ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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亀は意外と速く泳ぐ

d0153627_18155015.jpg何度かレンタルで借りそこねてきたこの映画、やっと観ることができた。
これで三木聡監督の映画は『図鑑に載ってない虫』『イン・ザ・プール』に続いて3本観たことになる。
そもそも友だちが絶賛していた『転々』を観るがために、過去の三木聡作品を観てから、という予習のつもりで深みにはまった…という感じ。

主人公の平凡で目立たない主婦が、上野樹里。その幼なじみに蒼井優。
いま売れに売れている若手女優ふたり、せいぜい3、4年前なのになんとも幼く、ふたりともすごくふっくらしてる。みんな売れるとどうしてカリカリにやせるんだろう?

ほんとうにバカバカしいんだけど、なんとなくなつかしくなるような、やるせないような映画だった。
古ぼけた商店街のスピーカーから流れる、ふせえりの声。
「南国ムードで疲れたあなたをお出迎え。グランドキャバレーファイヤーダンスは冬でも熱気ムンムン。明日午後9時からはサービスタイムでハッスルタイム」
ところがこれが、スパイ召集の暗号だなんて、アンタ…。

主人公の主婦スズメはある日、階段でこけた拍子に電柱の下の方に貼られたビラに気づく。「スパイ募集、委細面談」?
しかもそのビラって、人差し指の先くらいの大きさなのだ。
で、それがきっかけでスズメは某国のスパイになり、与えられた任務が「目立たず普通に生活すること」。
次々と明らかになるスパイ仲間。え、あの人もこの人も? って、こんなせまい町に何人スパイがいるねん!

スズメにスパイ指南をする岩松了、ふせえりの夫婦がなんともキュート。
果てしなく続く、くだらなくもおかしい小ネタの連続のうちに物語は進んでいくのだけど、スズメと対照的な親友クジャクを演じる蒼井優の破綻ぶりに感心したり、スズメの憧れの先輩・要潤が思いっきり変で大笑いしたり、盛り上がりがあるようなないような、でもいつまでもこの中にひたっていたい気分になってくる。

スズメにはちょっと変わり者の父親がいて、実家を訪ねたスズメにいきなり後ろから飛び蹴りしたり、相撲を取ったりする(このとき行司をする向かいの家のおじさんが舞踏家のギリヤーク尼ヶ崎さんで驚いた)。
この父親が、「電話ぐらい引いてよ、何かあったときどうすんのよ」といかにも普通の意見をするスズメに向かって、
「オレが死んですぐ連絡がいったらおまえ悲しいだろ。だけどしばらくたってからだったら、ああ父さんはしばらく前に死んでたんだなあって思うだろ」
と言う。
あんがい三木聡という人の真骨頂は、こういうところにあるのかもなあと思うのだ。

で、このまったり感あふれる映画のエンディングに流れるのが、なんでレミオロメンの「南風」ね? この場違いな爽やかさは何?
という違和感を残して映画は終わったのだけど、実はほんとの主人公は亀だったんだ、そうかなるほどなあ。とちゃんと思わせてはくれたのだった。
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# by higurashizoshi | 2008-05-01 18:19 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(6)

映画の観方

昔、世の中にビデオもDVDもなかった時代、映画は一度限りのものだった。
中には上映期間中に何度も繰り返し同じ映画を観に行く人もいたかもしれないが、普通は一度観て、その後何年かあとに名画座や自主上映で再び観る機会があるかも…ぐらいのものだった。テレビの「○曜洋画劇場」だって当然一回こっきりだ。

私の子ども時代にはビデオなんてなかったんだよ、という話をするとタタもミミも驚いていた。
そして「ビデオがなければDVDを観ればいいじゃないの」とマリー・アントワネットのようなことをおっしゃる。
DVDというモノがいかにごく最近普及したものかを解説すると、またまた驚くお子さまたち。
でもそのDVDもブルーレイとかいうものに取ってかわられるとか。

