ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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源平桃

桃の節句は過ぎたけれど、わが家の庭の桃は、まだ咲かない。
この桃の木はずいぶん前に植えられたものらしく、4年前にここに越してきたときには、大きな枝をしげらせていた。
そして、その春、みごとな花を咲かせて私たちを驚かせた。
驚いたのは、咲いてみると濃いピンクと白の花がいりまじっていたからだ。
これは「源平桃」という種類だ。源氏の赤、平家の白がまじって咲くから源平桃。

私たち家族には、源平桃に懐かしい思い出があった。
子どもたちが幼いころ、東京で毎年お花見に行っていた新宿御苑に、源平桃の大木があったのだ。
満開のたくさんの桜の木の中に、鮮やかなピンクと白の花が咲き乱れているところがあった。近づくと、何本かの木が寄り集まっているように見えたのに、一本の大木に同時にピンクの花、白い花が咲いているので驚いてしまった。
てっきり珍しい種類の桜だと思ったら、説明書きを見て桃だと知って、またびっくりした。
周囲は春霞のような何百本という満開の桜、その中でくっきりと立つ華やかな源平桃の大木。夢の中にいるような心地がした。
それからは毎春、新宿御苑にお花見に行くと、必ずその源平桃の木を見に行った。
タタもミミもまだあどけなく、大変なことはいろいろあっても、ただただかわいかったころ。花を眺めながらお弁当を食べ、新宿御苑の広い芝生をいっしょに駆けまわった春の思い出。
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そんな思い出のある源平桃に、まさか引っ越し先の庭で再会するとは思ってもみなかった。
この家に越してくるのは運命だったんだ!と興奮したのはいいけれど、見事な咲きっぷりだったその年の翌年からだんだん、花の咲き方が弱々しくなってきた。
引越しのとき、それまで全部土だった庭の大部分にコンクリートを敷いたので、根っこを痛めてしまったのだろうか。
それとも、植物オンチで水やりもロクにしない私のせい?
一度専門家に見てもらいたいねと言いながら、そのままになって、また春がやってきた。

さっきベランダからしげしげと見たら、新しく伸びてきた細い枝の先には、ちゃんとかわいらしい固いつぼみがついている。
でも、まだしばらくは開きそうにない感じだ。
元気なく黒ずんだ枝も多くて、やっぱり年々、つぼみの数も減っているような気がする。
なんとかしてあげないといけないなあ。せっかくめぐり会った大切な桃の木なんだから。
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# by higurashizoshi | 2008-03-05 18:47 | 雑感 | Comments(7)

ひなまつりとカサノバ

はっと気づけば、ひなまつり!
もう明日ではないですか。
せめて2日間だけでもと、急いでおひなさまを出して飾った。
小さいけど、タタが生まれて初めてのひなまつりに買った、かわいらしいひな人形だ。

チャチャは、とにかくどこにでも飛び上り、何でも落としてしまう。
で、去年は結局、おひなさまを出しそこねてしまった。
もちろんチャチャに罪はないのだが…。

今年はこの2日間、おひなさまをどうチャチャから守るか?
大きらいなレモンの香りでも振りまいておくか…って無理か…

昨日はラッセ・ハルストレム監督「カサノバ」を観た。
なぜこれを観たかというと、ヒース・レジャー追悼特集が自分の中で続いているから。
それと、監督がハルストレムなのに、まだ観ていなかったから。

ラッセ・ハルストレムは、母国スウェーデン時代の作品がとてもすばらしくて、「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」も「やかまし村の子どもたち」とその続編も、私の大好きな映画だ。
ハリウッドに移ってからも「ギルバート・グレイブ」「サイダーハウス・ルール」「ショコラ」と、暖かくて切なくて、底に鋭い人間観察がある作品を撮っていて、この人独特の味わいは損われず、私には好きな作品が多かった。
ただ、「ショコラ」の次の「シッピング・ニュース」(01年)を観たときに、荒さや緩みが初めて目についた。おやっ、ハルストレムさん大丈夫か?と心配になった。
その次の作品「アンフィニッシュ・ライフ」というのは日本公開されず、DVDは出ているようだが未見。で、「カサノバ」(05年)が今のところハルストレム監督の最新作らしい。

