ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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きいちゃん(3)

その日から、Kさんの地獄の特訓がはじまった。

というのは真っ赤なウソで、Kさんは私が「ペーパードライバー」の常識をはるかに超えているのに衝撃を受けたらしい。
新車を買うぐらいなんだから、ちょっと勘を戻すのにつきあえばいい程度と思ってたのだろう。
アクセル、ブレーキ、エンジン始動…とやって、走り出して、路上に出て、ハイ右曲がって、ハンドル戻して、左曲がって…と20キロぐらいで数分走って家に戻った。
これだけで顔面蒼白、生きた心地もない私に、Kさんは同じく青い顔でほほえみ、
「きっと大丈夫ですよ。少し練習されたら、思いだしますよ」
と根拠ゼロの優しい嘘をつくと帰ってしまった。

それからKさんも何度かは練習に来てくれたが、あとはひたすら孤独な闘いだった。
タタは不安定を抜けたばかりの時期だったから、私の運転が危険(というか運転する私が危険?)だということを知られてはならない。
朝早く、まだみんなが寝ている間にそっと車を出し、そのたびに心臓バクバクさせながら練習した。
「ドライブに行こうよー」なんていう恐ろしい提案にも、笑顔で応える。
運転中にワイワイ話しかけてくる家族にあいづちを打ちながら、頭は真っ白。作り笑顔でハンドルを握って、いつも手のひらは汗でびっしょり。
家に帰りついてエンジンを止めると、必ず「よかった…今日も生きてた」と思うのだった。誰にも言わなかったが。

車の名前は、すぐに決まった。「黄色いから、きいちゃん」である。
正確には、きいちゃんのボディーカラーは「卵豆腐色」だ。
いや、カタログにそう書いてあるのではなく、なんとかイエローと書いてあった気がするけど、私は一番これが正確だと思う。卵豆腐色。カスタードクリームの色にも似ている。どっちも私の好物だ。
ワゴンなのにフォルムは丸っこくてかわいらしい。正面から見たらちっこくて絶対7人乗りに見えないのに、二階のベランダから見下ろすと胴長で大きいのでびっくりする。のほほんとして、なんとなく憎めないヤツだ。

きいちゃんが来てから、家族の行動範囲が広がった。実家はもちろん気軽に行けるようになったし、タタやミミが急に高熱を出したときは救急センターに走れたし、チャチャを飼いはじめてからは遠くても良心的な動物病院に行けるようになった。ワゴンだから、荷物もガンガン運べる。じいちゃんばあちゃんもまとめて運べる。
もちろん、すべて私の「顔は笑顔で心は決死」の運転で、である。
「あぶなっかしいけど一応運転できるレベル」までなんとか這いあがったあと、私は一向に上達しなかった。というか今も、していない。
きいちゃんが来てからの3年半で、

・逆走から方向転換しようとしてドア横をこする(2回)
・駐車場で器具に乗り上げてタイヤに裂傷
・運転にイチャモンつけられてチンピラと交番騒ぎ
・サイドブレーキ上げたまま走って煙発生

こんな華やかな経歴をきざみながら、今も心臓バクバクで私は走る。
ずいぶん傷つけちゃったが、きいちゃんはそうするしかない私を乗せて軽やかに走ってくれる。私にとってきいちゃんは、ダメドライバーの自分を支えてくれる同志だ。
庭でざぶざぶ洗車しながら、心の中でいつも私は言う。
「いつもごめんよ、きいちゃん。これからもよろしくね」って。
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# by higurashizoshi | 2008-02-14 17:42 | 雑感 | Comments(2)

きいちゃん(2)

車を買う…?
そう考えても、どうも現実感はなかった。
しかしとりあえず、車の広告など眺めているうちに、「買うとしたら、こういうのがいいよね」「買うとしたら、こんなのは絶対やだ」と、なんとなく盛り上がっていく家族。
「おじいちゃん・おばあちゃんとかも、みんなで乗れないと意味ないよね」「とすると最低6人乗り?」「普通の車って何人まで乗れるん?」「だからァ、ワゴン車じゃないと…」
気づけばいつしかワゴン車のカタログを集め始めることに。
でも、カタログをいくら眺めても「デザインがあーだこーだ」と品評するか、値段を見てみんなで肝をつぶすくらいで、ちっとも話が進展しない。
そこで運転歴の長い、姉の連れ合いのパルさんに相談してみた。
パルさんいわく、「とりあえず、実物を見に行ってみましょう」。
姉とパルさんが真っ白なセダンで迎えにきてくれ、こっちは家族一同、行楽気分でホイホイと販売店めぐりに出発した。
ん、まてよ…。車、すでにもう、買うことに? いつの間に?

