ひぐらしだより


人生はその日暮らし。  映画、アート、音楽、フィギュアスケート…日々の思いをつづります。
by higurashizoshi
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カテゴリ:雑感( 176 )

こんな一日

あっという間に1月が去ってしまい、フィギュアに関しては全米選手権もロシアやカナダのナショナルもヨーロッパ選手権も、そして四大陸選手権も終わり、ついに平昌五輪を待つばかりというところまできました。
なんも書けなくてウズウズじたばた、もちろん競技はほぼすべてCS放映やライストも織りませて観てはいるんですけどね。

この間に腰をやられて(人生6回目くらい?)ブラックジャック先生の鍼灸治療に駆け込んだり、仕事でいろいろあったり、所属してる合唱団の演奏会が近づいてきたので自主練含めがんばり出したり。
この演奏会がバッハ「マタイ受難曲」全曲、3時間半近い長丁場で、練習もモグラたたきのごとくにあっちをマスターしてもこっちを忘れ、こっちをやってもまだ未知の領域ありという具合。
ドイツ語はなかなか覚えらんないし、何よりマタイによる福音書の物語をたどっていくと《信仰を持たない日本人の自分がこの曲を演奏する意味とは何か》というようなことをやたら考えてしまい、通勤車中でも延々過去のマタイの名演奏を対訳つきの動画で取りつかれたように視聴、仕事中も《復活の意味とは》《そもそも信仰とは》などなどの思索にふけるという状態におちいっております。単なる芸術作品として演奏するという割り切りができたらいいのだろうけど、あいかわらずハンパな自分。

さて昨日はこんな一日でしたという話。

昨年からちょっとした不調がもとで定期的に病院通いしてるのですが、昨日はたぶん人生2回目くらいの心臓エコー検査の結果を聴きに、朝イチで病院へ。
気さくな女子大生みたいな主治医はサクサクと説明、「あー特に問題ないですよー」ということで一応無罪放免。
思ってたよりずっと早く終わったので、ポカッと空いた時間にうまく映画を観られないかとスマホですばやく検索して、ひいきの元町映画館のHPを見たら、東京行ったとき観逃したドキュメンタリー映画「もうろうをいきる」がドンビシャの時間帯に上映!
即、病院を飛び出し韋駄天で元町へ移動。うまく間に合って観ることができました。
しかもたまたま、毎月1日のサービスデイだったため700円もOFFで!
思わず「わー知らなかった、ラッキー♡」と言ったら元町映画館の受付のお姉さんも「うれしいですよね~」と互いにニコニコ。

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盲ろう者(視覚・聴覚ともに障がいをもつ人)の日常や人生を、自然なタッチで、しかも深くこまやかに描き出したすばらしい映画でした。
感動をあおるような編集や、無理に何かをえぐり出すようなあざとさは一切なく、それでいて胸の深いところにいつまでも問いを残していく、そんな作品。
視えること、聴こえることがあたりまえである立場とはちがう世界に生きる幾人ものひとの、それぞれの輝き、痛み、思いが心にしみわたってきました。
観てよかった。
パンフレットを購入し、それを熟読しつつ移動。
こういう合間時間のひとりの昼食は、徹底してお金をかけない信条(ていうか、要するにお金がないだけ!?)かつ、美味しくない物を食べるのは嫌、な私。迷わず讃岐うどんのチェーン店へGO!
そしたらなんと、ここも毎月1日のサービスデイで釜揚げうどんが200円もOFF! たった190円の昼食を美味しくいただきつつ、さらにパンフレットを熟読。はふはふ。

そして店を出て、また電車で移動、午後からの勤務へ。この日は昨年から始めた、知的障がいのある中高生の放課後デイの仕事です。子どもたちとはちょっと久しぶりの再会、どの子もそれぞれにおもしろく、かわいい。みんなそれぞれ課題や問題をかかえ、あたりまえに懸命に生きている。今日はクッキングで節分にちなんだ巻き寿司を作り、てんやわんや。
つくづく思うのだけど、私はたったひとつの仕事を毎日続けるのではなく、今のようにいくつもの仕事をちりばめながらやっていくのが圧倒的に合っているんだなあ。いろんなことをしながら、どこにも定住せず渡り歩くのが性に合うのでしょう。
なんてことを考えつつ、同僚とともに帰宅の電車へ。車中ではサイの鳴き声についてとか、最近読んだ本の話とか、いろいろ。同僚が降りたあとはスマホで気になるニュースやトピック、フィギュアの最新情報をチェック。そして最寄駅で降り、食料品の買い物を少しして、寒風の夜道を一路わが家へ。

