」
えええ、いいんですか?
思わず手が震えてしまいそうになりつつ、教えてもらって映写機のスイッチを入れる。
ウィーン…と力強くも柔らかな音で回り出す映写機。カタカタカタ…と独特の音が響きだす。

たった30分しかもたないというカーボンの棒を燃料にして回る映写機。なんともいえず、いとおしく尊い。
田村さんがずっと整備し続けてきたからこそ、今もこうして現役でい続けている。
「もし故障したら、部品ありませんよね?」と不安になって聞くと、
「ほかの映写機から外してきて取り替えっから大丈夫なの。ほかにいっぱい映写機があんだ」。
次々とつぶれていく各地の映画館に行っては、フィルムとともに映写機を買い受けてきたのだという。
「これは浪江の映画館から買ったんだよ」
と映写機の入った大きな箱を見せてくれた。浪江町は津波と原発被害の両方を激しく受けた町だ。立派な映画館があったが、震災のかなり前に閉館してしまったのだそうだ。
「震災のときは、私らも逃げようかと思ったよ。もうここら、お金のある人はみんな逃げたね」
私が保養キャンプのために今回福島に来たことを話したら、
「そりゃああんた、いいことをしてくれてるねえ。それはえらいねえ」と喜んでくださった。「私ら年寄りはしょうがねえけど、子どもは身体のことが心配だもの」と。
今、外でやっている除染作業はあと一週間はかかるという。
「劇場の周りの土を全部入れ替えんの。だけどさあ、替えてもまた放射能降ってくっからねえ」

ホール。往時は2階席、3階席まであったのだそうだ。
ここに座って映画を観てみたいなあ。次回の上映会はまだ決まっていないそうだけど。
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天井もなんとも味わい深い。あの震災でもびくともしなかったのは、昔の木造建築の強さだろうと田村さん。
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9月のカナザワ映画祭に秘蔵の映画(こちらをどうぞ。この妖しげ感、たまりません!)を引っ提げて、トークショーにも出演することになっているという田村さん。いやーパワフル、瞳はキラキラ、お肌ツヤツヤです。
そうそう、この劇場、これほどのたたずまいゆえにいろんな作品(最近では坪川拓史監督の映画『ハーメルン』など)のロケに使われてるのだけど、ここの特徴ともいえる外壁の色を謎のローズピンクに塗り替えたのは、昔、横浜から映画を撮りに来た学生たちなのだそうだ。でもそれがどこの学生だったのか、何という映画だったのか、いまとなっては田村さんにもまったくわからないという話。誰か解明してくれたらおもしろいのだけど。

館内のたくさんのポスター。このまぜこぜ具合がたまらない。
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おそらく戦前の上映風景。まさに鈴なりのお客さん。
「昔は楽しみといったら映画と芝居しかなかったからね。みんな遠くから歩いてきたんだよ。自転車乗ってくる人はお金ある人」
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結局、いわきの方は来られず、夕方までずっと劇場内の空気を味わいつつ、貴重なお話をお聴きする幸せな時間を過ごしたのでした。
「今日はもう閉めて、帰っから。」
と戸締りをする田村さん。
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こうして何十年も、たったひとりでこの劇場を守ってこられたのだなあと思い、そしてさらに時がたったらここは…と思わず考えてしまった。
何度もお礼を言って田村さんと別れ、見返した夕景の本宮映画劇場。
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建物の横腹はすでに朽ちかけ、しずかに佇んでいる。
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映画という楽しみ。映画という商売。映画という夢。
濃密な時間が暮れて、人もまばらな本宮の町を駅に向かった。
なんだか胸がいっぱいで痛いほどだった。


***
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by higurashizoshi | 2016-06-23 01:27 | 旅の記録 | Comments(0)

誕生日雑感

書けないまま、あれよあれよと日は過ぎて。

このひと月ほどに何があったかというと、父の半年目の月命日の集まりがあり、不登校とホームスクーリングについて大学の授業にお話しに行き、今年も夏の保養キャンプの準備が始まり、そのためにリーフレットの編集作業をし、参加者の募集受付作業をし、映画や芝居を観に行き、今月末のコンサートに向けて合唱の練習に通い、そして十数年ぶりにお給料をもらう仕事を始めるという、わたくし的には画期的な出来事もあり。
職場はNPO経営の地域カフェ。まだまだ美味しいコーヒーが淹れられないし、レジもあわあわ。でもとてもいい空気の流れるお店で、スタッフのみなさんもお客さんもフレンドリーで助けられている。

ここまで書くとなんだかすごく活動的で前向きな、世間の人から私がよく言われるイメージ通りの多忙な日々だけど、ブログが書けなかったのは例によってアレですよアレ、《むなしい病》。
むなしいむなしいっていいながらよくこれだけいろんなことができるねと言われそうだけど、父が亡くなって半年というひとつの節目を迎えてから、どーっといろんなことがよみがえってきて、眼をそむけきれなくなったというか、自己否定の要素がひとつひとつやってきて、パワーをはしから奪われる。振り向かずにすめば、考えずにすめば、いいのになあ…と思う。

で、やっとこブログに向かったのは、今日は私の誕生日で、この歳になるとお祝い気分はないんだけど何か残したい気になるのかな。とどめておきたいというか。
こんな年齢になっていながら、いつもいつも生きている意味について考えているというのもどうなんだろうと思う。もはやこの世にいない人についても、その意味を考え続けてしまう。
この世に存在できるごく短い期間に、できるかぎりのことをして生き抜きたいという思いと、いつもこの世を出ていくことについて考えて地に足がついていない自分と。
そうこうしながら、さて今日は誕生日だからこの前友だちのワークショップで習ったオリジナルスパイスのカレーを作ろうかな…なんて考えていたりもして。明日は家族でお祝いしてくれるというので、手巻き寿司をリクエストしてみたりして。なんなんだろねえ…

フィギュアのことも、ワールドについていまだ書いてないし(文章はかなりできてるのだけど)、シーズンオフの話題(新プログラムとか、引退解散・再編とか)はちゃんと追いかけていて、あとは気力なんだけどなあ。
すいません、ひさびさに書いたのにまったく覇気のない文章になってしまいましたです。
おわび代わりにうちの息子のとっておき写真を載せておこう。


タイトル 「ぼくなあ、名前書けるねん。」
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次回はもうちょっと元気のある感じできっと。



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by higurashizoshi | 2016-06-04 17:56 | 雑感 | Comments(4)

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