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ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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4月1日は、スピッツの日

約3か月ぶりの更新。
ここを開いた方は、《長らく昏睡してた人間をふと見ると黙って目を開いてた》みたいな、「うわっビックリした~でも生きてた~」という驚きと少々の安堵を味わわれたことでしょう。さすがはエイプリルフール。たいへん、ご無沙汰しておりました。

さて3か月の間に、何があったか。
2019年が明け、1月には大阪の「NHK杯展」でフィギュアのお衣裳などを愛で、新年会をいくつかやって、城崎へ短い旅をし、そうこうしてるうちにヨーロッパ選手権と全米選手権が怒涛のように続き、あっという間に2月。
2月初めは福島~東京に行き、帰って四大陸選手権。昌磨さんの活躍に落涙したのち、大好きなリンドグレーンの「長くつしたのピッピ」展で京都。保養関係の交流会、恒例の味噌仕込み、などなどで3月。
やたら寒い3月は絶不漁のイカナゴをやっとこ少量炊き、世界ジュニア選手権、シニアの世界選手権に熱狂ののち、京都・南座で玉三郎さんの舞台に見とれ、直後上京、積年の夢だったルーファス・ウェインライトのライブを堪能し、「奇想の系譜」展で若冲とか其一とか観て、千鳥ヶ淵や新宿御苑で桜を愛で、帰ってきて昨日は「マタイ受難曲」の演奏会(今回は聴衆として)。
もちろんこの間にせっせと仕事をやり、映画もそれなりに観て、歌の練習をがんばり、ちゃんと飲みにも行き、とにかく忙しい日々でした。

で、ついに今日4月1日。
私にとって今日はスピッツが主題歌を担当した朝ドラ「なつぞら」の放映開始日!
私、朝ドラってほぼ観ないのですが、昨夜からドキドキが止まりませんでしたわ。
世間をにぎわす新元号発表とか、それがどうしたという。
こんな形でのスピッツの新曲発表、マサムネくんの歌声がテレビから全国に半年間毎日何度も流れるという、スピッツ的に華々しすぎて信じられない事態が始まる日なのですから。

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さて、初めて聴いた主題歌「優しいあの子」は、メロディも歌詞も、草野マサムネの持つ、つつましくも深い優しさ、心くばりに満ちた曲でした。うーん、すてきな曲だ。
でも、この歌の雰囲気とかわいらしいアニメーションのイメージで、またもスピッツに関して《癒される温かいサウンド》的な評価がひろまってしまうんだろうなあ、とも思い、ちょっと複雑。
たとえば歌詞の最後に「コタン」というアイヌ語を持ってきたことの意味。こう来たか、とスピッツの歌詞を味わうファンは感じたと思うけれど、そのあたりは一般的にはなかなか理解されないだろうし。

なにはともあれ、スピッツにとり今年は朝ドラ主題歌に始まって、そのシングル発売(3年以上ぶり!)、新しいアルバム発売、全国ツアー、年末はおそらく紅白出場という大変な年になりそうです。
めでたいことだが、確実にチケットさらにさらに取りづらくなるよね…(悲)

フィギュアについては世界選手権についてすら、何ひとつ書けてませんが、BSもCSもシングルはもとよりカップル競技もふくめ全部観てはいます。
ツイッターではちょこちょこフィギュアのことつぶやいてるのですが、なかなかブログにはいたらず…。うう。
でも、とりあえず昏睡から覚めたので、フィギュアについても何か書くような気がします。
よければ、またのぞいてみてください。

# by higurashizoshi | 2019-04-01 18:28 | 観る・読む・書く・聴く

暮れゆく2018年

フィギュアスケートのことを含め、まったくブログに触れずにもう年の瀬も押し詰まり、今年もあと2日。
今年の漢字は「災」らしいけど、わたし自身にとっても今年の特に後半は「災」の連続だった。《呪われた秋》と自ら名付けた9月から11月、フィギュアスケートの競技シーズンに入っても、ほぼテレビでCS含め観られるものは網羅して観ていたけれど、とてもそれについて書くだけの余裕というかパワーはなかった。

