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ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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子は消ゆるもの

短歌にはほとんどなじみがないけれど、先日亡くなった河野裕子さんの名は知っていた。享年64歳、今の世では早すぎる死である。
訃報をつたえる記事のなかに、河野さんの作品がいくつか引かれていた。

たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏(くら)き器を近江と言へり
君を打ち子を打ち灼(や)けるごとき掌(て)よざんざんばらんと髪とき眠る

身体感覚をことばに結びつける、その感性が抜きんでていた人なのだなと思う。あえて直裁にものごとを描くドラマチックな歌が多く、私の好みとは少し違うのだけれど、圧倒的な才能と力は素人にも感じとれる。

朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの

この歌を20代で読んでいたら、「何をおおげさな」と思っただろう。母親のエゴすら感じただろう。一日のすべてを子とともに過ごし、その存在を確かめていなければ《子は消ゆるもの》。そんなに思いつめた母親なんてうっとうしい、そう思ったかもしれない。
でも今の私はこの歌を読んで、胸を衝かれる。そうだ、ほんとうに《子は消ゆるもの》なのだ。小さな命の、実はどんなにはかないことか。それを手のひらで包むように守り、育てていく果てしない繰り返しの日常のために、親はどんなに力をつくさねばならないか。
ミミが一歳半で入院し、回復のきざしのないまま、高熱と不安で泣き叫ぶのを病室の小さなベッドに添い寝して、幾晩も抱いて過ごしたことを思い出した。命は、まして小さな子の命は、たえまなく守り続けなければ、いや、たとえ守り続けていたとしても、あるときふっと消えてしまう。消えてしまうかもしれない。その恐怖と、親は親になった瞬間から戦いはじめる。

だから、子どもを育てるとは、ほんとうに消耗するしごとである。生半可な気持ちでできることではないのを、自分自身親になってみて初めて思い知らされた。今も思い知らされつつある。そこから与えられるよろこびと、このたえまない消耗は、いつも背中合わせに続いている。

それにしても、この歌は一歩間違うと《正しい母親》、母とはこうあるべきという理想像のように読まれてしまうかもしれない。常にわが子を手放さず面倒をみる母親、こうでなければ子は守り育てられないんだと、どこかの間違ったおやじさんが得々と語ったりしたら大変である。
そして、一面そのように受け取られかねないところが、この歌の中にはあるともいえる。自分を削ぎ落とすように子を育てゆく母親自身の、一種の恍惚感がこの歌に底光りしていて、最後の《子は消ゆるもの》で読者をわしづかみにし、見事な完結をみる。これは相当巧みな作りである。他者にほかの思考をゆるさないようなところがある。そう考えていくと、この歌は少し危険な歌でもあるような気がしてくる。

次回は最近映画館でみた映画のレビューをひとつ。今書いていたことともつながる部分もある、究極の親子の話である(こちらは父と子だけれど)。
by higurashizoshi | 2010-09-04 14:36 | 観る・読む・書く・聴く

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