ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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デニス・テン選手、急逝

カザフスタン史上初のフィギュアスケートのオリンピックメダリストであり、カザフのスポーツ界における若き英雄だったデニス・テン選手が昨日、故国のアルマトイで亡くなりました。

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あまりにも突然の死。昨日、レストランで会食後に車に戻った彼は、ミラーを盗もうとしていた2人の男に遭遇、大腿部を刺され大量出血し、搬送先の病院で死亡したというのです。
いまだ、信じられないし、信じたくない。

テンくん。その高い音楽性、美しいスケーティング、すばらしい衣装センス、静かに燃えるような力強さと、にじみ出る知性と優しい人柄、そして彼がまとう独特の高貴さ。
子ども時代に才能を見いだされてカザフからロシアへ。タチアナ・タラソワなど著名なコーチのもとで成長を続け、頭角をあらわしました。
私が彼に初めて注目したのは、バンクーバー五輪出場のとき。すでに彼はアメリカに移り、フランク・キャロルコーチのもとにいました。
まだ16歳、あどけない少年はとてつもない闘志と身体能力に満ちていました。カザフスタン出身ということも当時まだ珍しく、これはすごい選手が出てきたぞと思ったものです。私は彼をひそかに《火の玉小僧》と名付けました。
その後ケガや故障にたびたび苦しみながらも、確実に世界のトップスケーターへと成長。同時に、故国のスポーツ界を牽引する知性と気品に満ちた青年へと変化していき、私の中での呼称も《火の玉小僧》返上、《尊敬すべき美しきスケーター、テンくん》に変わりました。

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毎年、シーズン初めはなかなか調子が上がらず、それでもシーズンが深まるにつれ、いつもすばらしい演技で私たちを惹きつけてくれたテンくん。世界選手権で2度のメダル、四大陸選手権で優勝、そしてソチ五輪では銅メダルに輝きました。何より、プログラムの音楽を丸ごと自分のものにしてひとつの作品にする力、その魅力はいつも抜きんでていました。
世界中のスケーターと親交を深め、ソチでのメダルをばねに、カザフスタンでの五輪開催を目指していた彼。その夢もかなうことなく、あまりにもあっけなく、あまりにも無残に、彼の25年の人生は断ち切られました。

世界中のスケーター、スケート関係者から悲鳴のような哀悼のことばが降り注いでいます。
今月初め、現役復帰を発表した大ちゃんに、テンくんはSNSで《おかえり、DT》と呼びかけてくれていました。テンくんと大ちゃん、イニシャルが同じだったんですよね。
カザフでテンくんが開催したアイスショーに大ちゃんも真央さんも招かれて、ほんとうに楽しそうに交流する姿が見られていたのに…。

彼のたくさんのプログラムの中で、これはずっと残り続けると思える演技を貼っておきます。
多くの方に、何度も何度も観てもらいたいです。

こうして亡くなったテンくんのことを報道するときに、かつて羽生選手との間にあった《トラブル》をクローズアップする人たちがいることは悲しい。
いまだ本当の事実関係も明らかではないのに、彼の功績よりもそれが大きなことであるかのように書くのは、あまりにも失礼です。彼のアスリートとしてのすばらしさ、彼がカザフスタンでもスケート界においてもどれほど大切な存在だったか、それこそを報道してほしい。

2015年、四大陸選手権優勝のフリー。
シルクロードをテーマにした難しい選曲をみごとに踊りこなし、わずかなジャンプミス以外は完ぺきな演技。衣装も、いつも凝った美しい彼のコスチュームの中でも史上最高のひとつです。




まだお別れを言う気持ちにはとてもなれないから、さようならではなく、ただありがとうと言います。
テンくん、美しいスケートを、その闘志と、優しい笑顔を、ありがとう。


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# by higurashizoshi | 2018-07-20 12:50 | フィギュアスケート | Comments(0)

高橋大輔選手、とふたたび呼べる日

よもや、ひさびさの更新がこんなテーマになろうとは。
7月1日、フィギュアスケートの2018-19年シーズンが始まる、フィギュアファンにとっての元旦。そのまさに今日、高橋大輔さんが現役復帰を発表。