全日本選手権、現役復帰した髙橋大輔選手のショート、フリー。
練習再開からたった半年あまりで、全日本のトップレベルまで戻してきた凄さと、最後の最後にフリーのあのプログラムを完成させられず終わったことの悔しさ。世界選手権の選考を辞退したことへの複雑な思い。
そして来季も現役続行の意思を示してくれたこと、ファンとしては希望をつなぎたいけれど、来季スケート連盟の強化選手に彼が入るのかどうかなど、ことはそう単純ではないだろう。
でも、ともかくうれしかったのは、大ちゃんが《今はスケートが大好き》と言い切るようになってくれたこと。そして、「できるだけ長く人前で滑ることを続けていきたい」と明言してくれていることだ。
ファンはこの言葉を待っていたんだよ。あなたがスケートを自分の愛するものとして中心に置き、自分の意志で滑り続けてくれること。それがどれほどクリエイティブな行為で、たくさんの人に希望や幸福感を与えることか…。

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来季がどうなるにせよ、少なくとも氷の上で大ちゃんを見続けることができるのは確か。
それも、これまでとはきっと違う意思のもとで彼がつくりだす世界を、目にすることができるだろう。
本当に、本当にうれしい。

そして今回の全日本、ある意味大ちゃんよりも印象的で心うたれたのは、宇野昌磨選手だった。
これまで故障の少なかった彼が、ショートの前に足首をケガしていて、結果的にはショートもフリーも強行出場となり、そしてあの鬼気迫る演技で孤高の1位を守った。
フリーは構成を少し落としたとはいえ、とても右足首を歩けないほど傷めている人とは思えない演技内容。
追い詰められた昌磨は、激しく、強かった。

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すべてが終わるまではケガについて一切語らず、フリー後には約束通りきちんと説明を尽くし、今回はケガをしたからこそ自分を信じることができたと語った彼。
「どうしてそんなにまでして(試合に)出たいの?」と樋口コーチに聞かれて答えた言葉、
「僕の生き方です」。
あまりにもかっこよすぎて、しみじみと「凄いひとだ」と思った。
静かなたたずまいの彼の中にある、貪欲さとプライド。
それは、世間に流布している宇野昌磨のイメージ、《可愛らしさ》や《ほんわか天然》とは遠く隔たっていた。
彼がこれからどんなふうに変化していくのか、どこまでの高みまで行けるのか、見守りたい。

ここ数日は、CSで放映しているロシア選手権を時間を作って観つつ、年末の仕事をひとつひとつ片づけている。
《呪われた秋》は去り、ようやく静かな冬が訪れた気がする。
年が明ければ、ヨーロッパ選手権(ハビエル・フェルナンデス選手の引退試合となる)、四大陸選手権、そして世界選手権。そのころには春が近づいてくる。

もちろん、今年はけして悪いことばかり起きたのではない。
私にとってプラスになる経験も、いろんな人とのかかわりの中で、たくさんさせてもらった。
初めて、台湾も旅した。来年は、ロシア極東部に行きたいなと夢見たりもしている。

この「ひぐらしだより」は、今後も細々ながら閉じることなく続けていきたいと思う。更新がなかなかないので「もう書かないのかな」と思われた方もいるかもだけど、気長に待っていただければ、こんなふうにひょっこり書いたりします。

2019年がどうか平和に少しでも近づく年であるように。
みなさんにとってなごやかで、うれしいことの多い年になりますように。
生きることは力仕事だけれど、その中にあるよろこびを忘れず味わえる自分でありたいと思います。




# by higurashizoshi | 2018-12-30 01:49 | フィギュアスケート

Spitzbergen tour 2018 "GO!GO!スカンジナビア vol.7"@Zepp Namba

スピッツファン歴20年以上なれど、ファンクラブの「スピッツベルゲン」に入ったのはほんの数年前。ゆえに、ベルゲン主催のファンクラブ限定ライブである《GO!GO!スカンジナビア》、通称「ゴースカ」には今回初参加。
ドキドキワクワクでこの日を迎えるはずが、私生活上で数々のマイナスの出来事が続き、とっても忙しくかつ重苦しい気持ちで当日を迎えた私。
「ゴースカ?…そうか、行くんだよな…行くんだよね…」
くらいのテンションで、電車を乗り継ぎ、Zepp Nambaへ。

列に並んで待つ間に見上げれば、あざやかな深い青空に、真っ白な雲の群れ。

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並んでいるお客さんは、みんなベルゲン会員なので、この人たちがスピッツのコアなファンなんだなあ…とリサーチしてしまう。女性が7割くらい、男性はガチなファンらしき若者、中年の方。全体の年齢は高校生くらいからけっこうお年を召した方まで、ほんとバラバラ。基本ひとりずつチケットを取るゴースカにしてはカップルや家族連れもけっこういました。