まあ、こんな一日でした。
人生の一日一日は、ちいさな刻印を残しつつも飛ぶように過ぎていく。
あがいても、もがいても、できることはわずかずつ。
のぞみに向かって進む速度は、うんざりするほどゆっくり。
でもそのように過ぎる日々を、平穏というのかもしれない。それがどんなに恵まれたことであるかも、よくわかっているつもり。
逆にいえば、平穏とはたゆみないささやかな努力と、そうと気づかないほどさりげない幸運によって成り立っているのだろう。
しきりにそんなことを思いました。


*****
映画「もうろうをいきる」の公式サイトです。ぜひのぞいてみてください。


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by higurashizoshi | 2018-02-02 16:46 | 雑感 | Comments(0)

2018年。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
3年ぶりに賀状を作りました。
イラストは長年の伝統(?)にのっとり、娘たちが担当。

今年は戌年。
犬のように邪気なく、目的に忠実に、きちんと吠える一年にしたいと思います。

ここを訪れてくださるみなさん、そして多くの人々にとって、2018年がなごやかで明るい一年になりますように。

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by higurashizoshi | 2018-01-04 22:45 | 雑感 | Comments(0)

2年と5年

以前から予定を入れずにいた日。
昨日は父の2度目の命日であり、大切な友の5度目の命日でもあった。
不思議な偶然で2人が旅立った日が重なり、あまりにも特別な日になったがゆえに、どんな思いで、どんな姿勢でこの日を迎えるか、考え考えしつつも今年もぐんぐんその日は近づいてきた。

前夜、夢を見た。
霧のような靄のようなものが白く立ちこめた湖の上を私は歩いている。
水の上を歩いているのに沈みもせず何の抵抗もない。
歩いていく先の向こう岸に、誰かがいるように思える。
その姿は白い靄にかくれて、輪郭すらさだかではない。
けれど、そこに誰かが立っているという確信が私の中にある。

どれだけ歩けば向こう岸に着けるのかはわからない。
歩いても歩いても、先に進んでいる実感がないまま、息をしずかに吐きつつ、私は歩いていく。
不安なく、かといって幸福感もなく、ただ胸の中にしんしんとしたかすかな痛みがあった。

目が覚めた。
ああ父と友の命日だと思い、身体はまだ湖の上を歩いている感覚のままでいた。
そのとき、ごく自然に心の中で父に話しかけた。ねえ、これって何だったのと。
そしてしばらくしてから、父が亡くなって以来2年間、私は一度も心の中で父に呼びかけたことがなかったと気づいた。そして今初めてそれをしたと。
友には亡くなってから何度となく心で話しかけてきた。でも父にはそれができずにきたことすら、気がついていなかった。

自分の中で何かがほんの少し、開いたのだと思った。これまで、私は父に心を閉ざしていたのだ。
同じように父を急に亡くした経験のある友人が言っていた。
「亡くなって2年くらいは思い出すのもつらかった。でもその後、話したいときにはいつでも話せる、会いたいときにはいつでも会えるようになった。ただ父のいる場所が、この世から私の心の中に移っただけなのよ」と。

午後、海へ行った。
「どこに行きたい?」と聞くと必ず、
「海が見たいな」と言った父。
車で40分かけてこの海まで何度も連れてきた。
父は最後のころは車椅子の上から、じっと海と空を見つめていた。
昨日、その海は静かだった。雲から太陽の光芒が空へとひろがって美しかった。

父のいなくなった世界で2年。そして友のいなくなった世界で5年も生きた。
世界はこんなにも美しく、人は人を相変わらず傷つけ、同時に救い、支えもする。
海を見ながらふと気がついた。夢の中で感じた胸の中のかすかな痛みについて。
あれは《悲しみ》だったんだと。

泣き叫ぶような激しい悲しみではなく、しずかで呼吸のようなやわらかな悲しみ。けれど決して消えることのない悲しみ。
私はそれに気づいて、深く安堵した。
もうこれからは、父に話しかけることができる。そう思った。

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by higurashizoshi | 2017-11-16 12:09 | 雑感 | Comments(0)