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私、会議中で。
ふとスマホを見て知った瞬間、脳内で理解しはじめる前に、なぜか泣きそうになった。会議中だから泣きませんでしたが。
この人って、この人って、ほんとにこういう人なんだ。また茨の道へ、32歳で復帰なんて。
回り道して、やっぱり自分の納得を求めて競技に戻る。自分のために。

あとから知ったけれど、昨年12月の全日本選手権を報道側としてそばで見ているとき、急に《降りてきた》思いだったと。それまでは競技に戻りたいとは一切思ってなかった。
そして、ソチ五輪シーズンが不本意に終わったこと、特にあのつらい五輪のあと、世界選手権を断念してそのまま休養→引退してしまったことに、やっぱり大ちゃん自身がどこかで引っかかっていた。やり切っていない、という思いが残っていた。
今度こそ自分のために、彼は帰ってくる。この過酷なリンクに。

今夜のテレビ生出演のとき、中村アナが「高橋大輔選手」と呼びかけたのを聞いて、また泣きそうになった。そんな自分の反応が、不思議だった。大ちゃんの現役復帰? 露ほども考えてなかったのに。
なぜか、驚きよりもなによりも、ただただ、胸がいっぱいで。

1年限定、と言っているけど、これはきっと、やってみてからのこと。
今後30代後半までスケートをしていくにあたって、一度現役に戻って一から作り直すということが必要だと考えた、とも言っていた。自分のスケートを取り戻したい、と。
すでに長光コーチのもとで、今シーズンを戦うための練習を関大リンクで始めているとのこと。

現時点での目標は、半年後の全日本選手権で最終グループに入ることだそうだ。
地道に近畿ブロック大会から勝ちあがっていって、そこまでいく。これは地方大会も大変なことになりそう。
そして、もしその願いがかなったら。
全日本で、結弦くんと、ショーマと、同じグループに大ちゃんがいる、という景色を見ることになるのだ。
そして気づく。発表になったばかりだった今シーズンアサインのNHK杯の、日本選手のTBD枠(選手名未定の枠)。なんでここ、こうなってるんだろうと思っていたんだけれど。
これは、もしかして、つまり、そういうことがあろうかという、TBDだったのか…。

はああ。こんな日が来るなんて。
ほんとうに実感するまでは、まだしばらく時間がかかりそう。
でも、今日記者会見でも、生出演でも、大ちゃんがとてもまっすぐで、すっきりとして、迷いがないいい眼をしていたこと。こんな彼を見るのはいつからぶりだろうと思って、それがただただうれしかったことは、忘れない。

大ちゃんに、現役復帰の思いを《降りて》こさせた演技のひとつとして、昨年末の全日本でのこの演技が紹介されていた。ああ、そうか…と思った。
2度の骨折、3度の手術、長いリハビリを経て、地方大会ではシングルジャンプしか跳べず、それでも全日本出場を果たした山本草太選手。私も生でテレビで観ながら、思わず泣いた。
「勝たなければ意味がないと思っていた。でもそうじゃない、それぞれの戦い方があっていいんだと気づいた」
そう、大ちゃんに言わせた草太くんの演技「アンセム」。



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# by higurashizoshi | 2018-07-02 01:43 | フィギュアスケート | Comments(0)

気がつけば10年

このところずうっと追われてる仕事があって、それが今ちょっとインターバルが入り、外での仕事も今週は少し休みが多くて、今日はめずらしくじっくり家にいる日。
なかなかさわれないこのブログのことはずっと気になっていて、そもそも《書きたい》《書くぞ》があるからやってるわけで、物理的になかなか書けない、だけじゃなく《書きたい》《書くぞ》がなくなってきたら、終わりだよなあ…とちらちら思う。それでもアクセス数は日々それなりにあり、チラ見にせよガッツリ読みにせよ、いろいろな誰かの目にここがふれていることは確か。

で、そういえば…と振り返ってみて、そうか!といまさら気づいたのだけど、このブログを始めてなんと今年でちょうど10年だったんですね。ふおお…よくもこんなに長く続いたものだ。
過去記事をちょっと見てみると、まあ書きに書いたり、さすが10年。更新なかなかできないときも多かったりしたとはいえ、月日の積み重なりってすごいもんです。途中からフィギュアのことを書くようになったので余計にボリュームがすごいことになったんだよなあ。
それにしても内容がバラバラで何がメインのブログともいえないまま、いわば「よろず屋さん」みたいにずっと開店だけはしてきた感じ。