入場するところで初めて自分の会場内での位置が判明するシステムなので、スタンドで椅子あり席なのか、スタンディングで立ちっぱなしなのかは不明のまま入口へ。
もらった紙には「スタンディング」の文字。おお。
よくわけがわからないまま会場に入り、幸運にも一番ステージに近いブロックの右寄りに立つことができて、「う?ステージめっちゃ近いんですけど?」となり、この予想もしなかった現実を受けいれられないままに待つこと小一時間。ついに始まりました。

最初にグラスホッパーの社長さんがトコトコ出てきて、ゆるーい挨拶と注意事項。
そしたらメンバーがぞろぞろと登場。ゆるーい。
しかしこの近さは…この近さは…!
と思いつつ最初の曲(セトリは最後にあげました)が始まった瞬間、テツヤくんが目の前、マサムネくんもこんな近いところにいる、ああスピッツが演奏している、マサムネくんが歌っている…こんなところに自分がいる…と思ったら、いきなりどっと泣けてきてしまった。

しかも今回のゴースカのセトリ、少しずつ変化していってるとはいえ、基本私の好きな曲ばかりといっても過言ではないラインナップ。もちろん、ベルゲン会員の投票を参考にセトリを決めてくれるのがゴースカなので、かゆいところに手が届くというか、「そう、これこれ!ツアーではなかなか聴けないけど、好きなんだよね。聴きたかったよね!」という曲がどんどん演奏されていくのだ。なんというめくるめく世界。
そして、いつもの大きなホールでのツアーライブと違って、なんだかスピッツの4人もキーボードのクージーも、リラックスしてるというか楽しそうというか、自由な感じなのだ。それが演奏にも歌にもあらわれていて、とにかく気持ちいい!伸びやか!
何十年ステージに立ってきても内気でシャイな男4人、ほんとはこんなに自在で楽しいんだね、そしてこんなに強靭で、ほれぼれするほどかっこいいんだ!と実感した。

演奏だけでなくMCまでスムーズで(いつものぎこちなさゼロ)、ああ普段みんなでこんな感じでいるんだろうなあ…と感じることができた。カバーで登場したサキちゃんの歌もすばらしかったし、そこにコーラスを合わせるマサムネくんの抑えた美声がまた…。

アンコール前の最後の曲は、「この会場のリクエスト1位の曲です。ほかの会場では(1位では)なかった、ここだけ」というマサムネくんの説明があり、
「みんな、ロックだね」
というしびれる一言の直後に、テツヤくんのギターソロが始まった。

ライブが始まってからずっと、
《今この状況が一生続くか、ここで死ぬか、どちらかがいい》
と思っていた。こんなことをライブで思ったのは人生で初めてだった。今振り返るとかなりあぶないよ私。
昔、スピッツのライブに初めて行ったときも心底感動して忘れられないけど、今回のゴースカはきっと、初めて飛行機の上から雲海を見た日や、初めて恋をした日と同じように、私が人生を終える瞬間にきっとよみがえると思う。

アンコール2曲目からは撮影OKというファンサービスもニクい。
(すでに今朝から私のスマホの待ち受けは、自分で撮った演奏中のスピッツで、スマホを開くたびにびっくりする)
そして最後にドラマチックに終わるんじゃなくて、終演後にだらだらと続くプレゼントコーナー(これもすごいレアものばかりがファンに当たるしくみ)とか、4人並んでのごあいさつとか、なんかこうしみじみとした手作り感あふれるラストで、バイバーイという感じで去っていくメンバーたちの雰囲気も、ああスピッツ。さっきまであんなかっこよかったのに、こうなるところがほんとにスピッツ。

そうそう、ずっとスピッツを撮っているカメラマンの内藤さんが、ステージの高いところからメンバーと客席全部を記念撮影してくれたんだけど、そのときに客席に背中を向けてステージの一番前に座るとき、マサムネくんがさりげなく客席に向かって「失礼します」と一礼したのがすごく彼らしいなあーと思った。