それにしても、なんでハルストレムがカサノバ?
そしてなんでカサノバがヒース・レジャー? …と思っていた。
どちらも、まるでイメージがちがう。カサノバといえば稀代のプレイボーイというか漁色家の代名詞。暖かな人間のつながりを描いてきたハルストレム監督が選ぶ素材としては意外すぎる。
それに、カサノバ役を演じるなら、こう濃厚で、ねっとりと美男で、いかにも何でもありでっせという感じの男優では? 外見的には地味で、シャイな感じのヒース・レジャーではそぐわない。
…とすれば、当然これはどちらも、「あえて」選んだことなんだろう。
その「あえて」の答が、ちゃんとあればいいけど…。何となく不安であった。

さて、観終わった感想としては、ひとことでいうとこれは18世紀のヴェネツィアという美しい町を背景にした、豪華な軽喜劇だった。
軽喜劇だから深刻な人間描写もなく、ひたすら楽しく、軽やかで、滑稽で、華やか。
もう、最後までつるつるーっと、さぬきうどんのように観られてしまう。いや、イタリアだからタリアテッレのようにか…。
しかし、「あえて」の答さがしをしていた私には、その答は最後までよくわからなかった。

従来のカサノバのイメージを崩すような、ヒース・レジャーのサラッとした美男ぶりは、悪くはない。
でも、最後にカサノバが純朴な愛に生きる男に変わる、その説得力がまるでない。
だってちっともヴェネツィア中の女をメロメロにしている男に見えないし、手練手管の策略家にも見えない。
だから運命の女に出会って、男としての生き方が変わっていく、その過程もよくわからない。
これはヒース・レジャーの演技力のせいではなくて、脚本がそうなっているのだ。
こういう筋立てでいくのなら、もっとアクの強い男優をキャスティングしたほうがよかったんじゃないだろうか。

ハルストレムは、純愛男としてのカサノバを描いて、何をしたかったんだろう?
主役がカサノバなのにきわどいシーンがほとんどないのは、全体のタッチを乱さず成功していたとは思う。全体的に、それなりに質のよい一幕の舞台に仕上がってはいる。
でも結局このさぬきうどん、じゃなくてタリアテッレは、つるつるいけるが食べ終わったらじきに忘れてしまうくらいの感銘しか、私には残さなかった。

私には、キューブリックが「バリー・リンドン」を撮ったのがナゾであるのと同じように、この映画はナゾだった。
ハルストレム監督、次は何を撮るのだろう…? 期待半分、不安半分だなあ。
そしてやはりやはり、ヒース・レジャーを見るにつけ、なんて魅力的な役者を亡くしてしまったんだろうと悲しい。
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# by higurashizoshi | 2008-03-02 18:25 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(4)

2月29日

ブログ生誕、祝・1か月!
と自分で自分を祝ってみる。
で、今日は2月29日。4年に一度しか来ない日。
4年前の今日…と思い出してみると、ちょうど明石のこの家に引っ越してきた直後だった。
当然のことながら、私もコトブキも今より4歳、若く。
タタは8歳、ミミは6歳だった。

そうそう、そのころは、ミミの入学直前だったんだな。
あのころは、私にもいろいろ迷いがあって、タタは学校行かない道を選んだけど、ミミは行けたら行ったほうがいいんじゃないか…と、思ったりしていた。
タタはもともとの気質もあり、学校というところが合わなくて、すごく苦しむことになった。でも、ミミはきちんとしてるのが好きなタイプだし、もしかしたら学校というところもミミには合うかもしれない、とコトブキと話し合った。

でも、ミミ本人が、きっぱり言ったんだ。「学校行かない」と。
6歳の子どもの言うことをうのみにするんですか? とか
最初から行かないなんて認めてどうするんですか? とか
学校からはいろいろと言われた。
でも、いつも素直で従順で、拒絶なんてしたことのなかったミミが、何を言っても断固として、てこでも動かなかった。
ランドセル? 「いらない。」
入学式? 「行かない。」
本当に、はっきりしていた。