今はFacebookやツイッター、インスタ、ほかにもくわしくは知らないけどいろんなツールがいっぱいできて、手軽で広範囲につながる手段はたくさんあり、ブログをやってる人が次々とそちらに移行していくのはよくわかる。
でもわたしには《書く》ことをシンプルに据えた、今やアナログともいえるブログという形が一番しっくりくることは変わりがなく、ただただマイペースに続けてきたのだと思う。
問題は、その《書く》の意欲が自分の中でどうも衰弱してきてるのかな?という不安。
かといってほかのツールに移行したいという気持ちにはならないし。
なんだろうな、きっと《書きたい》の源泉はちゃんと存在してるんだけど、気力というかエネルギーが足りない感じ。時間がなくても、何がなんでも、書くぞ!っていうふうにならないことが、自分でも悔しいし、もどかしい。

ときどき周期的にやってくる人間不信というか、「やっぱり人なんかきらいだ旬間」みたいなのがまた来てるってのもあるのかもしれません。
といいつつ職業がら人の話は山ほど聴くし、プライベートでもこのところやたら人から相談を受けることが多く、娘たちからは「お母さんのやってることはほとんど人のためだよね」と(これはほめているのではない)との厳しい指摘。「自分のために自分のやりたいことをやれ」ってことなんだよね。わかっています。
最近、詩もあまり書いてないし、散文のいろいろな断片は浮かぶのにけっこう飛び去っていってしまい、新しい本を作る構想も心の中にあたためてはいるけどあたたまってるのみ…

「ひぐらしだより」も、閉じることは考えていないけど、10年を機に何かしらリニューアルというか、変化をつけてみようかなと思ったりしています。
ここが私にとり、とても大切な場所であることは変わりないので。

最近映画もけっこう観ているのにレビューが書けてないのも残念…って、プラス指向でないことばかり書いてるぞ今日の私!(いや、こういうことけっこう多いですかね…)
せめてものオマケに、最近観てよかった映画のリストを。(映画館・DVD混在)

「フレンチアルプスで起きたこと」
「パターソン」
「君の名前で僕を呼んで」
「ザ・スクエア 思いやりの聖域」
「光をくれた人」

観たくて見逃してるのは、

「立ち去った女」
「ラブレス」
「女は二度決断する」

の、ずっしり重そうな3本。

そうそう、エネルギー注入作用のあるものとしては、ひさびさに開かれるスピッツのファンクラブ限定ライブ(GO!GO!スカンジナビア)に行けることかな。9月だけど…(遠い)

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# by higurashizoshi | 2018-05-11 12:32 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

「マタイ受難曲」という経験

結果的にひと月以上ブログにさわれず、オリンピックの最後のところから世界選手権すべてについても何も書けないまま、ついに4月になってしまいました。
この間に、東京と広島に短い旅をして、それぞれにたくさんの経験をし、そして昨日、この一年以上かけて練習してきたバッハ「マタイ受難曲」の演奏会を終えました。

この曲を演奏する意味をさまざま考えてきたのちに、私は自分なりの思いで歌えばいいんだとやっと最近になって考えるようになりました。自分にとっての《死》への悲しみや痛みについて、人に対する誠実さや《信じる》ということについて。
練習しても練習してもこの大曲の前にまだまだ未熟なままでしたが、ステージにあがってすばらしいオーケストラの音色とソリストの歌声を稀有な位置から堪能し、そして自分なりに精一杯歌い抜いて――家族、親族、たくさんの友人知人もいろいろなところから聴きに来てくれた昨日は、私にとっては特別な光をまとった日になりました。


やっと初めて娘たちと訪れることができた、広島・原爆ドーム。

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爆心地点を地上から見上げて。

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明日からはまた、新しい一日。
鎮魂と感謝の思いを胸に。
いまだに胸の中ではずっと「マタイ」の旋律が鳴り続けています。


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# by higurashizoshi | 2018-04-01 23:53 | 観る・読む・書く・聴く | Comments(0)