もういない、ということ

ちょうど一年前の9月11日未明、10年間家族として暮らした愛猫ちゃーは、私たちの目の前で命を終えた。
坂道を転がるように悪化する病状を必死で追いかけた日々の果てに、ちゃーがこの世で最後の息を吐き終えた瞬間を、そしてそのあとの家族全員の嘆きかなしみを、私はあまりのつらさから思い出さないようにしてきた。

考えれば私は、この歳にして初めて、命が終わるときをつぶさに見たのだった。
一昨年の父との別れは、対面したときすでに父は命つきていたし、そのほか多くの別れを思い起こしても、その瞬間に立ち会ったことはなかった。
かけがえのない命が目の前で終わる、それは絶対的な断絶の瞬間だった。
ついさっきまで、苦しみ衰えても息をし、あたたかく、私たちになじんでいた存在が、その瞬間に完全な静寂になり、不在となる。愛するものの身体から命がなくなるそのときに起きることは、何をどうやっても決して取り戻すことのできない断絶だ。

あれから一年がたつのに、私はいまだにこの断絶を素直にうけいれることができない。ほんとうは、命をこの世に受けた瞬間から、誰しもその命は終わることは決まっていて、それがいつ来るかがわからないだけなのに、ただそのときが来たというだけなのに―そう考えても考えても、身体がしびれるほどにつらい。

もう一匹の愛猫、くー。この一年の、くーの変わりようには、遺された家族は私たち人間だけじゃない、むしろこの子の方がずっと喪失を抱いているのだと、思い知らされた。
いつも甘えて甘えて一緒に寝ていた兄貴分のちゃーがいなくなって、くーの様子は目に見えて変わった。一日中大声で鳴いては、私たちを探す。そばにすり寄っては、いつまでもいつまでも、私たちの手や顔をなめ続ける。前は人間に対してほとんど要求をしてこなかった子なのに、極端なさびしがりやの甘えんぼうになった。
ちゃーが私にくれた変化、それは今いるくーを瞬間瞬間、せいいっぱい愛そうと思うようになったことだ。留守番させなければならないときは、すぐ察知して玄関でさびしそうな顔をするくーに切なくなる。

一年の時の流れの中で、暮らしの中にちゃーがいないこと自体には、少しずつ慣れた。
けれどそんな中でも、ふとしたときに落とし穴に足をとられるように、《ちゃーがいない》と心がうめきはじめる。もういない、ということの大きさ深さを、どうすれば自分の中で平らにしていけるのだろう。
ずっとそのまま置いている、ちゃーのごはん皿や好きだったフード、最後の日々に使った流動食の容器など、一年を機に片付けたほうがいいのか、ここ数日ずっと考えている。つらいなら無理をしないほうがいいという気持ちと、区切りをつけたほうがいいという気持ちと。
多くの人が「ちゃーはそばにいて見守ってるよ」と言ってくれる。確かにお骨はずっとリビングに置いてある。写真も飾っている。でも私には、ちゃーがそばにいてくれている実感はない。せめて、ちゃーと過ごした日々を幸福な気持ちとともにを思い出す心境になれたらなあと思う。今日を機にちょっと踏み出せたらいいのだけど。

くしくも、今日は東日本大震災から6年半。
アメリカ同時多発テロから16年。
多くの人が、多くの死を悼み、命を思う日だ。



元気だったちゃーと、くー。
どんなにしあわせな時間だったか、今はわかる。

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by higurashizoshi | 2017-09-11 12:13 | 雑感 | Comments(2)

夏の《旅》はじまる

私的スピッツ祭の〆としてタワレコのスピッツカフェに行ったり、せっせと仕事したり、合唱団の先生に個人レッスン受けてビビったり、病院でS系な検査受けたり、映画を観たり、そうこうしてるうちに例年の保養キャンプがドンドン近づき、準備に追いまくられ、気づけば明日からキャンプ本番。

約2週間、カンヅメになりに行きます。福島からやってくる子どもたちと過ごす日々、今年はどんなことが起きるのか。とにかくみんながのびのび楽しく過ごしてくれればそれでよし。
私にとっての夏の《旅》がはじまります。
帰ってきたらまたここで。

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by higurashizoshi | 2017-07-28 23:38 | 雑感 | Comments(0)

15日

前回書いてからちょうど半月。
ヨーロッパ選手権についても、全米のカップル競技についても書けてなくて、もう明日には四大陸選手権が始まろうというところ。

半月、つまり15日というのは私にとってひとつの区切りで、それは単にひと月の半分ということだけでなく、父の月命日が15日、父の誕生日も偶然15日だったので、毎月15日になると「ああ今月も、はや半ばだなあ」と思うと同時に、父の死と誕生、ひいては命の終わりとはじまりに思いをはせることになる。