来年は新しいアルバムを出すといううれしい話も聞け(出そうと思えば毎年でも出せるんだけどね、とマサムネくんが言ったのが驚異だった!)、リーダーの「50代の間にゴースカ8回目やります!」宣言に客席は盛り上がってたけど、…待て!あと9年もあるんですが!?と思ってたのは私だけではないはず。せめて3年後にはやってくれないと、こっちの人生終わってしまうぞ。
ともかくスピッツはやる気に満ちていて、元気で、ずっと素敵だということがわかった。そのことがありがたく、うれしい。

しんどいこともたくさんあって、でも生きていこうと思わせてくれた夜だった。
スピッツのみなさんに、ただただ感謝。これまでよりもっと好きになったという《惚れ直した記念》に、ネム様惑星Tシャツ買って帰りました。


(以下当日のセトリです。見たい方だけどうぞ)

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"GO!GO!スカンジナビア vol.7"@Zepp Namba 9月23日セトリ◆

船乗り
不死身のビーナス
スピカ
えにし
あかさたな
魔女旅に出る
インディゴ地平線
ヒビスクス
ババロア
恋のバカンス(カバー)

歌ウサギ
サンシャイン
1987→
ハチミツ
運命の人
野生のポルカ
三日月ロック その3
ハチの針

(アンコール)
やまぶき(仮)
バニーガール


# by higurashizoshi | 2018-09-25 00:54 | 観る・読む・書く・聴く

デニス・テン選手、急逝

カザフスタン史上初のフィギュアスケートのオリンピックメダリストであり、カザフのスポーツ界における若き英雄だったデニス・テン選手が昨日、故国のアルマトイで亡くなりました。

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あまりにも突然の死。昨日、レストランで会食後に車に戻った彼は、ミラーを盗もうとしていた2人の男に遭遇、大腿部を刺され大量出血し、搬送先の病院で死亡したというのです。
いまだ、信じられないし、信じたくない。

テンくん。その高い音楽性、美しいスケーティング、すばらしい衣装センス、静かに燃えるような力強さと、にじみ出る知性と優しい人柄、そして彼がまとう独特の高貴さ。
子ども時代に才能を見いだされてカザフからロシアへ。タチアナ・タラソワなど著名なコーチのもとで成長を続け、頭角をあらわしました。
私が彼に初めて注目したのは、バンクーバー五輪出場のとき。すでに彼はアメリカに移り、フランク・キャロルコーチのもとにいました。
まだ16歳、あどけない少年はとてつもない闘志と身体能力に満ちていました。カザフスタン出身ということも当時まだ珍しく、これはすごい選手が出てきたぞと思ったものです。私は彼をひそかに《火の玉小僧》と名付けました。
その後ケガや故障にたびたび苦しみながらも、確実に世界のトップスケーターへと成長。同時に、故国のスポーツ界を牽引する知性と気品に満ちた青年へと変化していき、私の中での呼称も《火の玉小僧》返上、《尊敬すべき美しきスケーター、テンくん》に変わりました。

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毎年、シーズン初めはなかなか調子が上がらず、それでもシーズンが深まるにつれ、いつもすばらしい演技で私たちを惹きつけてくれたテンくん。世界選手権で2度のメダル、四大陸選手権で優勝、そしてソチ五輪では銅メダルに輝きました。何より、プログラムの音楽を丸ごと自分のものにしてひとつの作品にする力、その魅力はいつも抜きんでていました。
世界中のスケーターと親交を深め、ソチでのメダルをばねに、カザフスタンでの五輪開催を目指していた彼。その夢もかなうことなく、あまりにもあっけなく、あまりにも無残に、彼の25年の人生は断ち切られました。

世界中のスケーター、スケート関係者から悲鳴のような哀悼のことばが降り注いでいます。
今月初め、現役復帰を発表した大ちゃんに、テンくんはSNSで《おかえり、DT》と呼びかけてくれていました。テンくんと大ちゃん、イニシャルが同じだったんですよね。
カザフでテンくんが開催したアイスショーに大ちゃんも真央さんも招かれて、ほんとうに楽しそうに交流する姿が見られていたのに…。

彼のたくさんのプログラムの中で、これはずっと残り続けると思える演技を貼っておきます。
多くの方に、何度も何度も観てもらいたいです。

こうして亡くなったテンくんのことを報道するときに、かつて羽生選手との間にあった《トラブル》をクローズアップする人たちがいることは悲しい。
いまだ本当の事実関係も明らかではないのに、彼の功績よりもそれが大きなことであるかのように書くのは、あまりにも失礼です。彼のアスリートとしてのすばらしさ、彼がカザフスタンでもスケート界においてもどれほど大切な存在だったか、それこそを報道してほしい。