平昌オリンピック フィギュアスケート 女子フリー 金メダルの争い

終わりました。女子フリーが終わりました。
今は、とりあえず金メダルと銀メダルを分けた二人の戦いについて。

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一昨日、女子ショートプログラムは上位陣がそろってパーソナルベストを続々更新するというすばらしい試合となりました。その中でも、エフゲーニャ・メドベージェワ選手が完璧な演技で出した歴代最高得点を、わずか20分後にはアレーナ・ザギトワ選手が更新、まったく異次元の一騎打ちがスタート。
そして中一日をあけたフリー。金メダルは、首位発進となった15歳のザギトワ選手か、僅差の2位発進となった世界女王メドベージェワ選手か。二人のショートでの得点差は、わずか1.31。

オリンピックシーズン序盤までは他を寄せつけることのない盤石の強さで、平昌での金メダル確実と思われたメドベージェワ選手。しかし昨年11月、右足の甲を疲労骨折していることを公表し、治療期間に入りました。
ちょうどメドベージェワ選手が治療に入った12月のグランプリファイナルで優勝したのが、まだ今季ジュニアからシニアに上がってきたばかりのザギトワ選手。ともにモスクワのエテリ・トゥトベリーゼコーチの指導を受ける同門の2人の行方に、大きな注目が集まりました。
メドベージェワ選手のケガ明けの復帰戦となった今年1月のヨーロッパ選手権では、ザギトワ選手がメドベージェワ選手を制して優勝。2年以上、どの試合でも負けなしだった絶対女王メドベージェワ選手の、初めての敗北でした。

そして迎えたオリンピック。メドベちゃんはケガは完全に治り、影響はないと断言。いつもながらの力強い高難度のジャンプ、ミスのない、そして表現力豊かな演技は健在。
一方のザギトワちゃんは、今季ほとんどミスのない演技を連発し、シニア一年目にして出場した国際試合のすべてで優勝。まさに伸び盛りの勢いを見せていました。
特に彼女が武器とするのは、3ルッツ+3ループをはじめとする高難度のジャンプをいとも軽々と高く正確に跳んでいく驚異的な技術力。そしてジャンプ7つすべてを得点が1.1倍になる後半に組み込むという、究極の高得点狙いの鬼プログラムでもまったくバテることのないスタミナとメンタルの強さ。
しかし、メンタルの強さではメドベちゃんはまさに女王。常に主体的にプログラムにも練習にも取り組み、どんな試合にも緊張や弱気などかけらも見せずに強く明るいオーラを放つ存在であり続けてきました。彼女の不運は、やはりよりによってオリンピックシーズンに骨折してしまい、その影響が避けられない中で対決に臨まなければいけなかったことでした。

ロシアからの選手派遣がドーピング問題で大揺れし、個人資格という変則的な形での参加となったロシアの選手たち。もともとウインタースポーツの牙城だったロシアですが、この五輪では今日まで金メダルはひとつもなかったんですね。そんな中迎えた女子シングル、どれほどの重圧が18歳と15歳の2人の少女の肩にかかっていたことかと思うと、胸が痛くなります。

フリーの滑走順は、ザギトワちゃんのほうが早く、メドベちゃんは最終滑走。
ザギトワちゃんの今季プログラムは、ショートが「ブラックスワン」、フリーが「ドン・キホーテ」と、どちらもクラシックバレエをベースにしたもの。特にフリーはバレエチュチュの真っ赤な衣装でドン・キホーテのキトリを演じるという、ロシアの伝統的な、ある意味ベタな演目。表現力というよりは、音楽とスケーティング技術をかっちりと合わせ、そこに高難度ジャンプをこれでもかと盛り込んで高得点をねらうプログラムです。

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今日もまったくミスなく進むに見えたプログラムの中、後半に組み込んだ3ルッツ+3ループ、ザギトワちゃんの最強ジャンプコンビネーション。最初の3ルッツの着氷が詰まり、コンビネーションがつけられず! あわやのミス! と思ったら、そのあとジャンプ構成をすみやかに変更して、その後の3ルッツにおそろしく質のいい3ループをしっかりとつけてきました。うおお。
なんという落ち着き。どんなことにも対応できるように徹底的に鍛錬しているんでしょう。
すべてのジャンプ、エレメンツを完璧にこなし、フィニッシュ後は片手を挙げて力強くガッツポーズ!強い!!
そして出た点数は、フリー156.65、総合239.57のハイスコア。とはいえ、歴代最高には及びませんでした。