正直、当時の私は、頭をかかえた。それでいいんだろうか?
ミミの気持ちを、もちろん大事にしたい。
でも、学校という「通常コース」から、最初からはずれるんだよ?
タタみたいに結果として、じゃなく、最初から、だよ?
そんな選択、ミミにとっていいことなんだろうか?
コトブキは、泰然としていた。「ミミがそうしたいなら、それでいい」と言って。

どのくらいかかっただろう。もう4年前のことだから、はっきり憶えていないけど、ミミとも、コトブキとも、学校とも何度も話し合った。
何が、私の中で転機になったのかな。
やっぱり、絶対に揺れないミミの態度が、私の気持ちを押していったのかもしれない。
これがミミの人生の「今」であり、ミミが切実に選んだものなら、大人がそれを軽々しく、どうこうできるものじゃない。
ミミが、学校に行かずに育っているタタを見て、私たち親を見て、自分も学校に行かず「うちでやっていく」のがいい、と決めた。
それを、誰も、たとえ親でも、勝手に動かしたりできない。
…そういうことが、私の中でだんだん、はっきりしてきた。

「わかりました。ミミちゃんがしっかりおうちで育つよう応援します」
とうとう、こういう校長先生の言葉を聞いて、あいさつをして、学校をあとにした日のことは、よく憶えている。
ぽかぽかと暖かい日だった。
校門のところで振り返った。あー、今私は、学校というところと別れたな、と思った。
そのときが私の中の「学校信仰」との決別だったんだなあと、今は思う。

あれから4年か…。
この4年も波瀾万丈でいろんなことがあったけど、少なくともミミの選んだ道が、間違っていたと思えたことは一度もない。
学校というところに行ったことのない子ども。
世間から見たら珍しい存在なんだろうけど、うちではもはやごく普通のこと。
家で育つ子と親のいろんなネットワークにもつながって、友だちもふえた。
ミミは親バカながら聡明で面白くて優しい子に育っている。

さて次のうるう年、2012年?(ほとんど近未来SFだなあ)
子どもたちは、私たちはどうなっているだろう…。
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# by higurashizoshi | 2008-02-29 13:57 | 不登校とホームスクーリング | Comments(4)

曇天な日

ふと気づくと…
ブログを始めてからもうすぐ1か月がたとうとしている。
声をかけてくれる人もいて、ほかのブログもこれまで以上によく見るようになったし、自分でもそれなりにはりあいというか、新しい日課というか、刺激になっているなぁと思う。
思うのだが、このブログ。
文章ばっかりでステキな写真もないし。
だいたい、話題もカタい気がするし。
ひとつひとつの文章が、やたら長いし。

と、何となく「これでいいのだろうか感」がじわりとやってきた。
おまけに苦手な確定申告の季節。数字の作業でアタマはかちかち山。窓の外は曇天…。
どうも、気温が低くて、天気が悪いと、気持も下降線をたどりがちだ。
いかんいかん、こんなことでは…

ハハがどっちり沈んでる間に、子らは元気におうち内で遊んでいる。
「見て~。できたよお!」
て呼ばれて子ども部屋に行ってみたら、シルバニアファミリーの人形と道具を使って、
「クラッシュダウン・カフェでリズが撃たれてマックスに傷を癒されてるところ」
を表現したそうだ。
なんちゅうマニアックな…
しかし実によくできている…
(わからない方はFOXチャンネルの海外ドラマ『ロズウェル 星の恋人たち』のHPをごらんください)

外に出なくても楽しく過ごせているならオッケー、オッケー。
ようするに、楽しく過ごせてない私が問題か。
出てこいお日さま!
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# by higurashizoshi | 2008-02-27 19:21 | 雑感 | Comments(3)

アスペルガー障害のこと

最近、発達障害のある学生を、大学がサポートしようという動きがあるという記事が新聞に載っていた。
発達障害、と近頃よく耳にはするけど、具体的によくわからないなあと思っている人は多いかもしれない。