今日は、父が逝って一年と三か月目の15日。昨日のバレンタインは、呑み助だったのにチョコレートだけは好きだった父に毎年あれこれと選んだチョコを贈ったことを思い出しながら、職場であるカフェのお客さんに小さなチョコを配った。
いつも静かにコーヒーを楽しんでいる高齢の男性が、「これはこれは、ありがとう」と言いつつ、
「娘もいつも義理チョコをくれるんですけどね」
と照れくさそうに言われたのを見て、胸がきゅっとなった。
しあわせは小さな小さなかたまりになってひっそりとしているので、人はたいてい過ぎてからそれに気がつくのだと思う。

この半月の間に、新しくバッハ専門の小さな合唱団に入ることになったり、親族の誕生日を盛大にお祝いしたり、保養キャンプの学生ボランティアのイベントをやったり、教育関係のフォーラムにホームスクーリングの話をしにいったり、シネマ歌舞伎で「阿弖流為」を観て興奮したり…と実にいろいろあった。
たった半月でも、経験し、成長し、消耗し、喜び、あきらめ、私は確実に前に進み、そして確実に死に近づく。相反する真理がいつもそこにある。



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by higurashizoshi | 2017-02-16 00:17 | 雑感 | Comments(0)

年頭ごあいさつ

2017年、あたらしい年が明けました。
元旦恒例の親族宴会でどうやら年末からの疲れがドッと出たらしく、昨夜から少々体調崩してしまい、今日2日は友人宅の新年会をキャンセル。ぼよーんと家で過ごしております。
昨日は往復車だったのでアルコール飲んでないのにナゼ?という素朴な疑問を抱く酒飲みの私。まあ今年は健康に気をつけよということなんでしょう。

新年早々、大ちゃんが氷上ウエイターになってクルクルいろんなことをする姿を見せていただいたり、今年は彼もフィギュアスケート×歌舞伎という試みに挑戦するとのことで、新たな活躍はほんとうにうれしい限りです。
ファンといっても私はスケートする高橋大輔さんにしか興味がないので、昨年キャスターとしてリオ五輪含めたくさんテレビに出ていたのも、フィギュア関係以外はそんなにマメに観てはいないんですよね。でも、とにかくスケートの世界に戻ってくれたのみならず、彼がインタビューでついに将来の構想について触れてくれたときには「来たー!」と心の中で叫んでました。
それは、アイスショー専門のエンターテインメント集団、「シルク・ドゥ・ソレイユ」の氷上版のようなカンパニーをつくって、各地を回るというもの。しかもフィギュアスケートという非常にお金のかかる世界に身を置くスケーターたちが、きちんとプロとして食べていけるような場を作りたいというのです。それが実現したらどんなに素晴らしいことか。(そしてファンはどれだけお金を費やすことになることか!?)
ともかく、今年はせめて一度はアイスショーで大ちゃんのスケートを観たいものです。神戸チャリティーがなくなってしまったのが、仕方のないこととはいえほんとにほんとに残念だなあ…。

さて、体調回復につとめつつ、ゆるゆると一年を始めてまいります。
今年もたぶん相変わらず内容のさだまらない「ひぐらしだより」ですが、どうかゆるゆるとお読みください。

初日の出は全然寝てたので、初日の入り(元旦の夕方)の写真。おだやかに晴れた元旦でした。
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by higurashizoshi | 2017-01-02 19:08 | 雑感 | Comments(2)

一年の終わりに

全日本、女子について書けないうちに今年最後の日になってしまいました。
年末ぎりぎりに第九のコンサートに出たので、ただでさえバタバタのこの時期がさらにバタバタしてしまい…。まあでも、大ホールでオーケストラとともに歌い納めができたのはいい経験でした。昨年から第九に出てるのですが、舞台から見える景色にはやはり特別なものがあります。そこにしかない美しさと、高揚が。

私にとって2016年は、昨秋の父の急死の衝撃の中で死後のさまざまな業務に追われつつ始まりました。春には家族の中にも大きな変化があり、私自身も地域カフェという新しい仕事を始め、いろいろなことが少しずつ落ち着いてきたと思った矢先に愛猫ちゃーが発病、思いもかけなかった看取りの日々。夏の保養キャンプをはさんで、9月にはちゃーを見送りました。そして11月には父の一周忌。生きていることのはかなさ、そして別れについて考え続けた年でした。