2015年、四大陸選手権優勝のフリー。
シルクロードをテーマにした難しい選曲をみごとに踊りこなし、わずかなジャンプミス以外は完ぺきな演技。衣装も、いつも凝った美しい彼のコスチュームの中でも史上最高のひとつです。




まだお別れを言う気持ちにはとてもなれないから、さようならではなく、ただありがとうと言います。
テンくん、美しいスケートを、その闘志と、優しい笑顔を、ありがとう。


# by higurashizoshi | 2018-07-20 12:50 | フィギュアスケート

高橋大輔選手、とふたたび呼べる日

よもや、ひさびさの更新がこんなテーマになろうとは。
7月1日、フィギュアスケートの2018-19年シーズンが始まる、フィギュアファンにとっての元旦。そのまさに今日、高橋大輔さんが現役復帰を発表。

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私、会議中で。
ふとスマホを見て知った瞬間、脳内で理解しはじめる前に、なぜか泣きそうになった。会議中だから泣きませんでしたが。
この人って、この人って、ほんとにこういう人なんだ。また茨の道へ、32歳で復帰なんて。
回り道して、やっぱり自分の納得を求めて競技に戻る。自分のために。

あとから知ったけれど、昨年12月の全日本選手権を報道側としてそばで見ているとき、急に《降りてきた》思いだったと。それまでは競技に戻りたいとは一切思ってなかった。
そして、ソチ五輪シーズンが不本意に終わったこと、特にあのつらい五輪のあと、世界選手権を断念してそのまま休養→引退してしまったことに、やっぱり大ちゃん自身がどこかで引っかかっていた。やり切っていない、という思いが残っていた。
今度こそ自分のために、彼は帰ってくる。この過酷なリンクに。

今夜のテレビ生出演のとき、中村アナが「高橋大輔選手」と呼びかけたのを聞いて、また泣きそうになった。そんな自分の反応が、不思議だった。大ちゃんの現役復帰? 露ほども考えてなかったのに。
なぜか、驚きよりもなによりも、ただただ、胸がいっぱいで。

1年限定、と言っているけど、これはきっと、やってみてからのこと。
今後30代後半までスケートをしていくにあたって、一度現役に戻って一から作り直すということが必要だと考えた、とも言っていた。自分のスケートを取り戻したい、と。
すでに長光コーチのもとで、今シーズンを戦うための練習を関大リンクで始めているとのこと。

現時点での目標は、半年後の全日本選手権で最終グループに入ることだそうだ。
地道に近畿ブロック大会から勝ちあがっていって、そこまでいく。これは地方大会も大変なことになりそう。
そして、もしその願いがかなったら。
全日本で、結弦くんと、ショーマと、同じグループに大ちゃんがいる、という景色を見ることになるのだ。
そして気づく。発表になったばかりだった今シーズンアサインのNHK杯の、日本選手のTBD枠(選手名未定の枠)。なんでここ、こうなってるんだろうと思っていたんだけれど。
これは、もしかして、つまり、そういうことがあろうかという、TBDだったのか…。

はああ。こんな日が来るなんて。
ほんとうに実感するまでは、まだしばらく時間がかかりそう。
でも、今日記者会見でも、生出演でも、大ちゃんがとてもまっすぐで、すっきりとして、迷いがないいい眼をしていたこと。こんな彼を見るのはいつからぶりだろうと思って、それがただただうれしかったことは、忘れない。

大ちゃんに、現役復帰の思いを《降りて》こさせた演技のひとつとして、昨年末の全日本でのこの演技が紹介されていた。ああ、そうか…と思った。
2度の骨折、3度の手術、長いリハビリを経て、地方大会ではシングルジャンプしか跳べず、それでも全日本出場を果たした山本草太選手。私も生でテレビで観ながら、思わず泣いた。
「勝たなければ意味がないと思っていた。でもそうじゃない、それぞれの戦い方があっていいんだと気づいた」
そう、大ちゃんに言わせた草太くんの演技「アンセム」。



# by higurashizoshi | 2018-07-02 01:43 | フィギュアスケート

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