最近よく思うのは、映画のレビューなどをネットで読んでいると「DVDで何回も観た」「よくわからなくて途中で何度も巻き戻してやっとわかった」とかいうのが多くて、これがいまどきの映画の観方なんだな、ということ。
こうなってくると当然、作る側としても映画は一期一会で観られるものではなく、繰り返し、ときにはブチブチ切って巻き戻し・早送りしながら観られるもの、という前提ができてくるんじゃないだろうか。

はたち前後の、名画座やオールナイト映画祭なんかに通いつめていたころ。それこそ全身全霊で、1カットも見のがすまいという勢いで映画を観るのがあたりまえだったし、無上の楽しみでもあった。一本観終わると口の中がカラカラに乾いていたなんてこともよくあった。
そのころに一度きり観た映画で、冒頭のシーンからラストまでほぼ憶えていると思えるものもある。もちろん、記憶なんて曖昧だから、そう思いこんでいるだけかもしれないけれど。

で、いまや映画館に行くことがかなわなくなり、レンタルDVDでしか映画を観られなくなっても、私はいまだに映画を巻き戻したり繰り返したりして観るのはいやなのだ。
大事に観たい映画の場合はもっと厳密に、ゆるせない、という気持ちになる。
でも、家で観ていれば映画館と違って、電話は鳴るわ宅配便は来るわ、チャチャは騒ぐし「ホッチキスどこ?」とか言って子どもたちが来るし…
ふだん温厚(自称)な私もこのときばかりは星一徹になって、ちゃぶ台返しでもやりたくなる。
子どもたちには「これから映画を観るのでひとりにしておくれ」とは言ってあるけど、ふだんハリー・ポッターシリーズのDVDをお気に入りシーンだけ飛ばし見! とかしてる彼女らには私の切実さはわかるまい。

そこでストレスレスに映画を観るために、早起きをすることにした。
このときのポイントは、チャチャを起こさないことである。
いったん起きるとこの子は「おはようおはよう!」「ごはんくれー」「窓あけて!」「おねえちゃんたち起こすよう」などなど大騒ぎとなり、ほんとにおねえちゃんたち=タタ&ミミまで起きだしてしまう。
かといって朝ごはんが遅くなってもかわいそうだ。で、映画を観る朝は、チャチャに朝ごはんをやる時間から逆算して、起きる時間を決める。当然、映画が長ければ長いほど、早く起きないといけなくなる。

目覚まし時計を瞬間で止め、そーっと布団を抜けだし、パソコンのある部屋へ足音をしのばせて行き…もちろんヘッドホンをつけて、そしてやっと映画にひたれる時間がやってくる。外はまだ夜が明けきっていない。エンドロールが終わるまで、起きてくれるなチャチャ!

この習慣を始めたころは、寝起きの数分以内にいきなり映画を観るというのはちょっときつかった。でも慣れてくると、一日のはじまりが映画というのもなかなかいいものだ。
それにしても、一般的に映画の観られ方が《一期一会》から《ブチブチ切り・巻き戻し早送りあり》に変わってきたことで、作る側の意識はほんとうに変わってきたんだろうか?
だとしたらどんなふうに変わったんだろう?
《一期一会》タイプをかたくなに守りながら考えている、私の最近の疑問だ。
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# by higurashizoshi | 2008-04-28 17:15 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(2)

岡山の事件から

昨日の新聞の小さな記事を見て、ため息がもれた。
やっぱり、という気持ちと、またこれで、という気持ち。
岡山駅の突き落とし事件で逮捕された少年が、診断の結果アスペルガー障害とわかったという記事だった。
この事件では少年の父親が新聞社などのインタビューに何度も応じている。それも含め、いろいろな記事で幼少期からの少年の様子などを読むにつけ、発達障害がある子だったのではないかな、と内心感じていた。