いろんな状況に押されるように、前へ、前へと進んできた気がするこの10年あまり。そのときどきを懸命に生きてきたけれど、来年は少し立ち止まって振り返り、手つかずに置いてきたいろんなことを整理する年にしたいと思ってます。
そう、整理…まずは自室を何とかしようね私。ドロボー入ったあとみたいになってるからね。そして11年前に引っ越してきたとき以来まったく荷ほどきしてない段ボールとか、何が奥にあるかわからない物入れとか、魔窟化した領域の数々をこのままにして前に進んだらアカン。ドナルド・トランプから顔をそむけたらアカンのとおんなじくらいアカンのですよ。だって顔をそむけてもそれは存在していて私と私の未来に影響を及ぼし続けているのだから。その事実を直視する勇気をもとう、と2017年の自分に私は言いたい。

今年も、ときに完全にフィギュアスケートブログになってしまったり、かと思うと超個人的なことを綴ったりと、あまりにフリーダムでマイペースな(そして更新が遅く、文章が長い!←自己ツッコミ)このブログを読んでいただいてありがとうございました。
新しい年がみなさんにとって、潤いあるなごやかな年になりますように。
次は2017年にお会いしましょう。



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by higurashizoshi | 2016-12-31 18:45 | 雑感 | Comments(2)

月の光

父が亡くなって一年。
命日を前に、父の仕事関係の方主催の一周忌、親族だけの一周忌と、思い出と親密さに満ちた濃い時間が流れた。父は生前の願い通り、京都の水辺から川の流れの中へと還っていった。
そして命日の当日。不思議なことが起きた。

その日、私は朝から仕事に行っていた。私の働く店には、アンティークの家具や日用品がたくさん置いてある。その中に、古ぼけた手回し式の蓄音機があった。
もうこれは壊れているのよ、とオーナーから聞かされていて、お客さんにも私はそう説明していた。だから私は、装飾品としてあつかわれているその蓄音機の音を、もちろん一度も聴いたことがなかった。
昼前、お店からお客がはけて、同僚も作業をしに外に出て、めずらしくぽっかりと私ひとりになる時間があった。私は店の入り口近くに立ちどまり、眺めるともなく外の景色を眺めていた。
父の命日は、4年前に亡くなった大切な友の命日でもある。その偶然の一致の意味を、私はあらためて考えていた。世界はどこでつながり、切れているのだろう?

そのとき、突然聞きなれない音が店内のどこからか流れてきて、私は眉をひそめた。これは何? 明らかに、いつも店内でかけているジャズのCDの音ではない。メロディというより、ひずんだ音の塊が延々と引き伸ばされているような奇妙な音だ。
音の発する方へと歩いていって、はたと私は立ちどまった。
蓄音機。まぎれもなく、壊れているはずの蓄音機からその音は流れてきていた。
しかも、誰もハンドルを回していないのに、ひとりでに音が鳴っているのだ。
私はちょっと茫然となって、外にいた同僚を呼びこんだ。彼女の方がこの店ではずっと先輩なので、この現象に答をくれるのではと思って。
でも、奇妙な音で鳴っている蓄音機を前に、「ええっ!?」と叫んで彼女が棒立ちになるのを見て、私は何かにせかされるように蓄音機の重い蓋を押しあけた。
中では真っ黒な盤の古いレコードが、くるくると踊るように回っていた。その上に重たそうな金属の針が乗って、そこから音の塊が鳴り響いていた。

「何なの、何なの?」と口走る同僚の横で、私は座り込み、針が掻き出している奇妙な音を聴いた。注意深く聴いた。
すると、脈絡のない音に聞こえていたのが、ひとつの旋律になって少しずつ耳に入ってきた。傷みきった盤を、これまた傷んでいるだろう古い針が掻くせいで、ひどくゆがんではいるがそれは音楽だった。しかも私がよく知っている音楽だった。
「待って。…これは、ドビュッシーの《月の光》です」
と私は同僚に言った。そしてなかばうわの空で、こうつけ加えた。
「父が、好きだった曲です」


あのとき、壊れているはずの蓄音機がなぜ突然作動したのか、なぜわざわざレコードが置かれ、針が落とされていたのか、今でもまったくわからない。
壊れているというのが誤解だったとしても、そもそもハンドルを手動で回さなければ鳴らない機械が、誰もさわっていないのに鳴りだしたのだ。
クラシック愛好家だった父が生前、「現代音楽は好きになれんけど、ドビュッシーはええな」と言い、特に《月の光》を気に入っていたこと。
それを告げると、その日が父の命日であることを知っていた同僚は、カッと目を見開き、
「お父さんやわ…。お父さんが来てくれたのよ!」と断言した。
わたしはまだうわの空で、「はあ…」と力なく答えるしかなかった。
父はもういないのに、ここに来ていた?