最初に行ったT店で、とってもデザインのいいステーションワゴンを見る。カタログでもみんな気に入ってた車だ。
「ご試乗できますよ。どうぞ、どうぞ」と営業のお兄さん。
「わーい」とみんなで車に駆けよる。だがしかし、である。運転…???
「パルさん、運転して」と私は小さな声で頼んだ。いつもおおらか~なパルさんは、
「いいですよお」と何も気にすることなく、運転席に乗り込んでくれた。
「すごい、静かですねぇ。ハンドルも軽い」私たちを乗せたパルさんは、感想をのべながらスムーズに走る。助手席で私はパルさんを見つめ、思っていた。

そうか、運転って、こんな感じでするんだったねえ…。


それから数週間後。
私は車を買っていた。
あのあといくつかお店を回り、試乗した(パルさんもしくは営業の人が運転した)。
でも最初に見たステーションワゴンを家族全員が気に入ってしまい、あとはノリにまかせて一気に話が進んでいった。
暑い暑い8月はじめ、とうとう納車の日が来た。
イケメンで親切な、担当のKさんが車を持ってきてくれた。ギラギラの陽ざしの下、新車はサンゼンと輝いていた。タタもミミも大喜び。
のちにきいちゃんと命名されるわが家の愛車との、感動の出会いであった。
手続きも全部終わり、キーを渡された。
「あの、それでKさん…」と私は言った。
私が長年ペーパードライバーだったことは、Kさんに言ってあった。
「あ、はいはい。ちょっと乗ってみましょうか」
納車のあと練習につきあってほしいという申し出を、Kさんはこころよく承知してくれてたのである。

「さあ、どうぞ」Kさんにうながされて、私は運転席に座った。
助手席にKさんが乗り込んできた。
「じゃ、軽くちょっとそのへん、走ってみましょうか」
「え」
「とりあえず、エンジン、かけましょうか」
「エンジン…」
 Kさんの口調が、少し不安な感じに変わってきた。
「キーを差し込んで、そこに…それで右に回して」
「ちょっと、ちょっと待ってください」と私。
「なんですか」Kさんの口調は、不安というより、悲しげになってきた。
「あの…足もとに二つ、踏むとこがあるんですけど…」
 Kさん沈黙。
「…どっちがアクセルで、どっちがブレーキですか?」
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# by higurashizoshi | 2008-02-12 22:54 | 雑感 | Comments(6)

きいちゃん(1)

昨日はタタとミミを連れて、実家に車で行ってきた。
外出は前にレンタルDVD屋に行って以来だから、10日ぶりかな?

わが家の車は7人乗りのステーションワゴンである。名前は、きいちゃんという。
運転手は私。私しか免許を持ってないのだ。
昔々、必要に迫られて取った免許。でも当時から、私と車はとてもとても、相性が悪かった。
というより、私は運転にぜんぜん向いてなく、今考えればおそろしいことが数々あった。

免許を取って数か月後、私24歳。路肩に止まっていた軽トラックに追突して、自分の車の前部大破。
先方もこちらもケガがなかったのが奇跡と言われたくらい、車は派手に壊れた。
車が直ったらその後も平気で運転していたのだから、そのこともおそろしい。
その後はぶつけることはなかったものの、一方通行の道に入りこんで気づかず逆走するなんてしょっちゅう。
方向オンチだからいつまでも目的地にたどりつけずグルグル、も日常茶飯事。
それなのに高速にものんきに乗って、200キロ近くで走っていたのだから、若いってこわい。