これまで、大きな事件を起こし、アスペルガーなどの《広汎性発達障害》と診断された未成年が何人いただろう…と考える。
「人を殺してみたかった」という言葉で世間に衝撃をあたえた愛知県豊川市の少年の主婦殺害事件(2000年)あたりが、私が記憶に残っている最初だ。
その後、2003年の長崎の男児誘拐殺害事件、2005年の寝屋川教職員殺傷事件、最近では奈良の自宅放火殺人など、広汎性発達障害やアスペルガーの少年=危険という刷りこみがされかねないくらい、報道が続いてきた。

それぞれの少年にどんな事情があったのかは、もちろんわからない。
でも、アスペルガーなど発達障害の特性がきちんと理解されないことで、家庭や学校などで人間関係をうまく作れず、誤解を受けたり疎外されたり、いろいろなゆがみが本人の中で育っていったことは、たぶん共通するのではないだろうか。
むろん、おかした罪は罪として、きちんと認めなければならない。
でも、もしそれぞれの少年の育つ環境が、個性を受容してゆったりとやさしいものであったなら、追いつめられて暴発することはなかったのではないか、と思う。

まだまだ知られていないし、はっきりとは見えにくい障害なので、幼少期には親は大変な思いをする。危険を感じずどこにでも突進してしまう、眠らない、こだわりやパニックで泣き叫ぶ。でも知能は問題ないため「親のしつけができていない」とか「愛情不足が原因」と周囲から責められる。
もちろん子どもを懸命に受けいれて愛情をこめて育てる努力を惜しまない親はたくさんいるが、重いストレスが子どもへの虐待に発展してしまうこともあるといわれている。
そして学校に入ると、本人は集団の摩擦の中でまた苦しい思いをすることになる。
タタの場合は、その最初のあたりで学校という集団からおりてしまったのでいろいろなことからまぬがれている面はあるのだけど、学校に行っているアスペルガーの子をもつお母さんたちから聞く話は、どれもつらいものが多い。
いじめ、無視、必死の友だちづきあい…。どの子もほんとに苦しみながら学校へ行っている。「人に合わせる」ことが難しい子どもたちなので、そのストレスははかり知れないものがあるようだ。
ほんらいはユニークで豊かな才能をもっている子が多いのに、それが生かされず、自己否定の形で押しつぶされてしまう。

岡山駅で事件を起こした少年も、学校でずっといじめられ続けていたという。
いじめられている息子を、父親は一生懸命かばうように育ててきたと語っていた。
もし障害を理解して、親子ともにサポートする環境があったら、こんなとりかえしのつかないことは起きなかったのでは、と改めて思う。
そしてけしてアスペルガー=危険なのではないこと、発達障害がどんなもので、どんなサポートが必要なのか、多くの人に知らせるような報道をもっともっとしてもらいたい。
発達障害の子どもを持つ親は、みんな身を切られるような思いでこうした事件を見つめていると思う。
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# by higurashizoshi | 2008-04-25 17:01 | Comments(4)

ハンバーガーな夜

はじめてブログの衣がえをしてみた。
トップの写真はうちのチャチャではなく、どこぞのネコちゃんなんだけど、この子が印象的だったのでこのスキンを使うことにした。
チャチャ、心変わりしたわけじゃないからね。

この前からタタが「ハンバーガーが食べたい」と言ってたので、昨日コトブキが買ってきてみんなで食べた。
たぶんファーストフードを食べるのは…一年ぶりはウソかもしれないけど少なくとも去年の夏くらいからは食べてなかったと思う。
特にこの半年は、どんどんおうちで何でも作るしかない食生活になっているので、まったく縁がなくて。