この記事に取り上げられている「発達障害のある学生」というのは、おもにアスペルガー障害などの高機能自閉症系の人が多いようだ。
自閉症、というと対話や表現が困難で、知的にも障害があると思われがち。確かに、一般的にはそうだ。
ただし、自閉症の中でも高機能自閉症というのは、知的レベルが高く、一見して障害があるとはわかりにくい。
原因は、まだわかっていない。生まれつき、脳の機能にわずかな障害があるためだろうというくらいしか、解明されていないらしい。
タタは、その高機能自閉症の仲間の、アスペルガー障害(症候群ともいう)の、さらにボーダー、つまり境界線上にいるといわれている。

アスペルガー障害の人はよく、「高知能で社交べた」といわれる。
特定の能力(数、記憶、芸術など)に優れている人が多いが、感情を読むことが苦手で、「頭はいいのにズレてる」「自分の興味ばかり一方的にしゃべる」と見られてしまう。
「あんなに賢いくせに人の気持ちを理解しないなんて」と思われてしまうことが多い。
ほかにも、動作が不器用、聴覚・視覚・味覚・嗅覚などが過敏で特異な反応が多いなど、いろんな特徴がある。
アスペルガーの子どもは、たぶん生まれたときからいろんな違和感と戦っていて、大きくなってくると他人とコミュニケーションをとるのに苦労するが、なまじ知的な遅れがないために、周囲に障害であることを理解されにくい。

先の記事の場合も、大学に行く能力があるのに発達障害?単に性格の問題なんじゃないの?と思う人もいるかもしれない。
でも、アスペルガーの子どもの中には、学校の成績はよく、目立った問題も起こさずに進学していき、大学生や社会人になった時点で周囲に適応できなくなるケースがけっこうある。
ちょっと変わった子、と思われていても、多少いじめのターゲットになっても、成績優秀で周囲をシャットアウトすれば、なんとかすり抜けていける。
そして、自力で人間関係を作り、コミュニケーション能力がシビアに問われるような大人の世界に入ったとき、初めて問題が表面化するのだ。

アスペルガー障害の人が一番苦手なこと、それは今はやりの「KY」。
空気が読めない。相手の話を、言葉通りに受け取ってしまう。思ったことを、タイミングも配慮もなく、そのまま言ってしまう。
学校の成績というわかりやすい鎧がもう通用しない世界で、そういう人はたちまち孤立し、誤解され、信用を失う。
そのとき、生まれながらの障害が原因だということを周囲が理解してサポートしなければ、その人は自信をなくし、精神的に追い込まれてしまう。
いわゆる「発達障害の二次障害」というもので、アスペルガーなど発達障害のために本人が周囲とのあつれきに苦しみ、そのせいで強迫性障害やうつなどの心の病になってしまうことは、とても多いのだ。

まだまだ、この障害については知られていないから、子ども時代に診断を受ける人は少ない。障害があることを本人が知らないまま、生きづらさに耐えてなんとか暮らしている人が多い。
私も、タタがアスペルガーのボーダーだというところにたどりつくまで、ずいぶん回り道をした。
それがわかったから、何かが解決したわけではない。でも、それまでタタに関して、どうしてもわからなかったこと、わからなくて苦しんできたことで、「そうだったのか!」と初めて理解できたことは、たくさんある。

たとえば、タタが幼いころから、特定のものや音をひどく怖がり、パニックを起こしてきたこと。
冗談と本気の区別がつかず、突然怒ったり、逆におびえたりするのも、不可解でならなかった。
赤ちゃんのときから「眠れない子ども」で、睡眠が続かず、それでいて起きづらかったのも、アスペルガー特有の、脳の興奮のスイッチのオン・オフが切り替えづらいせいだと知ったとき、初めて腑に落ちた。

こういう症状は、今はだいぶ緩和されてきたし、こちらも「これはタタの特性なんだ」と思って受けとめられるようになってきたので、昔のわけのわからなかったころに比べるとずいぶん楽になった。
タタも、親にも理解されなかったころは、今よりもっとつらかっただろう。
まあそれでも、まだまだ、この特性とのつきあいは続く。
もっともっと、アスペルガーも含め発達障害について正しく、広く理解されていってほしいと、改めて思う。
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# by higurashizoshi | 2008-02-25 17:25 | Comments(0)

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