その後、東京に移ったのを機に、私は運転をしなくなった。必要がなくなったからだ。
自分が運転に向いてないことは重々わかっていたし、サッパリと車なし人生に切り替えた。世の中のためにもなったことだろう。

それから長い月日がたち、車に乗っていた記憶もオボロゲになった4年前。
平和なペーパードライバーになっていた私は、東京から明石に引っ越してきて、夢にも思わなかった現実に会う。
車がないと実家に行けない!
正確にいうと、行くには行けるのだけど、田舎バスを乗り継いで、高いバス代を払って、さらに歩いて、ひどいときは2時間くらいかかってしまう。
そのころまた調子をくずしていたタタと、まだ6歳だったミミを連れてバスを乗り継ぎ2時間行脚を続けているうち、ぐったりしてしまった。
で、車で行けば40分だよ、と聞いて、「ぐらっ」ときた。

親も年老いていくし、車で行き来できなければ、何かあったとき動きが取れないかも…
タタが調子が悪いときでも、車があれば移動がしやすいかも…

でも、まてよ。免許を持ってるのは私だけ。しかも…

車ってどうやって運転するんだっけ!?

…きいちゃんと出会うまでの続きはまた次回。
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# by higurashizoshi | 2008-02-11 12:41 | 雑感 | Comments(0)

10日すぎて

ブログを始めて10日ほどたった。
自分たち家族だけが住む離れ小島から、ビンに詰めたメッセージを流す…
広い世界の誰が受け取ってくれるかなあ。
返事なんて、はたして来るのかな。
そんな気持ちで始めた。
始めてみると、いろんな人からコメントをいただいたり、応援メールをもらったり。
ちょっぴり世界とつながっていく感じがする。

世の中は変わらず回り、人々は忙しくあちこちを行き来して活動しているけど、
私はこの4か月近く、ただ、ただ、同じ場所にいる。
窓からながめる空。
夕暮れどきに聞こえてくる、船の汽笛。
海岸まで、ここからわずか5分だけど、今は遠い遠い海だ。

出られない私の代わりに、今日はミミがパン屋さんへおつかいに。
牛乳と食パンを買ってきてくれた。
ところが、帰り道でおつりの500円玉を落としてきたことがわかり、ミミ、再び出動。
ひとりで道をはいずって探し、無事500円玉を見つけて帰ってきた。
「足の先だけ黒くて体は茶トラの子がいたよ!」と、近所のネコ情報もおみやげに。
ごくろうさん、ミミ。
外の世界は、どうだった?

自由に出かけて、人に会って、時間を忘れて語り合って…そういうことの代わりに、
たぶん私はブログを始めたんだな。
いろいろ話したいことが、私にはずいぶん、あったんだ。
少しわかってきたぞ。
これからもおつきあいください。
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# by higurashizoshi | 2008-02-08 17:04 | 雑感 | Comments(2)

小日向さん

ふだんは日本の連続ドラマというものをほとんど観ないのだが、この1月からのシーズンはなぜか、何本もドラマを観ている。
珍しく奈良が舞台で、玉木宏がダメダメ男を演じる「鹿男あをによし」、面白い。小栗旬初主演の「貧乏男子」もかなりアホらしいけど意外に面白い。
でもなんといっても出色は「あしたの、喜多善男」だ。

名脇役として人気が上がってきた小日向文世が初めてドラマの主演。
松田龍平、小西真奈美、吉高由里子、栗山千明など役者がことごとく良く、生瀬勝久、温水洋一などクセのある面々もガチャガチャせず、実にいい味で配されている。
脚本がよくできているし、小曾根真の音楽が洒脱で、映像も緊密で、ほんとウェルメイド。
山崎まさよしが歌うエンディングも決まっていて、しっぽまでおいしいという感じ。
タタがテレビ嫌いでリビングに音が鳴っているのも苦手なので、ドラマはぜんぶ録画して後日観る。だから放映時には観られないのだが、これは毎回待ちかねる気持ちで、必ず翌朝には観ている。