さてそうやって食べたロッテリアのハンバーガーは、ひと口食べて思わず「シャバの味や…」(どこにいるのだ私は)。
そしてふた口目からは、おいしいはおいしいんだけど胃袋にゴンゴンとひびいてくる。
たとえていうなら、アジアな庭園で静かにすごしていたところに、いきなりマッチョな白人がやってきて胸ぐらをつかまれたような。
(いや、なにやらこのたとえは違っているぞ…)
それでも魔法にかかったように食べつづける私。おそるべしファーストフードパワー。
そして全部食べ終えたあと、なにごとかを成しとげたような達成感っ。
でもアジアな庭園生活にはやっぱり突然すぎたようで、真夜中までずーっと胃袋は、重かった…。

そういえば今読みかけている『ルポ 貧困大国アメリカ』(堤未果著・岩波新書)という本には、ファーストフードなどの安価でカロリーだけが高い食べものが、アメリカの貧困層に肥満や成人病を蔓延させているしくみが書かれている。
寝る前に重い胃袋をかかえて読むと、その内容がますます重くリアルに感じられてきた。
ゲプ…。
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# by higurashizoshi | 2008-04-22 21:48 | 雑感 | Comments(4)

ジョゼと虎と魚たち、そのほか

ずいぶん前にテレビでやったのを録画していた犬童一心監督『ジョゼと虎と魚たち』を初めて観た。
足の不自由な若い女性・ジョゼ(自分でつけたあだ名)と平凡な大学生の男の子・恒夫との恋の話だが、主演の池脇千鶴が圧倒的で、ぺらっとした妻夫木聡が浮いてみえた。

d0153627_17322522.jpg完璧な大阪の下町のばあちゃんのしゃべり方をし、プライドは高く、世間と没交渉の、障害のある女の子という役。
ちょっとやそっとではリアリティを出せないところを、池脇千鶴はほんとうにジョゼを生身の存在として演じきっていた。
印象に残ったのは、ジョゼに恒夫をとられた元カノとの対決の場面。
「あんたのその武器がうらやましいわ」と、障害をたてに勝者になったと決めつける元カノに、ジョゼは言いはなつ。
「ほんならあんたも、足切ってもろうたらええわ。」

強烈な自我の持ち主であるジョゼと、優しいけれどどこか腰がすわらない恒夫。
恒夫は彼なりにけんめいにジョゼを愛するし、ジョゼは恒夫によって暗い海の底のような孤独から抜け出す。
しかしこの二人、完全にはじめからジョゼという存在は大きく重すぎて、とても恒夫の手に負えないということは明らかだ。
それをお互いどこかで自覚しながら紡いでいく日々は切ないけれどきらきら輝いている。
どうしても受けいれあえなくても、惹かれあい、まじりあって過ごす時間からしか得られないものをふたりは味わう。
悲しくてもけして惨めではない結末に見せた、ジョゼの孤独と意志のいりまじる静かな表情がいつまでも心に残った。

さて『靖国 YASUKUNI』について、この前mixiでもいろいろ意見がかわされているのを見つけたが、そこで李纓(リ・イン)監督のインタビューが紹介されていた。短いけれど中身の濃いインタビューなので興味のある方はぜひ読んでみてください。(ここをクリック

ところで犬童一心監督といえば、今年はこれから『グーグーだって猫である』が公開になる。
私の敬愛する大島弓子の同名のエッセイ漫画、まさかの映画化である。
犬童監督は長編第一作も大島弓子原作の『金髪の草原』だったし、きっとファンなんだろうなとは思っていた。
でも『グーグー…』はもう大島弓子がストーリー漫画を描かなくなってからの、ある種《隠居もの》みたいな地味な作品。
これを映画にするというのは、ちょっと考えたこともなかった。
大島弓子本人を小泉今日子が演じるというのも、いやぁどんなになるんだろうと楽しみなような怖いような。
タタもミミもうちの蔵書の大島弓子作品を片っ端から読んでいるので、『グーグー…』が映画になるというと大興奮していた。
ただし彼女たちの関心は人じゃなくてネコ。
「グーグーをやるのは、どんなネコだろうね?」ってことである。はてさて…。
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# by higurashizoshi | 2008-04-18 17:45 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(5)

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