考えてみると、父の命日の前夜は、68年ぶりという最大級のスーパームーンだったのだ。
スーパームーン。地上に降りそそぐ《月の光》。
そういえば、命日の前日にも不思議なことがあった。
父が大好きだった海を見せるために、晩年よく連れて行っていた海岸が私の家の近くにある。そこを命日の前日の夕方通りかかったとき、ちょうど父がいつも海を眺めていたあたりに白髪の男性がたったひとり、海に向かって立っていたのだ。
後ろ姿しか見えなかったが、その背格好といい髪の感じやコートの着方といい、10年くらい前のまだ元気だったころの父に、はっとするほど似ていた。思わず駆けよりたくなるほどに。
でも、近づくことはできなかった。そうしてはいけないとわかっていた。

厳格な無神論者だった父は、死後の世界も不滅の魂も信じなかった。
父は「死は、無や」と言った。それは子ども時代の私には絶対的な、暗くおそろしいイメージだった。
そしてそのことが、父の身に起きた。父は、もういない。それは事実で、動かしがたい。
でも父は、無になってしまったのだろうか?
父が空を飛んできて、蓄音機でレコードをかけてくれたのだと信じることは、私にはできない。海のそばに立っていてくれたのだとも、考えられはしない。でも、不思議なできごとのもたらす感情は、私をつつむ。やわらかな靄のように、ビロードのように。

確実なのは、これから先ドビュッシーの《月の光》を聴くたびに、私はあのときの感情を思い出すだろうということ。そして父を感じる。せつなく、そして胸いたむほどになつかしく。
命日を過ぎ、新しく重なっていく日々を私は生きる。父のいないこの世で、ひっそりと父を感じながら。



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by higurashizoshi | 2016-11-17 00:04 | 雑感 | Comments(0)

別れ

9月11日、家族として10年間ともに暮らし、たくさんの幸せをわが家にくれたきみは、永遠に去った。
路上にいた小さなきみを、どきどきしながら家に連れ帰った日。
家じゅう爪とぎで傷だらけ、カーテンはずたずた。
それでもきみはかわいくて、かわいくて、かわいかった。
あまえんぼうで、食いしんぼうで、ひたすらに気のいい性格。
弟分が突然家族に加わったときも、嫌な顔ひとつせず、
おおらかにうけいれてすぐ仲良しになった。
この家にたくさんの嵐が吹きあれた日々も、
涙した夜も、笑いころげたときも、きみはそばでのんびりしてた。
そろそろおじさんになってきたね、なんて言われながら、
ふくふくの体を横たえてあいかわらずのんびりしてた。
誰もきみとの別れが迫っているなんて思いもしなかった。

あんなに食いしんぼうだったきみが何も食べられなくなり、
小さな胸に水がたまり息が苦しくなって、
一度はだいじょうぶと思ったのに、また苦しくなって、
坂道をころがりおちるように、たった2か月。
戦い抜いて最後の息を吐いて、きみは動かなくなった。
やせおとろえて小さくなったきみの体。
だけどやっぱり、きみはかわいくて、かわいくて、かわいかった。

もっと生きられたはず。
せめてあと少し生きのびられたはず。
悔いと悲しみでちぎれそうになりながら、9月13日、きみの体と別れた。
きみの体は10年を過ごした家を出て、ひとかたまりの骨になって帰ってきた。

ちゃー、きみのいなくなった家で、
残されたくーは、何だかあまえんぼうになったよ。
きみのいなくなった家は、がらんとしていて、しずかだよ。
ありがとう、ごめんね、忘れないよ、
そんなことばを何度も言ったけど、言うはしから消えてしまう。
きみが消えてしまったのと同じように。

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もう二度とない、ささやかなあたりまえの時間。
ちゃー、きみといて、私たちはとっても幸せだったよ。幸せだった。
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by higurashizoshi | 2016-09-22 22:49 | 雑感 | Comments(6)

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明石であそぼう! たこ焼...

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