小日向文世さん、不思議な役者である。
今はなき劇団「オンシアター自由劇場」で演じていた若き日の小日向さんは、ちょっと中性的な色っぽさを漂わせた、細身で繊細な感じの青年だった。
自由劇場が「上海バンスキング」でブレイクしたころ、小日向さんは看板女優・吉田日出子の相手役としてよく活躍していた。私はその当時、たまたま友だちが自由劇場に入団したのでその舞台を何度か観に行っていて、小日向さんの独特の魅力が妙に印象的だったのを憶えている。

その後何年もたって、これもたまたま、別の友だちが小栗康平監督「眠る男」の撮影現場の調理スタッフになった。「眠る男」には小日向さんが、出番は少ないが重要な役で出ていた。
撮影中、私は友だちを訪ねて、そのころまだ乳児だったタタを抱いて撮影現場(群馬の山奥)に遊びに行った。撮影オフのときで役者さんには会わなかったが、映画に登場する家や建物の間を歩きながら彼女からいろんなウラ話を聞き、のちに「眠る男」が完成して、感慨深く観たのを思い出す。
この映画で小日向さんは、まるで植物のような不思議な男を演じていて、「やっぱりこの人、おもしろいなあ」と思った。と同時に、自由劇場を離れて、映画やドラマの世界でやっていくには「地味だなあ…」大丈夫かな、と心配になった。

で、それからまた何年もたってからの話。
東京は吉祥寺の「井の頭文化園」の動物園は、幼いタタのお気に入りだった。入口近くにある「ふれあいコーナー」でモルモットをさわれる。タタは夫コトブキとモルモットのところへ飛んで行き、ネズミ系動物がぜんぶダメな私は「ふれあいコーナー」がなるべく視界に入らないように、近くの子ども用砂場のふちに腰かけた。
砂場では何組もの親子連れが砂遊びをしていた。そのとき、私のすぐそばで、子どもに何か話しかけたお父さんがいた。その声を聞いた瞬間、私はびっくりして目を上げた。この声!
砂場にしゃがみこみ、小さな女の子とミニバケツに砂をかき入れている小日向さんがそこにいた。
小日向さんは女の子に言っていた。「ねえもう、帰ろうよー」
女の子は、一向に帰る気がないらしく、砂を掘るだけで返事せず。
「帰ろうよ、ねえ。帰ろ?」小日向さんは、ちょっと焦れたように、でも温厚に、しかしわりとしつこく、繰り返していた。
ふつうのお父さんのように小日向さんがいきなりいたので、ちょっと茫然とした。
その当時、つまり今から10年くらい前は、ドラマの端役などが多かったのか、くわしくは知らないけれど名前を耳にすることもほとんどなかった。
でも「帰ろうよ、帰ろうー」という調子は、なんだかとっても小日向さんぽくて、「やっぱりこの人、なんか味があるなあ」と思った。そして「細身の美青年だったけど、おじさんになったんだなあ」ってひそかに思ったことも憶えている。

さらにまた年月がたって、小日向さんの名前をテレビ欄や、映画の配役欄で目にすることが増えてきた。
実際に見て、すごく印象に残っているのはドラマ「僕と彼女と彼女の生きる道」。エリート銀行員の主人公の、イヤな上司役。表面上なんともイヤな上司なのだが、複雑な虚無を抱え込んでいて、挫折後に自死する。このことが、主人公の選ぶ道を変えさせる。
この小日向さんを見て、うなった。すごい、いい役者になってるではないか!評価も着実にされているようではないか!
世の中捨てたもんじゃないねえと思っていたら、とうとう今回は主演ドラマである。しかもこんな上質の作品で。よかったね小日向さん、と陰ながら言いたい。

「あしたの、喜多善男」で小日向さんは、11日後に死のうと決意した中年男を演じている。とりえもなく、不運続きの、でもたぐいまれな善良なる男。
でも彼の心の中には、もうひとりの自分がいる。辛辣で、醒めていて、毒のある「ネガティブ善男」。この二人を小日向さんが演じ分ける。それも見ものだ。
ドラマはちょうど半分にさしかかったところ。どんなふうになっていくのか、楽しみだ。
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# by higurashizoshi | 2008-02-06 20:42 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(6)
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