メドベちゃんのフリーは「アンナ・カレーニナ」。ロシア文学の名作を、その表現力を駆使して演じ切り、ジャンプも各エレメンツもすべてがその演技の一部であるかのように感じさせる、非常に芸術性の高いプログラムです。衣装もまさに芸術品の美しさ。

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いつものように、物語に入り込む表情からスタート。
しかし、冒頭のジャンプコンビネーションがこれまで後半(得点1.1倍)に入れていた3フリップ+3トゥだとわかった瞬間、私の頭にパッとともった言葉は《ああ、金は取れない!》でした。
ほんのわずかな差が勝敗を分けるこの場面で、あえて後半から前半にジャンプを移さざるを得ないのは、後半に置いておけば失敗する懸念があるから。確実に跳ぶ自信のある冒頭に、このコンビネーションを持ってきたのでしょう。今のメドベちゃんは、そういうコンディションだったのだ、ということだと思います。

もし冒頭に移動した3フリップ+3トゥをこれまで通り後半で跳んでいたら。
《もしも》の話をしても仕方ないことですが、そうであれば得点は変動し、メドベちゃんが金メダルだった可能性はあります。それができるコンディションであれば、さらにコンポーネンツも上がっていたかもしれません。
ジャンプ全部を後半にかため、1.1倍のメリットを目いっぱい使うザギトワちゃんとの差が、そしてコンディションにわずかの疵があるかないかが、結局メダルの色を分けることになったのです。

メドベちゃんは、最後まで強かった。すべてのジャンプを降り、心からの演技をしました。
演技を終えた瞬間にあふれ出た涙、初めて見る彼女の号泣にこちらも涙が流れました。
そして、キスクラで得点を眼にしたときの、彼女の絶望的な悲しみの表情を忘れることができません。フリーの得点は、ザギトワちゃんとまったく同じ156.65。そして総合は238.26。
わずかに、わずかに1.31点の差、つまりショートの点差がそのまま天と地を分けました。

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キスクラで泣きながらうつむいて、でも次の瞬間顔を上げたときは笑顔になっていた。この強さがメドベちゃんだと思いました。世界選手権に出場するかはわからないけれど、しっかり休養して万全のコンディションになって再び戦ってほしい。

その昔、15歳のタラ・リピンスキーが彗星のように現れ、長野五輪で金メダル確実のはずだった世界女王ミシェル・クワンの手から金メダルをもぎ取っていったことを思い出しました。クワンは結局五輪金メダルを最後まで獲ることはできず、一方のリピンスキーは長野五輪のすぐあとに現役引退。その後はタレント活動をしていて、この平昌五輪でもジョニー・ウィアーと組んでアメリカのテレビのフィギュアスケートの実況解説を担当しています。

もちろん、金メダルを手にしたザギトワちゃんは祝福したい。どうか彼女のこれからのキャリアに、このメダルがよい影響を与えますようにと願います。リプニツカヤ選手のようにメディアや周囲の期待にもみくちゃにされて早々とリンクを去った選手のことも、つい思い出してしまうので。
まだ15歳の彼女は今後体形変化もあるだろうし、ロシアには同じトゥトベリーゼ門下だけでも四回転を含めたおそろしいジャンプをバンバン跳べるジュニア選手がわんさといます。すぐに下からの突き上げも始まるでしょう。
本来ならもっと時間をかけて成長を見守ってもらうべき卓越した才能の持ち主なのに、こんなに早く金メダルを獲ってしまったことでこれからの道のりが逆に険しくなるかもしれない… ついついそんなことを考えて、ザギトワちゃんの無垢な笑顔が曇らなければいいなあと願っています。

本音を言えば、やっぱりメドベちゃんを表彰台の真ん中に立たせてあげたかった。
なんともいえない残念な気持ちとともに、フィギュアスケートの採点って…とあらためて考えることにもなりました。後半に高難度ジャンプを固め打ちすれば勝てるのならば、コンポーネンツは何のためにあるんだろう?などと。
そういう意味では、どこかモヤモヤした気持ちが残った女子フリーの頂上決戦でした。

すばらしかった宮原知子選手など、ほかの女子フリーの内容については次回書きたいと思います。



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# by higurashizoshi | 2018-02-23 23:13 | フィギュアスケート | Comments(0)

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